2013年12月04日

自分の才能を客観的に認める事で、他人に優しくなれる

人を教えるのって奥が深くて、本当に面白いです。
 
相手の状態によって励ました方が良いときは励まし、
指摘した方が良いときは、きちんと指摘する。

かまってあげた方が良いときはかまってあげて、
放置しておいた方が良いときは放置する。
  
  
経営と同じで全てはケース・バイ・ケース。
  
  
【変化していく相手の状態の中で、その時の最善を与える】

というのが、名コーチです。
  
  
それで、人間が大きく成長していく段階では、

【自分の突出した才能・素質を認める】

と言う事も必要になってきます。
  
  
これを認められないと、
人間をみんな同列だと思ってしまいます。
   
   
そうすると、

「自分はできているのに、他人はできていない」
「他人には向上心も無ければ、やる気もない」
  
という、【他人を見下した考え】が浮かんできます。
  
  
でも、事実として人間は同列ではありません。
  
  
【肉体のDNA】はみな同じようなものかもしれませんが、
肉体に入っている【魂の成熟度】は千差万別です。
  
  
現代に生きている人々であれば、
むしろ子供の方が魂が成熟している場合が多いです。
  
  
「偉人(リーダー)」のモノサシ(価値観)を
「凡人(フォロワー)」に押しつけても、

偉人は他人に「なぜもっとやる気を出せないんだ!?」
とイライラし続け、凡人は苦しいだけです。
  
  
物事は全て表裏一体です。
  
   
他人より才能や素質で劣っている自分を
素直に認める事も謙虚さであれば、

他人より才能や素質で優れている自分を
素直に認める事も、また謙虚さです。
  
  
どちらにしろ、人それぞれに与えられた【違い】を
受け入れていくことが大切です。
  
  
マトリックスという映画で、
主人公のネオは自分が救世主だと言われて戸惑います。
 
でも、自分に与えられた使命を否定してしまえば、
使命に目覚める事を拒否してしまえば、

全体が大きな損失を被る事になります。
  
  
自分の突出した使命・才能・素質を否定する事は、
謙虚なのではなく、

「出る杭が打たれる恐怖」や「責任感」から逃げているだけです。
  
  
私は、自分に与えられた、
少数派の才能や使命を認める様にしています。
  
  
私は心の底から【全体の為に生きたい】【全体に貢献したい】
と思っているからです。
 
 
その為に、自分が「乗り越えるべき恐怖」は乗り越え、
「背負うべき責任」は積極的に背負いたいと思っています。
  
  
その代わり、驕らない様に、バランスを取るために、

【自分がいかに無力な存在か?】と言う事を、

理解するようにも努めています。
  
  
私は、子供の頃から「自分は優秀な人間だ」と思って来ました。
  
それは、勉強ができるからと言う事では無く、
子供の頃から視野が広く、本質を突いた発想ができていたからです。
 
 
しかし、不登校、うつ病、引きこもり、ニート、親のすねかじり…、
働いていた会社を精神疾患により退社。 
 
一通り、この社会でダメ人間と
言われる様な立場をも経験してきました。
  
  
その経験により、
「自分がいかに無力か?」と言う事を知り尽くしてきました。
  
  
いかに自分が素質や才能に優れていても、

【他人がいなければ何も出来ない】
【他人が味方してくれないと、何も成し遂げられない】

と言う事を思い知ってきました。
  
  
この両極の経験により、
私は視野を広げる事ができ、精神的に成熟する事が出来ました。
  
  
この物理次元では、他人に頼らなければ、
助けてもらえなければ、生きていけないのです。
 
 
「他人に助けてもらえない」と言うことは、
自給自足の生活をしなければなりませんから、

都市に住んでいても無人島で暮らすような、
ホームレス生活が待っています。
  
  
私は今まで人間の精神について、
誰よりも深く研究してきましたが、
  
  
真に偉大なリーダーとは、

自分の素質や才能のみならず、
【自分の「無力さ」を知り尽くしている人間】なのです。


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