2018年10月

2018年10月30日

最新:マンデラ・エフェクト 現在の地理と異なる古地図たち

・メキシコとアメリカの国境(横一直線で、私の記憶に近い)
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・オーストラリアの位置が、現状よりかなり南方に。
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・オーストラリアの位置が、現状よりかなり南東に。
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・九州、四国、山口県の陸地と海の地形
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2018年10月28日

最新:マンデラ・エフェクトで「日本の地理」が変化した(と感じる)部分

《 西日本 》
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・「下関」の東側は、こんなにも海が広がっていたか?
・「大分県」の北東は、こんなにも"丸み"を帯びていたか?
・「山口県」の地形は、東西方向ではなく、南北方向に広がっていたのでは?

  
  
  
《 近畿編 》
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・「和歌山県」は、こんなに東側に太かったか?
・「和歌山県」は、奈良と三重の県境に食い込んでいたか?
・「三重県」は、こんなに西側と北側に広がっていたか? 
・「三重」と「和歌山」が広くなった分、「奈良県」が小さくなっているのでは?   
   
  
《 愛媛県の地形 》(突起した部分はあった?)

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2018年10月27日

最新:マンデラ・エフェクトで個人的に「地理の変化」を感じる部分

以前に属していた世界(地球)との違い
 
 
・世界の地図(各国)
https://www.abysse.co.jp/world/map/country/index.html 
 
・世界の国旗(各国)
https://www.abysse.co.jp/world/flag/index.html
  
  
  
【 存在、または独立していなかった小国 】
  
《ヨーロッパ方面 》
アンドラ、リヒテンシュタイン、サンマリノ、マルタ
  
《アジア方面 》
東ティモール
  
《 アフリカ方面 》
中央アフリカ共和国、西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国)
サントメ・プリンシペ、コモロ、モーリシャス、カーボヴェルデ

《 中央アメリカ方面 》
セントルシア、パナマ、ホンジュラス


 
 
【 国旗が異なる国 】

・インドネシア(東ティモールが独立している影響か?)
・ベトナム
・ネパール
・メキシコ(イタリアの様な配色に、鳥のイラスト)
・ギリシャ
・スイス(正方形になっている)
  
  
  
【 大きく領土が広がっている国 】

・中国(主に、西側に広がっている)
・ドイツ(主に、南側に広がっている)
・メキシコ(カリフォルニア半島を領有している、合衆国になっている)
・ベルギー(以前は内陸の国で、海に面していなかった)
・南アフリカ共和国(北東に広がっている)
・ロシア(ポーランドとリトアニアの間に飛び領地など無かった) 
インド(ミャンマーやバングラディシュに食い込んでいる)
トルコ
  
  
  
【 大きく領土が狭くなっている国 】

オランダ(ブリュッセルがベルギーの首都になっている)
アメリカ(カリフォルニア半島がメキシコの領地、州の数も52から50に)
ベトナム(ラオスやカンボジアが膨らんだ分、細くなっている)




世界地図
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ヨーロッパ地図
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2018年10月25日

最新:マンデラ・エフェクトの実例・証拠(辻褄が合わないことを確認できる例)

オリジナルと二次創作で、
辻褄が合わないことを確認できる例
  
  
【 1.現在のオーストラリアの位置への違和感 】
  
・ネット掲示板での議論
http://world-fusigi.net/archives/9253831.html


・現在の世界地図
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・大航海時代オンラインの世界地図(オーストラリアの位置)
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・旧日本軍によるオーストラリア空襲(地理に応じて歴史も異なる)
https://ja.wikipedia.org/wiki/日本のオーストラリア空襲
https://ja.wikipedia.org/wiki/ダーウィン空襲
 

  
  
【 2.ヒトラーのチョビヒゲは、ピッチリかボサボサか?】
  
・Google画像検索でのヒトラーの写真(ボサボサ)
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・映画「帰ってきたヒトラー」(ピッチリ)
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・映画「ヒトラー 〜最後の12日間〜」(ピッチリ)
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【 桃太郎電鉄の日本地図の相違 】
  
・現在の下関周辺地図
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山口県と九州の間(下関周辺)の隙間、海の広さに相違あり  

・隙間狭い 
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・隙間広い
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ちなみに同じゲームでも、「信長の野望」シリーズのマップは、
どのバージョンでも現在の日本地図に準拠している様だ。



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2018年10月24日

既存の世界観を守りたい理由

なぜ、人間は「既存の世界観」を覆す情報を拒絶するのか?
  
