2013年08月20日

「真逆の素養」と「バランス」

最近、映画を良く見ます。
  
  
なぜ今の時期にこの映画を公開するのか?
と言う事を読み解いていけば、
 
高次元のメッセージが含まれている事がわかりますから、
アンテナを張っていれば、いろんな事に気づけます。
  
  
もちろん、ただのそういうメッセージとは無縁の
娯楽映画もありますが。
  
  
最近おもしろかったのは、映画ではありませんが、
「半沢直樹」です。
 
主人公は、いつも部下に優しく慕われている人物ですが、

正義感が強く、トップを目指し、

「不正や自分に牙を剥いた人間には容赦しない」
「でも、自分の非を認め、素直に謝り、ケジメをつける人間は許す」

そういう所が自分とそっくりです(笑)
  
  
もし、実在の人物なら仲良くなれそうです(笑)
  
  
まぁ私は争い事が嫌いですし、復讐なんてしませんけどね。
  
  
ただ、自分に敵意や邪念を送って来る人間は
会わなくともエネルギーでわかりますし、

そう言う人は、いずれ世界のトップに立つ
私の協力や支援を受ける機会が無くなる。

そして、いずれ世界中に広まり、グローバルスタンダードとなる
私のメソッドやノウハウを学ぶ機会を失う。
  
  
ただそれだけです。
  
  
私は人の言動を見れば、思想や価値観が透けて見えますから、
「表裏のある人」、「表面的にだけ取り繕う人」はよくわかります。
 
ですから、私に「偽りや仮面の付き合い」は通じません。
  
  
私はいつも「優しい」とよく言われますが、
その反面、とても厳しい部分を持っています。
  
  
「優しさ」と「厳しさ」は表裏一体ですから、
いつも優しい人ほど、特定の場面では厳しいのです。 

これは心理の絶対的な法則です。
  
  
少し前、「おおかみこどもの雨と雪」という映画を観ましたが、
 
都会から田舎に引っ越して野菜を育て、
その野菜を周りの人と交換して助け合って暮らしていく…、
 
という描写に、今後日本の歩む道を示すメッセージが
含まれてしましたが、
  
主人公の母親は
非凡な優しさ、忍耐、寛大さなどの性格を持っているのに、
 
その裏側の「厳しさ」を持ち合わせていない
という事に違和感を感じました。
  
  
そういう意味で、半沢直樹のように、

「いつも優しいのに、逆鱗に触れたら手がつけられない」
という方が、リアリティを感じます。
  
  
「優しさ」と「厳しさ」は表裏一体ですから、

「厳しさを持ち合わせていない人間は、大して優しくもない」のです。
  
  
本当に「人の幸せ」を想えば、厳しさも必要だからです。
  
  
その必要な厳しさを出せないと言う事は、

自分が嫌われる事を怖れているだけで、
本当は他人の事になんか無関心で、

何よりも「無難、穏便」が好きな「日和見、八方美人」で、
自分が傷つかないように身を守る事しか考えていません。
  
  
厳しくない人は、他人の事など本気で考えていません。
  
  
他人に厳しくした方が良い場面でも、
自分が傷つくのを怖れ、相手に必要な厳しい事を言えないのです。
  
  
つまり、「八方美人」というのは
いつも他人の事を気遣っているようで、態度が優しそうに見えて、

実は本質的には自分の事しか考えていない「自己中心」という事です。
  
  
表面的に「八方美人」である事と
実質的に「自己中心」である事も表裏一体です。
  
   
私は逆に、表面的には「自己中心」に見えてると思いますが、
本質的には「世の中全体の事」を考えています。
  
  
人間の精神というのは、ネガティブであれ、ポジティブであれ、
常に【真逆の素養】が内在し、バランスを取っています。
   
   
ポジティブな人間は、

何も怖れず、全体的な長期的視野、
【理性】や【論理】で判断し、行動します。
  
  
ネガティブな人間は、

何かに怖れ、局所的な目先の視野、
【動物的本能】や【その場の感情】で判断し、行動します。
  
  
保身に走らず、目先の損得に振り回されず、
一時的な感情で判断せず、
 
冷静に、理性的に、全体的かつ長期的視野を持ち、
 
自己犠牲にならず、他人からも奪わず、
自分と全体の調和を考え、両立させる為の行動を実践していく。
  
  
それには、恐怖に負けずに乗り越える、
強靱な【意志と勇気と覚悟】が必要です。
  
  
最後には、強い【意志、勇気、覚悟】のある人間が
最高の現実を手に入れます。


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