2014年07月04日

正義の定義

リンカーン、ガンジー、ネルソン・マンデラ…
  
彼らは人種差別と闘いましたが、
もうひとつの共通点は、元々弁護士だったことです。
  
  
そういえば、私も中学生の時は、
【校則】というモノをとても重要視していました。
  
  
私は生まれつき、
  
「正しい事をしたい」という事と、
「間違っている事は許せない」という想いが強くありました。
  
  
そして、
  
・ルールを守ることが正しいことで、
・ルールから外れることは悪い事だ。
 
そういう、単純な考えを持っていました。
  
  
そして、「悪を裁く事こそが正義」だと思っていました。
  
  
しかし、私が真面目に校則を守り、
校則を破った不真面目なクラスメイトを注意すればするほど、
  
私は同級生と対立することが多くなり、
苦しみが増していきました。
  
  
学校や先生の為にやっているのに、
自分が先生から怒られた時は、
  
今までの信念が総崩れになり、呆然としました。
  
  
なぜ、良い事をしているハズの自分が
批判され、嫌われ、苦しむのだろう…?
   
そんな、「不条理、不公平、理不尽」を常に感じていました。
   
   
「宇宙の法則」を学んでから、
 
宇宙に善悪は無く、 
むしろ【「善悪の価値観」こそ、争いの元凶である】
 
と言う事に、ようやく気づかされました。
  
  
私が、「法・ルール・規則」というモノに対する
「盲目的な信仰」を失ったのは、そういう経緯があります。 
  
  
「法を信じて闘い、そして法に裏切られ、法の限界を知る。」
  
この流れは、
【 精神指導者たちの鉄板の王道 】なのかもしれません(笑)
   
  
宇宙の法則を学んでから、
 
私の中で、「正義の定義」が変わりました。
  
  
ネガティブや悪を裁くことでは無くなったのです。
  
  
今の私にとって正義とは、
【「公平」を実現し、「全体の調和」をもたらすこと】です。
  
  
高次の広い視野・視点から観れば、
宇宙というのは常に、絶対的に【公平】です。
  
  
一見、「理不尽、不条理、不公平に思える経験」も、
 
「カルマの解消」や「学び」の為であって、
長期的視野に立てば、必ずバランスが取れます。
  
   
しかし、少し視野を狭めて、
   
「この社会のシステムは公平なのだろうか?」
  
と考えると、絶対に公平ではありません。
  
  
「公平でない」と言う事は、
  
【誰かの利益の為に、誰かが犠牲になっている】

と言う事です。
 
   
そして、
 
【大した価値を生み出していない人間が、過剰に利益を得ている】
  
という事でもあります。
  
  
・価値を生み出している人間が報われず、
 
・価値を生み出していない人間が得をする。
 
 
そういう、不公平を無くせば、誰からも文句は出なくなります。
 
   
卑怯な手段、姑息な手段を使わず、
 
正々堂々と、正攻法で競争が行われる、健全な世の中になります。
  
  
人々は、他人を騙したり、出し抜こうとする「ずる賢さ」を捨て、
真面目に「自己研鑽」を始めます。
   
  
私は、そういう社会、世の中であるべきだと思っています。
  
 
そのために必要な事は何でしょうか?
  
   
それは、【「弱者」を「強者」に鍛え、育てる】と言う事です。
  
  
「弱者を守ろう」とするのは正義ではありません。
 
  
人は、「甘えられる環境」に居ると、
どこまでも甘えてしまう生き物なのです。
 
  
ですから、過保護に弱者を守り続けた先には、
「甘え続ける、依存的な弱者」しか残りません。
  
  
「弱者を強者に鍛え、育ててこそ正義」です。
  
  
そうしてこそ、「公平な社会」が創られます。
  
  
なぜ、この社会はネガティブな勢力に支配されているのか?
 
と言うと、
【悪人(ネガティブ)が強く、善人(ポジティブ)が弱いから】です。
  
  
でも、悪人に「弱くなれ、善人になれ」って言っても、なりませんからね。
  
それがすんなり叶っていたら、こんな社会になってません。
    
  
悪人が変わることを期待するのは、【期待するだけ無駄】です。
   
  
世の中を良い方向に変えるには、
 
【弱者や善人を強くするしかない】のです。
   
   
ですから、私は、
   
「弱者を守ろう」なんて思っていません。
  
弱者に対しては、【強くなれ!】って言いたい。
   
   
悪人は、自分に都合の良い「不公平な世の中」を作る気満々です。
  
そのために、自分を強く鍛えています。
  
  
そんな中で、抵抗していくには、
 
善人が強くなっていくしかないのです。
  
  
「マンガ」や「特撮」では、
  
「悪の怪獣」がやってきて、街を破壊している時に、
「強い正義の味方」がやって、怪獣を倒してくれます。
  
  
でも、現実には、
その「正義の味方」って、待ってても現れませんよ。
  
  
自分自身が正義の味方にならないと。
  
  
「正義の味方」は、悪に打ち勝つために、(正義・自衛の為に)
日々自分を鍛え、強くなるように努力しています。
  
  
自分が自分を鍛えないと、
怪獣に街を破壊され尽くされて、終わります。
  
  
もし、自分自身が「正義の味方」になれなくても、
 
正義の味方を陰で支える「サポーター、応援者」ぐらいにはならないと、
  
「正義の味方」も「悪の怪獣」に一人では勝てませんから。
   
   
とにかく、「正義」とは「公平を実現する事」であり、
 
「公平」を実現するには、「善人が強くなる」しかありません。
  
  
・「自分が正義の味方になる」と言う方向性
 
・「正義の味方を応援するサポーターになる」という方向性
  
  
どちらにしても、【自分自身を強く】変えていかなければ、
  
世の中は変わっていかないのです。
  
  
みなで、強くなりましょう。


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