2010年01月18日

成功者の基本的条件

いろいろな人を観察していて思いますが、
成功者の基本的な条件とは、

親や友人、周りの人間が何を言おうが、
「自分の幸せを追求する事を決める」

と言う事だと思います。


私の言う成功者とは、自分の幸せを実現している人です。
お金や地位ではなく、その人自身がどれくらい幸せかという事ですね。


多くの人は、周りの意見に左右されて生きています。

「他人が反対するなら、自分がやりたい事でも止めておこう」
という思考パターンの人が多い。

成功する人は、
他人が反対しても、誰も付いてこなくても、
「たった一人でも自分で決めた道を歩む覚悟」を持っています。


それは、孤独を受け入れる事。
「今の人間関係を断っても前に進む」と言う覚悟。

そして、
「自分自身の将来を信じ切る」と言う
自分に対する自信、人生への信頼です。

この2つが揃わないと、
人間は他人の反対を押し切ってまで、自分の道を進もうとはしません。


つまり、「精神的に自立している」と言う事です。


他人の意見に左右されている人は、
自分の人生のハンドルを他人に預けています。

つまり、自己責任を放棄している。
と言う事は、他人に依存しているのです。


信者は、カリスマ(教祖)に対して、
自己責任を放棄して、依存しているのです。

そっちの方がラクですからね。

いざとなったら、他人のせいにすれば良いのですから。


カリスマ(教祖)に対して、
あの人についていけば絶対に大丈夫と盲信し、

もしもうまくいかなければ、
責任転嫁して、教祖様のせいにすれば良いのです。


自分のアタマ(思考力)を何も使わなくて良いですね。

要するに、自分を高める事なく、自分で正誤や善悪を考えず、
覚悟もなく、腹も括らず、ラクして成果が欲しいと言う人間が、

誰かに依存し、信者となるのです。


考えなくて良い、責任も取らなくて良い、
それでいて成果が欲しいというのは甘過ぎですね。

と言うか、自分に対する本当の自信が無いから、
精神的に他人に頼らざるを得ないのでしょう。


本当に自分に自信がある人間は、
誰かの信者になんかなりません。

全て自分で自由に決めたいのです。
自分で決めた道を歩みます。

カリスマ(教祖)が引いたレールの上など歩きたがりません。

その代わりに、自分の決めた事は、
自分で責任を取るという「覚悟」を持つのです。


カリスマ(教祖)側も、信者に対して依存しています。
信者からの称賛が欲しいのです。

称賛が得られないと、自尊心を満たせないのです。

信者に対して、偉そうに指示・命令、または世話を焼くことで、
自尊心を満たそうとしているのです。

それはつまり、劣等感(コンプレックス)があると言う事です。
満たされない思い(トラウマ)を抱えているのです。


信者にも劣等感があり、教祖にも劣等感があるのです。

劣等感がある者同士はくっつきます。
これを、心理学用語で「共依存」と言います。

全ての事に「類友の法則」は作用します。


私も昔は、劣等感のカタマリみたいな人間でしたが、

自分を成長させ、自分の中の劣等感を消していく事により、
周りに集まる人達も、劣等感のない人が集まるようになりました。


すべてはセルフイメージです。
幸せになると言う事は、セルフイメージを高める決断でもあります。

セルフイメージを高めると言う事は、
今までの人脈を断ち切り、新しい人脈を手に入れる事を意味します。

理想やセルフイメージが高まると、
今まで話してきた人と話がだんだん合わなくなります。


セルフイメージの違う人間は話が合わないし、
疎遠になるのは仕方がありません。

ですから、一緒に同じ高み、理想を目指す仲間以外は、
いずれ疎遠になってしまうでしょう。


私が信頼しているチームの仲間は、
ひとり一人が「自立」しています。

たった一人で決断し、行動してきた人間です。

私なんかいなくても、チームが解散したとしても、
自分の夢を諦めるような人間ではありません。

たった一人でも自分の夢を追い続けるでしょう。


でも、そんな人間が集まって協力しあえば、
とても大きなパワーを発揮します。


自立しておらず、依存しあった関係は、
責任のなすりつけあい、イライラのぶつけ合いが起こります。


自分の人生において、
「自分の幸せを追求する事を決める」と言う事は、

自己責任で生きると言う覚悟、

それは、「精神的自立」から始まります。



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