2014年01月26日

厳しい事を言うのは疲れる

厳しい事を言うのって、本当に疲れますね。
 
表面的に、無難に優しく振る舞うよりも、
 
愛を持って厳しい態度を取る、厳しい事を伝える方が、
10倍、いや100倍、1000倍大変で、ものすごく疲れます。
  
  
なぜなら、厳しい事を言うときは、

相手に【自分の真意を誤解されないように】
特に気を遣わなければならないからです。
  
  
それに、厳しさに伴う緊張感を修復し、
穏やかな関係に戻すのにも気を遣います。
  
  
この厳しさというのは、「八つ当たり」ではありません。
  
  
ある人にとっては、

「八つ当たり」は自分の気分を晴らす為に他人を犠牲にする、
自分にとってラクな方法でしょうね。
  
  
しかし、【愛のある厳しさ】というのは、

相手の「幸せ」や「成長」を願った上で、
怒ったり、叱ったりすることで、
  
「八つ当たり」とは全く異なることです。
  
  
それで、私にとって、
他人に厳しくするのってすごくイヤな事なんです。
  
ものすごく疲れますし、不快感もあります。
  
  
私は常に「優しい人」でいたいので。
  
誰だってそうだとは思いますが。
  
  
ブログを書くときは、
不特定多数が相手なのでまだマシですが、

直接相手に伝えなければならない時は、本当に大変です。
  
  
ですから、自分から学ぶ人に対しては、
常に素直で謙虚でいて欲しいなって願っています。
  
弟子が傲慢になったり、依存的になったり、
私への信頼や感謝を失ったりすると、
 
その分、私は厳しい態度を取らなければならず、
その分、私は余計なエネルギーを使わなければならず、

非常に疲れるのです。
  
  
弟子が素直で謙虚でいることは、
私のエネルギーロスを減らすので、

私にとって非常に優しい態度だと思って下さい(笑)
  
  
しかし、人を指導する立場である以上、
「相手に対する厳しさ」というのは必要不可欠です。
  
  
小学校や中学校で、怒らない先生って生徒から舐められるでしょう?
 
子供がネガティブな事をしても、まったく叱らずに育てたら、
どれだけ依存的で、傲慢で、甘えた人間に育つか? です。
  
  
子供を育てる親でも、
学校の先生でも、
社員を雇う社長でも、
  
【人を指導する立場】になったら、

相手の為に、
叱らなきゃいけない時は、きちと叱る必要があります。
  
  
それは、セラピストやヒーラーが、
クライアントを指導するときも同じです。
  
  
【愛のある厳しさ】を持てない限り、
適切に相手を導く事ができなくなります。
  
  
それは、相手が自分の思い通りにならない事に対して
イライラをぶつけることではありません。
  
それは【無条件の愛】ではありませんし、
自分の価値観や、自分がポジティブだと思う事の【押しつけ】です。
  
  
そんな事をすれば、
相手は自分の自由意志を侵害されたと感じて、
 
自分に対する信頼を失い、より指導が困難になります。
  
  
相手の【自由意志】を尊重した上で、
 
本当に相手の成長や幸せを願って、
 
「相手のネガティブな振る舞い、言動、態度、姿勢が、
 自分のみならず、他人の迷惑にもなっており、
 それが相手自身の為にはならないと言う事を理解させる」
 
それこそが、【愛のある厳しさ】の目的です。
  
  
自分が、自分の自由意志で
ネガティブな行為を選択するのは構いませんが、
  
それが他人の迷惑になっていて、本人がそれに気付いていない場合は、

ちゃんとその事を理解させる必要があります。
  
  
【お前は気付かないうちに、他人に迷惑、負担をかけている、
 それがお前の本意なのか?】と。 
  
  
まず気付かせる、それを理解させた上で、
また自由に選択させるのです。
  
  
それでも他人に迷惑をかける事を続けたいというのであれば、
それは仕方ありません。
  
  
その時自分に出来る事は、
相手との関係を断ち、自分の身を守る事だけです。
  
  
自分の思い通りにならないイライラを
相手にぶつけるだけの【ただの八つ当たり】は、

非常にカンタンでラクな態度ですが、
   
   
【愛のある厳しさ】の使い所は非常に難しく、

「高い精神性」が要求されます。
  
  
なので、やっぱり厳しくするのは疲れますね(笑)


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