2018年06月

2018年06月09日

お金を受け取る必要性

私は基本的に、
  
【 顧客の金銭的負担を、出来る限り減らしたい 】
  
と思って、仕事をしています。
  
  
要は、「出来る限り自分がお金を受け取らないよう」に、
仕事をしている訳です。
  
  
多くのビジネスパーソンは、
  
「自分の受け取るお金を最大化させよう」
と思っているでしょうけど、
  
私は、その真逆です。
  
  
まぁ、多くの人にとっては意味不明だと思います。
  
  
なぜ、私が顧客の金銭的負担を最小限にしようとしているか?
  
それは、【 最大効率で成長して欲しいから 】です。
  
  
その為に、支払った金額に対して、
「最も費用対効果の高い自己投資」をして欲しい…、
  
そう思っている訳です。
  
  
私の仕事における一番の目的は、お金ではありません。
  
  
もし、お金が欲しいのであれば、
  
お金を持っている個人や企業だけにターゲットを絞って、
仕事をします。
  
  
で、自分がお金持ちになれば、
  
「お金持ちをスゴイ」と思っている人が寄ってきますし、
広告宣伝費にもお金を掛けられますし、
  
知名度を高めるという意味でも、非常に有利です。
   
  
良い事尽くめの様に見えますが、では、
  
・なぜ私はその方向性をあえて蹴っているか?
  
・なぜお金を持っていない人に対して、安く仕事をしているのか?
  
  
その理由は、目先の「お金」や「知名度」よりも、
  
私と価値観が近く、
【 共に活動してくれる人 】の方が、遥かに貴重だからです。
  
  
もし、私が一人でお金持ちの個人や企業を相手にしても、
  
私一人だけのマンパワーでは、出来る事に限りがありますし、
何より、私は自由な時間が欲しいので、
  
【 私の仕事を手伝ってくれる人 】が必要なのです。
  
  
しかも、自分の仕事を手伝ってくれる人は、
  
誰でも良い訳ではありません。
  
  
お金がモチベーションになっている人を雇っても、
  
私の活動には本気になれません。
  
  
私の活動に本気になれる人は、お金よりも、
  
「本当に、世の中を良くしたい、他人の人生を良くしたい」
  
そう心の底から思える人間で無ければなりません。
  
  
そうでないと、
安心して仕事を任せることも出来ません。
  
   
そういう人間と一緒に仕事をする方が
  
私の目指している「世の中を変える事」と、
私の「自由時間の確保」という点で、
  
勝っているのです。
  
  
で、私の活動に協力してくれそうな人には、
最大効率で成長して欲しいので、
  
私が提供するサービスの価値に対して、
受け取るお金を最小限に食い止めている訳です。
  
  
要は、【 将来性を見込んで投資している 】ような格好です。
  
  
効率の良い投資とは、「将来価値が上がるモノ」に対して、
  
【 今持てる資源を、出来る限り多くブチ込んでいく事 】です。
  
  
なので、私は現段階で「自分の持てるあらゆる資源」を、
  
【 将来、価値が上がりそうな人間 】に、全てブチ込んでいる訳です。
  
  
そういう理由で、
私は自分が受け取るお金を最小限に抑えています。
  
  
別に、私の活動に協力する気が無い…、
  
己の自己実現を通して、
私(中井)の教育のレベルの高さを証明したいとも思わない…、
  
  
もし、そういう人に仕事をするんだったら、
彼らの「10倍〜1000倍」くらいの金額をチャージしますね。
  
  
「投資」じゃ無くて、【 対等な取引 】であれば。
  
  
ただ、私が「将来の協力者への投資」のつもりで、
出来る限り安く仕事をすると言っても、やはり限度があります。
  
  
その事に、先日気付きました。
  
  
お金を受け取って仕事をするパターン、
お金を受け取らずに仕事をするパターン、
  
いろいろなパターンがあります。
  
  
教育は、「形の無いサービス」ですし、
モノの様な原価などもありません。
  
原価に対して3割の利益率を乗せる…と言うような、
金額の根拠もありません。
  
  
ですから、
「無料の助言」と「有料の助言」って、何が違うの?
  
って言われても、説明が難しかったりします。
    
  
ただ先日、
  
しばらく私にお金を払っていなかった人が、
私にお金を払った瞬間、
  
メンタルの調子が劇的に向上しました。
  
  
私は、「目に見えない世界でのエネルギーの動き」を、
常にアンテナ全開にして観察していますけど、
  
  
明らかに、相手が私にお金を払った瞬間、
目に見えない世界でのエネルギーや意識が変化しました。
  
  
つまり、目に見えない対象に「お金を払う」という行為は、
  
「エネルギーの交換」であって、
言い換えれば【 エネルギーを買う 】という事なのです。
  
  
例えば、お金持ちの男性が、
水商売の女性にお金を払ったり、プレゼントしたりしますけど、
  
それも、
【「女性エネルギー」を買っている 】という見方もできる訳です。
  
  
ですから、
目に見えるモノやサービスを買う訳でなくても、
  
「人にお金を払う」という行為は、
実際には「その人のエネルギーを買う」
  
という事になっている訳です。
  
  
私は、モノでもなく、サービスでも無いモノにお金を払うって、
ちょっと「宗教のお布施」みたいで気持ち悪いと思っていました。
  
だから、「遠隔ヒーリング」でお金をもらうっていうのが、
なんとなくしっくりこない。 
  
そもそも、効果の測定も難しいですしね。
  
  
でも、カタチの無いモノにお金を払う事が、
  
素晴らしい効果を生むこともあると学びました。
  
  
  
