2018年06月

2018年06月18日

潜在意識の要望を無視した結果

この度の「潜在意識がテーマの記事」も第三弾、
いよいよ最終章です。
  
今回こそ、本当に私が伝えたい内容をお伝えします。
  
  
前回の記事で、
  
心理職は【「心の状態を感じ取る感覚」が頼りの仕事 】
と書きましたが、
  
やっぱり「論理的思考力」も必要ですね。
  
  
【「感性」と「論理」】
  
その両方が必要となる仕事です。
  
  
ネガティブ観念(無意識レベルの思い込み)の特定には、
  
「心の状態を感じる感覚(感受性)」と
「論理的思考」をフルに使いますからね。
  
  
結局、己の「潜在意識」と「顕在意識」の両方が
上手く連携して機能していないと、心理の仕事はできないのです。
  
  
三種の意識が「三つ巴」でクラッシュ&ショートしていると、
  
自分の心の状態もわからないし、
他人の心の状態なんて、ますます分かりっこありません。
  
  
ただ、「感受性」や「論理的思考」という能力は、
  
生まれ持った才能も多少あるでしょうけど、
後天的にも伸ばしていける能力です。
  
なので、
  
「自分は苦手だから、心理の仕事は諦めよう…」
なんて思わなくても良いです。
  
  
ただ、私以外の人間で、
  
私に近い水準で、
心理教育の「体系」や「メソッド」を作れる人は、
  
この世に存在しないと思います。
  
  
今の私という人間を作っているのは、
  
・生まれ持った「才能、個性」
・壮大すぎる「野心、野望」
・お金や常識に決して流されない「美学、信念」
・死にたくなるぐらいの、数々の「精神的地獄、試練、修羅場」
  
です。
  
  
それらが全て揃わないと、私という人間は作られません。
  
  
私と同じ要素・条件、または私以上のモノを揃えている人間が、
この世に二人といるとは思えません。
  
  
なので、私の心理教育と、
それ以外の人間の心理教育には、
    
その内容に、【 天地の差 】があるのです。
  
  
将来的には、心理の仕事というのは、
みな、私の生み出した体系を学んだ人間が行う事になるでしょう。
  
世界中の物理学者が、ニュートンやアインシュタインの
研究成果をベースにしているのと同じことです。
    
  
現在、心理関係の仕事をしている人は、
私の傘下に入るか、違う仕事に鞍替えするか?
  
どっちかになるでしょうね。
  
  
現在、心理の仕事をしている人の多くは、
  
他人よりも、自分自身を癒したいが為に、
心理を学びはじめたと言う人が多いでしょうしね。
  
  
そういう人は、自分の精神が癒えたら、
違う仕事がしたくなるんじゃないですか?
  
  
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
  
  
【「顕在意識」と「潜在意識」の役割は大きく違う 】
  
という話を、前2回にわたって解説してきました。
  
  
で、現代人のほとんどは、
  
【 自分の「潜在意識の要望」】を聞き取っていません。
  
  
私にとっては、自分の心の声を聞くというのは、
自然な事です。
  
  
おそらく、中学生の時にうつ病になって、
毎日布団の中で過ごしていたので、
  
「内面と向き合う習慣」が身に付いたのかも知れません。
  
  
ですが、特にそういう経験もない人は、 
  
本当に、「自分の潜在意識の要望」が、
まるでわかっていないのです。
  
  
やりたい事がわからない、
欲しいモノもわからない…という感じです。
  
  
「人を愛する」ってどういうことかわからない。
「自分を愛する」ってどういうことかわからない。
  
恐ろしい事に、そういう人がほとんどなのです。
  
  
で、自分の潜在意識の要望がわからないのは、
  
学校教育で、そのように教育されているからです。
  
  
「敷かれたレール」
「決められたルール」に沿って行動する事が正しい
      
そういう風に、学校で調教されているからです。
  
  
学校には、「自分の本心を知る授業」なんて無いでしょ?(笑)
  
  
本人がやりたかろうが、やりたくなかろうが、
  
【 勉強、テスト、受験、就活 】
  
決められたことを、ただ淡々とやり続ける生活を、
  
中卒で9年間、高卒で12年間、
大卒で16年間、院卒で18年間も続けるのです。
  
  
しかも、親によっては、
  
【 勉強の方が大事だ! 「ゲーム」や「漫画」は禁止! 】
  
【 一流のサラリーマンになって、会社に養ってもらいなさい! 】
  
となるのです。 全然やりたい事なんか出来ません。
  
  
もう、みっちりと仕込まれてますよね。
  
  
「潜在意識の要望」を理解するには、
  
【 集中して自分の気持ちを感じる必要 】があります。
  
  
いくら思考を働かせて考えても、潜在意識の要望はわかりません。
  
  
潜在意識のコミュニケーション言語は、【 感じる 】なのです。
  
自分と相手の「操る言語」が違えば、
コミュニケーションが取れないのは当然でしょう?
  
  
で、この世には、「感じる」という習慣を持たず、
「自分の潜在意識の要望」を聞いてない人で溢れている訳ですが、
  
潜在意識の要望を無視していると、どうなるでしょうか?
  
  
実は、【 人間の「個性」を無視する様 】になります。
  
  
「潜在意識の要望(情熱、価値観など)」は、
人それぞれ違う訳ですが、
  
それを無いモノとして扱うという事は、
  
【 人間を、全て性能が同じロボットや歯車のように捉える… 】
  
という事です。
  
  
そんな人間を分かっていない人間が
社会問題を解決しようと思っても、
  
   
経済問題の解決? 
 
「とにかく子供の数を増やせば良いんだろ?」
「一律のお金をばらまけば良いんだろ?」
「義務教育でプログラミングを教えれば良いんだろ?」
  
と言うような、紋切り型の発想になるのです。
  
  
各家庭、各子供によって、
状況や個性は千差万別なのに、
    
「個々に合わせた対策」では無く、
「全員一定、一律の対策」をしようとするのです。
  
  
その発想のベースには、
  
【 人間というのは、みんな性能が同じである 】
  
という「人間観」がある訳です。
  
  
各々が潜在意識の声を聞いていないから、
  
子供を産む理由も、
「日本の少子化対策の為に…」とか、
  
アホみたいな事をいう人間が出て来るのです。  
  
  
だれが、「日本の少子化対策の為」という動機で、
子供を産んで育てようとする親がいる?
  
そんな親はいないし、
そんな親がいたとしたら、気持ちわる過ぎます。
  
  
親が子供を欲しがる理由があるとすれば、
ほぼ全員「自分の幸せの為」です。
  
それは、当たり前の事です。
  
  
まだ産まれていない子供から、
  
「産んでください」「産まないで下さい」
とお願いされる訳でもありません。
  
子供を産むのは、
「親である自分が、もっと幸せになりたいから」です。
  
当然の話でしょう?
  
  
そういう「人間の幸せになりたい気持ち」を無視して、
「思考」だけを働かせているから、
  
子供を産むという行為を、
【 経済面だけで語ろうとする 】のです。
  
  
子供に対して、
  
「あなたが産まれてきて、父さんと母さんは幸せだよ」
と言うのか?  
  
「あなたは、日本経済の為に産んだの。ちゃんと働いてね」
と言うのか?  
  
  
どちらが「まともな神経」ですか?
  
  
子供に対して、「あなたが産まれてくれて親の私は幸せ」と、
  
そう言える事が、
幼児教育において根本的かつ最優先の要素じゃないですか?
  
そのこと以上に、お金や経済の方が大事だと、
本当に思います? 
   
   
それに、経済に無知な人間がたくさんいても、
経済は活性化しません。
 
少数でも、経済に熟知した人間がいる方が、
経済を活性化させるでしょう。
  
  
「量が重要では無い」とは言いませんが、
やはり【「質」の方が大切 】です。
  
  
その人間の質を高めるのが、【 質の高い教育 】です。
  
  
ただ人口だけ多くても、
国民の「精神的成熟度、経済的成熟度」が高くなければ、
  
住みやすい国にはなりません。 
  
それぐらいはわかるでしょう?
  
  
発展途上国を見ても、
  
人口がそこそこ多かろうが、
教育が普及していない国は貧しいのです。
  
  
「人間の潜在意識の要望(気持ち)」を無視して、
「思考」だけ働かせている人は、
  
自分を賢い人間だと思って、
賢ぶっているのかも知れませんが、
  
その実、「めちゃくちゃ的外れなアホ」になっているのです。
  
  
【 少子化対策の為に、子供をたくさん産んで下さい! 】
  
とか言っているヤツは、アホなのです。
  
  
そもそも、経済の問題は人口だけで何とかなる話じゃ無いし。
  
「テクノロジー」や「教育」の面で解決できる部分もあります。
  
  
それを無視して、
人口増加という手段に依存しているのもアホです。
  
  
それに、【 日本の少子化対策の為に子供を産む親 】は存在しません。
  
  
どれだけ「的外れ」な事を言っているかわかりますか?
  
  
子供を増やしたかったら、「お願い」するんじゃなくて、
  
「子供が欲しくても、経済的な理由で躊躇している」
という人の為に、
  
子供を産んで育てやすい経済環境を作ってあげる事でしょう。
  
  
無意識的に長時間労働を賞賛している経営者の頭を叩いて、
  
「頭脳労働、創造労働」による、
「時間を必要としない仕事のやり方」を推進していく事でしょう?
  
子守りをしながらでも仕事ができるように、
常識を変え、「仕組み」や「環境」を考えてあげる事でしょう?
  
