2018年04月

2018年04月19日

日本は偽善者の集まり

テレビのコメンテーターって、
あまり見ていて気持ちの良いモノではありません。
  
  
口では偉そうに、
「世の中の為にあーしろ、こーしろ」と宣うのに、
  
自分がリスクを背負って世の中の為に動くつもりは無い。
  
  
立派な、【 口だけ人間 】です。
  
  
「ネガティブな奴らが、
 率先して変わってくれたら良いのに…」って、
  
変わる訳がないじゃん。
  
  
大学生のやってる学生団体かよ。
  
  
・他人の頑張りに期待して、何も頑張らない人間と、
  
・そんな頑張らない人間に文句を垂れる、
 中途半端にだけ頑張っている人間。
  
  
どっちも同類。
  
  
本気の人間は、他人に期待しないし、
他人が頑張らなくても、率先して一人で頑張るっつーの。
  
  
  
私の知識を世に広めようと思ったら、
  
「ネガティブな敵」もたくさん現れてくるでしょう。
  
  
そんな【「敵」と戦う覚悟 】も無いのです。 
  
なぜなら、「自己保身が最優先」だから。 
  
  
ネガティブな世の中を批判するなら、
ネガティブな世の中を良くしたいなら、
    
【 戦う覚悟 】が必要です。
  
  
戦う覚悟も無いのに、口だけは出す人間って、
  
格闘技の選手に、
「野次を飛ばしているオッサン」と同じです。
  
  
そんなに文句言うなら、
「お前もリングに上がって殴られてみろよ」って。
  
  
自分はリングに上がる度胸も無いのに、口だけは出す。
  
  
どれだけ口先では、
世の中の為にあーしろ、こーしろと言っても、
  
その本質は、【 ただの「野次馬」】です。
  
  
偽善者の野次馬。
  
  
ただ、偉そうな口をきいて、悪いヤツを見下して、
  
【 自分の事を善人で賢い人間だと思いたいだけ 】です。
  
  
実際は、全然偉くない。
  
  
かしこぶって、善人ぶって、
ただ他人と比較して「優越感」を感じたいだけだろ!
  
  
  