  
なぜならば、
  
個人の持つ世界観とは、言い換えると、
本人にとっての「人生の指針」だからだ。
  
  
世界観を揺さぶる情報を拒絶する理由は、
  
【 人生の指針を失うこと 】を恐れているのだ。
  
  
私は、自分の世界観を崩すことに慣れているし、
  
「宇宙の法則」だけは絶対唯一不変で普遍…、
ということを理解しているので、
  
自分の世界観を崩すことにさほど抵抗はなく、
崩れたら崩れたで、速やかに柔軟に対応できる訳だが、
  
普通の人はそうはいかない。
  
  
人生の指針など、柔軟には切り換えらない。
  
  
普通の人は、
精神的に自立して生きていくだけの「自信・自分軸」がないのだ。
  
  
だから、自らの思考を停止させ、
  
国家・政府や常識、宗教、権威など、
  
何か自分の人生を守ってくれそうな
「存在」や「教え」に依存・盲信したくなる。
  
  
そして、精神的に自立しておらず、
一人きりで思考・判断して生きていく自信を持たない人々から、
  
常識や宗教などの「依存対象」を引きはがそうものなら、
  
その人は、どうやって生きていくのが正解なのかわからなくなり、
生きること自体が怖くて怖くて仕方がなくなるのだろう。 
  
  
そういう恐怖を味わいたくないから、
  
まっとうな理屈や論理を捻じ曲げてでも、
自分の世界観を崩壊させる画期的な情報を拒絶し続ける。
  
  
心の弱い人間、勇気に乏しい人間は、
真実(客観的事実)と冷静に向き合う事さえ出来ないのだ。


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haxe501 at 16:27|Permalinkclip!

2018年10月23日

最善の生き方

1.波動を高める
  
2.インスピレーションに従う
  
3.シンクロニシティに委ねる
  
4.恐怖や不快感に遭遇したら、
  そこから何に気付くべきか?何を学ぶべきか?を考える
  
以上。
  
非常にシンプル。
  
  
私自身、しばらくずっとこの生き方を続けて来ているが、
上記の生き方が最善だと理解しているので、
  
周囲がどういう状況になろうとも、
上記の生き方以外は出来ない。
  
  
生き方についてマスターすべき事は、
たったこれだけで良いと分かれば、
  
他の自己啓発の情報など必要ない。
  
  
逆に言うと、
  
上記の4項目に当てはまらない事をやっていても、
絶対に上手くはいかない。
  
例えば、「義務感で行動する」と言うのは、
その最たる例。
  
  
一番最重要なのは、自分の波動を高めること。
  
自分の波動を引き下げる要因を排除すること。
  
  
波動を高めるのに最も良い方法は、
私の顧客になること。
  
私の顧客になった瞬間から、
本人の波動が大幅に変わり、意識が変わり、生活が変わり始める。
  
  
なぜ、上記の4項目だけで良いのか?
  
それを理解するには、
  
「宇宙の法則」や「宇宙のあり方」を多角的に学び、
検証していく必要があるが、
  
素人には難しいので、浄土宗の教えと同じく、
「とりあえず南無阿弥陀仏って言っとけば良いんだよ」
  
という様な、シンプルな実践法を教えるわけだ。


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2018年10月19日

ポジティブな地球を諦めました

私は、精神的に進化した平和な地球に住みたかったので、
  
ずっと自分のメッセージを他人に理解させようと、
10年近くあれこれやってきた訳ですが、
  
現在でも私のメッセージは一般には理解されていません。
  
  
私は、人の心理構造、精神構造を研究してきましたが、
  
・人間は、追い詰められないと重い腰を上げない
・人間は、痛い目を見ないと学べない事もある
・人間は、自分の持つ既存の世界観を守りたい
・人間は、自分の世界観を覆す情報を拒絶する
  
