2013年10月28日

「日和見」と「恩と仇」

私は【日和見】が嫌いです。
 
 
先日私は自分の経験を、

悪者から村を救ってやったのに、村人から「出て行け!」と
石を投げられ、恩を仇で返され、迫害される孤独なヒーロー…。

という風に表現しました。
 
 
でも、石を投げられる事自体は別に構わないんですよ。
  
  
私は誰にだって「好き嫌い」はあって当然だと思っていますし、

「何かが大好き」と言う事は、即ち「何かが大嫌い」だと言う事です。
  
  
「嫌い」を否定する事は、「好き」を否定する事ですから。
  
その「嫌い」の対象が私であっても良いと思っています。
  
  
でも、一回石を投げたのなら、
その「自分の行動」に対して【責任】はしっかり取るべきだと思います。
  
  
「中井貴雄が一生嫌いで恨む!」それもまた、筋が通っている事です。

日和見よりも、こちらの方が好感を持てます。
  
  
しかし、地球がポジティブになっていく過程で、
私の影響力が高まったり、有名になった途端に、
 
私に石を投げておきながら、
「また助けて下さい!」なんていうのは、まったく虫の良い話です。
  
  
私に石を投げたことについてはどう責任を取るのか?
  
それをきちんと問いただしたいです。

ちゃんと自分の行動に責任を取って、私に詫びて謝罪しろと。
  
そうでなければ、私の助力を仰ごうなどと思わないで頂きたい。
 
  
ワンピースというマンガの第一話に、

シャンクス:
「銃(ピストル)を抜いたからには命賭けろよ」
「そいつは脅しの道具じゃねェって言ったんだ・・・」

という台詞があります。

その後、銃を向けた山賊はすぐに倒されてしまいます。
   
   
結局、相手に牙を剥き、刃向かうのであれば、
返り討ちを食らっても仕方無いということです。
 
相手に牙を剥き、刃向かうのであれば、
その【自分の行動】に責任を取らなければなりません。
  
  
水戸黄門というドラマで、

「相手がすごい人だとわかった瞬間に、
 ははぁーと頭を下げる悪者たち…。」

それを重ね合わせてしまいますね。
 
 
私は必ず世界の頂点に立ち、世界一になりますから。
 
そういう人間を相手にしているんだと思って欲しいです。
  
  
みなさんは、企業で不祥事がおきたら、

故意にしろ、過失にしろ、
【まず経営者が謝罪しろ!】と思うでしょう。
 
 
過失だとしても、
「わざとじゃないんです〜。」と言っても通りません。
  
  
【 銀行は晴れの日に傘を貸して、雨の日に取り上げる 】
と言いますが、

「お前もだろうがッ!」っと言いたくなります。
  
  
私はそういう目にさんざん遭ってきたので、
  
  
私から人がどんどん離れていく中で
自分を長期間にわたって支持し続けてくれた、

国本さんに対しては両親の次に恩を感じていますし、

今現在「はこぶね倶楽部」に入ってくれてる
お客さんに対しても同様です。
  
  
これから私がどれだけ有名になり、大きくなっていこうが、
恩を感じ続け、感謝を忘れないと思います。
 
 
私は、人の想念を感じ取るテレパシー能力に優れています。
 
 
対面で何かを言われなかったとしても、
相手を見れば、

自分に対して「感謝」を向けているか?「敵意」を向けているか?
ぐらいは明確にわかります。
 
  
ですから、私に一回でも
(心の中でだとしても)牙を向けた人に対しては、
 
ケリとケジメを付け、筋を通さなければ、
私は相手をするつもりはないと、

ここに明言しておきます。
 
 
逆に言うと、きちんとケリとケジメを付け、筋を通す人であれば、

過去の全てを水に流し、全力でサポートしていきたいと思っています。
  
  
許す事が大切だとは言いますが、
その前に【バランスを取ることが最優先】です。
 
   
私に石を投げたことに対するバランスが取れない限り、

私が相手に何かして上げる事は「過保護」になり、
「自己犠牲」になります。
 
 
私は恩も忘れませんが、仇も忘れません。

すぐに仇を忘れる人間は、恩もすぐに忘れるでしょう。
 
 
どちらが好みかは個人の価値観です。
 
  
私は徹底的に前者ですし、

それが間違っているとも思いませんし、
むしろ大切な事だと思っています。


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