私は、【 口だけ人間 】にたくさん騙されてきましたからね。
  
  
「世の中の為に!」と、良い事を言っておきながら、
いざとなったら、まったく本気じゃなくて、
  
自分がリスクを背負うぐらいなら、世の中の為に戦わない。
  
  
そんな、【 口先だけの偽善者・野次馬 】が、
  
日本には多いです。
  
  
そして、そんな上っ面だけの偽善者たちを
「本物の善人」だと勘違いして、 
   
安心しきっている無知な大衆…。
  
  
それこそが、【 日本の構図 】です。
  
  
社会って言うのは、
「争い」と「戦い」で出来ているのです。
  
  
強い方が、実権を握る…。 それが世の摂理です。
  
  
ラーメン屋が二軒並べば、その二店舗同士の戦いです。
  
  
商売や仕事って言うのは、
その本質は、「争い」であり、「戦い」なのです。
  
  
グランプリ、コンテスト、スポーツの試合…、
  
ぜんぶ「争い」と「戦い」です。
  
  
「正義は必ず勝つ」って言葉がありますが、
  
そうとは限らないのが、現実です。
  
  
強い方が勝つのです。 
  
  
そして、当然ながら【 悪いヤツが勝つ事 】もあるのです。
  
  
それは、【 善人の勢力が弱く、悪人の勢力が強いから 】です。
  
  
アニメ、アンパンマンでは、
最後はアンパンマンが勝つようになっています。
  
でも現実的には、
バイキンマンの方が勝つことだってあります。
  
  
だいたい、悪人っていうのは、
  
勝つために手段を選ばないし、 
勝つために卑怯な事でも何でもやるのだから、
  
勝負では、悪人の方が有利なのです。
  
  
一方、善人が勝つために何でもやったら、
悪人になってしまいますから、
  
善人は、正々堂々と勝たなければなりません。
  
  
だからこそ、善人って言うのは、 
  
悪人たちを軽く凌駕するほどの、
「圧倒的な強さ」を持っていなければならないのです。
  
  
弱い善人って言うのは、ただの傍観者。 
  
何の役にも立ちません。
  
  
勝負事は、そもそも悪人に有利に出来ているのです。
  
  
だから、【 善人が勝つには、悪人以上の努力 】が必要です。
  
  
それが、「この世の理(ことわり)」なのです。
  
  
「戦い」を放棄する人間も、
ただのチキン野郎か、日和見野郎です。
  
  
社会に出たら、【 争い、戦い、勝負 】なのです。
  
  
社会は、【 争い、戦い、勝負 】で動くのです。
  
  
例えば、アメリカで銃乱射事件が起きたら、
  
「銃を規制しろ!」っていう勢力と、
「銃を売りたい」勢力とが、戦っている訳です。
  
  
これも、戦いです。
  
  
「銃を規制しろ!」っていう勢力が頑張らないと、
  
「銃を売りたい勢力」が勝つだけです。
  
  
で、この二つの勝負では、
  
「銃を売りたい勢力」に有利な様に出来ているのです。
  
  
勝負って言うのは、悪い方が有利なのです。 
  
手段を選ばず、「卑怯な手段」だって使うから、
【 切れるカードの数が多い 】のです。
  
  
「自分は弱いけど、善意を持っているから善人です」

って言っても、
    
弱いだけで、もう善人じゃ無い。
  
  
弱いのはただの偽善者。 傍観者。
  
  
自分を鍛えて、強くなってこそ、
リスクを背負って戦ってこそ、初めて「善人」と言えます。
  
  
戦わない人間は、
強い他人が何とかしてくれるだろうと、期待しているのです。
  
  
そこが、【 大いなる勘違い 】です。
  
  
日本は偽善者だらけで「本物の善人」は希有です。
  
  
だから、ほっといたら悪人の方が勝ちます。
  
  
私自身は、日本に執着がありませんし…、
  
っていうか、軽く恨みがあるくらいなので、
 
日本がダメになるなら、
最終手段は、日本から去って海外移住します。
  
  
でも、海外移住できる人ばかりじゃ無い。
  
  
日本が壊滅したら、
日本と心中しなきゃいけない人たちが圧倒的多数。
  
  
さぁ、戦わずに日本と心中する覚悟はあるんですか?
  
戦って、日本の未来を守るんですか?
  
  
【 弱い偽善者が、目覚めて強い善人になれるか? 】
  
  
ここに、懸かっています。


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2018年04月18日

日本は「お人好し」に支えられた「無能な権力者」の天国

人生における「地獄の様な苦痛」を回避し、
後悔の無い充実した人生を送るために、
   
【 死の恐怖と向き合う事 】を進めていますが、 
  
  
ここ最近、人と話していて、
  
「まず、自分の人生を生きていない人がいるんだ…」
  
という事に気付きました。
  
  
【 自分の人生 】を生きていない人は、 
  
いくら「人生を良くする方法」を聞いても、
「実践したい!」というモチベーションは湧かないでしょう。
  
  
自分の人生は、
「他人や環境に左右される」と思っているので、
  
自分次第でどうにか出来るとも、
どうにかしたいとも思わないのです。  
  
  
「自分の人生」を生きていない人は、
  
カンタンに言えば、
【 一人で生きていく自信が無い人 】です。
  
  
で、なんでそんなに自信が無いのか…?
  