  
っていう結論に至らないのも、
  
潜在意識の要望を聞かず、人間の個性を無視して、
人間を「同じ性能のロボット」の様に捉え、 
 
感じずに、思考だけ働かせている結果です。
  
  
人間の「幸せになりたいという想い」を無視して、
  
思考だけ働かせて、経済問題を考えても、
全てが的外れに決まっています。
  
  
きっと、働かないニートの人たちは、
「自分の気持ち」や「時間」を大事にする人たちです。
  
そういう人たちでも幸せに働けるような社会になる事で、
経済の問題は解決に向かうのです。  
  
  
人間はロボットじゃ無いし、個性や価値観も違います。
  
  
それを加味した上で、
各々の個性や価値観を尊重した仕組みじゃ無いと、
  
上手く回らないに決まっています。
  
  
感じる事をせずに、考えているだけの人間は、
  
「私は、私情に流されず、理知的で賢いでしょ?」
    
と思っているかもしれませんが、
実際には、めちゃくちゃ的外れなアホになっているのです。
  
  
【 人間の「幸せになりたい気持ち」を無視して、
  人間をロボットの様に捉えている 】のだから。
  
  
社会や経済を動かしている、
「人間に対する捉え方」が、根本からズレています。
  
根本がズレているのに、
社会や経済の問題解決法など、見つけられる訳がありません。
  
  
これが、今回私の伝えたかったことです。
  
  
【「感じる事を無視して、考えている人間」は、
  自分の事を賢いと思っている様で、実際にはエラい的外れだ 】
  
という事です。


mixiチェック

haxe501 at 11:03|Permalinkclip!

2018年06月17日

潜在意識の役割

前回の記事に引き続き、
今回も「潜在意識」について解説します。
  
  
前回の記事で、
   
・顕在意識
・ポジティブ潜在意識
・ネガティブ潜在意識
  
それぞれの意識が、
それぞれの立場で意思を持っている…
  
という話をしました。
  
  
では、「顕在意識」と「潜在意識」の、
  
【 役割の違い 】は何でしょうか?
  
  
潜在意識が司るのは、【 要望・やる気・理想 】です。
  
顕在意識が司るのは、【 思考・理解・判断 】です。
  
  
潜在意識は、
  
「あれがしたい! これが欲しい!」
「これはやりたくない!」
「そうすれば、自分は幸せになれるのに!」
  
という【 純粋な要望・やる気・理想 】を発する意識です。
  
  
顕在意識は、
  
「現実とはこういうモノだ」
「あれを達成するには、これが必要だ」  
  
という風に現実を理解し、
「何が可能で、何が不可能なのか?」
  
という【 思考・理解・判断 】を行う意識です。
  
  
わかりやすく表現すると、
サーカスの「猛獣使い」と「ライオン」みたいな関係ですね。
  
ドラゴンボールで言うと、
「魔導師ビビディ、バビディ親子」と「魔人ブウ」みたいな関係(笑)
  
  
ライオンは、知性は低いが、パワーは強い。
  
猛獣使いは、知性は高いが、パワーは弱い。  
  
  
同じ目的を持って、上手く協力し合えば、
「互いの目的」を達成する事ができますが、
  
互いの関係が悪ければ、
猛獣使いはライオンに襲われて、殺されてしまいます。
  
  
ですから、知性を司る「顕在意識」が、
上手く「潜在意識」を導いていくことが必要なのです。
  
  
潜在意識は、
「自分がどういう状態になれば幸せになれるか?」を知っています。
  
しかし、「どうすれば良いのか?」はわかりません。
  
    
顕在意識は、
  
「どうすれば潜在意識の要望が叶えられるか?」という事を、
現実的に考える事が出来ます。
  
  
それが、各々の役割なのです。
  
  
で、その潜在意識に、
「ネガティブ側」と「ポジティブ側」が存在しているのです。
  
  
  
代表的なポジティブ潜在意識の要望は、
  
・幸せになりたい
・人の役に立ちたい
・楽しみたい
・喜びたい
・感動したい
・愛されたい
・愛し合いたい
・快適に過ごしたい
・知らない事を知りたい
・美しくなりたい
  
  
要は、
  
・自分と他人に「心地良い影響」を与えたい
・自分自身や社会の「理想的な姿」を追求したい
  
という感じです。
  
  
  
代表的なネガティブ潜在意識の要望は、
  
・不幸になればいいのに!
・死ねば良いのに!
・殺したい!
・奪いたい!
・自分なんてもうどうなってもいい!
・消え去りたい!
・他人を犠牲にしてでも、自分だけ助かりたい!
・怖いことは考えたく無い!
  
  
要は、
  
・自分と他人を傷つける事で、ネガティブ感情を晴らしたい
  
・無責任になって、他人に負担を押しつけてでも、
 目の前の「苦しい事」や「怖い事」から逃げ出したい
  
という感じです。
  
  
共通して言える事は、
ネガティブ潜在意識も、ポジティブ潜在意識も、
  
どちらも、【 自分の望みを満たす為の要望 】を発しているのです。 
  
  
  
具体的に例えるならば、
  
ポジティブ潜在意識が、
「素敵な異性と付き合いたい!」っていう要望を発します。
  
  
じゃあ、顕在意識は、
  
・現実的にそれが可能かどうか?
・その要望を叶えるにはどうすれば良いか?  
・もしかしたら、諦めた方が良いのか?
  
という事を考え、判断しようとします。
  
  
ネガティブ潜在意識は、
  
「チャレンジしてダメだったときに、傷つきたくないよ!」
「傷つきたくないし、悪い事は言わないから止めとこうよ!」
「怖いから、深く考えるのは止めておこうよ!」
  
という要望を発します。
  
  
そんな感じで、
それぞれの意識がバラバラに動いているので、
  
多くの人は、心の内に【 葛藤 】を抱えているのです。
  
  
まるで、
  
「弁護士」と「検事」と「裁判官」の、
「法廷での争い」の様ですね。
  
  
その「葛藤」を無くすにはどうすれば良いでしょう?
    
  
ポジティブ側、ネガティブ側、
どちらかの潜在意識が圧倒的に強ければ、
  
葛藤というのは、ほとんど起こらなくなります。
  
  
それで、私は
  
ポジティブ側を強化して、
ネガティブ側を弱体化させたから、
  
もう心の中で「葛藤」が生まれないのです。
  
  
実は、「ネガティブ側の要望」を聞かなくても、
自分は充分に幸せになれる訳ですから、
  
ネガティブ側の、
「自分の気持ちを晴らすにはこれが必要だ!」という要望は、
  
全て【 勘違い 】が基盤となっています。
  
  
その「勘違いの要望」を汲み取った上で、
ひとつずつ正していくことで、
  
「ネガティブ潜在意識の要望」を、
全て鎮める事が出来るのです。
  
  
  
で、ここまで潜在意識についていろいろ語ってきましたが、
   
「潜在意識の存在を、目に見える形で証明できるか?」
  
と言われたら、出来ません。
  
  
「証明もできないのに、なぜそれほど冗舌に語るんだ?」
  
と思われる人もいるかもしれません。
  
  
その部分について、解説しておきたいと思います。
  
  
そもそも、人類は「視覚情報」に依存しすぎているのです。 
  
  
人間の肉体には、「五感」が備わっています。
  
【 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚 】です。
  
  
で、「視覚、聴覚、嗅覚」は、
発生源が肉体から離れていても感知する事が可能です。
  
見える、聞こえる、臭う…、
  
「対象から離れていても感知できる」という事は、
  
【 他人と共通の認識を持ちやすい 】という利点があります。
  
  
「光、音、臭い」を比べれば、
    
圧倒的に、
「光」は速いスピードで、遠い距離まで届きます。
  
なので、【 視覚情報は他人に伝えるのに非常に便利 】なのです。
  
  
では、「触覚、味覚」はどうでしょう?
  
  
この2種の感覚については、
対象物に直接触れなければ、感知できません。
  
  
そういう意味で、
  
「光、音、臭い」より、
「肌触り、味」の方が、
    
他人と共通の認識を持つのに手間が掛かる訳です。
  
  
例えば、人類全員の「視覚」が封じられたとしましょう。
  
人類全員が盲目です。 
  
   
私が、「こっちにめちゃくちゃ柔らかいモノがあるぞ!」
   
と、叫びます。
  
  
それを証明するにはどうしたら良いですか?
  
  
他の人が寄ってきて、
「あ、ほんとだ!めっちゃ柔らかい!」
  
という風に、
本人が体感すれば、その人には証明できます。
  
  
でも、私の言う事を信じない人がいて、
  
「そっちに柔らかいモノがあるなんて、絶対に信じないぞ!」
という人がいたとしましょう。
  
  
その人に、「柔らかいモノがある事」を証明するの不可能です。 
  
  
【 対象物に触れなければ、決して感知できない 】のですから。
  
  
ライト兄弟に対して、
「飛行機なんて作れっこない」と言った人も、
 
飛んでいる飛行機を自分の目で見れば、
信じざるを得ませんが、
  
対象に触れなければ分からない事を他人に証明するには、
本人に触らせるしかないのです。  
  
    
  
で、人間の「心理、感情、意識」という要素も、
  
「触覚、味覚」と同じく、
【 本人が直接体感しなければ、感知できない対象 】です。 
  
  
しかも、現代の機械で測定する事は出来ません。 
  
  
「紫外線」や「菌・ウイルス」は、
肉眼では捉えられませんが、
    
機械を使って、目に見える形で測定できるので、
その存在が広く証明されている訳です。
  
  
現在、人間の「心理、感情、意識」を測定できる機械はありません。 
  
でも、【 本人が感じれば、確かにあると体感できるモノ 】です。 
  
  
現代の機械で測定できないモノは、
「存在しないも同然」と決まっているのですか?
  
現代の機械で測定できない物質やエネルギーは、
「この宇宙に存在しない」と言い切れますか?
  
  
機械で測定できなくても、
「人間の持つ感覚で捉えられるエネルギー」が、
この宇宙に存在しないと言い切れますか?
  
