2015年05月18日

悲劇の主人公

今の私の姿からは想像も付かないかもしれませんが、
中学3年生の後半〜高校1年生の前半くらいの間、
  
私は超が付くほどのネガティブな精神を持った子供でした。
  
  
何を見ても、何を聞いても、何を体験しても、
ネガティブに捉えることしか出来ない、
  
非常に「歪んだモノの見方、捉え方」をしていました。
  
  
両親が「物事の良い面」を見せようとして、励ましてくれても、
全てネガティブに捉えて、
  
頑なに、「自分には悪い事しか起きないんだ!」
  
と、主張していました(笑)
  
  
そんな自分を相手にするのは、
本当に骨が折れて、困ったものだったと思います(笑)
  
  
では、なぜ当時の自分はそういう風に、
あらゆる事をネガティブに捉えていたのか?と言うと、
  
そっちの方が、ラクだったからです。
  
  
「自分は不幸な星の下に生まれている」と、
自己暗示を掛けることによって、
  
【 悪い事が起こっているのは、自分の責任じゃ無い! 】
  
という風に、被害者意識にまみれて、言い訳していました。
  
  
当時は、「自分は正しい事をしている、良い事をしている」
と思い込んでいたので、  
   
【そんな「正しい自分」に悪い事が起こるのは、
 自分のせいじゃないはずだ、周りのせいに違いない!】と、
  
自分の責任で、自業自得でネガティブな事が起こっているとは、
認められなかったのです。
  
  
自分の非を認めたく無いが故に、
自分が原因であると認めたく無いが故に、
     
「自分は特別に不幸な人間である」と、
そういう風に思っていたかったのです。
  
  
しかし、大人になって、
心理や自己啓発の本を読むことによって、
 
【ポジティブに解釈する事】の大切さを学びました。
  
  
そして、バシャールの本にも、
  
・ポジティブに解釈すれば、ポジティブな結果(現実創造)に繋がる
・ネガティブに解釈すれば、ネガティブな結果(現実創造)に繋がる
 
と書いてあったので、より一層訓練して、
何事も前向きに、ポジティブに捉える習慣が身につきました。
  
  
でも、最近中学生の頃のトラウマと向き合っていて、
  
まだ自分にも「他人のせいにしてしまう被害者意識」や、
「ネガティブに捉えてしまう部分」が残っているんだなと、
  
そういうことを改めて発見しました。
  
  
普段思い出す事は無いし、
とっくに解決できていたと思っていたのに、
  
なかなか根深いモノです。
   
  
つい最近まで、
 
「どんなに頑張っても、どうせ他人からは認められない、愛されない」
 
というネガティブ観念を持っていましたし、
 
それも、中学生の時に埋め込まれた、
とても強力なネガティブ観念とトラウマでした。
  
  
「他人の評価、他人の助け」に期待するのを諦めて、
自分の正義感、美学を人生の指針とする事によって、
  
男性性は強くなりましたけどね。
  
  
結局、全ては【自分の内面の反映】です。
  
  
ネガティブな事が起こるのは、
自分の恐怖心が現実化している訳です。
  
  
ネガティブな感情や現実と出会う度に、
地道に、ネガティブ感情を解放し、恐怖心を手放していく。
  
  
それを繰り返していく事によって、
ネガティブな現実がどんどん減っていくことになります。


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