2014年03月27日

「自信」の対義語は「罪悪感」

最近、「リーダー論」ばっかり語ってきたので、
 
久々に「心理の話」でもしてみようと思います。
  
  
自分に自信が持てない人は、
なぜ自信が持てないのかと言うと、

【罪悪感をたくさん抱えているから】です。
  
  
例えば、仕事はバリバリできるけど、
家族の前では弱気になってしまう旦那さんがいたとしたら、
 
それは、【家族に対して罪悪感を抱えている】
と言う事になります。
  
  
「自分は良き父、良き夫ではない」
という様な、ネガティブなセルフイメージを持っています。
  
  
ポジティブな現実を引き寄せるには、
【自信、セルフイメージを高める事】が根本ですが、
 
ネガティブな現実を引き寄せている原因は、
自分が【罪悪感】を抱えている事にあります。
  
  
つまり、【「自信」の対義語が「罪悪感」】です。
  
  
「自信」を持っている人は強いのですが、
「罪悪感」を持っている人は弱いのです。
  
  
自分の持っている「罪悪感」を手放し、
並行して「自信を」高めていく事で、現実は好転していきます。
  
  
強い罪悪感を持っていると、
 
どうしようもなく追い詰められている感覚がして、
八方塞がりみたいな状況に追い込まれる事になります。
 
 
弟子の「かいじゅん」もそんな感じでしたが、
私がいろいろアドバイスしたら、罪悪感を手放して、

現実が良い方向へ変化していった様です。
  
  
じゃあ、

・どうやって「罪悪感」を手放していけば良いのか?
・どうやって「自信」を身に付けていけばよいのか?
 
 
これは、「はこぶね倶楽部」に入って頂くか、

私のコンサルティングや弟子のセッションを
受けて頂ければわかります(笑)
  
  
というオチだと、
みなさんガッカリされるかもしれないので、
 
 
ひとつだけ最も重要な事をお伝えすると、
 
【他人を責めない、裁かない】

これが一番大切です。
  
  
他人を責めたり、裁いたりすると、
そのエネルギーが、自分に跳ね返ってきて、

罪悪感を持つ様になってしまうのです。
  
  
私は強気で、白黒ハッキリさせるような記事を書いていますが、
別にこれは他人を責める目的で書いている訳ではありません。
 
 
ただ、ネガティブはネガティブ、ポジティブはポジティブ、
という風に説明しているだけで、

それが良い事だとか悪い事だとは言っていません。
  
  
例えば、私が【保身に走るヤツはチキン野郎だ!】
  
と言ったとしても、
 
・別にチキン野郎でも構わないじゃないか、
・弱い人間が悪い訳でも無いし、
・自分にも他人にも弱い部分があって当然だよ、

という風に思っています(笑)
  
  
ただ、「自分が恐怖から逃げているのだ」とすれば、
その事実を謙虚に認識しなければ成長はありませんし、
 
「自分の弱さを認める所」から人間は強くなっていきますし、
その為には【弱い部分を弱いと認める必要がある】ので、
 
わざと突き刺さる様な表現で書いているのです。
  
  
私は誰も責める気はありませんが、
もし、私の記事を読んで「責められている様に感じる人」がいれば、

その人は、自分で自分の事を責めているから、
その様に感じてしまうのです。
  
  
それは、一言で言うと、
「被害者意識」によって生まれる「被害感情・被害妄想」です。
  
  
実は、他人が他人を傷つける事はできません。
 
ただ単に、自分で自分を傷つけているのです。
 
ですから、自分が傷ついたのを、
他人のせいにすること自体が真実からズレています。
   
   
【被害者意識】というのは、
「他人から迷惑を被っている」という風に、
 
自分のネガティブな現実を責任転嫁して、
他人のせいにしている訳ですが、
 
 
逆に、【罪悪感】というのは、
「自分が他人に迷惑をかけている」という風に、
 
他人のネガティブな現実を、
自分のせいにして、加害者意識を持っている訳なので、
 
 
「罪悪感」=「加害者意識」という風にも
言い換える事ができます。
   
   
他人を責めたり、裁いたりしていると、
 
【被害者意識】と【罪悪感(加害者意識)】
を持つ様になってしまいます。
  
  
私は他人がいくらネガティブな事をしても、
責める様な気持ちを持ちません。
 
「人はみな未熟である」という前提を持っているから、
他人の未熟さを許せるのです。
  
「人はみな完璧であるべきだと」という前提を持っていると、
自分も他人も責める所だらけになるでしょう。
  
 
学校教育のテストは加点方式ではなく、減点方式なので、
「完璧な人間ほど優秀である」という思い込みを持たせる教育です。  
 
 
私は他人を責めたり、裁いたりしていないので、

他人からも責められたり、裁かれたりしません。
  
  
ですから、人間関係も非常に快適なのです。
  
  
他人を責めたり、裁いたりする人は、

自分が他人を責めたり、裁いたり出来るほど、
偉い人間でも無いだろうという事を思い知らされます。
 
 
自分の未熟さを、弱さを、無力さを、思い知らされます。
 
 
相手が他人であれ、企業であれ、政治家であれ、同じ事です。
  
  
しかし、罪悪感を手放すのは、かなり勇気や根気の要ることです。
 
  
「自分を許せ」なんて、軽々しく簡単に言う人もいますが、
 
簡単じゃ無いから、人は深く悩んでいるのです。
  
  
私も、自分と他人を責めなくなる様になるまで、

たくさんの試練があり、それを乗り越え、
自分の「人を受け入れられる器」を広げてきました。
  
  
簡単じゃ無いのをわかった上で、
それでも「やる気」のある人は、協力させて頂きますよ。


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