という事を理解しました。
  
  
つまり、
  
【 常識を覆す何らかの「社会的事件・物的証拠の発見」 】
  
そういう事がが起きなければ、
私のメッセージが伝わることは無いだろう…。
  
  
そう結論づけて、ずっとその事件の勃発を待っていました。
  
・地球外生命体の発見
・宇宙人、UFOなどに関する情報公開
・過去の高度文明に関する考古学的な発見
・金融危機
  
いろんなジャンルがありますけど、
いくら待てど、まったく起こりません。
  
  
自分で、そういう事件の発生時期を早められるなら、
いくらでもやりますし、
  
・時事ニュースに対する高度な視点・視野のシェア
・波動アートを用いた集合意識へのアプローチや、
・トランス・チャネリングによる自分自身の変化など、
  
自分に出来る事は何でもやってきました。
  
  
それでも、何も起きません。
  
  
それで、まだかまだかと待っていた訳ですが、
  
ちょっと立ち止まって考えて見ると、
  
薄々感じていたことではありますが、
今までの経験上、
  
たとえ「常識を覆す何か?」が起こったとしても、
私にお声が掛かるとは限りません。
  
  
むしろ、これまでの「人類の底なしのアホさ」を考えれば、
  
「政府が召喚する有識者」や、
「テレビのコメンテーター」などには、
    
脳みその中身が詰まっておらず、何もわかっていない
「名前だけ売れてる低レベルな有名人」
  
なんかを採用すると思います。
  
  
それを見て、私がまた憤慨する…
  
そういうストーリーが、目に見えて浮かびます(笑)
  
  
そのストーリーの可能性が高いな…と感じた瞬間、
  
「もう無理じゃん!」って思いましたね。
  
  
「常識を覆す何か?」が起こったとしてもダメなら、
人類は、もう永遠に気付けませんよ。
  
  
打つ手無しです。
  
  
ここまでアホなら、もう滅びるしか無いでしょう。
  
  
私は、「滅びゆく地球」を止めたかったし、
  
厳密に言うと、
  
自分はポジティブなのに、
「滅び行くネガティブな地球」を眺めながら暮らす… 
  
そういう人生が嫌だった。
  
   
でも、諦めましたね。
  
  
・滅びるなら滅びろ人類!
・滅びるなら滅びろ地球!
・槍でも核でも降ってこい!
   
そういう気持ちになりました(笑)
  
  
私自身、死ぬ事は怖くありませんから、
  
【 滅び行く地球で、どれだけ楽しく余生を過ごすか? 】
  
という風に発想を転換しました。
  
  
まぁ、地球全体がアセンションしなくても、
私一人は、どう考えても既にアセンションしてますから。
  
こんなクソ地球には、二度と生まれてきません(笑)
  
  
たむけんのネタに、
「東京で売れてる芸人全員死ね!」
  
っていうのがありますが、それと同じテンションで、
「私の価値がわからん人類全員死ね!」って気分ですね(笑)
  
  
滅び行く地球や人類を食い止めたい。
   
それは、私のモチベーションの一つでしたが、
その動機がキレイサッパリと無くなりました。
  
  
【 滅び行く地球で暮らす覚悟 】というのが出来ました。
  
 
それが私のハイヤーマインドの判断なら、従いましょう。
  
  
と言うか、私自身に、
  
「滅びる地球では生きていたく無い」という拒絶心があり、
  
「滅びる地球では暮らしたくない」から、
あれこれやってきたわけですが、
  
それは、高次の視点から言うと、
  
【 ポジティブな流れを完全に信頼できていない 】
  
という事ですからね。
  
  
どちらにしても、
「期待を手放す事」はポジティブな事です。
  
  
私は、「地球のポジティブ化」という期待を手放しました。
  
  
滅びるなら滅びれば良いぞ、人類。
  
私自身は、死ぬのが怖くないから。
  
  
夢や理想がこの地球上で叶わなくても、
死んでこのネガティブな世界からオサラバ出来るなら、
  
それもまた良しです。
  
  
今は、地球の為の活動なんて、
「頼まれてもやってやるもんか!」って感じです。
  
  
アホらしい。
  
  
心底、人類は滅びれば良いと思う。
  
  
私は滅び行く地球で、
自分が余生を楽しく過ごす事だけを考えます。


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2018年10月18日

「教育の限界」と「文明の進歩」

私は、教育によって他人にどれだけ影響を与えられるのか?
  
