2014年01月29日

自分の命より大事なモノはあるか?

今日は、なかなか共感しにくい話しかもしれません。
  
  
先日、「永遠の0」という映画を観てきました。
 
結構自分の好きな部類に入る映画だったのですが、
 
私は、自分の大切なモノ(家族など)の為に、
【命を懸けている男(の物語)】が好きなんですね。
  
  
現代の視点から見ると、あまり馴染みのない、
物語の中だけのお話、類い希な人物像に聞こえますが、
  
  
昔の日本には、そういう人間が多かったと思います。
  
  
武士というのは、
自分の信念を証明するために腹を切っていたのです。
 
維新志士たちも、国防のために命を懸けて行動しました。
  
  
それは、昔の武士には、
【自分の命よりも大切なモノが、当然の様にあった】と言う事です。
  
  
私も今までたくさんの死線を彷徨ってきて、
自分の命よりも大切なモノを見つけました。
  
それは、どうしても成し遂げたい理想です。
  
その理想を捨てるぐらいなら、
文字通り「死んだ方がマシ」だと思っています。
  
  
と言っても、私は命の重さが軽いとは思っていません。
  
もし死んだら【大切な仕事】ができませんから、

これからやるべき【大切な仕事】の為に、
私は何としても生きなければなりません。
  
  
でももし、「長期的な全体」や「自分の理想」の為に、
自分の命を捧げた方が良い様な状況があったら、
 
私は昔の武士のように、命よりも信念を取りたいと思います。
  
  
「なぜそこまでするのか?」と言われると、

自分を突き動かしているのは、何よりも【正義感】だと思います。
  
  
私は昔から「発明家」と「正義の味方(ヒーロー)」に憧れていました。
  
  
学生の頃の無知な自分は、
【正義】とは「悪者をやっつける事」だと思っていました。
  
そして、他人を批判し、裁いていたのです。
  
  
でも、宇宙の秩序について学んだ今では、

「正義」とは外側に向けるのではなく、【内側】に向けるモノ。
  
悪者をやっつける事では無く、

「全体の調和」や「あるべき姿」の為に、
恐怖に負けず、【自分を律する事こそが正義】であると、

「真の正義とは何か?」という事を理解する事ができました。
  
  
私はよく、大切な判断基準として、
【人を取るか? 成長を取るか?】
  
と言う事を繰り返し言っています。
  
  
他人に嫌われる恐怖を乗り越え、
現在のネガティブな人間関係を切り、成長を取らなければ、
 
「夢や理想を叶えることは出来ない」という意味です。
  
  
それよりも上の判断基準として、

小山の大将、猿山の大将ではなく、
国を動かすような、世界的なリーダーに必要な事は、
  
【命を取るか? 信念を取るか?】

という事だと思います。
  
  
要するに、

・己の保身を取るか? 全体への貢献を取るか?  
・自分の命や生活よりも大切なモノがあるのか?

という事です。
  
  
と言っても、自己犠牲を肯定している訳ではありません。
  
  
私が目指すのは、【全体の調和】

全体には自分も含まれていますから、
もちろん自分も大切にしなければなりません。
  
  
でも、全体と自分を天秤に掛けたときには、
私は全体を優先したいと思っていますし、
 
今までもそうやって生きてきました。
  
  
なぜなら、全体に貢献したことは、
必ず後になって自分に返ってくると理解しているからです。
  
  
もし、全体よりも自分を優先するようでは、

世界を変えるような、世界に強い影響を与えるような、
革命的な仕事はできません。
  
  
私は、世界を導くリーダーとなるべく、
覚悟を決めて生きています。
   
   
自分の命より大切なモノ(信念)を持っている人間は
とても強いです。
  
死を含む、あらゆる恐怖に屈しない強い意志を持っているからです。
   
   
それが「偉大なリーダー」と「その他」を分ける、
【明確な境界線】だと思います。


mixiチェック

haxe501 at 12:24│clip!