という事を深掘りしていくと、 
  
【 人類、社会、他人を、過大評価しているから… 】
  
という結論に辿り着きました。
  
  
私が、これだけ人類のアホさを説明しても、
  
まだまだ、
  
【 人類、政府、権威は、企業と他人の多くは、
  賢くて、誠実で、善人なんだ… 】
   
と、思い込んでいるのです。  
  
  
いや、まぁそう思いたくない気持ちもわかります。
  
  
頼りに出来ると思っていたモノが、
実は頼りにならない…、
  
そういう真実を知るときは、多少なりともショックです。
  
  
ですが、
  
人類は、政府は、権威は、企業と他人の多くは、
  
【 無知で、愚かで、不誠実な、偽善者 】なのです。
  
  
それが、事実です。
  
  
私が人類の事をアホだと言うのは、
  
別に、「自分が賢いから、比較して相対的に…」
という意味ではありませんよ。
  
  
恐怖さえ持っていなければ、
幼い子供にでもわかるような話を、
  
大の大人が、強い恐怖心で無意識パニックになって、
理解不能に陥っているからです。
  
  
例えば、病院内のコンビニでも、
    
普通に有害な添加物たっぷりの
弁当やパン、お菓子が多く売られていますからね。 
  
それを、医師や看護師が購入しているのです。
  
  
きっと、【 食品の害に対して無知 】なのでしょう。
  
  
別に、西洋医学全般を否定する訳ではありませんが、
  
医療のプロは、病気予防のプロでは無いのです。
  
  
もし「食品の害」について知っている医師がいたとしても、
テレビに呼ばれる事はありません。
  
  
食品の害について説明する情報番組に、
  
「カップ麺を製造している企業」がスポンサーに付く事は、
有り得ません(笑)
  
  
結局、テレビでは、
  
「何かを食べるな! 何かを買うな!」  
という内容の情報は発信できないのです。
  
  
・お酒を飲み過ぎた? 「胃腸薬を飲め!」 というCM。 
・油っこいモノを食べ過ぎた? 「烏龍茶を飲め!」 というCM。
・ガンや糖尿病が怖い? 「保険に入れ!」 というCM。
・砂糖の取り過ぎは良くない? 「人工甘味料を摂れ!」というCM。  
  
  
「何かを食べるな、何かを飲むな」というCMや番組は、出来ないのです。
  
それはつまり、【 スポンサー企業に逆らう事 】だからです。
  
  
「何かを食べ過ぎたら、こっちも食べて帳消しにしろ!」
   
という内容のCMしか出来ません。
   
   
結局、何かを買わせるのがCMですから。
  
  
でも、田舎に住んでいるおばあちゃんなら、
  
お人好しなので、
テレビの情報が全てだと信じちゃうでしょうね。
  
  
  
世間の多くの人は、ストレスを抱えてうつ病になれば、 
  
「精神科」か「心療内科」を受診すると思います。
  
  
私のブログをずっと読んでいる人は、 
 
それが無意味である事を、当然理解できていますよね?
    
  
まぁ、人の理解力の無さは底なしなので、 
    
私のブログを読んでいても、
  
「精神科や心療内科がアテになる…」
と思っている人がいるかもしれませんが…。
  
  
精神科や心療内科に行って、
  
まぁ、優しい医師なら、
多少親身に話を聞いてくれるかもしれませんが、
  
でも、【 精神ストレスの根本解決 】ができると思います?
  
  
できる訳ありません。 
  
  
「心理に対して無知」ですから。 
  
  
精神科医や心療内科医は、感情のメカニズムすら、
わかりやすく論理的に説明する事ができません。  
  
  
臨床心理士だろうが、公認心理士だろうが一緒です。
  
  
それが、世間一般のレベルです。
  
  
健康に対するリテラシーも、
心理に対するリテラシーも、
  
日本は、【 鬼の様に低い 】です。
  
  
これは、一般の庶民、大衆が、
  
【 権力者に騙されている 】のです。 
  
  
未だ、多くの人が、
  
江戸時代の殿様を崇めるかのように、
「政府や大企業が頼りになる」と信じ切っているのです。
  
  
権力者側から、
「自分に都合の悪い情報」を出す事はありません。 
  
  
例えば、一般的な人々は、
どういう基準で頼れる心理のプロを選ぶと思います?
  
・テレビに出ている
・本を出して売れている
・資格を持っている
・大学で講師をしている
・医師
・仏教のお坊さん
  
そういう所だと思います。
  
  
結局、「質」で選んでいる訳じゃないし、
  
そもそも中身を選べるくらいに、
目が肥えている訳ではありません。 
  
  
まぁ、添加物まみれの食品が、
コンビニやスーパーで、普通に売られていますからね。
  
  
「質を見定める目」など、一般庶民には備わっていないのです。
  
  
日本人の目が肥えているといえば、
マンガ、アニメ、ゲーム、アイドルなどのオタク業界なんかでしょ?
  