   
  
現代の多くの心理学者は、
目に見えるデータで人の心を分析しようとしていますが、
  
私から見れば、
  
【 料理を目の前にして、機械を持って来て、
 「辛味、旨味、塩味、甘味」などを測定して、
    
 これはこういう味のハズだ! 】
  
と主張しているに等しいです。
  
  
そんな事しなくても、「さっさと食えばわかるよ!」って(笑)
  
  
でも、自分の「味覚」に自信が無いのか、
  
機械で測定した目に見えるデータを持ち出さないと、
他人に認められないからなのか、
  
「食えば分かる味」を、
「機械を使って測定しようとしている」のです。
  
  
「視覚情報」だけに頼って、味がわかるか?って。
  
わかるハズないでしょ。
  
  
心も一緒です。 
  
  
視覚情報だけに頼って、人間の心がわかる訳が無い。
  
それを測定する機械も無いし、
  
味のように、
「旨味はいくら…、糖度はいくら…」と数値化しても、
  
正確な味が全てわかる訳ではありません。
  
  
でも、人間には【 心を感じる感覚 】が備わっています。
  
  
「感情」や、「潜在意識の要望」を感じる感覚です。
  
他にも、「目に見えないエネルギー(波動)」を感じる感覚もあります。
  
  
それを、【 第六感、第七感 】と呼ぶかどうかは知りませんが。
  
  
その感覚を使わずして、心の姿など理解できるはずもありません。 
   
   
料理研究家が、
  
自分の味覚を使わず、機械の測定に頼って
料理を研究しているようなモノです。
  
  
  
で、ここで「重大な事実」を述べたいと思いますが、 
  
  
世の中で心理に関わる仕事をしている人は多くいますが、  
私から見れば、その中の大半の人々は、
  
視覚情報に頼り切っていて、
【 自分の心の状態を感じる感覚 】を使っていません。
  
  
だから、心理学者だ、心理研究家だと名乗っていても、 
  
私から見れば、【 自分の味覚を使ってない料理研究家 】なのです。
  
  
非常に滑稽だと思いませんか?(笑)
  
  
そういう人が、大学教授だったり、有名人だったりするのです。
  
  
料理の味だって、機械で味の全てを測定できる訳じゃないでしょ?
  
人間心理も同じです。
  
  
ワインのソムリエは、
自分の「味覚」や「嗅覚」が頼りの職業だと思います。
  
機械やデータばかりを使っていますか?
  
  
心理職も同じです。
  
自分の「心の状態を感じる感覚」が頼りの職業です。
  
  
ワインを、「機械で測定したデータ」だけで語っても、 
  
その人は、料理に合った、
美味しいワインを提供できるソムリエになれますか?
  
  
なれる訳がありません。
  
  
心理職は、【 感覚が頼りの職業 】です。
  
  
自分や他人の【 心の状態を感じる感覚 】が頼りです。
  
  
でも、自分の潜在意識の声すら、
まともに聞き取れていない心理職の人間ばかりで、
  
私は辟易していますよ。


mixiチェック

haxe501 at 14:04|Permalinkclip!

2018年06月16日

人間のややこしい精神構造

人間の精神構造は、
非常にややこしい仕組みになっています。
  
  
誰が言い始めたことかは知りませんが、
  
実際に人間の精神は、
  
・顕在意識(表層意識)
・潜在意識(深層意識)
  
に、分かれています。  
    
よく、「氷山の一角」に例えられますね。
  
    
昔の心理学者のアドラーという人は、
「潜在意識」や「トラウマ」の存在を否定していますけど、
  
残念ながら、実際には明確に存在しているモノです。
  
  
私はよく、顕在意識と潜在意識の関係を、
「鉄人28号」に例えます。
  
要は、「巨大ロボット」と「それを操縦する人間」です。
  
  
しかし、多くの人がこの巨大ロボットを上手く操れません(笑)
  
なぜなら、巨大ロボットを操る為の、
【 リモコンの操作方法 】を知らないからです。
  
  
だから、自分の意図通りに動かす事が出来ないのです。
  
  
実際には、「顕在意識」だけでは無く、
「潜在意識」にも意思があります。
   
  
鉄人28号は、ただ操られるだけかも知れませんが、
潜在意識という巨大ロボットには、意思があるのです。
  
  
ですから、大事な事は、
  
【「潜在意識と顕在意識の目的」を合致させて、
  協力し合って生きていく事 】
  
なのです。
   
  
よく、バシャールが
  
【「ハート」と「マインド」のバランス・調和 】
  
という話をしますが、全く同じことです。
  
  
で、多くの人の潜在意識の中身はどうなっているでしょうか?
  
  
「ポジティブな想い」と「ネガティブな想い」が、
それぞれ戦っていて、葛藤していて、疲弊しているのです。
  
  
しかも、その争いの様子を、顕在意識では
手に取るようにカンタンに認識できる訳ではありません。
  
  
本当に、ややこしいですね(笑)
  
自分の精神の内部で起こっている事なのに、
自分の顕在意識では、サッパリ把握できないのです。
  
  
要は、
  
・顕在意識
・ネガティブ潜在意識
・ポジティブ潜在意識
  
それぞれが、
「それぞれの立場での意思を持っている」のです。
  
  
いわゆる、【 三つ巴 】ってヤツですね。  
  
  
一人の人間の中に、「三種の意思」が宿っているのです。
  
本当に、ややこしい事になっています。
  
  
それで私(顕在意識)はどうしたか?というと、  
  
「ポジティブ潜在意識」に力を与え、
「ネガティブ潜在意識」を一掃させた訳です。
  
  
そうしたから、今の私は
  
「顕在意識」と「ポジティブ潜在意識」が、
同じ目的の下、協力し合って生きている訳です。
  
  
ただ、ネガティブ潜在意識が、
完全にゼロになる事はありません。
  
しかし私は、ネガティブ潜在意識が
勢力を強めないように、自己管理をしている訳ですね。
  
  
  
・ポジティブに生きる
・幸せに生きる
・快適に生きる
  
こういう事を目指すのであれば、
  
私と同じように、
  
「ポジティブ潜在意識」の勢力を強め、
「ネガティブ潜在意識」を弱体化させていく必要があります。 
  
  
では、どうすれば良いでしょう?
  
  
まず初めにやるべき事は、
ポジティブ潜在意識…、ネガティブ潜在意識…、
  
【 その両方の意思を汲み取る事 】です。
  
  
まず、両方の状態がどうなっているのか?
  
出来る限り把握しなければなりません。
  
  
その為に、【 感じる事 】が必要になってくる訳です。
  
  
いくら考えても、潜在意識の意思は読み取れません。
  
【 感じる事でしか、潜在意識の意思は読み取れない 】のです。
  
  
「心の声」を感じようとすることで、
  
「潜在意識の意思や価値観」を汲み取る事が出来るのです。
  
  
自分の「潜在意識の状態」を理解する事で、
  
「意識の三つ巴」を鎮め、
精神エネルギーの無駄な浪費を防ぐことができるのです。
   
   
例えば、「ダイエット」を例に取ると、
「ダイエットしたい!」と思っても続かない人は、
  
ネガティブ潜在意識が、
  
・痩せたくない!
・痩せると損をする!
・どうせ無駄だ!
・どうせ無理だ!
・食事制限や運動が面倒くさい! やりたくない!
    
などの意思を持っているからです。
  
  
そういう「ネガティブ潜在意識の想い」を鎮めないと、
「ダイエットに対するやる気」も削がれてしまいます。
  
  
それを解消する為には、
  
「ネガティブ潜在意識の意思」を汲み取った上で、
ネガティブな主張の根拠を、全て潰していく事が必要になります。
  
  
そうすれば、
「ダイエットに抵抗する気持ち(想い)」が消え失せて、
  
ダイエットに集中する事ができます。
  
  
まぁ、このような仕組みになっている訳です。 
   
  
ですが!
  
ここからが一番重要なポイントです。
  
  
多くの人は、
【 自分の心の声を汲み取る 】という時点で、躓いています。
  
  
ポジティブ側の声も、ネガティブ側の声も、
その両方を汲み取れていないのです。
  
  
要は、【 感じる事を自ら拒否している 】のです。
  
  
理由はいろいろありそうですが、代表的な例では、
  
・ポジティブな想いを認めても、どうせ叶わないと思っている
・ネガティブな想い自体、抱いてはいけないと思っている
  
という所だと思います。
  
  
以前、記事にも書きましたけどね。
  
・行動は有罪、気持ちは無罪
http://growheart.livedoor.biz/archives/52049611.html
  
  
例えば人間が、
殺意を抱いた瞬間に他人を殺す生き物だとしたら、
  
私は小学生の時点で何人も殺しているし、
何回も殺されているでしょう(笑)
  
  
でも、そうなっていないのは、たとえ殺意を抱いても、
人間はカンタンには他人を殺さないからです。
  
  
それに、「あー、もう死にたいわ〜」という気持ちが沸いても、
すぐに自殺する訳でもありません。
  
  
「自分のネガティブな気持ち、想い」
を認めるのが怖い人もいるかもしれませんが、 
   
それを認めたところで、実際に行動に移す訳ではありません。
  
  
どんな気持ちが沸いても、行動に移す訳じゃ無いんだから、
とりあえず、潜在意識の声は全て汲み取った方が良いのです。
  
  
潜在意識は、深い繋がりを持っていると言っても、
「顕在意識にとっては他人みたいなモノ」でもあります。 
  
他人が殺意を抱いいて、それを汲み取ってあげる。 共感してあげる。
  
それは罪になんてならないでしょ? 悪い事でも無いでしょ?
  
  
あと、ポジティブ潜在意識の声を聞きたくないのは、
  
ポジティブ潜在意識の発する
「やりたいこと、叶えたいこと」を汲み取っても、
  
「自分にはどうせ無理だ…」という、
【 ネガティブ潜在意識の勢力が強いから 】です。
  
  
あとは、他人の評価を気にしすぎて、
とにかく模範的に生きよう、模範的に答えようとして、
  
「自分の本当の気持ち」なんて無視して、
  
【 他人にウケが良いと思われる生き方、答え 】ばかりを
目指している人も多いでしょう。
  
  
そんな事をしていても、潜在意識の声は汲み取れません。
  
  
しかし、これからの時代、
  
自分の精神内の【 三つ巴 】を放置していたら、
どんどん苦しくなっていきます。
  
  
・腹を括って、潜在意識をポジティブ一色にするか?
・諦めて、潜在意識をネガティブ一色になるか?
  
  
そういう、二極化の時代なのです。
  
  
「中途半端に、どっちつかずでブラブラする…」
と言うことが、
  
もう不可能な時代になってくるのです。
  
  
中途半端にどっちつかずでブラブラしている人は、
必ず、どっち側に転ぶのか、決断を迫られる事になります。
  
   
要は、腹を括るのか? 諦めるのか?
  
