2013年10月25日

自分の真のヴィジョンを明確にする方法

今日もヴィジョンの話を書きます。
 
書けば書くほどに、次に伝えたい事が沸いてきます。
 
 
どうすればヴィジョンを明確にできるか?
 
 
これについては、
自分が【他人の評価】に左右されればされるほど、
 
「真のヴィジョンから遠のいていく」と言う事です。
 
 
ほとんどの人は、学校教育に洗脳されきっているので、
「他人の評価」を一番大切に生きています。
 
これは、「上司が部下を命令通りに動かす」には、
極めて有効な教育方法…、というより洗脳方法です。
  
  
率先して動く積極性を奪い、
余計な事はしないように受動的に仕立て上げるのです。
   
   
「他人の評価を重視して生きる」という事は、
自分の人生ではなく、「他人の人生」を生きている事になります。
 
出る杭が打たれるようにして、
みんながみんな、お互いに足を引っ張り合うようにしています。
  
  
ですから、ひとりが向上心に目覚めると、
周りにいる人々は止めに入るでしょう?

「自分だけずるい! 私を置いて行かないで!」と言わんばかりに(笑)
   
   
「ヴィジョンを明確にしていく過程」とは、

他人への恐怖を克服し、「他人の評価という束縛」から
自分自身を解放していくプロセスでもあります。
 
 
私は、中学生の時に自殺願望を持ちました。
 
 
それまで勉強して一流の大学に入り、

一流の会社に勤める事が幸せの道だと、
信じて疑っていませんでしたから、
  
その道が閉ざされたおかげで、
決められたレールを走る人生を降ろされ、

自分の生きる道を模索しなければなりませんでした。
 
 
【進路】 私はこの言葉が一番イヤでした。
  
  
高校はどうするの? が終わると、
大学はどうするの? が始まり、
次に、就職はどうするの? です。
  
  
毎回毎回、現実逃避したくなりますが、
それでも時間は迫り、卒業の時期は迫ってきます。
  
  
でも、私にはもうレールが無いので、

毎回毎回、進む方向を決めるために、
自分と向き合うしかありません。
  
  
そうやって、いつも自分の人生をどう生きるか?

そればかり考えてきました。
  
  
私が学校教育を自由に改革できるとしたら、
中学生から大学、就職までの進路コースを全部ブチ壊しますね(笑)
  
「小学生の描く将来の夢」は希望に満ちていますが、
中学生の描く夢から、急に現実味だけが問われ、色褪せてしまいます。
  
  
20歳を過ぎる頃には「大金持ちになりたい」とか
そんな考えも浮かんできましたが、
  
結局それも、

・他人を見返してやりたい!
・すごいと思われたい!
 
という、他人の評価を気にしている所から出てきた願望です。
  
  
「不幸な金持ちもいるよね?」って事実を知った瞬間に、

また、じゃあ自分はどうしたいのだろう…?と考える日々です。
  
  
それに、私は「他人の評価」への執着を手放していく過程で、

たくさんの人々に嫌われ、誤解され、孤独な道を歩んできました。
  
  
これも、自分を鍛える良い試練でしたね。
  
  
自分のやりたい事を追求し、自分の道を進もうとすると、
嫌われますし、誤解されますし、孤独になります。

傷つきますか?って、そりゃ傷つきますよ。
    
  
よく昔のマンガやアニメであるように、
 
悪者から村を救ってやったのに、村人から「出て行け!」と
石を投げられ、恩を仇で返され、迫害される孤独なヒーロー…。
 
まさにそんな境地でした。
  
  
でも、その先に他人の評価とは切り離された、
【真の自分のヴィジョン】があるのです。
   
   
私は地獄と呼ぶに相応しい孤独な試練を乗り越えてきましたが、
 
私のお客さんたちは、お互いみんなで助け合っているので、
おそらく孤独では無いと思います。
  
  
とにかく、ヴィジョンを明確にしたければ、
【一度、他人から離れること】です。
  
  
一人になる時間を積極的に取り、孤独になり、内観することです。
  
  
そして、白紙の紙とペンを持ち、

・「今の自分に何が出来るか?」ではなく、
・【自分が本当に望んでいるものは何か? 与えたいものは何か?】

という質問を自分に問いかけて下さい。
 
 
「今の自分に何ができるか?」という事から考えていると、

壮大な夢や想いは浮かんできませんし、
代わりに優先度の低い事でも、何にでも手を出してしまいます。
   
   
【出来る、出来ない】の制限を外し、
  
純粋に【何をやりたいか?、何をやりたくないか?】を
浮き彫りにするのです。
  
  
自分がやりたいと思う事は、何でもできます。

人間は、「不可能な事」は「やりたいと思わない」生き物です。
  
  
空を飛ぶ飛行機をつくりたいって思った人間は、
周りに不可能だと言われても、実際に創りましたね。
  
周りの人間が不可能だとか、やりたくないと思っても、
自分がやりたいと思えば可能なのです。
  
  
その壮大な夢を叶えられるだけの、
充分な対価を払い、試練を乗り越えられれば…ですが。
 
その対価を払う気があるかどうかは、完全に個人の自由意志です。
  
  
レストランのメニューのどれを頼むかは自由ですが、

メニュー(料理)によって、料金は違います。
  
  
小さな夢は、低価格ですが、
  
大きな夢は、その分だけ値段も高いのです。
  
  
夢も大きければ、試練も大きい。

私はそういうルートを選択しましたが、
全員がそういうルートを選ぶ必要はありません。
  
  
自分が「払える対価、背負える試練」の【量】を見極め、

【自分の望む大きさ】の夢を、ヴィジョンを
手に入れて欲しいと思います。


mixiチェック

haxe501 at 14:28│clip!