結局、何が言いたいのか?っていうと、
  
いくら私が、他人の幸せと成長を願い、
ありとあらゆる手段を講じる覚悟があったとしても、
  
相手が「対価を支払う」という行為をしないと、
  
【 受け取る器ができず、何も受け取れない 】という事です。
  
  
私は、世の中を良くするという目的が達成できるのであれば、
  
いくらでもタダ働きする覚悟です。
  
  
しかし、相手から対価を受け取らないと、
  
【 相手に受け取る器ができず、受け取れない 】
  
そういう事実もある訳です。
  
  
つまり、私にいくらでもタダ働きする覚悟があっても、
  
対価を払わない人間は、私から満足に受け取る事ができないのです。
  
  
世の中には、無償で他人から一方的に
価値を受け取っている様に見える人もいます。
  
でも、そういう人は、
それまでに無償で別の他人に何かしてあげているのです。
  
  
その【 徳(善業)】が、
回り回って自分に返ってきているだけです。
  
  
要は、自分から発信しない人の元には、
  
何も返ってくる事がないのです。
  
  
私は無料のブログを書いていますけど、
その内容をどんどん吸収出来る人は、
  
私と同じく、
無料で教える活動をしている人ではないでしょうか?
  
  
・与えたモノが、返ってくる
  
・与えないと、返ってこない
  
  
それが、宇宙のルールです。
  
  
私の目的は、最大効率で他人に成長してもらう事です。
  
  
その為に、金銭的負担を減らそうとしてきましたが、
  
金銭的に余裕がある人は、
そのお金で私のエネルギーを買ってもらった方が、
  
よりスムーズに、速いスピードで成長できると思います。
  
  
別に対価はお金だけじゃ無くても、
私のプラスになる事なら何でも良い訳ですが。


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haxe501 at 15:03|Permalinkclip!

2018年06月08日

ヒーローの責任

私は幼い頃、アンパンマンに憧れていました。
  
優しい正義のヒーローです。
  
アンパンマンがバイキンマンを殴る時、
一体、どういう気持ちで殴っているのでしょうか?
  
自分が子供の頃は、そんな事を考えたこともなく、
ただ、「悪者から罪なき人々を守った」
  
きっと、その「見栄えが良い部分」だけしか、
認識していなかったのだと思います。
  
幼い子供は、アイドルがステージの裏で、
どんな苦労をしているのか知らないのと同じです。
  
  
じゃあ、今アンパンマンの気持ちを想像してみると、
殴る時に快感を覚えているでしょうか?
  
きっと違います。
  
  
・極力やりたくないけど、最終手段として仕方なくやっている
・責任感の強さから、結果を背負っている
  
そういう気持ちでしょうね。
  
  
では、私にとっての敵は何か?
  
ひとりの人間そのものが私の敵になる事はなく、
私の敵は、「人間の内面に潜む闇」です。
  
人間の一部分。
  
  
医者にとっての「ガン細胞」みたいなモノです。
  
現代の医療では、ガンを除去する為には、
身体に負担を掛けざるを得ない場合もあるでしょう…。
  
強い薬を投与したり、
手術して身体をメスで開いて患部を切り取ったり。
  
人の血を見るのが好きな医者はあまりいないでしょう。
  
でも、強い責任感から結果の為にあえてやっているのです。
  
私がやっているのも、まさにそんな所ですね。


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haxe501 at 13:46|Permalinkclip!

2018年06月07日

中井流「子育て方針」

最近は、
  
「インスタグラム」や「NewsPicks」での
短文表現に「手応え」を感じてやっていました。
  
「短文で人間の深層心理に深く影響を与えるコツ」
が少し見えたので、いろいろ試していたのです。
  
  
その間しばらく、長文記事を書いていませんでしたが、
やっぱり長文も書きたいので書きます。
  
  
いずれ書こうと思っていましたが、
今回は「子育て」について書きます。
  
  
多くの母親は、赤ちゃんを育てるのに、
  
・「母乳」がいいかな? 
・「粉ミルク」がいいかな?
  
という事で迷っていそうですが、
  
私から言わせると、飲むミルクの違いでは、
人生に大した違いは生まれません。
  
  
母親の「食事の質」や「健康状態」が悪ければ、
粉ミルクの方が良いかもしれないし、
  
粉ミルクの品質も、メーカーによって様々です。  
  
  
ですから、どっちかが必ず良いという訳でも無く、
ケース・バイ・ケースでしょうしね。
  
  
飲むミルクの違いなどは、
人生に大した影響を及ぼしませんが、
  
子供の将来に強く影響を与えるのは、【 思想 】です。
  
  
思想を言い換えると、
  
「人生観、人間観、考え方、価値観…」という事です。
  
  
ですから、「子育て」で一番重要なポイントは、
  
【 思想形成 】だと言える訳です。
  
  
思想形成を間違っちゃうと、
歪んだ思想を持つ子供…、将来の大人になります。
  
  
ですから、「子育て」で一番大切なことは、
  
【 思想形成に気を付けてあげる事 】であって、
  
それ以外の事は、「枝葉末節」です。
  
  
ミルク? 習い事? 英才教育? オモチャ?
  
