2011年01月10日

私 と 傲慢

このブログのポリシーというのがあって、

それが、

・一番は自分の為に書く
(このブログは無料ですから 笑)

・自分の未熟な部分も全て書く
(未熟な部分を隠すと成長がないから)

・あまり一般的ではない情報や知識、知恵を書く
(それが価値がある事だと思うから)


というポリシーを持ってやってきました。

そして、このブログというのは私の一面しか表していません。


内と外では陰陽真逆になりますから、
人と対面した時は、このブログとは真逆の表現をしますからね。


私と対面して会わずに、ブログだけ読んでる人は、
きっと私の事を完全には理解できないし、

偉そうな事を書いていると嫌う人もいるでしょう。


でも、私は未熟な部分も含めて本音を書く
という事を心懸けているので、それでいいのです。



でも、たまに私の事を「傲慢」だという人がいるのですが、

否定はしませんけど、
「傲慢」の本当の意味をわかっている人が本当に少ないですね。


例えば、大きい事、強気な事を言えば「傲慢」でしょうか?


では、ソフトバンクの孫正義氏は
めちゃくちゃ大きな事を言っていますが「傲慢」ですか?

孫氏は大学生の時代から大きな事言いまくってきましたよ?

そして、それを実現させてきていますよね。


自分が一般的な人よりも優れた面があると認める事や、

自分の実力を正しく把握した結果、自分の能力が
世界トップレベルであると自認する事が「傲慢」でしょうか?

自分の能力を正しく把握しようと努めるのが「傲慢」でしょうか?


では、そういう人に聞きたいのですが、
「自信」と「傲慢」の違いって何でしょう?

才能がありつつも、自分に自信を持たず、
それを世の為に使わないことの方が傲慢ではないでしょうか?


孫正義氏は「傲慢」ではなくて、
「自信」があるのではないでしょうか?


じゃあ正解を申し上げますと、「傲慢」とは「我(エゴ)」の事です。

傲慢な人は、「ネガティブ観念を持っている人」と言ってもいいでしょう。


わかりやすく傲慢な人の例をあげると、


傲慢な人は、

自分の思想が絶対に正しいと思う人、

責任転嫁する人、自分の意見を他人に押しつける人、

自分を周りに評価して欲しいと思っている人、

自意識過剰な人、偏見を持っている人、

よくも知らない事を先入観で決めつける人、

ネガティブな問題にぶち当たったとき、
自分を変えようとせずに、
環境や周りの人に変わって欲しいと願う人

と言うカンジです。


これと逆の人が、謙虚(素直)だと言うことです。


新しい事を学べば柔軟に自分の考え方を変え、

先入観、偏見を持たず、
問題が起これば自分を変えようとする

自分の思想を他人に押しつけない、


こういう人が謙虚です。



ちなみに私は、他人に意見を押しつけません。


なので、私のブログを見て傲慢だと思う人は、

自分が否定している部分、
ネガティブを感じている部分を私の文章に発見して、

それにネガティブな反応を起こしているに過ぎません。


同じ記事を読んでも、

人によってはネガティブな反応を起こすし、
人によっては、貴重な情報だと喜んでくれます。


私が書いているのはただの文章です。 


感情は観念のサインですから。

ネガティブな人は、文章を「自分の常識」という枠で捉え、
自分独自の意味づけをしているに過ぎません。



まぁ、私は読んでいる人の「我」を外すために、

わざとそういう事(自分の我)に気づかせる様な
書き方をしているのですが(笑)



それを読んで、私を否定するか、自分を変えようとするか?

それこそが「傲慢」と「謙虚」の分かれ目ですね。



私は「我」を外してきたので、かなり「我」は少ない方だと思います。


「精神性」と「我」というのは、微妙にニュアンスが違います。

私より精神性が高いけど、私より「我」がある人もいますからね。


「精神性」は光の強さ、

「我」は光を屈折させてしまうレンズ

という風に捉えてもらえれば良いかと思います。


私は「我」がないからこそ、

他人にどう見られるかを気にしないで、
自分の思ったことを自由に表現することができるのです。


そして、「傲慢」な人は自分の人間性に自信がありません。

要するに、「傲慢」な人はセルフイメージが低いのです。


何故かと言うと、
セルフイメージと「我」は表裏一体だからです。

セルフイメージを高めれば「我」は外れるし、
自分の「我」を外すと、セルフイメージが高まります。


自分の価値を認めていれば、「傲慢」になる必要がないのです。



自分に自信が無いからこそ、見栄えを気にするんですよね?

自分に自信が無いからこそ、
他人からスゴイと思って欲しいんですよね?


ですから、自分に自信を持てば、
勝手に傲慢は外れて謙虚になるし、

自分の「我」を外していけば、
人間としての自信は勝手に身につくのです。


それと、このブログは自分の為に書いているとは言っても、
非常に価値のある事を書いていると自負しています。

それを無料で読んでおきながら、
感謝もしないという方が余程傲慢な姿勢だと思います。


これは、他の場合でも同じだと捉えて下さいね。

他の方からもたくさん無料で何かを受け取っているでしょう?


別に感謝が善だと言いませんが、
感謝している方が、自分も幸せだし、他人も幸せです。


表面的に強気な事を言っている人は、
傲慢に見えたり、自信があるように見えたりしますが、

表面的に強気だから傲慢だとか自信があるとかじゃないんですよ。

「傲慢」と「自信」の違いは、
心の内部でネガティブ観念が働いているかどうかの違いです。


表面的におとなしい人を見て、謙虚かただ自信がないだけなのか?

それも「我」があるかどうかの違いです。


要するに、表面的に「強気、弱気」で
傲慢かどうかなんていうのは計れないという事です。


表面的にはおとなしくても「我」が強く、
「傲慢」な人はたくさんいます。


一番わかりやすいのは、
ネガティブな問題にぶち当たったとき、

自分を変えようとする人は謙虚で、
他人のせいにして、自分を変えようとしない人は傲慢です。

貧乏、病気、人間関係の問題…

そういうのを他人のせいにしているのか?

自分を変えて問題を解決しようと思うのか?


です。


別に傲慢が悪いと言っている訳ではありませんよ?

自分が好きなら傲慢でも良いんです。


ただ、傲慢は「我」の現れであり、「ネガティブ観念」の現れですから、
人生にストレスが多くなりますよ。

と言うだけの話です。


どちらでも好きな方を選んで下さい。



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