それを選択しなければならない状況まで、
極限まで苦しい状況まで、
  
【 ことごとく、追い詰められる 】という事です。
  
  
  
もし、意識の「三つ巴」を解消し、
ポジティブ一色にしたければ、
  
まず何よりも、積極的に、
【 両方の潜在意識の声を汲み取る習慣 】が必要なのです。
  
  
と、ここまで書きましたが、
  
今回の話は、今私が本当に伝えたい事ではありません。
  
  
本当に伝えたいとを伝えるための、予備知識です。
  
  
なので、この予備知識を踏まえて、
  
本題は、次回以降に持ち越したいと思います。


mixiチェック

haxe501 at 13:06|Permalinkclip!

2018年06月15日

社会保障はどうあるべきか?

ベーシックインカム推進派の意見には、
  
・社会保障制度の簡素化
・行政コストの削減
  
を、利点に挙げる人もいます。
  
  
複雑なシステムをシンプルすれば、
「人件費が浮く」というのです。
  
  
それこそ、AIにやってもらえばいいじゃないですか?
  
  
AIなら、人間が面倒臭がる事務作業を、
24時間、文句も言わずやり続けてくれるし、
  
職員も、「変な人たち」を相手にする事が無くなって、
精神的に消耗する事が無くなりますよ。
  
  
っていうか、私なら、
  
「現在の社会保障制度をどう変えていくか?」よりも、
  
先に、「理想的な社会保障はどうあるべきか?」という事を、
ゼロベースで考えます。
  
  
私は常に、「ゼロベース」から「あるべき理想」を考えます。
  
だから、「常識に囚われない発想」が出来るのです。
  
  
では、経済という面において、
「社会保障制度」はどうあるべきでしょうか?
  
  
私の理念というか、論理的に考え辿り着いた結論を、
たった一言で表すなら、
  
【 チャンスは平等、結果は公平 】
  
です。
  
  
限りなく、この理想に近づけて行く事だと思います。
  
  
全てのチャンスは、万人に等しく与えられるべきであって、
ただ、生み出す結果は本人の努力次第。
  
この理想に近いシステムを構築する事です。
  
  
それなら、極めてフェアですし、誰からも文句は出ないでしょ?
  
  
人間のやる気が失せるのは、
「チャンスが不平等、結果が不公平」な時です。
  
逆に、人間がやる気を引き出すのは、
「チャンスが平等で、結果が公平」な時です。
  
  
じゃあ、チャンスって具体的に何ですか?
って事ですけど、
  
それは、【 教育の機会 】です。
  
  
「お金を稼げるようになる為の教育」を受ける機会。
  
心理教育の機会、経済教育の機会。
  
それは、万人に対して無条件に与えられるべきだと思います。
  
  
ただ、その教育の機会を活かすかどうかは、本人次第。
  
  
教育を受けた全員がやる気を出すことは無いでしょうし、
  
「自分は貧しくてもいいから頑張りたく無い」
って人もいるでしょう。
  
  
そういう人は、自らその道を選択しているので、
特に文句は無いでしょう?
  
  
経済に関して無知な人は、
  
「お金を上手く扱うこと」も出来ないし、
「収入を高める手段」もほとんど知りません。
  
  
そういう人たちに、
ただお金をばらまいたって、何も起きないのです。
  
  
人手不足、人手不足って言われてますけど、
「移民の受け入れがどうのこうの」って言うより、
  
まず、既に何十万人も存在しているニートたちを
自発的に働かせる方法を考えるべきじゃないですか?
  
  
今、親に甘えているニートたちを働かせられないんだったら、
  
どれだけお金をばらまいたって、
みんながみんな、積極的に働く訳じゃ無いです。
  
  
じゃあ、なぜニート達は働かないと思いますか?
  
  
仕事が面白く無いからですよ。
  
お金がモチベーションにならないからですよ。  
  
  
主に、「業務内容」と「人間関係」にストレスを感じるからでしょうね。
  
  
ニートに働いてもらうには、
  
・本人が楽しんで出来る仕事、やり甲斐を持てる仕事
・楽しい人間関係、心地良い人間関係
  
が必要なのです。
  
  
その目的の達成には、
「心理の知識」と「本人の精神的成熟」が不可欠です。
  
  
私は、ニートが働きたくない理由はめちゃくちゃわかりますよ。
  
私も、ニートと同じ感覚の持ち主ですから。
  
  
お金の為に、つまらない仕事はやりたくないし、
面白く無い人間関係の中で時間を過ごしたくない。
  
お金よりも、自由な時間が欲しい。
  
  
ニートの人たちが、
現代社会で雇われて働く事に、嫌気が刺す理由がよくわかります。
  
  
この問題を解決するには、
  
【 自分の「情熱」や「得意分野」に沿った仕事を構築する 】
  
という方向性が必要となります。
  
  
その為には、心理と経済の両方に詳しい
スペシャリストのチカラを借りなければなりません。
  
もちろん、私の事ですけどね。
  
  
そしてそれは、
私が「はこぶね倶楽部のメンバー」に対して行っている事です。
  
  
ただ、一回ネガティブに育てられてしまった人が、
自分の情熱に目覚めるには、
  
それなりに時間が掛かるし、骨が折れます。
  
  
自信の無さ、対人恐怖、自分の本心を知ること…、
  
いろいろクリアする必要がある精神的問題があります。
  
  
だからこそ、
  
まだネガティブに染まっていない子供たちを、
ポジティブに育てる事が急務なのです。
  
一刻も早く、それを始めなければなりません。
  
  
全ての子供に、「心理教育・経済教育」というチャンスを、
平等に与える必要があるのです。
  
  
その教育を受けた上で、
努力する人間は良い結果を得るでしょうし、
  
別に、「貧乏でも良いから頑張りたくない」って人がいても、
自らその道を選んでいるので、文句も無いでしょう。
  
  
という事で、お金なんかで社会問題は解決しません。
  
必要なのは、人間の精神的な問題を解決する手段です。
  
  
そして、その手段は私が全て開発・構築済みです。
  
  
なのに、日本人はそれを採用しようとしません。 
  
  
「問題の解決法」が目の前にあるのに、
何らかの理由で怖いから採用しない。 
  
  
そういう人が多い訳です。
  
  
私の語る話の内容を、自力で気付けないのは仕方ありません。 
    
その道のプロじゃ無いですからね。
  
  
私が人類をアホだと言う理由は、
  
・わかりやすく教えられても、全く理解できない
・問題解決法が目の前にあるのに、採用しようとしない  
  
そういう所です。
  
  
だいたい、問題の解決法を考えている人なんて、
この世にたくさん居るんですよ。
  
  
方法がわからないなんて、ただの言い訳。
  
  
解決方法が不足している事が問題なんじゃ無い。
  
  
問題の解決方法が既に目の前に存在しているのに、
それを検討しようとしない、理解しようとしない、採用しない。
  
  
そういう所が、根本問題であり、理解不能です。
  
  
そもそも、本気で問題を解決する気など無いのです。
  
  
多くの人間が、「口先だけ」なのです。
  
  
なぜ、それほどまでにアホなのか?
  
  
それは、人間が「感じる事」を閉ざしているからです。 
  
「心の声を感じる」という事を閉ざしていると、
人間は、アホになっていくのです。
  
  
その件については、また次の機会に書きますけどね。


mixiチェック

haxe501 at 13:11|Permalinkclip!

2018年06月14日

AI時代の経済

前回の記事の内容は、
私の記事を継続的に読んでいる人にとっては、
  
「既出の内容」が多かったと思います。
  
  
では、今回も前回に引き続いて経済の話。
  
前回の記事で予備知識は得てもらったので、
さらに「補足・追記」のような内容を書きたいと思います。
  
  
人間心理を把握していない、
アホなベーシックインカム推進派の方々の中には、
  
・将来のAI時代に備えて!
・AIが生み出した富をみんなに分配しなければ!
  
などと言う人がいます。
  
  
私が初めてそういう主張を聞いたとき、
思いっきり違和感を感じました。
  
  
【 AIがお金を稼いで、そのお金を国民に分配する? 】
  
ナニソレ? って感じです。
  
  
まず、前回の記事で「お金の役割」について解説しましたが、
  
お金とは、【 人間に仕事を依頼するための道具 】です。
  
  
「プログラム(AI)」や「ロボット」から価値を受け取ったとして、
「プログラム(AI)」や「ロボット」にお金を渡す人間はいません。
   
   
そもそも、
プログラムがお金を欲しがる訳無いでしょ?
    
プログラムは、お金を使わないんだから。 
  
  
「プログラム、AI、ロボット」を提供する企業(人間)に
お金を払うことはあっても、
  
  
「プログラム、AI、ロボット」自体に
お金を払う人間などいません。
  
  
AIがバリバリ人間の代わりに仕事をするとしても、
お金を受け取るのは、AIを開発している企業か、
  
もしくは、公共の財産として、
お金を払わずに誰もが使える様になるか?
  
そのどちらかです。
  
  
じゃあ、AIの開発企業がガッポリ儲けるなら、
AIの開発企業に重税を課して、徴収した税金を分配しようって?
  
それならまだわかります。
  
  
では、重税を掛けられたAI開発企業はどうするでしょうか?
  
AIの利用料をめちゃくちゃ高くするかも知れません。
  
  
じゃあ、コスパが悪いなって事で、
AIを使いたがっていた企業も、AIの利用を敬遠します。
  
って事は、結局「人間様」に安く働いてもらうしか無い…
  
っていう結論に辿り着きます。
  
  
結局、経営者はAIを使いたいんじゃなくて、
コストを抑えたいのです。 
  
コスパを高めたいのです。
  
  
AIのコスパが悪いなら、誰も使いませんよ。
  
「人間を雇う」より安く済まないと、
企業が【 AIを利用する意味 】が無い。
  
  
では、AIを「公共の財産」にすればどうでしょう?
  
公共の財産としてバリバリ働いてくれるAIに、
誰がお金を払うんですか?
  
  
AIは、「仕事したからお金をクダサイ!」なんて言いませんよ? 
    
使わないから。
  
  
「お金が欲しい」と言わないAIに、
誰がいくらお金を払うんですか?
  