  
そんな事よりも、【 思想 】こそが、
  
人生を生きていく上で、
「根本的に影響を持っている部分」なのです。
  
  
親から子供にできる最高のプレゼントは、
  
【 人生を前向きに生きていくための
 「ポジティブな思想」を与えてあげる事 】
  
なのです。
  
  
私の長女は、現在で1歳8ヶ月くらいになりますが、
  
私は、長女に対して怒ったり叱ったことは、
一度もありません。
  
  
なぜか?
  
  
言葉すら扱えない幼児に、
怒ったり叱ったりしたとしても、
  
そうされる理由を理解できるだけの知性を
まだ持っていないからです。
  
  
なぜ怒られたのか? 何が悪いのか?
  
そういう「因果関係を理解できる知性」を、
言葉も満足に喋れない幼児は持っていません。  
  
  
理解できないのだから、叱っても不毛です。
  
   
しかも、幼児のやることには全て、
「悪意」や「悪気」はありません。
  
  
・本人に悪意が無い
・叱ってもなぜ叱られたのか理解できない
  
この2点の理由から、
  
幼児相手に怒ったり叱ったところで、
全くもって、意味が無いという事です。
  
  
幼児が気にくわない事をして、
親が子供に怒りをぶつけるって言うのは、
  
本質的には、【 八つ当たり 】でしかありません。
  
  
「八つ当たり」は、決して「しつけ」ではありません。
  
    
「しつけ」は、相手の将来を想ってする事であって、
「八つ当たり」は、ただの身勝手な憂さ晴らしです。
  
  
では、親から「八つ当たり」をされた子供は、
どう思うでしょう?
  
【 なぜ怒られたのかよくわからないけど、
  知らない間に地雷を踏んでいるんだな… 】
  
と感じます。
  
  
そう感じたら、
  
「怒られないために、余計な事はしないでおこう…」
「他人の感情を害することは、自分の為にならないんだな…」
  
という発想になります。
  
  
そうやって、
  
【 他人の「ご機嫌」や「顔色」を伺ってから、
  自分の取る行動や発言を決める 】という、
  
主体性の無い「奴隷思想」が育まれる訳です。
  
  
要は「奴隷思想」というのは、
  
【 子に対する親の「八つ当たり」の産物 】なのです。
  
  
これが、【 子育ての悪い例 】です。
  
  
では、どうすれば子供は、
「良い思想」を持つことが出来るでしょう?
  
  
ポジティブな思想形成のために、
子供が最優先で学ばなければならない事は、
   
【 自分を愛すること 】です。
  
  
自分自身を大切に想い、自分自身に優しくする。
  
これを子供に教えなければ、
  
子供は、
  
・自分の事も大切にしない
・自分の人生も大切にしない
  
ついには、「自暴自棄、投げやり、ヤケクソ」になって、 
  
【 自分も、他人も、世の中も、もうどうなっても良い! 】
  
【 自分も破滅すれば良い! 世の中も破滅すれば良い! 】
   
という発想に行き着きます。 
  
  
そういう人が、無差別殺人を犯している訳ですよ。
  
  
自分に対する認識と、他人に対する認識は共通しています。
  
これは、心理のメカニズムです。
  
  
例えば、「犯罪者には価値が無い」という価値観を持つ人は、 
  
犯罪者の他人を見かけると、
「アイツは価値の無い人間だ」と断罪するでしょうが、
  
もし、いずれかの自分が犯罪者になってしまったら、
「自分には価値が無い」と、自分自身を責めて裁きます。
  
  
自分の持っている価値観は、
自分に対しても、他人に対しても、同じように適応されるのです。
  
  
だからこそ、自分を深く愛した分だけ、他人も深く愛せるのです。
  
  
自分を大切にする人ほど、同じく他人も大切にできるのです。
  
  
自分を犠牲にして、他人を大切にするって事は、
本質的にはできない事です。
  
  
表面的には、そう見える事もあるでしょうけど、
  
自分を犠牲にする人は、
他人も犠牲になるべきだと思っていますからね。
  
  
「他人も犠牲になるべきだ!」と思っている人が、
「他人を大切に思っている」と言えるでしょうか?
  
  
という事で、【 自分を愛すること 】こそ、
  
「ポジティブな人間観」を持つ為の基盤となる訳です。
  
  
しかし、自分自身を愛していない親が、
  
どうやって、我が子に
「自分を愛すること」を教えられるでしょうか?
  
  
そんな事は、不可能なのです。
  
  
だから、自分が親としてまだ未熟なのであれば、
   
  
《 プランA 》
親である自分が、率先して心理に取り組み、自分自身を愛し始めるか?
  
《 プランB 》
自分を愛することを知っている人に、子育ての一部をお願いするか?
  
