2011年05月31日

宇宙的認識と判断

僕は、いつも何かを観察、分析するとき、
できるだけ高い視点から捉えるようにしています。

宇宙的な視点というか…(笑)


そうすると、

人生や出来事の全体像を把握することができて、
いろんな発見があるんですね。


それで、本当に幸せに生きたければ、
「責任転嫁」を今すぐやめるべきです。

と言っても、すぐにやめられるモノじゃないと思いますが、

マイペースで構わないので、
徹底的に「自己責任」で生きる事を目指すべきです。


自分の人生に起こる事で、
「他人のせいにできる事なんか存在しない」んです。

全ての現実は、自分の内面の反映です。


「他人が自分を責めようとしている」と感じているのであれば、
「そう感じる自分」に問題があります。


それは、「被害者意識」という考え方で、
「感謝」とは真逆の発想なんです。


「感謝」の反対が「被害者意識」で、
「感謝」と「被害者意識」の間にあるのが、

「当然、当たり前」という考えです。


要するに、
【感謝 ・ 当たり前 ・ 被害者意識】

の順番です。


感謝というのは、
ポジティブ思考の結果で生まれる感情です。


そして、被害者意識を持っているということは、
ものすごくネガティブだと言うことです。


僕も中学生の時、超被害者意識のカタマリでした。

自分はなんでいつもこんな目にあうんだろうか…?
自分は世界一不幸な人間だ!

なんて、本気で考えていました。

そりゃ自殺もしたくなります。


でも、現実というのは中立です。

現実をネガティブに捉えているから、
ネガティブな現実がやってきやすくなるのです。


僕のメッセージというのは、

ポジティブに寄っているメッセージか、
中立的な真実のメッセージを出しています。


でも、中立的な真実というのは、

受け取る側によって、
ポジティブにもネガティブにも捉えられるんですね。

「面白い学び」と捉える事もできれば、
「自分に対する指摘、責め」だと捉える事もできます。


僕も、メンターからのメッセージで、
自分の痛いところ、弱いところを突かれた!

と思う事はあります。


でも、僕はそれがありがたいんですよ。

痛いって事は、無意識的に避けている事柄なので、
誰かに言ってもらわないと自分では中々気づけないんです。

それか、痛い現実に頭をぶつけて学ぶしかありません。


それと、自分が強く否定しているモノも引き寄せやすくなります。

何かを強く否定するという事は、内面に恐怖を抱えているわけです。



僕は「怒っている人」がすごくイヤでした。

「怒らなくても冷静にコミュニケーション取ればいいじゃないか」
って思ってましたから。

でも、そうすると怒る人を引き寄せやすくなります。


今は全然そんなことないですから、
別に人は怒ってもいいと思っているし、自分も怒ります。


要するに、現実というのは、
自分の内面をすべて反映してくるので、

ネガティブな内面も現実化してくるわけです。


僕は、今までメンタルブロックを外しまくって来ましたから、
もうあんまりネガティブな現実を引き寄せないんですね。


そうすると、ネガティブな人ですら、
僕の前では全然ネガティブな事を言わなかったりします。


他所ではいくらネガティブな事言いまくっている人でも、

自分自身がポジティブでありさえすれば、
その人は自分の前ではネガティブな面を見せないのです。


でも、まだ僕の残っているネガティブな部分を
教えてくれる優しい人もいますけどね(笑)


人間は、一人の人にいろんな面がありますから、

ネガティブな人は、人のネガティブな面を見ようとするので、
どんな人も悪い人に見えてしまいます。

ポジティブな人は、人のポジティブな面を見ようとするので、
どんな人も良い人に見えてしまいます。


僕のメッセージというのも、
ネガティブに捉えようと思ったらいくらでもネガティブに捉えられます。

逆に、ポジティブに捉えようと思ったら、
いくらでもポジティブなモノを受け取れます。


ですから、人によって僕に対する印象が全然違うんですね。

厳しい人、優しい人、
いいかげんな人、シッカリしている人、
情に厚い人、冷淡でクールな人、
明確でわかりやすい人、不思議でわかりにくい人、
真面目な人、ふざけている人、
面白い人、面白く無い人、
責任感の強い人、無責任な人、


