2011年10月20日

お金が欲しくなる話

今日は、貧乏であることが嫌いになり、
経済的に豊かになりたくなる様な話をします。

今回の記事は、かなり刺激が強いですが、
読者の方に豊かになって欲しいので、遠慮せずに書くことにします。



類は友を呼ぶと言います。

その通りで、人は自分と価値観の近い人たちとグループをつくります。

これを大きい観点で言うと、
ネガティブな人はポジティブな人が嫌いだし、
ポジティブな人もネガティブな人が嫌いです。

(※直接的な表現の方が心に響くと思いますので、
  今回はあえて「嫌い」という表現を使います。)


それと同じく、

「貧乏人」は「金持ち」が嫌いだし、
「金持ち」は「貧乏人」が嫌いなのです。


貧乏な人は、お金持ちが一般庶民から
いろいろと搾取し、奪っているという幻想を信じています。


それは、お金持ちがすごくイヤなヤツで、
貧乏人が健気で純粋で良い人と言うような

昭和のテレビドラマみたいな事を信じているのです。


しかし、実際はどうでしょうか?

・お金持ちはたくさん税金を納めます。
・お金持ちは他の人が背負えない大きな責任を背負っています。
・勉強家、働き者で、社会によりよいサービスを提供し続けています。
・自分の資産から多額の寄付をされる方もいます。


一攫千金というのは幻想です。

大きな成果のほとんど全てが、地道な積み重ねによるものです。

そうでなければ、目に見える成果は一時的なもので、
実力が無ければまた地の底まで落とされてしまいます。


逆に、貧乏な人は、
「払っている税金以上」の福祉やサービスを国から享受しています。

生活保護、医療費、助成金、その他の補助金、公共サービス…


それを棚に上げて、

お金を持っている人に対して増税しろというのが、
貧乏人の主張です。


貧乏な人には、その理由があるのです。

貧乏な人は、

・自ら他人と積極的に助け合おうとしません。
・(職場などでも)自分の能力を出し惜しみしています。
・自分より豊かになっていく人を妬み、祝福しようとしません。
・タダで何かをもらって当然だと考えています。
・正当な対価を支払おうとしません。
・他人に甘えています。
・責任感がありません。
・お金の価値を実際よりも低く見ています。
・「受け取る事より、与える方が偉い」と思っている傲慢さがあります。

などなど、数えるとキリがありませんね。


要するに、貧乏人は

「自分がまず先にすごく見られたい、良く見られたい」という
エゴの塊なのです。

ですから、自分の保身の為に、
本気で他人に奉仕しようと思わないので、

自分自身も他人から奉仕されないのです。


そして、正当な対価を支払おうとしませんし、
価値のあるものをタダで受け取ろうとします。

他人に甘えていて、
責任を果たすという事から目を背け、そこから逃げています。


受け取る事よりも、与える方が偉いという傲慢な考えを持ち、
無償で与える事が素晴らしいと考えていますが、

本当の動機は自分の自尊心を満たしたいが為であり、
認められないこと、感謝されないことに対して不満を持ちます。


さらに、すべての物質、物事、現象は
表裏一体であるにも関わらず、

お金のネガティブな部分だけを認め、
お金のポジティブな部分を認めようとしていません。


貧乏な人が貧乏であるには、理由がちゃんとあるのです。


そして、そんな強いエゴがあり、
無責任で依存心のある貧乏人が、お金持ちは嫌いなのです。


万人に好かれることは不可能です。

ポジティブなお金持ちに嫌われ、
ネガティブな貧乏人に好かれるか?

ポジティブなお金持ちに好かれ、
ネガティブな貧乏人に嫌われるか、


どちらしか選べないとしたら、どちらを選びますか?


自分がポジティブなお金持ちになりたいのであれば、
ネガティブな貧乏人に嫌われる事を受け入れる事です。

ネガティブな貧乏人に嫌われるようになった時、
おそらく、ポジティブなお金持ちに好かれる様になる事でしょう。


という事です。


今回の記事は、かなり偏った書き方をしているので、

異論、反論はあるかと思いますが、
シンプルに対比させる為に、「あえて」の表現です。


それでは、
あなたがより経済的に豊かになる事を祈っています。


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