  
どちらかの方法で無いと、
  
子供は「自分を愛すること」を学べないのです。
  
  
自分が親として未熟である…。
  
その事実を受け入れたら、
  
・自分が親として成熟していくか?
・既に成熟している人の助力を借りるか?
  
問題解決には、その2つしか方向性はありません。
  
  
まぁ、両方の同時並行が良いと思いますけどね。
  
  
  
これが、「子育て」における最重要ポイントです。
  
  
私の子供がもう少し大きくなってきたら、
たくさん本を与えたり、いろんな経験を積ませて、
  
その中で「本人の情熱」を特定して、
その才能を伸ばしてあげようと思ってます。
  
  
その辺の細かい内容については、
また別の機会にお話ししたいと思います。
  
  
言葉がわかる様になってきたら、
思いっきり全力で叱り飛ばす時もやってくるでしょうけどね。
  
その「しつけ」も、もちろん子供の将来の為です。
  
  
そして、いずれは「心理」と「経済」を徹底的に教え込んで、
10歳前後で、自営業者としてデビューさせるつもりです。
  
  
それが、私の子育てプランです。
  
  
ま、子育てしている方々には、
  
参考にできる部分はして頂けたらと思います。
  
  
  
とにもかくにも、
  
子育ての最重要部分は、【 思想形成 】であって、
  
それ以外の部分は、【 枝葉末節 】という事です。
  
  
子供に「八つ当たり」ばかりしていたら、
立派な奴隷に育ちますよ。
  
心理教育のプロとして、保証します。


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haxe501 at 18:58|Permalinkclip!

2018年06月03日

真実の周知と世界の変化

昨日は、
「私が有名になることは、何を意味するか?」
  
という話を、会った人にしました。
  
  
ブログ記事を継続的に読んでいる人は、
もう、お分かり頂けているかと思いますが、
  
人類は、そもそも「心理学」と「経済学」が苦手なのです。
  
  
だからこそ、科学やテクノロジーの発展で、
次々と世界の問題が解決していっても、
  
心理と経済の問題は、一向に解決しないのです。
  
  
心理・経済・健康の3領域は、人間の生活の土台です。
  
でも、その土台に対して無知なのだから、
幸せで快適な生活を送っている人は少ない訳です。
  
  
で、私が有名になるということは、
  
世の中の「心理と経済に関するあらゆる問題」が、
【 根本解決に向かう 】という事です。
   
  
では、そうなったときに、
  
これまで心理学や経済学の仕事に携わって生活していた人たちは、
どうやって生きていくのでしょうか?
  
  
答えは、
  
1.私から学びながら、これまでの仕事を続けるか?
2.別の仕事に鞍替えするか?
  
  
大きく、二つの方向性だと思います。
  
  
ネットで調べましたが、
  
これまでの臨床心理士の資格取得者は、
累計3万4千人ほどらしいです。
  
  
別に、心理の仕事をしている人は、
臨床心理士だけではありませんから、
  
その10倍はいると見て、
  
日本だけで、30万人くらいは、
「心理関係の仕事をしている人」はいると思います。
  
  
私が有名になって、本物の心理学が世に広まれば、
  
その30万人は、どうするんでしょう?
  
  
例えば、そのうちの1割くらいが、
  
「これまで学んできた事、信じてきた事を捨ててでも、
 心理の仕事を続けたい!」
  
と思うとすれば、
  
私から心理の神髄を学びたい人は、
日本国内に3万人くらいは存在すると思います。
  
  
私は一気に、日本だけで
3万人の生徒を抱えることになるかもしれません。
  
世界規模で言うと、
「数十万人〜数百万人規模」のプロフェッショナルたちが、
  
私の生徒になるでしょうね。 
  
  
それが、私が有名になれば起こる事です。
  
  
あらゆる企業とのコラボレーションや、
商品開発のアドバイスもしなきゃいけません。
  
私に出来ることは多岐にわたりますから、
引っ張りだこで、超多忙になるでしょうね(笑)
  
