2009年12月29日

私流の生き方

ちょっと哲学的な話になりますが、

結局、人間というのは、
無理をせず、我慢もせず、

自由に、自分の好きなように、
流れるように生きるのが幸せだと思います。


それを縛るのは思い込み(メンタルブロック)です。

こうしなけれればならない、
こうでなければならない、
こうであらなければならない…。

そういう思い込みが自分の自由を縛っています。


私は、中学生の時、

学力や学歴こそ価値。
正義や正しさこそ価値だと思っていました。


それから挫折し、

通信制の高校に入ったり、
音楽の専門学校に入ったりしましたが、

そこでは、学力や学歴なんて全然意味のない世界でした。

正義や正しさを振りかざしても、誰にも評価されない世界です。
そもそも、ルールがあんまりない環境でしたからね(笑)


自分が今まで、学力の高い人間が素晴らしいという、
学力・学歴至上主義が自分の中から崩れ去った瞬間でもあります。


今まで大事にしてきた価値観を手放すのは、
誰しも抵抗があると思います。

しかし、挫折によって、見栄とプライドが崩れ去った私には、
受け入れざるを得ない現実だったのです。


勉強が関係ない世界では、

生き方、服装、カッコ良さ、ユーモアセンス、
コミュニケーション能力の高さが仲間から評価される、

実社会に近い環境だったのかもしれません。


私は今まで、本当にいろんな人に迷惑をかけてきました。

自分の事をダメ人間と言われても仕方がないと思っています。


でも、私はダメ人間でも良いのではないかと思います。


自分をダメ人間、くだらない人間、
自分みたいな人間には価値がないと自分を責めてしまえば、

もっと悪循環になるからです。


自分に対して自信を失う事が、
前向きな態度を奪い、さらに現実を悪化させる原因になるからです。


欠点は欠点、長所は長所です。


欠点を責めていては、前に進めません。

今の自分の未熟な部分は否定せず、
仕方ないものとして受け入れなければ前向きにはなれません。


その分、長所を活かして、

周りに迷惑をかけている分、
役に立てれば自尊心を保つ事ができます。


どうあっても、みんな未熟なんです。

未熟でなければ、人間として生まれてきていないはずです。

不幸な人は、未熟を否定し、責めるのです。
幸せな人は、未熟を受け入れ、将来に向けて克服しようとします。


この前向きな態度が、運を引き寄せます。
現時点の未熟を責めていては、動きが止まります。

運は、動いて引き込むものですから、
未熟をなりふりかまわず、動く事が大切です。


私が今大切にしている価値感は、

「正しさ」より「楽しさ」
「すごい」より「好き」


「一般的な評価」よりも「感情」を大切にする価値観です。

幸せとは感情なのですから…。



mixiチェック

haxe501 at 00:00│clip!個人的な事