それって、もう寄付ですよ。
  
  
AIから価値を受け取る人間からお金を徴収して、
またそのお金を分配する訳ですか?
  
それって、タダで使わせるのと何が違うんですか?
  
  
公共サービスと言えば、
信号機、警察、消防署などですが、
  
その利用者からお金を徴収して、
それをまたみんなに分配する訳ですか?
  
  
AIの仕事や価値を国民全員が享受するなら、
それは公共サービスになりますし、
  
人の手が掛からない公共サービスには、
誰もお金を払いません。
  
  
  
じゃあ、もうひとつ。
  
AIに「金持ち向け」に仕事をさせて、
金持ちからガッポリ金を稼いで、
  
そのお金を庶民に分配する案はどうでしょう?
  
  
はい、却下。
  
  
金持ちなら、自分でAI買うわ。
  
それに、お金持ち向けのサービスは、
人間がやるからこそ、付加価値があるのです。
  
  
機械がコーヒーを出してくれるより、
人間がコーヒーを出してくれるから、
  
そちらの方が高い価値を感じるのです。
  
  
ロボットバーテンダーが作るカクテルも良いですけど、
  
お金持ちなら、
やはり一流のプロの仕事を体験したいモノです。
  
  
それに、AI自体はお金を欲しがらないので、
  
お金が流れるとしても、AI自体ではなく、
やはりAI開発企業に流れます。
  
  
  
AIがバリバリ働くと言っても、
  
・AI開発企業に重税を掛ける
・AIを公共の財産にする
・AIに金持ち向けのサービスをやらせる
  
どれを取っても、
AIがお金を稼いでくれそうにはありません。
  
  
それもそのはず。
  
  
お金は、
  
【 人間が、人間に仕事を依頼する為の道具 】です。
  
  
人間が移動に馬を使ったからと言って、馬にお金を払いますか?
  
払いませんよね? 相手が人間じゃ無いからです。
  
  
お金は、【 人間同士 】の価値交換の手段であって、
  
動物、ロボット、プログラム自体にお金を払う人間はいません。
  
  
だって、人間以外はお金を欲しがらないから。
  
  
もう一度言いますよ。 
  
お金は、【 人間相手に使うモノ 】です。
  
  
じゃあ、お金を払うときってどんな時ですか?
  
【 他人(人間)が、自分の為に仕事をしてくれた時 】です。
  
  
結局、「人間が働かないと、お金なんて動かない」って事です。
  
  
結局、どれだけ全国民にお金をバラまこうが、
  
そのお金は、結局「仕事をしている人間」の元に集まってくるのです。
  
  
じゃあ、仕事してお金稼いでいるヤツに重税を課けて、
それを貧乏人に分配すれば良いんじゃないか?
  
はい、そんな事をすれば、誰も頑張って働かなくなります。
  
  
だって、
頑張ったヤツが損して、頑張らないヤツが得をする…。
  
そんな集団の中で、頑張ろうとするヤツがいると思いますか?
  
  
みなさんが会社に勤めているとして、
そんな会社だったら、やってられないでしょ?
  
サボりたくなるか、辞めたくなって当然です。
  
  
頑張る人間には、「頑張る動機」が必要です。
  
頑張らない人間より良い事があると思うから頑張るのです。
  
  
その為には、フェア(公平)でなければなりません。
  
「手柄を横取りされる」と初めからわかっていて、
頑張るヤツはいないのです。
  
  
じゃあ、なぜ経営者は頑張って働いているのでしょうか?
   
・破産を避けたい!(マイナスを避けたい)
・ガッポリお金を稼いで贅沢したい!(プラスを求めたい)
   
  
人間のモチベーションは、大きくその2パターンです。
  
  
では、もしも話ですが、
  
【 絶対に破産する事が無く、
  公的資金がガンガンに注入されて、継続が保証されている会社 】
  
そんな会社で、誰が頑張って働きます?
  
  
「一歩間違えれば破産するぞ!」という危機感があるから、
  
経営者は判断に慎重になるのです。
  
  
その危機感を奪ってしまえば、適当な判断しか下しません。
  
  
それに、経営者はお金を稼ぐ事に真剣だからこそ、
  
お金をもらえるぐらいの「質の高い商品・サービス」を生み出そうと、
日夜、研鑽に励んでいるのです。
  
  
頑張らなくてもお金がもらえるなら、
誰も優れた商品やサービスを開発する為に頑張りませんよ。
  
  
  
それに、現代の日本人には、
夢や理想を抱いている人が非常に少ないです。
  
要は、「プラスを求めるモチベーション」に乏しい。
  
  
それでも働いている人は、
生活に困りたくなくて働いているのです。
  
  
だから、自分が働かなくても生活できてしまう、
親のスネをかじれる境遇であれば、
  
ニートや引きこもりになる人も多い訳です。
  
  
さて、そんな状況の中で、
  
日本国民の生活を保証して、
働かなくても生活費がもらえるルールを作りました。
  
  
一体、どうなるでしょう?
  
  
【 一億総ニート社会 】ですよ(笑)  
  
  
まぁ、AIが人間の代わりに働いて、
  
・マンションを建てて…、
・食糧を生産して…、
・面白いゲームを作ってくれて…、
  
完全に人間の代わりに働いてくれるなら、
それでも良いかもしれません。
  
  
でも、残念ながら、AIやロボットには苦手な事もあるのです。
  
  
そういう領域では、やはり人間が働かなきゃならない。
  
  
で、働く人間というのは、
「価値を提供した相手」からお金を受け取ります。
  
  
結局、働く人間の元に、お金は集まってくるのです。
  
  
で、その仕事で稼いだお金を、
「ニートを養う為」に税金として徴収される訳ですか?
    
バカバカしくて、頑張って働けません。
  
  
それに、稼いだお金を税金でガッポリ持って行かれるなら、
商売人は、商品やサービスの代金に上乗せするだけです。
  
  
そうしたら、ベーシックインカムでお金をもらっても、
【 物価が急激に上昇 】して、結局は生活が良くなりません。
  
もらったお金も、物価上昇分でパーです。
  
  
AIは、金持ち相手でもニート相手でも、
同等に助けるかも知れませんが、
   
人間は、お金をくれる相手を優先的に助けます。  
  
  
  
という事で、経済の問題って言うのは、
金融政策やバラマキ政策なんかしてもダメで、
  
【 人間がやる気出して働かないと解決しない話 】なのです。
  
  
じゃあ、どうやったら人間はやる気を出して働く様になるんですか?
  
  
その答えが、【 心理教育、経済教育、ビジネス教育 】です。
  
  
・夢や理想を持ってもらうこと
・お金の本質(概念)や、お金の扱い方を教える
・商売の本質や、やり方を教える
  
  
そういう事が必須なのです。 
  
  
金融政策で解決する訳が無い話。
  
  
「AIのおかげで人間は働かなくても良くなる」とか言ってる人は、
  
よくもわからないのに、
根拠も無くただ雰囲気やノリで語ってるだけでしょ?
  
そんなんで、知識人や学者を名乗ってて恥ずかしくない?
  
頭の中にカビが生えてるか、
ウジ虫でも沸いているんじゃ無いですか?


mixiチェック

haxe501 at 04:12|Permalinkclip!

2018年06月13日

日銀、FRBのお偉いさんも知らない経済学

今回は、経済の話をします。
  
・日銀のお偉いさん
・FRB(米連邦準備銀行)のお偉いさん
・ノーベル経済学賞の受賞者…
  
そういう世界のお偉いさんの方々も、
まったく理解していない話です。
  
  
そんな「賢い人たち」が理解していないなんて、
どれくらい難しい話なんだろう…?
  
って思いますか?(笑)
  
  
ところがどっこい、
説明されれば「超カンタンな話」です。
  
こんなカンタンな話も、
世界トップの経済学者が理解できて無いの?
  
人類って大丈夫?
  
  
…って思いたくなる話です。
  
  
私が常日頃、
「人類はアホだ、バカだ」と言っている理由も、
  
きっとわかって頂けるでしょう。
  
  
では、本題です。
  
  
そもそも、「お金」とは一体何でしょうか?
  
みなさんがお金と聞いてイメージするのは、
きっと「紙幣」や「硬貨」だと思います。
  
  
大昔には、
お金として「貝殻」を使っていた時代もあるようです。
  
では、「貝殻」はお金ですか?
  
  
・「貝殻」と「紙幣・硬化」の共通点は何でしょう?
  
・なぜ、人間は「お金」という道具を使っているのでしょう?
  
  
人間がお金を使っている理由は、
【 価値と価値を交換するのに便利な手段(ルール) 】として、
  
使っているのです。
  
  
現代ではどんどんキャッシュレス化が進んでいて、
  
紙幣や硬貨でも無く、
「電子マネー」や「クレジットカード」などの、
  
デジタルデータを多く使うようになってきています。
  
  
それも、デジタルデータの方が、
小銭をいちいち使って支払うより便利だからです。
  
  
みなさんは、電車に乗るときに切符を買いますか?
今は、ほとんどカードでタッチすると思います。
  
そっちの方が便利だからです。
  
  
貝殻 → 貴金属 → 紙幣・硬貨 → デジタルデータ
  
  
「お金のカタチ」は時代と共にどんどん変わっていきますが、
  
共通点は、【 価値を交換する為の手段である 】という事です。
  
  
じゃあ、価値って何でしょう?
  
価値とは、【 人が求めるモノ、欲しがるモノ 】です。
  
  
じゃあ、仕事って何でしょう?
  
仕事とは、
  
「人が求めるモノ、欲しがるモノ(価値)を創り出して提供し、
 代わりに対価(お金など)を受け取ること… 」
  
つまり【 価値交換 】です。
  
  
ここまでは大丈夫ですか?
  
  
では、ちょっと違う話に移りますが、
  
なぜ社会経済は、
活性化してもらった方が良いのでしょう?
  
  
そうです。 
  
「人々の暮らし」が良くなるからですね。
  
  
要は、「人々の暮らし」を良くしたい訳ですよね?
  
「生活の質」を高めたいわけですよね?
  
  
じゃあ、みなさんに質問です。
  
  
「江戸時代の大金持ちの生活を、今からやってもらいます!」
  
と言われて、嬉しいですか?
  