  
で、昨日も自分の生徒に言ったのですが、
  
「後からいろんなプロたちがたくさんやってきたとして、
   
 その時に自分は、先に学んでいる人間として、
 先輩風を吹かせられそうですか?」
  
って言ったんですよ。
  
  
私が有名になったら、
心理教育者を育てるプロ組織を作ると思いますが、
  
精神科医などとは比べものにならないくらいに、
人間の心理的問題(悩み)を次々に解決できるプロを育てますよ。
  
  
そのプロ組織の中で、
自分のポジションがあると思いますか?って。
  
先行して学べているというアドバンテージを、
ちゃんと活かせてますか?って。
  
  
どんな業界、どんな商売にも言える事ですが、
  
優秀な人間って言うのは、後からやってくるんです。
  
  
誰かにとっては、私も「後からやってくる人間」でしょうしね。
  
  
後からやってくる人間に立場を奪われないためには、
  
走り続けないとダメなんですよ。
  
  
だから、私は人生や経営を、
  
【 耐久マラソン 】だと表現するのです。
  
  
「自転車ロードレース」でもいいですが。
  
  
一時的に調子が良くても無意味で、
  
1番先を走り続けたいなら、追いつかれちゃダメだし、
  
追いつかれないためには、
後ろに迫ってくる人間が現時点で見えていなくても、
  
ずっと走り続けないといけないんです。
  
  
そういう意味で、
  
童話「カメとウサギ」の教訓そのままです。
  
  
かけっこで、カメを引き離したからといって、
昼寝していたら、いつの間にか追い越される…、
  
という事です。 
  
  
本当に戦わなければならないのは、
今隣にいるライバルよりも、
  
後ろから追い上げてくる人間です。
  
  
今、隣にいるヤツと比べて、  
勝った、負けたで一喜一憂しているのは、
  
【 ど ん ぐ り の 背 比 べ 】
  
または、
  
【 目 く そ 鼻 く そ を 笑 う 】
  
などと、言うのです。
  
  
今、隣にいる人間なんて、どうでも良い。
  
隣にいる人間との勝った負けたは、どうでも良い。
  
  
長期スパンで見たら、一切関係無いんですよ。
  
  
仕事や人生における本当の勝負は、
  
【 後ろから追い上げてくる人間に、追いつかせるのか? 
 それとも、引き離していけるのか? 】
  
という事なのです。
  
  
ですが、そんな視点を持っている人は、当然少ないです。
  
  
だから、目に見える隣の人間との勝った、負けたで、
いちいち、一喜一憂しちゃう。
  
「どんぐりの背比べ」を気にするのです。
  
  
そもそも、人間にとって、
  
人生における「最善の選択」を行う事は、  
非常に難しい事なのです。
  
  
将棋において、最善の一手を指すことくらいに、
非常に難しい事なのです。
  
  
なのに、多くの人は人生の重要な選択を、
  
適当に判断します。
  
  
「まぁ、きっとなんとかなるだろ…」と、思ってね。
  
  
「まぁ、きっとなんとかなるだろ…」という気持ちで、
  
将棋の一手を指していて、勝てますか? 
  
  
戦略も無いのに…。
  
  
そもそも、ほとんどの人が、
  
「人生とは、どういうゲームか?」という事自体を、  
勘違いしているのです。
  
  
だから、無知のままで勝てる訳が無い。 
  
  
耐久マラソンなんだから、
  
瞬間的な順位なんかよりも、とにかく無理せず、止まらず、
「一定のペースで前に進み続ける事」が大切です。  
  
  
そもそも、自分を大切にしていないから、
自分の人生も大切に思えていません。
  
  
だから、人生における重要な選択を、
適当に判断してしまうのです。
  
  
多くの人は、
  
「アタマが悪い人間は無価値」だと思っていて、
自分のアタマの悪さを認めたく無いようです。
  
  
しかし、よほどの達人でもなければ、
  
人生で最善の選択を行う事はできません。
  
  
将棋と同じです。
  
  
ほとんどの人間は、
自分の人生で最善の選択を下せるほど、賢くないのです。
  
  
まず、そういう前提を認めることからですね。
  
  
それを認められたら、
もう少し慎重な態度にもなるでしょう。


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haxe501 at 17:22|Permalinkclip!

2018年06月02日

「自営業者」と「破産の恐怖」

自営業者という立場は、
決して安定した収入が保証されている訳ではありません。
  
だからこそ、どんな自営業者も、
ある程度業績が良く、成功していたとしても、
   
【 破産の恐怖 】に直面する経験はあるはずです。
  
  
むしろ、「破産の恐怖が、常に付きまとっている」
  
と言った方が良いかもしれません。
  
  
自営業者という立場で生きる人は、
未来に対して「あらゆる想定」をしなければなりません。
  
シミュレーションを行う事が、
自営業者にとっての重要な「業務」です。
  
  
だからこそ、自分が破産してしまう事だって、頭をよぎって当然。 
  
それが普通の事ですし、むしろ、そうあるべきです。
  
  
自営業者である以上、
「破産の恐怖」からは逃れられない訳で、
  
だからこそ私は、自営業者っていうのは、
【 破産の恐怖を乗り越えて、ようやく一人前 】だと思っています。
  
  
逆に言うと、「破産の恐怖」を乗り越えられないのであれば、
自営業者として生きていくのは難しいでしょうね。
  
  
で、自営業者の多くは、
「破産の恐怖」を乗り越えているからこそ、
   
サラリーマンという立場で生きている人とは、
【 背負っている責任 】や【 気迫 】が違うのです。
  
  
私も、過去に「破産の恐怖」を持っていましたが、
  
もう破産の恐怖は感じません。
  
  
それは、
  
【 最低の状況を想定し、それが起こったら自分はどうするか? 】
  
という事を、既に決めているからです。 
  
  
例えば、私が今、破産したらどうするでしょう?
  
