2015年01月16日

自分の尊厳を守る

私にとっては理解に苦しむ事ですが、
  
「お金」や「他人の評価」の為に、 
【人としての尊厳】を犠牲にしている人は、非常に多くいると思います。
  
  
・他人に嫌われないように「八方美人」な態度を取ったり
・「自分に価値を感じていない人間」と無理に付き合ったり
・値段が安くて「接客の悪い店」に行ったり
  
  
そんな事をしても、「自分自身の尊厳」を失うだけです。
  
  
まず、自分が自分自身を大切に扱おうとしていないのに、
  
他人が自分を「大切に扱おう」などとは思ってくれないですよ。
  
  
私は、【自分は丁重に扱われるべき存在だ】と思っています。
  
  
だから、そういう人としか付き合いませんし、
  
そういう風に扱ってくれるお店にしか行きません。
  
  
例えば、美味しいコーヒーを淹れる事に超こだわりを持った、
喫茶店のイケメン店員がいるとしましょう。
  
  
本人は、「自分の淹れたコーヒーの味」を褒めて欲しいのに、
ずっと「容姿」ばかりを褒められていたら、
  
この人は「自分が見て欲しいところを見てくれないなぁ…」と思うでしょう。
  
  
ですから、私は【自分の伝える情報に価値を感じてくれる人】で無いと、
  
一切、付き合いたいとは思いません。
  
  
【自分が一番大切にしている部分を尊重してくれる人】でなければ、
  
話が噛み合いません。
 
 
私の提供する、
  
・研究成果
・伝える情報
・与えるエネルギー
・思考を整理する能力
  
そういう事に価値を感じてくれる人で無いと、
  
私にとっては、付き合う意味がありません。
  
  
なぜなら、私は【生産性の無い雑談】には興味が無いからです。
  
  
【生産性が高い、価値のある話】がしたいのであって、
 
どうでも良い、くだらない話はしたくないのです。
  
  
ですから、私は【濃い話】が出来る人でないと、
  
時間を共有したいとは思わないのです。
  
  
私にとっては、【濃い話】をしている時に、
  
「やりがい」や「自分の価値」を感じられるからです。
  
  
自分自身を大切にしようと思った時、
周りの人たちも、自分を大切に扱おうとしてくれるのです。
  
  
自分自身を虐待していたら、
周りの人たちも自分自身を雑に、取るに足らない存在の様に扱います。
  
  
「お金」とか「他人の評価」の為に、
自分の尊厳を犠牲にしようとする人は、
 
【自分の価値】が、【「お金」や「他人の評価」に負けている】のです。
  
   
・自分の価値 < お金
・自分の価値 < 他人の評価
 
と言う風になっているから、
 
「お金」や「他人の評価」のために、【自分の尊厳】を犠牲にするのです。
  
  
私は、
 
・自分の価値 > お金
・自分の価値 > 他人の評価
 
です。
  
  
だから、【お金】や【他人の評価】のために、
  
自分の尊厳を犠牲にしたりなどしないし、
  
  
「お金」を失っても、「他人の評価」を失っても、
  
気高く、誇りを持って、
自分だけは、自分自身を尊重しようと思うのです。
  
  
自分に自信が無い人は、
  
【お金】や【他人の評価】に自分自身が負けているのです。
  
  
本当にそれで人生満足なのでしょうか?
 
   
「お金」と「他人の評価」のために、
自分自身を犠牲にして生きる人生で満足なのでしょうか?
  
  
自分自身は、
自分の人生は、
  
「お金」や「他人の評価」よりも価値の低いモノなのでしょうか?
  
  
本当に自分自身を大切に扱って、
周りの人からも大切に扱われたかったら、
  
「お金」や「他人の評価」に負けない、【精神的な強さ】が必要です。
  
  
【恐怖に負ける様な「精神的弱者」】は、
  
一生、「お金」と「他人の評価」の為に生きることになります。
  
  
強くなるには、まず「強くありたい」と望む事です。
  
  
私は数々の「厳しく辛い試練」を乗り越えてきたので、
  
私の精神は、非常に強靱です。
  
  
精神を鍛えるには、毎日、
勇気を出して、怖いことにチャレンジする習慣を身につけることです。
  
【怖いことを乗り越えた数】だけ、精神は鍛えられ、強靱になるのです。
  
  
恐怖に負けるか? 恐怖を乗り越えるか?
  
  
それが、自分自身の尊厳を守れるかどうか? の分かれ目なのです。


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