その限界を追求したかった。
  
  
そして、「先天的才能の影響力」を悟り、「教育の限界」も悟った。
  
  
私の生き方は、
  
【 限界を追求し、限界を悟り、線引きをする… 】
  
その繰り返し。
  
  
そうすることで、
適切な「バランスポイント」が理解できる。
  
  
そして、「先天的要素」と「後天的要素」
それぞれの限界を悟り、線を引けたと思う。
   
 
「後天的教育」という影響によって、
「変わっていく人」と「変わらない人」の線引きが。
  
  
今後は、
  
・「ネガティブな人」の相手はしない
・「才能が無い人」の相手はしない
・「主体性が無い人」の相手はしない
・「人の仕事の価値を低く見積もる人」の相手はしない
  
ポジティブな結果に結びつかない行為だから。
  
  
才能が無い人には、
無い人のなりの幸せがあるのだろうし、
  
才能が無い人間としての人生を歩むことで、
「魂としての学び」を得るのだろう。
  
  
私は、「先天的な才能でメシ食ってる」
ってタイプの人間が嫌いだった。
  
「努力や苦労を積み重ねても結果が伴わない人」
もいる中で、不公平を感じていたから。
  
  
だからこそ私は
  
【 努力型人間にとっての希望 】となる教育を追求したかった。 
    
  
でも、「本物の努力型人間」が存在するなら、
  
私の提供する無料の情報によって、
既に本人の望む結果に繋がっているだろうとも思うし、
  
苦労に耐え、努力できること自体が、
既にひとつの「先天的才能」なのかも知れない。
  
  
とにかく、何事にも限界が存在する以上、
  
私がどれほど限界を追求して「最高の教育」を提供しても、
それを自身の結果に結びつけられない人も必ず存在するという事。  
  
  
それが、よくわかった。 
  
  
でも、ひとつ言える事は、 
  
江戸時代で「殿様」や「大金持ち」の生活をするよりも、
  
【 現代で貧乏な生活をしている方がまだマシ 】ってこと。
  
  
・便利な家電は無い
・一切の「洋食の類い」も食べられない
・コーヒー、紅茶も飲めない
・エンターテイメントも少ない
・医療や衛生面の質も低い
  
江戸時代の「身分の高い人」と言っても、所詮はそういう生活。
  
    
「原始的な文明のお偉いさん」より、  
【 高度な文明に住む一般人 】の方が幸せで快適。
  
  
それは、自分自身の快適さや幸福度は、
  
【 自分の属する文明の影響力 】が大きいからだ。
  
  
なればこそ、
才能が無い人でも幸せに暮らせる社会を作るには、
  
【 文明を進歩させることが最適解 】と言えるのだろう。
  
  
そして、文明を大きく進歩させるのは、 
  
1.自然法則(数学・物理)の解明
2.自然法則を基盤としたテクノロジーの発展
  
この2点がコアと言える。
  
  
文明を進歩させるのは、自然法則を研究する
科学者(数学・物理・論理の専門家)なのだ。
  
  
そして私は、
  
人間の精神を「物理学的観点、科学的観点」で研究し、
解明してきた。
  
  
今後はその知識を、
「ネガティブな人々への教育」に用いるのでは無く、
  
もっと大きな枠で、【 文明の進歩 】という方向性で、
  
最適なルートを模索したいと思う。


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2018年10月17日

「先天的」と「後天的」のバランス

私は教育者として、「教育」と「努力」という後天的要素が、
生み出せる結果を大きく左右すると信じていたかった。
    
  
理屈では、先天的と後天的は「50:50」だと知っていても、
無意識レベルでは、後天的要素を過大評価していた。
 
実際私自身、20歳半ばまで、
自分に先天的才能があるとは思っていなかったし、
  
現在まで自分は「苦労と努力型の人間」だと思っていた。
  
  
しかし、実際には私が思う以上に、
先天的才能の影響は大きいのだと思う。
  
過去を振り返っても、
自分には子供の頃から「他人には無い視点や知性」があったと思う。
  
  
ただ才能の影響の強さを認めると、生まれつきの先天的要素で、
「収入」や「地位」や「幸福度」が決まってしまような気がして、
  
身分制度のように「不公平」や「不運」によって
人の可能性が閉ざされてしまうようなイメージがあった。
  
  
しかし、才能が無い人は、
「無い人なりの理想」を本人の努力で手に入れて、
  
本人の満足の行く幸せを手に入れることは出来るのだろう。
  
  
【「先天的な天才」を「努力家」が超越する 】
って言うストーリーは、少年マンガでも好まれる美談だけれども、
  
後天的要素では、
決して超えられない壁も存在するのが事実なのだろう。
  
  
だとすれば、特定の才能を持った人間が、
  
その才能を活かして、
才能が無い人には手に入れられない程の大金を稼げるとしても、
  
【 才能によって大金を稼ぐ人間としての責任 】を果たさねばなるまい。
  
  
それに、才能があるのも良いことばかりじゃない。
  
例えば「将棋が強い」と言う事にしたって、
  
「人と大きく違う」と言うのは、
【 理解と共感されない「苦しみ」や「孤独感」】も生む。
  
  
才能が無い人には、
孤高の天才には決して得られない「多数派の共感」が得られる。


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