  
とりあえず離婚か別居して、
当面は子供をいずれかの実家で養ってもらって、
  
私は身軽な独り身になって、
再起を目指してまた事業を始める…。
  
  
それが、私のやることです。
  
  
収入が無ければ、当然ながら家族を養えないですし、  
家族と同居していたら、起業に集中できません。
  
金銭面で親族に迷惑を掛けないためにも、
一旦、関わりを遠ざけた方が良いと判断します。
  
  
だから、離婚か別居をして、再起を目指す…。
  
それが、私のやることです。
  
  
昔は、成功できなかったら自殺しようと思ってました。
  
サラリーマンとして何十年も企業に勤めて、
時間が縛られ続ける生活をするのは、
  
私個人にとっては死んだ方がマシの、地獄同然の生活ですからね。
   
  
でも、子供がいる以上、
子供を残して自殺するのは無責任すぎますし、
  
「一度成功できた」という体験があるので、
「何回だって成功できる」という自信もあります。
  
  
だから、子供が生まれた時点で、
私に「自殺」という手段はなくなっちゃいました。
  
いろんな意味で、
経済的に成功してから結婚して良かったです。
  
家族には、迷惑を掛けたくないですから。
  
  
とにかく、
  
【 人生や生活の「最低ライン」が見えていて、
  自分が「最低ライン」にまで落ちたら、次に何をするか? 】
   
それを決めていたら、もう恐怖なんて無いんですよ。
  
  
状況に応じて、淡々と行動するだけです。
  
  
多くの人が破産を怖れているのは、 
  
【 破産した人を見下しているから 】です。
   
  
「あちゃちゃー、失敗しちゃって! 恥ずかし〜〜!!」
  
などと、見下しているからですよ。
  
  
破産する事自体は、なにも恥ずかしいことじゃ無いし、
  
むしろ、見下している人間の方が恥ずかしい。
   
   
日本人は、
  
【 恥ずかしい = 価値が無い = 悪い存在 = 他人から助けてもらえない 】
  
と、連想しているのです。
  
  
「恥ずかしい目」に遭うと、自分に価値が無くて、
  
自分に価値が無いから、悪い存在で、
  
悪い存在だから、他人から助けてもらえない…。
  
  
そういう風に、連想しているのです。
  
  
人間にとって最大級の怖れは、【 無価値感を感じる事 】です。
  
「無価値 = 害悪」です。
  
  
自分を「無価値」だと感じる事と、
自分を「悪い人間」だと感じる事は、本質が一緒なのです。
  
  
人間は、自分を「無価値」だと思いたくないし、
  
自分を「悪い人間」だと思いたくないのです。
  
  
でも、「恥ずかしい事」を「無価値、悪い事」だと思い込んでいるのは、
  
勝手な思い込みです。
  
  
だから私は、【 恥ぐらい掻け 】というのです。
  
  
人生も商売も、攻めの姿勢でないと、何も手に入りません。
  
  
例えば、「守りの姿勢で起業する」って意味わかんないでしょ?
  
ゼロから起業する時に、守るモノなんか無いのに。
  
  
「攻めの姿勢」を持つ為には、恥を捨てないとダメです。
  
  
「恥」っていうのは、
私がいつも言っている「優等生病」の事ですよ。
  
  
【 他人から優れた人物だと認識されたい、承認欲求 】の事です。
  
  
恥を捨てきれない、優等生病を捨てきれない人間は、
  
他人を見下して、自分はまだマシだと安心している人種です。
  
  
そんな人種が、攻めの姿勢でチャレンジできる訳が無い。
  
  
人生や商売では、【 守りに入ったら負け 】なのです。
    
昔はどうか知りませんけど、
「時代の流れが速い現代社会」では、特にそうです。
  
  
日々、どんどん新しいテクノロジーやサービスが生まれる中で、
  
守りに入った所で、
新しいモノを生み出している連中に勝てる訳が無い。
  
  
私はそういう事がわかっているから、
死ぬまで「攻めの姿勢」を崩しませんよ。
  
たとえ一度破産したって、攻め続けます。
  
  
「攻めの姿勢」っていうのは、
【 必要なリスクを背負って、果敢にチャレンジする 】という事ですよ。
  
  
守りの姿勢に入ってる人間は、
  
・「恥」を守っているのです。
・「見栄」を守っているのです。  
・「他人からの評価」を守っているのです。
  
  
他人の評価が、自分の将来を保証してくれんのか?と。
   
   
「他人の評価」を気にしている様な、承認欲求が強い人間は、
  
自分で自分を評価していない。 つまり、自分に自信が無いのです。
  
  
「他人がどう思おうが、自分の信念を貫く」という強さが無い。
  
  
恥や見栄を捨てて、果敢にチャレンジした人間だけが、 
  
「本物の自信」を手に入れる事が出来ます。
  
  
【 自信が無いから、チャレンジできない 】のではなく、
  
勇気を持ってチャレンジしないから、
【 いつまで経っても自信が身につかない 】のです。
  
  
自信が無いなりに、
その場で勇気を出せない人間は、そこまでなのです。
  
  
で、勇気っていうのは、傷つく覚悟です。
  
  
脱サラして独立起業するっていうのは、  
  
「破産する覚悟」を持つって事です。
  
  
「もしかしたら、酷い目に遭うかも知れない…」
  
そういう場所に、自ら飛び込む事です。
  
  
リスクを背負ってチャレンジするから、
「価値ある何か」が手に入るのです。
  
  
日本がアメリカに比べて、起業熱が冷めているのは、  
  
【 恥を守って、攻めの姿勢に出られないから 】でしょう。
  
  
「他人の評価」と「自分の価値」を結びつけるような、
  
過去の文化的価値観を引きずっているからです。
  
  
他人から
  
・悪人だと思われようが、
・失敗者だと思われようが、
・無様だと思われようが、
    
自分に評価を与える他人が、
自分の未来を保証してくれる訳じゃない。
    
  
もしかしたら、大昔の日本はそうだったかも知れない。
  
  
でも、今日の時代では明らかに違います。
  
  
リスクを過度に怖れる人間ほど、上手く行かないのが、
  
今日の時代です。
  
  
そのリスクとは、「他人から見下される」リスクです。
  
  
別に、見下されてもいいじゃん!
  