  
エアコンは無い、水道も無い、掃除機も洗濯機も無い、
インターネットも無い、携帯電話も無い、パソコンも無い、
エレベーターも、エスカレーターも無い、コンビニも無い…、
  
そういう生活に、憧れを感じますか?
  
  
感じませんよね? 
  
江戸時代に腐るほどのお金持っていても、
「現代人ほど良い暮らしはできない」という事です。
  
  
まぁ、どの時代にでも言える事ですが、
経済力があったり、地位が高い人ほど、広い屋敷に住む。
  
その「面積の広さ」だけは共通ですけどね。
  
  
じゃあ、【 私たちの暮らしを良くしてくれてるモノ 】って何ですか? 
  
お金ですか?
  
  
違います。
  
  
人の仕事から生まれた【 発明、商品、サービス 】です。
  
  
パソコン、インターネット、スマホ、VR・AR…、
昔に比べて、すごい発明が生まれてきました。
  
  
そういう発明こそが、
私たちの【 暮らしの質 】を上げてくれているのです。
  
  
でも、生活保護の様に、
  
経済的に貧しい人にタダでお金を配るのは、  
貧しい人の「暮らしの質」に繋がっているんじゃないですか?
  
お金が無かったら、食べ物すら買えませんよ?
  
  
という疑問が沸くでしょう。
  
  
貧しい人にタダでお金を配るという事は、 
   
そういう人たちの為に、
「みんながタダ働きをしてあげている」という事です。
  
  
国が「通貨の発行量」を増やして、それを貧しい人に配っても、
インフレして、次はモノの値段が上がります。
  
結局、お金の役割は【 価値交換のバランサー 】なのです。
  
  
そろそろお気づきかもしれませんが、
  
「お金自体(価値交換の手段)」にパワーがあるのでは無く、
「人の仕事(価値そのもの)」にパワーがあるのです。
  
  
私がよく使う例えですが、
  
無人島でお金をたくさん持っていても、意味がありません。
  
「支払う相手」がいないからです。
  
  
いくらたくさんお金を持っていても、
死者を生き返らせることはできません。
  
なぜなら、
そういう仕事ができる人間が存在していないからです。
  
  
つまりお金とは、
    
【 他人に仕事をしてもらう為の道具 】です。
  
  
他人がいなければ、他人が仕事をしなければ、
お金なんていくらあっても無意味なのです。
  
  
つまり私が言いたいのは、
  
経済の主役は【 人の仕事(価値)】なのです。
  
  
お金なんかじゃ決してありません。 
  
  
「株価やGDPの数値が高まれば、暮らしが良くなる?」
  
そんな訳無いのです。
  
  
人が仕事しないと、暮らしなんて良くなりません。
  
  
で、これも私がいつも言っている事ですが、
  
・詐欺師(価値がないものを売ってお金を得ている人間)
・ギャンブラー(ゼロサムゲームでお金を奪い合っている人間)
  
こういう人種は、社会に価値を提供している訳ではありません。
  
  
つまり、本質的には【 他人のお金を奪っている 】に過ぎません。
  
  
本人たちは大儲けできたとしても、その裏側には、
  
価値を受け取っていないのに、
お金だけ取られてしまった人々が存在しているのです。
  
  
なので、いくら大金を儲けていても、
  
本質的には【 ただの泥棒 】です。
  
  
強盗で大金を儲けた人を見て、
あなたは尊敬したり、羨ましいと思いますか?
  
私はまったく思いません。
  
  
「人々の暮らし」を良くしている訳では無いから。
  
むしろ、人々のお金を奪い、暮らしを悪くして、
その人たちの犠牲の上で、自分が贅沢しているのです。
  
  
悪党にしか思えません。
  
  
ただ、お金に色が付いている訳ではありませんから、
  
泥棒が人から奪ったお金だとしても、
それで一般に売っているモノを買うことは出来てしまいます。
  
だからこそ、泥棒も他人のお金を欲しがるのですが。
  
  
まぁ、あなたが泥棒やギャンブラーを目指そうが、
  
別に自由ですけどね。
  
  
ただ、やったことはやり返されるのが宇宙の真理。 
 
他人から奪う人間は、次には奪われる側に回るのです。
  
  
だから私は、お金を得る手段としては、
  
【 まっとうに、「他人に価値を与える仕事」】を選びます。
  
  
で、初めの話に戻りますが、
  
・日銀のお偉いさん、
・FRB(米連邦準備銀行)のお偉いさん、
・ノーベル経済学賞の受賞者…
  
そういう人たちは、
  
数字をいじくって、数値を高めれば、  
人々の暮らしは良くなるんでしょ?
  
と、思い込んでいる訳です。 
  
  
何故だと思います?
  
  
「人の仕事」じゃなくて、
【「お金自体」にパワーがある 】と思っているからです。
  
とんでもない勘違いでしょ?
  
  
経済を良くするには…、
  
というより、人々の暮らしを良くするには、
  
【 人が仕事をしなきゃいけない 】のです。
  
  
いくら自分が大金を持っていても、
他人が働いてくれなきゃ生活できないでしょ?
  
だって、その大金の使い道も無いんだから。
  
  
で、発展途上国の人だったら、 
 
「種銭(タネセン)が無いから、商売を始められない…」
「お金が無いから、教育が受けられない…」
  
って人もいると思いますよ。
  
  
でも、日本にはもう当てはまりません。
  
  
日本において、「やる気のある人間」にとっては、
資金調達なんて簡単なんだから。
  
一般人なら金融機関で簡単に借金できるし、
クラウドファンディングもあるしね。
  
  
日本において、資金調達で困ってる人間なんて、
あんまりいないんです。
  
  
資金調達で困っている人間がいたとしたら、
  
無責任だったり、地に足が付いていなかったり、
他人が金を貸したいと思わない、ちょっとヤバイ人でしょ?
  
  
優秀な人ほど、もう資金調達で困ったりしません。 
  
  
つまり、日本でビジネスが活発にならないのは、
資金(種銭)の問題じゃ無いんですよ。
  
  
・「夢や理想が無い、モチベーションが低い」とか、
・「時代の流れに合った仕事や商売について無知すぎる」とか、
   
資金よりも、そういう問題です。
  
  
つまりは、
  
【 心理教育・経済教育・ビジネス教育 】が足りていないからでしょう。
   
  
日銀のお偉いさんや、ノーベル経済学賞の受賞者が、
頭ひねって、数字をいじくって解決する話じゃ無い。
  
  
  
ベーシックインカムでお金をばらまいても、
夢や理想がない人間、商売について無知な人間が、
  
前向きにやる気出して働き出す訳無いじゃん。   
  
  
で、働かない人間がいくら増えても、
  
働いている人間は、
仕事をした分キッチリ相手から対価を受け取るので、
  
モチベーションの差、貧富の差がますます広がるだけ。
  
  
ただ単にお金をばらまいたからって、
人々が働かなきゃ、暮らしなんて良くなる訳が無い。
  
  
  
っていうごくごく当たり前の事を、
  
・日銀のお偉いさん、
・FRB(米連邦準備銀行)のお偉いさん、
・ノーベル経済学賞の受賞者
・どこぞの有名大学の経済学教授…
  
  
も、理解していないのです。 アホです。
  
  
というより、
「経済とはそういうモノだ」と思い込みすぎちゃってんるんですね。 
  
  
小さい頃からキリスト教の世界観を教え込まれると、 
 
そういう世界観(フィルター)でしか、
世界を捉えられなくなるのと同じです。
  
  
今回の話は、
  
ちょっと賢いくらいの中学生なら、
すぐに分かる話だと思いますよ。
    
  
経済をまったく理解していない人間が、
  
「国家の経済の舵取り」をしているのです。
  
  
【 人類って、めっちゃアホやな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 】
  
  
  
あー、スッキリした。


mixiチェック

haxe501 at 21:33|Permalinkclip!

2018年06月12日

「大きな過ち」を犯してしまったら…

人生では、「大きな過ち」を犯してしまう事もありえます。
  
ニュースを見れば、事故や事件の加害者など、
「大きな過ち」を犯してしまった人たちで溢れて言います。
  
  
では、「大きな過ち」を犯してしまったときには、
    
どう対処していけば良いのでしょうか?
  
  
多くの人々は、
【 失敗や過ちは無価値である 】だと思い込んでいます。
  
  
しかし、成功する人は、
【 失敗や過ちには大きな価値がある 】と思い込んでいます。
  
  
この根本的な「失敗に対する捉え方」で、
  
・人生の成功者となるか?
・人生の失敗者となるか?
   
が決まると言っても過言ではありません。
  
  
「失敗は無価値である」と思い込んでいる人は、  
「失敗する事は悪いこと」だと思い込んでいるので、
  
とにもかくにも、失敗を怖れます。
   
  
それは即ち、
  
【 リスクを背負ったチャレンジを避ける 】
  
という事です。
  
  
ですから、
  
「失敗は無価値である」と思い込んでいる人が、
失敗を恐れ、チャレンジを避け、失敗者となってしまい、
  
「失敗には大きな価値がある」と思い込んでいる人が、
失敗を怖れず、チャレンジして、成功者となるのです。
  
  
事実として、
  
「失敗は無価値である」と思い込み、
「失敗を否定し、裁き、責めている人」ほど、 
   
【「大きな過ち」を犯してしまう可能性が高い 】のです。
  
  
スピリチュアル的な観点から言っても、
  
現実を創るのは、
「無意識下(潜在意識レベル)の感情」です。
  
  
ネガティブな感情は、ネガティブな現実を引き寄せ、
ポジティブな感情は、ポジティブな現実を引き寄せるのです。
   
  
失敗を強く怖れる、大きなネガティブ感情は、
【 失敗そのものを引き寄せ、現実化してしまう 】のです。
  
  
  
私は小さい頃、発明王エジソンに憧れてしましたが、
  
エジソンは、
「自分は失敗していない、上手く行かない方法を発見しただけだ」
  
と言っています。 
  
  
その言葉が、私の幼心にも深く刻まれました。  
  
  
早いうちに自分の心理に取り組んで、
【「失敗は無価値だ」という思い込み 】を変えていれば、
  
わざわざ「大きな失敗」を引き寄せる事も無いわけですが、
  
私の助言をことごとくスルーして、
「大きな失敗」を引き寄せてしまう人もいるでしょう(笑)
  
  
で、【 大きな過ち、大きな失敗 】を犯してしまった人の末路は、 
 
たったの2パターンしかありません。
  
   
・自暴自棄になるか?
・再起を図るか?
  