  
心理と健康のリテラシーが低いと、
  
「心身の健康を維持しながら働ける人」が減っていきます。
  
  
って事は、【 経済にも大打撃 】って事です。
  
  
結局、一部の企業の目先の利益を優先して、
  
国全体が経済力を失ってしまっているのです。 
  
  
それが、日本の姿です。
  
  
未だに、親世代の多くは【 学歴重視 】です。
  
  
何の為の学歴?って、【 就職活動の為 】でしょ?
  
  
よほど、自分の子供をサラリーマンにしたい様ですね。
  
でも、多くの新卒社員は、すぐに辞めてしまうのです。
  
  
すぐに辞めてしまう会社の為に、
中学、高校と勉強させて、大学では就職活動させる訳です。
  
受験と就活に膨大な「時間、労力、お金」を掛けた結果が、
【 新卒入社しても、「すぐに辞めてしまう」という現実 】です。
  
  
「どんだけ無駄な事してるねん!」と、ツッコミを入れたい。  
  
  
結局、【 人を採る企業側もアホ 】なのです。
  
  
就活生なんて、みんな同じ格好をして、同じ動きしてるでしょ?
  
まるで、
スターウォーズの「ストームトルーパー」に見えてきます。
  
  
ビジネス・商売で大事なのは、
  
とどのつまり、【 人の役に立つ 】という事です。
  
  
その為の「商品開発」、その為の「営業」です。 
  
  
人の役に立たない要素って、要らないでしょ?
   
  
お客さんが、販売員の学歴を見て商品買うんですか?って。
  
お客さんが、商品開発した人間の学歴を気にするのか?って。
  
  
でも、そんな無駄な事を重視しているのが、
  
日本の経済界です。
  
  
まぁ、大企業は応募が多いので、
ある程度、学歴でふるいに掛ける理由はわかりますよ。
  
  
でも、膨大な時間を受験と就活に費やしてきた学生を、
時間と労力を掛けて採って、
  
でも、入社してもすぐに辞められるなんて、
  
【 お互いに、どれだけ無駄な事をしているのか? 】
  
  
そんな無駄を許し続けている時点で、【 経営者が無能 】なのです。
  
  
日本という「ぬるま湯」の中でビジネスしていたら、
  
国際競争力なんて、高められる訳が無い。 
  
  
海外の優秀な人間を採用していくと、
無能な日本人の若手人材は、すぐ淘汰されてしまうでしょう。 
  
アメリカでも、ヨーロッパでも、
「移民に仕事を奪われている!」と、文句を言う人がいます。
  
  
でも、競争するから、能力が鍛えられるのです。
  
  
日本はまっとうに競争・切磋琢磨しないから、
  
「ぬるま湯」の中で安穏としている間に、
競争力を失って、淘汰されていくのです。
  
  
それは、「企業」も「若い人材」も同じでしょう。
  
    
日本が移民を受け入れたら、
無能な日本の若手社員は、リストラ対象になるでしょうね。
  
  
  