先に、自分の方が他人を見下しているから、
他人から見下される事が怖くなるんだよ。
    
  
他人を見下していない人間は、
自分が見下されることを怖れたりしません。
  
  
もし自分が多数派から仲間ハズレにされても、
   
少数の人間が、
「お前には高い価値がある!」って言ってくれたら、
  
それで充分でしょ?
  
  
それに、自信が無いなりに、勇気を出していったら、
  
「自分って、ちょっとカッコ良いな…」って思えますよ。
  
  
その積み重ねが、【 他人の評価に左右されない自信 】を作るのです。
  
  
今の時代、勇気を出さない人間には厳しくなっています。
  
   
「自信が無いから出来ない」というのは、全く言い訳にはなりません。 
  
誰しも、初めは自信なんて無いし、
積み重ねた経験が、自信を作っていくからです。
  
  
自信が無いなりに、勇気を振り絞っていかない人間は、
   
【 衰退と自滅の道 】を辿るのです。
  
  
一方、恥を捨て続けた人間の未来は、とても明るいですよ。


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haxe501 at 18:32|Permalinkclip!

2018年06月01日

夢と理想を描かない事は危機

私は過去、「地獄の様な精神的苦痛」を、
お腹いっぱいになるほど、たっぷりと味わってきました。
  
  
むしろ、無意識的には、
「苦痛を積極的に求めているような部分」もあります。
  
  
なぜ、私は苦痛から逃げなかったのか?
  
  
その理由は、私には【 大きな夢、野心 】があったからです。
  
  
私には、「偉人になる」という夢がありました。
  
私が20代半ばくらいの頃には、 
「自分が教える事は、世間で一番くらいに進んでるな…」
  
という自信を持てていました。
  
  
既に20代で、
もう年配の人たちが教えている事を超えているんだから、
   
「今からもっと頑張れば、偉人にだってなれるぞ!」
  
そう思ったのです。
  
  
で、この世に【 苦労していない偉人 】は存在しないと思います。
  
  
私は数多くの「偉人の生き様」を学んで来ましたが、
  
誰しもが、多くの苦難を乗り越えているわけです。
  
  
って事は、
  
【「乗り越えた困難の量」と、
 「人間の偉大さ」は、比例しているはずだ! 】
    
そう思ったのです。
  
  
ですから私は、自分が苦しめば苦しむほど、
  
「自分は偉人に相応しいぞ…」
「この苦しみが、自分を偉人にしてくれるぞ…」
  
と、そう解釈してきたのです。
  
  
私の例は極端ですが、ここで何が言いたいのか?というと、
  
【 苦難、困難を前向きに乗り越えるには、
 「叶えたい夢や理想」があってこそ!】
  
という事です。
  
  
誰しも、「目先の大きな大きな問題を解決したい…」
その為なら、苦しみも背負えるし、努力できます。
  
しかし、目先のストレスや問題が無くなった状態で
努力できる人になるには、
    
必ず、【 叶えたい夢や理想 】が必要なのです。
  
  
で、今の日本全体がそうなのですが、
  
目先の問題がある程度解決してきて、
【 努力する目的や意義 】を失っているのです。
  
  
日本人には、
  
【 夢や理想を描くこと 】が、圧倒的に足りないのです。
  
  
少し前は、夢を描いていても、現実を直視せず、
地に足が付いてない人たちを、
  
「意識高い系」と揶揄して、バカにする様な風潮がありました。
  
  
まぁ、それはそれで良いんですよ。
  
  
叶わぬ幻想に対しては、さっさと絶望した方が良い。
  
  
でも、非現実的な幻想に絶望した後には、
  
地に足が付いた現実に夢と希望を持たなければなりません。
  
  
大企業を見ていればわかりますが、
  
夢や理想を失った大企業は、
  
・目先の「苦難」や「困難」を避けようとして、
・出来る限りラクして業績をあげようとして、
  
【 衰退、自滅の道 】を辿ります。
  
  
じゃあ、なぜ日本人は夢を描かないのでしょう?
  
  
【 一番は、「無様な姿」を他人に晒して、
  恥を掻きたくないからでしょう? 】
  
  
ホント、自意識過剰ですよ。
  
誰しも、自分の事ばかり気にしていて、
他人の事なんて、それほど考えていませんよ。
  
  
結局、本心は、「自分より劣ったの人間」を見つけて、
  
「自分はまだマシだ…」と安心したいだけでしょう?
  
  
で、自分は「劣った人間を見下している側」であって、
「劣って見下される側」には落ちたくないから、
  
リスクを冒さない、夢や理想を描かない。
  
  
ホント、しょーーーーーーーーーーーーもないです。
  
  
無様な姿を晒して、恥くらい掻けよ。
  
  
どうせ、全員死ぬんだから。
  
  
恥を守ったところで、何になるって言うの?
  