全部真実だと思います。

全部僕の内面にある事です。


ただ、その人が自分のどの部分を見ているかの違いで、
僕に対する印象は変わってしまうんです。


ですから、大切な事は、
「自分の感情に責任を持つ」という事です。


田中優さんが仰ってましたが、

ラオスという国では、
「怒った方が負け」という文化らしいです。

それは、心理学的にも非常に正しいです。


全ての感情は、自分の思考から生まれますので、

「ネガティブな感情」を自分が生み出してしまったら、
それは自分の思考がネガティブだと言うことです。


で、また注釈入れるんですけど、
ネガティブは悪じゃありません。

別にネガティブ思考でもいいんですよ。


僕もまだまだネガティブな部分は残っているし、

僕はネガティブ思考の人でも、素直であれば好きですから。


ただし、「責任転嫁」していては何も解決しませんし、
「自分に起こる事が他人のせいだ」と言うのは、真実ではありません。


全て自分の責任です。

他人が自分に行う事も含めて、全て自分の内面の現実化です。


他人が自分を攻撃してきたら、それも自分の責任なのです。


全ての原因は自分にあるからこそ、
自分自身のチカラで解決できるんです。


責任転嫁というのは、自分は弱い存在だと言っている事です。

それは真実ではありません。


すべて自分の責任だと捉えるのであれば、

自分はすべてに影響できるという意味で、
自分は強い存在なんだという宣言なのです。


だから、「責任転嫁」をやめて、
絶対「自己責任」で生きて下さい。



そして、自分の事をポジティブな目線で見てくれる人と
付き合って下さい。

そして、自分自身も他人をポジティブな目線で見る様にして下さい。


自分の事をポジティブな目線で見てくれている人には、
自分自身も相手にポジティブな影響を与えることができます。

でも、自分の事をネガティブな目線で見ている人には、
いくらポジティブな影響を与えようと思っても不可能なんです。


例えば、

僕の事を「極悪人」だと思い込んでいる人がいたとしたら、
その人の前では僕は「極悪人」の振る舞いをしてしまうわけです。


僕自身はいくら中立的な行動、
ポジティブな行動を取っているつもりでも、

相手には「極悪人」に見えてしまうという事です。


コミュニケーションにおいては、
相手に対して自分がどう行動するか、と言うことよりも、

他人が自分の事をどう見ているか? という事が強く影響します。


例えば、僕の事を良い人だと思い込んでいる人には、
すごくポジティブな振る舞いをしてしまうし、

僕の事を厳しい人だと思い込んでいる人には、
すごく厳しい振る舞いをしています。


でも、僕の取っている行動と言うのは、
人によって変えたりしていません。

全員に対して、同じように振る舞っています。


それが「見る側」の意識によって、
ポジティブにもネガティブにも映るのです。


そして、他人をポジティブに見るという事は、
自分自身に対してもポジティブに見ると言うことです。

そうすると、ネガティブな現実が少しずつ消えていくんですね。


僕を例にした例え話ばっかりで申し訳ないですが、
一番わかりやすいと思うので(汗)


本当に幸せに生きたいと思うのであれば、

この記事を紙に印刷して、
真剣に赤線引きながら10回くらい読んでみて下さい。


さらっと読めてしまうと思いますが、
超!超!超!超! 深いことが書いてあります。



本当はお金を頂きたい様な内容ですが、
今、多くの人に必要な情報だと思ったので、

無料で公開しています。


でも、これも見る人によっては
「超ありがたいアドバイス」で、

見る人によっては「当たり前の話」で、

見る人によっては「偉そうなお説教」で、

見る人によっては「自分を責める指摘」なんです。


あなたはどんな印象を持ちましたか?



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haxe501 at 10:21│clip!

この記事へのコメント

1. Posted by 松田大樹   2011年05月31日 12:06
4
鳥肌が立ちました!
この記事を書いていただいてありがとうございます!

今僕が一番必要なことが書いてあります。勝手ながらこの記事は僕のために書かれている!僕に対するメッセージ!だと感じています。

まだ本当に理解できている訳ではないと思いますが、しっかりと心に留めて自分を高めていきたいと思います。

本当にありがとうございます!
2. Posted by Takao   2011年06月01日 19:32
いえいえ^^

吸収してくれるものがあれば嬉しいです♪

がんばってください☆