私は、人間の生活の基盤は、
  
【 心理・経済・健康 】だと言っています。
  
  
日本は、その「3点」全てのリテラシーが鬼の様に低い。 
  
  
学校では、大事な事を何も教えないのです。
  
  
学校で教えられるのは、
  
心理でも無く、経済でも無く、健康でも無く、
「生活や仕事」の役に立たない事ばかりです。
  
  
それにむしろ、「個性がウリになる時代」に、
【 個性を潰す教育 】をしている訳です。  
  
  
そして子供はみんな、
企業に養ってもらう為に、学歴を高める為に、
    
「教科書の暗記」を頑張っているのです。
  
  
その理由は、
経営者自身が「学歴主義」である事も多いからです。
  
  
だいたい、上の世代になればなるほど、
学歴信仰が強いです。
  
  
でも現在は、「学歴」と「仕事の能力」は直結しない時代です。
  
  
その時代の変化を、経営者がちゃんと理解しているのか?と。
  
  
政府も、企業も、権威も、アホばっかりです。
  
そんなアホを信じ切っているお人好しが、日本国民です。
  
  
無駄な事に、
時間と、お金と、労力を費やすのが大好きなんですね。
  
  
アホを変えるのは難しい。
  
  
だから、「お人好しの庶民」に真実を広めれば、
   
【 アホは頼りにならない 】と気付くでしょう。 
  
  
そうすれば、庶民の自信と自立心は高まり、
  
世の中は良くなっていきます。
  
  
一般庶民は、日本の上層を過大評価しすぎです。
  
  
上層の中身は、アホのチキンです。
  
  
上層がショボくて頼りにならない事がわかれば、
  
自分の「自信」と「自立心」が高まるでしょう。
  
  
そういう事から始めていかないと、
  
日本の未来は、本当に終わってしまいます。


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2018年04月17日

少しだけ自己犠牲します

私、昨日に考え方を変えました。
  
「新たに決意した」と言っても良い。
  
  
それは、
【 今までより、ほんの少し強引になろう 】という事です。
    
  
これまでは、
「本人の自主性を高め、その自主性に任せる」
  
というスタンスでしたが、
  
どうも、そうも言っていられないかな…と。
  
  
別に、最終的な判断は相手に任せますが、
 
「こうして欲しい、こうしてもらう」
  
という風に、
自分の意図を少しだけプッシュさせてもらおうかなと。
  
  
この社会を構成しているのは、
 
自分を過大評価させる事に長けた「保身のチキン」と、
そのチキンを信じて崇めている「日和見のヒヨコ」たち…。
  
ドラゴンボールにおける
ミスターサタンと、そのファン達の様に。
  
  
それを放置していれば、地球は壊滅します。
  
  
宇宙人たちが、人類の自由意志を尊重しつつも、
核兵器の使用に関しては少し干渉するように、
  
私も、「これだけは許せない…」という事に対しては、
少しだけ干渉させてもらおうかな。
  
  
もし、地球を救いたいのであれば、
ポジティブ勢力は人手不足です。
   
日本国内においては、特に…です。
  
  
別に、日本がダメでも私は海外に移住するだけですが、
  
そうなると、日本は苦難の道を辿るでしょう。
  
  
日本を救えるかどうかは、日本国内において、
【 私の存在を知る人間、私の知識の価値を理解できる人間 】
  
に委ねられています。
  
  
そういう人が、私の持つ知識を広めようとしないと、
  
私の活動を受け入れる海外は助かっても、
日本が壊滅的ダメージを受けるシナリオも有り得ます。
  
  
まぁ、別にそれでも私個人は構いませんが、
  
日本に留まる、
私の知り合いを取り巻く環境は悪くなってしまうでしょう。 
  
  
そんな事態を避けるには、
  
向上心を持った、素質ある人材を、
どれだけポジティブ勢力に引き入れられるか?
  
という、「スカウト活動、リクルート活動」が必要です。 
  
  
その活動の成果によって、日本の未来は決まるでしょう。
  
(※ ヴァルキリープロファイルっぽいですが 笑)
  
  
「保身のチキン(偽善者)」の厚い面の皮を引き剥がして、
「日和見のヒヨコ(大衆)」の目を醒まさせられるかどうか?です。
  
  
宗教の教祖っぽいから、あんまり言いたくなかったのですが、
状況的に、そうも言ってられないかな…と。
  
  
私、宗教の教祖が嫌いなので、
  
そういうポジションに立ったり、
振る舞ったりしたくなかったのですが、
  
全体の為に、緊急措置として、
自分がやりたくない事も少しだけやろうかな…と。
  
「強引な態度」は取りたくなかったので、
ちょっとだけ自己犠牲です。
  
  
別に、やりたくない人はやらなくても良いです。
  
でも、日本の未来を想うのであれば、やって頂きたいですね。


それに、「社会の未来」を他人任せにする様な
無責任な態度では、

「高次化する社会」でまともに生きていく事は、
どの道かなわないでしょうけど。


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2018年04月16日

「痛み」を避け続けた先にある破滅

人類は、「痛み」からしか学べない生き物。
  
しかし現在、世界全体はさほど痛みを感じていない。
  
壊滅的な災害や事故も、金融危機すらも、
今のところ起きていない。
  
  
だから、人類はひたすらに「現状維持」を望む。
  
  
そして、【 現状維持の先にある破滅 】が見えなくなっている。
  
  
  