誰かが褒めてくれて、ご褒美でもくれるの?
   
   
  
私は、自分がいずれ死ぬ事を知っているし、
  
しかも、いつ死ぬかはわかりません。
  
  
そういう前提があるから、
人生においては、攻めることしか考えないのです。
  
  
守りに入ったところで、何も手に入らないし
  
現状維持すら難しく、下降するしかありません。
  
       
人生で守りに入ったところで、
その先、「現状から下る流れ」しか待っていないのです。
  
  
企業経営だってそうでしょう?
  
守りに入っている企業に、将来性なんかある訳が無い。
  
  
新しい何かを生み出して、変わっていかなければ、
  
どんどん後続の企業に追いつかれて、淘汰されるだけです。
  
  
企業経営と、人生は、本当に似ています。
  
  
夢を描く人をバカにして、「現実を見ろ」
とか言う人もいるでしょう。
     
【 いや、お前こそ、「いつか死ぬ」っていう現実を見ろよ。】
  
  
チャレンジしないままに生きて、保身だけ考えて、
メシ食って、寝て、年老いて死んで、それが何になるの?
  
  
…と、私は思いますけどね。
  
  
日本人は、現状に満足して、夢を描いていない…。 
 
だから、まったく冴えないのです。
  
  
政治家にしても、
目先の問題に振り回されているだけで、まるで大局観が無い。  
  
  
で、夢や理想を描かず、守りに入ったところで、
  
衰退しか待っていません。
  
  
ですから、日本はこのままだと衰退するしかありません。
  
  
それもこれも、
  
【 他人に無様な姿を晒して、恥を掻きたくない 】
  
その、「保身的かつ臆病な価値観」故です。 
  
  
でも、それってただの自意識過剰ですよ。
  
自分で自分の事を恥ずかしいと、勝手に思ってるだけ。 
  
  
他人は、なーーーんにも気にしてないから。
  
  
結局、自分で自分を縛ってるだけ。
  
恥ずかしい気持ちから逃げているだけ。
  
  
それこそが、日本に蔓延する、日本人病ですよ。
  
韓国人には、「火病」っていうのがあるんですよね?
  
  
日本は、【 恥を掻きたくない病 】です。
  
  
良いですか?
  
夢を持つことがバカだとか、
夢を持つことが素晴らしいとか、
  
そういう話じゃ無いんですよ。 
  
  
そういう次元の話じゃ無くて、
  
夢を持たないことは、【 危機 】なのです。
  
  
夢を持たない人間は、衰退するしか無いからですよ。
  
夢を持たない人間は、
現状に満足した瞬間、下降するしか無いからですよ。
  
  
【 夢を持たない事に、危機感を感じなければならない 】のです。
  
  
夢を持たなければ、努力もできないし、
  
苦難・困難も乗り越えられません。
  
  
私が乗り越えられてきたのは、夢・理想があったからです。
  
だから、耐えてこられたのです。
  
  
橋下徹さんは、大阪都構想。
安倍首相は、憲法改正。
  
それが、夢だったと思います。 
  
  
でも、一発では叶わないくらい難しい。
  
  
なぜかって、どれだけ政治家が頑張ったところで、 
  
政治家は世論には勝てない。 
  
   
つまり、国民全員が賢くならない限り、
  
一部の政治家がどれだけ頑張ったところで、変わらないのです。
  
  
特に、日本人は【 変化を嫌うビビり国民 】ですしね。
  
  
私がやっているのは、システムやルールをいじる以前に必要な、
    
【 人間の意識を変える活動 】です。
  
  
もしかしたら、戦国時代や江戸時代には、
  
「恥を掻くくらいなら、死んだ方がマシだ…」
という価値観があったかもしれません。
  
  
でも、結局それも、
  
日本人特有の「村八分(仲間ハズレ)」を怖れての事でしょう。
  
  
自分の居場所を自分で選べる時代になって、
  
なぜ、まだ「村八分」を怖れるのか?
  
  
それは、学校教育によって、
  
狭いクラスに閉じ込められて、
「全員と仲良くしなさい」と教えられるからです。
  
  
そこで、【 仲間はずれを怖れる思想 】を植え付けられるのです。
  
  
・狭いクラスの何十人かから、どう思われるか?
   
・たまたま目の前にいる先生から、どう思われるか?
   
  
そんな事を徹底的に気にするように教育されているのです。
  
  
いや、社会に出たら、付き合う人間なんて自分で決められるし。
  
  
なんで、たまたま割り当てられた、
クラスメイトや先生の顔色を伺わなきゃいけないのか?
  
まったく、時代に適合していません。
  
  
学校教育は、奴隷教育です。
  
  
幼少期に受けた奴隷教育は、
大人になっても自分の思想の基盤になっているのです。
  
  
それを覆すのは、骨が折れる事です。
  
骨が折れる事ですが、
それをやらなきゃ、日本の未来、地球の未来がありません。
  
  
その以前に、
奴隷教育に染まっている人間一人一人と、その家族の未来もありません。


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