2015年05月08日

孤独を癒やすプロセス

私は今、過去の孤独の痛みを癒やしている最中です。
  
  
私の半生は、孤独そのものでした。
  
  
それは、中学時代の挫折に始まり、
 
自分には
 
・「味方」がいない、
・「共感できる人」はいない、
・「理解してくれる人」はいない、
  
そういう感覚をずっと抱えて生きてきました。
  
  
私は小さい頃から頭が良かったので、
  
自分より年上の人の言っている事でも、論理的に考えて、
「それは違うだろう」と言うのがすぐにわかってしまいます。
   
  
そのせいで、自分が抱えている悩みに対して、
納得のいく答えを出してくれる人はいませんでした。
  
  
だから、自分一人で考え、答えを出し、
乗り越えていくしか無かったのです。
  
  
そういう経験から、
私は「他人を頼る事」を諦めて生きてきました。
  
【どうせ、自分より良い答えを出せる人間はいないのだから…】と。
  
  
私にとっては、【孤独が当たり前、孤独が普通】だったのです。
  
それは、自分が使命に生きる上で、
背負わなければならない代償だと思っていました。
  
  
別に一人でもストレス無いし、
自分は孤独でも使命に人生を捧げると決めているし、
  
別に孤独な人生で良いじゃ無いかと思っていました。
  
   
しかし、それは正常な感覚が麻痺していただけでした。
  
  
孤独が癒やされそうなエネルギーを感じると、
まるで「痛み止め」が切れたみたいに、心に激痛が走ります。
  
  
表面の意識では感じていなかったものの、
無意識ではこんなにも苦しんでいたのか…、と自分でも驚きです。
  
  
今まで、「痛み止め」を打ち続けて、
なんとか一人で頑張ってきたのです。
  
  
でも、特定の女性的なエネルギーを浴びると、
 
「もう一人でがんばらなくてもいいんだよ」
と言われている様な気がして、
  
今まで抱えていた膨大な量の苦しみが解放されていきます。
  
  
私の孤独のピークは、中学生の時と、2011年頃。
 
2011年は、国本さんも私と距離を取っていた時期があったし、
 
2012年に、国本さんがチャネリングに目覚めてから、
 
私の無意識を診てもらったら、
「まるで墓場だ」と言っていましたから(笑)
  
私のイメージでは「乾ききった砂漠」ですね。
  
  
今では、少しずつですが、
オアシスが点々と生まれているような気がします。
  
  
無意識は、悲痛な叫び声を上げていましたが、
でも、私はそれを強靱な自制心で抑え込んできました。
   
  
私の精神は鈍感や頑丈という訳では無く、
非常に傷つきやすく繊細ですが、 
生きてきた人生は、荒波そのもので、  
ボロボロに傷つきながらも生き抜いてきました。
  
  
だから、「何度転んでも諦めない強靱な意志」と
「忍耐力」だけは鍛えられましたね。
    
   
改めて、自分の歩んできた人生は普通じゃ無いし、
  
他の人にはマネの出来ないくらいに、
膨大な苦しみや痛みを背負って生きてきたんだなと思います。
  
  
そして今向き合っている課題は、
  
将来、より大きい仕事をしていく為にも、
外さなければならないネガティブ観念です。
  
  
私はいつもへらへら笑っている様に見られるかもしれませんが、
  
私の抱えてきた苦しみに理解を示し、
私を助けてくれる人がいれば、
  
そういう人は同志ですね。


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