  
その、2方向しかありません。
  
  
ハッキリ言って、自暴自棄になる方がラクです。
  
  
・自分はもうオシマイだ!
・もう自分なんてどうなってもいい!
・世界なんて破滅すれば良い!
  
そう思っちゃう方が、圧倒的にラクです。
  
   
【 再起を図る 】という事は、
  
過去の自分の「失敗」や「過ち」を潔く認め、
「後悔」と「反省」をシッカリと経て、
  
初心に戻って、ゼロからスタートする気持ちで、
新たにチャレンジを始めるという事です。
  
  
しかし、「失敗を無価値だ」と思っている人は、 
  
そもそも、
  
【 過去の「自分の過ち」を、潔く認める 】
  
という行為をやりたくありません。
  
  
無価値感、惨めさ、後悔…、
  
大量のネガティブ感情と向き合い、感じる事になるからです。
  
  
でも、そのプロセスを通らないと、再起は出来ません。
  
  
要は、大きな過ちを犯してしまった人には、 
   
・さらにラクな方に流され、「自暴自棄」になるか?
・大量のネガティブ感情を経てでも、「再起」を図るか?
   
この2パターンの末路しかないのです。
  
  
以前も言いましたが、
  
自暴自棄な人は、
  
自分もどうなっても良いし、
世の中もどうなっても良いと思っています。
  
自分も不幸になれば良いし、
他人も不幸になれば良いと思っています。
  
  
自分に思う事と、他人に思う事は同じなのです。
  
自分の破滅を願う人間が、世界の破滅を願うのです。
  
  
逆に、「自分はもっと良い人生を歩みたい!」と思っている人が、 
   
「社会貢献をしたい気持ち」になるのです。
  
  
《 Aルート 》 「自暴自棄」は、自分も他人も不幸になる道。
  
《 Bルート 》 「再起」は、自分も他人も幸せになる道。
   
  
しかし、「再起ルート」を選択するには、
  
【 潔く「自分の判断や選択の過ち」を認める 】という、
  
「大きなネガティブ感情」を伴うプロセスを経なければなりません。
  
  
やりたくないですよねー。 わかりますよ。
  
  
でも、やらなきゃ自分も堕ちるし、他人も道連れです。
  
    
  
・どこまでも無責任になっていくのか?(自暴自棄ルート)
  
・踏ん張って、根性を見せるのか?(再起ルート)
  
  
そういう【 大きな分岐点 】になっている訳です。
  
  
まぁ、どちらを選んでも自由です。
  
  
ただ、
  
この名前とこの身体で生きる「人生」は、一度きりしかありません。
  
一方、「魂」は永遠です。
  
  
そういう前提を考えた上で、判断する事をオススメします。
  
  
あと、「失敗は無価値だ」と勘違いしている人は、 
  
早めにその考え方を変える事をオススメします。 
  
  
自ら「酷い目(大きな失敗)」を引き寄せる前にね。


mixiチェック

haxe501 at 13:26|Permalinkclip!

2018年06月11日

子供への八つ当たりを止める方法

先日の子育てに関する記事で、
  
【 子供に「八つ当たり」ばかりしていると、立派な奴隷に育つ 】
  
というメカニズムを解説しました。
  
  
でも、好きで「八つ当たり」している人はあまりいないでしょう。
  
  
「やりたくないけど、衝動的にしてしまう…」
  
そんな人が多いかと思います。
  
  
では、なぜ「子供に対する八つ当たり」を止めることが出来ないのか?
  
止めるにはどうしたら良いのか?
  
  
という話を、今日は解説したいと思います。
  
  
  
イライラを他人にぶつけるというプロセスを分解すると、
  
1.イライラを「感じる」
2.イライラを「溜め込む」
3.イライラを「ぶつける」
  
と、3段階に分かれます。
   
  
ですから、八つ当たりを止めたければ、
  
そもそもの段階で、
【 怒りを「感じない事、溜めない事」】が大事です。
  
  
まず、感じないという部分に関してですが、
私は、幼い子供に対して「怒り」を感じません。 
  
  
前回にも書きましたが、
  
・本人に悪気や悪意はない
・知性がまだ未熟だから、怒っても無駄
  
という理由もありますし、
  
  
多くの人は、
  
・子供が自分の思い通りにならない時
・子供がワンワン泣き喚いている時 
  
に、イライラを感じると思います。
  
  
でも、私は子供がワンワン泣き喚いても、
  
さすがに「うるさいなぁ…」とは思いますが、  
子供に対してイライラする事はありません。
  
  
なぜならば、私は、
   
【 いくら子供が泣いていても、無視して自分の都合を優先できる 】
   
という「心構え」があります。
  
  
子供が泣いていると、「何かしてあげないと!」 
と思い込んでいる人は多いかも知れませんが、 
   
私は、自分が「子供の相手」を出来ない時は、
泣いている子供を無視します。
  
  
泣いている子供を構い過ぎると、
自分に掛かる負担は大きくなりますし、過保護にもなります。
  
  
私はいくら子供が泣き喚こうが、
自分の都合を優先する事で、イライラしないし、
    
子供に対しては、
「諦めること」も覚えてもらいたいと思っています。
   
   
長女は、基本的に母親にベッタリで、
キッチンで料理をしている時もまとわりついて、
  
妻は料理がしにくくて困っていました。
  
  
で、「幼児用の柵(ゲート)」を設けて、
長女がキッチンに入れない様にすると、
  
長女は自分の望みが叶わず、ワンワン泣き喚きます。
  
  
でも、構わずに何日も続けていると、
自然と「諦める事」を覚えるのです。
  
  
私が育児で意識しているのは、
  
1.できる限り本人の自由にさせる事
2.大人の都合に悪い場合は、諦めさせる事
  
この2つのバランスです。
  
  
別に、子供がワンワン泣き喚いたって、死ぬわけじゃありません。
  
私の基準は、
【 病院の世話になるような、大きな病気や怪我をしなければ良し 】です。
  
  
子供が泣いたとしても、
  
本当に助けが必要な場合もあれば、
ただのワガママという場合もあります。
  
  
以上を踏まえて、私が子育てで意識しているのは、
  
1.病院の世話になるくらいの病気や怪我をさせないようにする
 (※ 逆を言うと、少しの怪我くらいはするのが当然と思って許す)
   
2.平常時は、出来る限り本人の自由にさせる
  
3.大人の都合に悪い時は、いくら泣き喚いても諦めさせる  
 (※ 泣いている子供を叱る訳では無く、いくら泣いてもずっと放置する)
  
こういう基準で考えているのです。 
  
  
泣いている子供にイライラする主な理由は、
  
「泣いている相手には、何かしてあげないといけない!」
「泣いている相手を無視してはいけない!」
  
という思い込みがあるからです。
  
  
そう思うからこそ、自分の負担に感じるのです。
  
  
私は、子供が泣いていても、
自分の都合に悪いと無視しますから、
  
泣き喚く子供を負担に感じることも無いし、
イライラする事も無いのです。
  
  
それに、泣いている子供を叱っても、
逆効果でさらに泣き喚くでしょ?
  
  
子供に何かを諦めさせるには、
  
泣いている子供を叱ることも無く、
無視して放置し続けるのが一番です。
  
  
  
ここまでが、「イライラを感じないための方法論」です。
  
  
では、次に「イライラを溜め込まない方法論」についてですが、  
   
自分が溜め込んだイライラを
子供にぶつけてしまう理由のひとつは、
     
「本来怒りたい相手」に怒ることができずに、
その抑圧の反動として、弱者にぶつけてしまっている訳です。
  
  
本当に怒りたい相手には抵抗できずに、鬱憤が溜まっているから、
その憂さ晴らしを、自分より下の弱者でやっているのです。
   
   
学校や会社などの組織内で起こる「イジメ」と同じ理屈ですよ。
  
  
イジメは、自分が傷つく事なく、
怒りを発散させられる方法です。
  
しかし、ケンカとなると、
自分が傷つく怖れがあります。
  
  
自分が傷つきたくないから、
ケンカを避けて、イジメをするのです。
  
  
しかし、人生では自分が傷ついてでも、
戦わなければならないシチュエーションがあります。
  
  
他人が自分の大切なモノを奪おうとしてきた時に、
戦わなければ、そのまま奪われてしまいます。
  
  
人生で、他人が奪いに来るモノはたくさんあります。
  
  
時間、お金、労力、信念、精神、人生、命、大切な他人…、
  
そういうモノを他人が奪いに来る事も、人生では有り得ます。
  
  
そんなとき、傷ついてでも戦わないと、大切なモノを守れません。
  
  
だから、自分が傷つく事やケンカを極端に怖れていては、
  
大切なモノを奪われ続ける人生になってしまいます。
  
  
自分がそのようなメンタルだったら、
きっと、子供もそのようなメンタルに育ってしまいます。
  
  
【 自分は他人に対して無力で、強者に支配されるしかない… 】
  
そんな価値観を植え付けてしまうことになるでしょう。
  
  
自分の怒りは、弱者に八つ当たりするのでは無く、
   
きちんと正当な相手に対して表現するべきです。
  
   
「自分が傷つく怖れ」を乗り越えて、そうするべきなのです。
  
  
・勇気の無い人間が、「八つ当たりで」弱者をイジメるのです。
・勇気の無い人間が、「抵抗できずに」強者からイジメられるのです。
  
  
私は、基本的に心も広いし、あまり怒らない人間ですが、 
舐めた態度で、舐めた事をする相手には容赦しません。
  
  
それは、自分の為であると同時に、相手の為でもあるのです。
  
相手のネガティブなバランスを取ってあげる行為でもあるのです。
  
  
  
私が子供にイライラしない、イライラをぶつけないのは、
  
・子供を思い通りにしようとせず、極力自由にさせている
・子供が泣いていても、自分の都合を優先して無視できる
・子供に怒りをぶつけても無駄・逆効果だと理解している
・怒りを感じたらすぐに表現するので、怒りが溜まらない
  
という事です。
  
  
まぁ、実際私の様に対応できる為には、
  
かなり「精神的な成熟」が必要ですけどね。
  
  
ただ、間違った常識に縛られている部分も大きいと思うので、
  
「有害な常識」を捨てるだけで、幾分かはラクになると思います。


mixiチェック

haxe501 at 17:57|Permalinkclip!

2018年06月10日

筋を通すこと

「筋(スジ)を通す」って、
大切な事だと思うんですよ。
  
  
何故かって、
  
何事も筋を通そうとした方が、
セルフイメージが高まるからです。
  
  
筋を通さない人間は、
  
「後ろめたい気持ち」を抱える事になりますし、
その分だけ、セルフイメージが大幅に下がります。
  
  
セルフイメージ…、
  
つまり【 自分に対する認識 】によって、
人生は作られます。
  
  
「自分なんて大した事が無い人間だ…」
  
心の底からそう思っている人間が大成する事は
決してありません。
  
  
ならば、「自分は大した人間だ」と思えるようにならなきゃ、
  
自己実現は為せないのです。
  
  
もし、成功者が謙遜して、
「自分なんてまだまだですよ」という事はあっても、
  
それは好感度を高めるための謙遜であって、
心の底では自信があるのです。
  
  
  
私は常に、
自分のセルフイメージが高まる行動や判断をしています。
  
  
目先の損得より、セルフイメージを大切にした方が、
人生全体でプラスになると理解しているからです。
  
  
下心や、卑しい気持ちに従って行動すると、
セルフイメージはどんどん下がります。
  
  
【 世の中を良くする、世界を平和にする… 】
  
その目的の為には、何が重要でしょうか?
  
  
その答えは、私を支援・応援する事です。
  
  
私の情報を追っかけていれば、
  
それぐらい、中学生でもわかりそうな事です。
  
  
で、私の事を知っているのに、私を応援しようとしない。
  
  
そんな人間が、
  
世界平和の為に…とか、世の中を良くする…
とか言っていると、
  
まったく筋が通らないわけです。
  
  
格好つけたいだけで、言葉だけで、
  
全く本気じゃ無いでしょ?
  
  
共通の目的に対して、
本気同士の人間は、共鳴、共感するものです。
    
  
本当に世界を平和にしたいと願っている人間がいれば、
私の情報や活動に対して、共感・共鳴するハズです。
  
  
私に共感・共鳴しないって事は、
「世界平和を願う」と言っても、口先だけで本気じゃ無い。
  
  
筋も通さず、
本心でも無い上っ面の建前ばかり語っている人間…、
  
  
そんな人間の人生の末路が、良い感じになると思いますか…?  


mixiチェック

haxe501 at 00:54|Permalinkclip!

2018年06月09日

お金を受け取る必要性

私は基本的に、
  
【 顧客の金銭的負担を、出来る限り減らしたい 】
  
と思って、仕事をしています。
  
  
要は、「出来る限り自分がお金を受け取らないよう」に、
仕事をしている訳です。
  
  
多くのビジネスパーソンは、
  
「自分の受け取るお金を最大化させよう」
と思っているでしょうけど、
  
私は、その真逆です。
  
  
まぁ、多くの人にとっては意味不明だと思います。
  
  
なぜ、私が顧客の金銭的負担を最小限にしようとしているか?
  
それは、【 最大効率で成長して欲しいから 】です。
  
  
その為に、支払った金額に対して、
「最も費用対効果の高い自己投資」をして欲しい…、
  
そう思っている訳です。
  
  
私の仕事における一番の目的は、お金ではありません。
  
  
もし、お金が欲しいのであれば、
  
お金を持っている個人や企業だけにターゲットを絞って、
仕事をします。
  
  
で、自分がお金持ちになれば、
  
「お金持ちをスゴイ」と思っている人が寄ってきますし、
広告宣伝費にもお金を掛けられますし、
  
知名度を高めるという意味でも、非常に有利です。
   
  
良い事尽くめの様に見えますが、では、
  
・なぜ私はその方向性をあえて蹴っているか?
  
・なぜお金を持っていない人に対して、安く仕事をしているのか?
  
  
その理由は、目先の「お金」や「知名度」よりも、
  
私と価値観が近く、
【 共に活動してくれる人 】の方が、遥かに貴重だからです。
  
  
もし、私が一人でお金持ちの個人や企業を相手にしても、
  
私一人だけのマンパワーでは、出来る事に限りがありますし、
何より、私は自由な時間が欲しいので、
  
【 私の仕事を手伝ってくれる人 】が必要なのです。
  
  
しかも、自分の仕事を手伝ってくれる人は、
  
誰でも良い訳ではありません。
  
  
お金がモチベーションになっている人を雇っても、
  
私の活動には本気になれません。
  
  
私の活動に本気になれる人は、お金よりも、
  
「本当に、世の中を良くしたい、他人の人生を良くしたい」
  
そう心の底から思える人間で無ければなりません。
  
  
そうでないと、
安心して仕事を任せることも出来ません。
  
   
そういう人間と一緒に仕事をする方が
  
私の目指している「世の中を変える事」と、
私の「自由時間の確保」という点で、
  
勝っているのです。
  
  
で、私の活動に協力してくれそうな人には、
最大効率で成長して欲しいので、
  
私が提供するサービスの価値に対して、
受け取るお金を最小限に食い止めている訳です。
  
  
要は、【 将来性を見込んで投資している 】ような格好です。
  
  
効率の良い投資とは、「将来価値が上がるモノ」に対して、
  
【 今持てる資源を、出来る限り多くブチ込んでいく事 】です。
  
  
なので、私は現段階で「自分の持てるあらゆる資源」を、
  
【 将来、価値が上がりそうな人間 】に、全てブチ込んでいる訳です。
  
  
そういう理由で、
私は自分が受け取るお金を最小限に抑えています。
  
  
別に、私の活動に協力する気が無い…、
  
己の自己実現を通して、
私(中井)の教育のレベルの高さを証明したいとも思わない…、
  
  
もし、そういう人に仕事をするんだったら、
彼らの「10倍〜1000倍」くらいの金額をチャージしますね。
  
  
「投資」じゃ無くて、【 対等な取引 】であれば。
  
  
ただ、私が「将来の協力者への投資」のつもりで、
出来る限り安く仕事をすると言っても、やはり限度があります。
  
  
その事に、先日気付きました。
  
  
お金を受け取って仕事をするパターン、
お金を受け取らずに仕事をするパターン、
  
いろいろなパターンがあります。
  
  
教育は、「形の無いサービス」ですし、
モノの様な原価などもありません。
  
原価に対して3割の利益率を乗せる…と言うような、
金額の根拠もありません。
  
  
ですから、
「無料の助言」と「有料の助言」って、何が違うの?
  
って言われても、説明が難しかったりします。
    
  
ただ先日、
  
しばらく私にお金を払っていなかった人が、
私にお金を払った瞬間、
  
メンタルの調子が劇的に向上しました。
  
  
私は、「目に見えない世界でのエネルギーの動き」を、
常にアンテナ全開にして観察していますけど、
  
  
明らかに、相手が私にお金を払った瞬間、
目に見えない世界でのエネルギーや意識が変化しました。
  
  
つまり、目に見えない対象に「お金を払う」という行為は、
  
「エネルギーの交換」であって、
言い換えれば【 エネルギーを買う 】という事なのです。
  
  
例えば、お金持ちの男性が、
水商売の女性にお金を払ったり、プレゼントしたりしますけど、
  
それも、
【「女性エネルギー」を買っている 】という見方もできる訳です。
  
  
ですから、
目に見えるモノやサービスを買う訳でなくても、
  
「人にお金を払う」という行為は、
実際には「その人のエネルギーを買う」
  
という事になっている訳です。
  
  
私は、モノでもなく、サービスでも無いモノにお金を払うって、
ちょっと「宗教のお布施」みたいで気持ち悪いと思っていました。
  
だから、「遠隔ヒーリング」でお金をもらうっていうのが、
なんとなくしっくりこない。 
  
そもそも、効果の測定も難しいですしね。
  
  
でも、カタチの無いモノにお金を払う事が、
  
素晴らしい効果を生むこともあると学びました。
  
  
  
結局、何が言いたいのか?っていうと、
  
いくら私が、他人の幸せと成長を願い、
ありとあらゆる手段を講じる覚悟があったとしても、
  
相手が「対価を支払う」という行為をしないと、
  
【 受け取る器ができず、何も受け取れない 】という事です。
  
  
私は、世の中を良くするという目的が達成できるのであれば、
  
いくらでもタダ働きする覚悟です。
  
  
しかし、相手から対価を受け取らないと、
  
【 相手に受け取る器ができず、受け取れない 】
  
そういう事実もある訳です。
  
  
つまり、私にいくらでもタダ働きする覚悟があっても、
  
対価を払わない人間は、私から満足に受け取る事ができないのです。
  
  
世の中には、無償で他人から一方的に
価値を受け取っている様に見える人もいます。
  
でも、そういう人は、
それまでに無償で別の他人に何かしてあげているのです。
  
  
その【 徳(善業)】が、
回り回って自分に返ってきているだけです。
  
  
要は、自分から発信しない人の元には、
  
何も返ってくる事がないのです。
  
  
私は無料のブログを書いていますけど、
その内容をどんどん吸収出来る人は、
  
私と同じく、
無料で教える活動をしている人ではないでしょうか?
  
  
・与えたモノが、返ってくる
  
・与えないと、返ってこない
  
  
それが、宇宙のルールです。
  
  
私の目的は、最大効率で他人に成長してもらう事です。
  
  
その為に、金銭的負担を減らそうとしてきましたが、
  
金銭的に余裕がある人は、
そのお金で私のエネルギーを買ってもらった方が、
  
よりスムーズに、速いスピードで成長できると思います。
  
  
別に対価はお金だけじゃ無くても、
私のプラスになる事なら何でも良い訳ですが。


mixiチェック

haxe501 at 15:03|Permalinkclip!