私は、様々なバージョンの自分や地球…、
  
並行現実をチャネリングしていますが、
  
もし、私が現時点で死んでしまえば、
地球はほぼ確実に核戦争へと向かうでしょう。
  
  
バシャールは、
鼓舞するために人類を褒めますが、 
  
ほとんどの人類は、未だに「未覚醒」です。
  
  
これまで、「スピリチュアルの戦士が〜!」
  
とか言っていた人間も、
日々の生活でストレスを特に感じなくなれば、
  
もうモチベーションを失っているのです。
  
  
  
私の知識や研究成果は、
「霊的な覚醒を促す促進剤」です。
  
  
実際の所、本気で地球のアセンションを望んでいるのは、
現在私ぐらいのもので。
  
  
その私がいなくなれば、
カンタンに地球は破滅に向かう。
  
  
ここ最近は、
【 ちょっとした事が、大きな事に繋がる… 】
  
という現実を解説していますが、 
  
・核戦争で破滅に向かうネガティブな地球と、
  
・人類が覚醒し、
 高次元文明化に向かうポジティブな地球には、 
  
【 さほど大きな違いは無い 】のです。
  
  
私自身と、「私と大衆を繋ぐのパイプ役の人間」の努力に、
全てが掛かっているのです。
  
  
たった数人の人間の意志と選択と行動が、
何十億人に影響するのです。
    
  
私は、常に全力を尽くしますから、
  
人類の行く末は【 私のパイプ役次第 】です。 
  
  
私のパイプ役が、活躍するかしないか?
  
それによって、
  
・霊的に覚醒する人間が増えていくか?
・それとも、まったく増えないか?
   
が決まるのです。
  
  
要は、霊的覚醒の
【「ムーブメント」や「モメンタム」を起こせるか? 】
  
それに全てが掛かっているのです。
  
  
それが起きなければ、地球は核戦争で破滅します。
  
  
私が世界的に有名になったら、
釈迦やキリストより尊敬されるべきでしょうね。 
  
  
それぐらいの事はやっているし、
  
彼らとは比べものにならないぐらいの、
高品質で影響力を持つ知識を提供しています。
  
 
「保身最優先のチキン」と「日和見人間」には、
その「質」ってのが、全く理解できないでしょうけど。
  
  
  
バシャールは、
  
ネガティブに向かう地球と、
ポジティブに向かう地球を、
  
列車に例えています。
  
  
でも、その二つの列車の中身って、
  
【 本当に微妙な差 】です。
  
  
どちらの列車も、
  
ほとんどの乗客は、
  
「保身のチキン」か、
「日和見のヒヨコ」で埋め尽くされています。
  
  
「チキン&ヒヨコたち」を、
一部のポジティブな人間が上手く先導できるか? できないのか?
  
  
それこそが、
ポジティブな列車と、ネガティブな列車の差なのです。
  
  
14万4000人の「少し波動の高い人たち」が、
「70億人分のポジティブエネルギー」を生み出したんでしょ?
  
バシャールが人類全体を褒めようとも、
ほとんどの人間は、何もしていない。
  
むしろ、邪魔や妨害をしているくらい。
  
  
頑張っているのは「一部の人間」で、
その一部の人間が、「地球の行く末」を決めている。
  
  
だから、
人類の行く末は、「ほんの少数の人間の手」に掛かっている…。
  
この事実は、決して変わらない。
  
  
チカラを持つモノが、素質を持つモノが、
【 己の責任を果たすかどうか? 】 という事でしかない。
  
  
  
人間は、「痛み」からしか学べない生き物なのだから、 
  
ここ最近言っている様に。
【「痛み」をイメージする習慣 】を持たなければ、
  
その先に待っているのは破滅でしか無いのです。


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2018年04月15日

罪悪感と責任感

ここ最近、伝えている事ですが、
  
「死の恐怖」を抱えている限り、
人間は【 保身と延命が最優先 】になり、
  
リスクを背負えず、攻めの姿勢に出られません。
  
  
さらに、「死について真剣に考えない」という事は、
表裏一体である「生」についても真剣に考えられないので、  
  
「己の人生」についても、真剣に考える事が出来ず、
  
結果、主体的ではなく受け身で、
【「ラク」や「多数」に流される人生 】になってしまいます。
  
  
まぁ、きっと「死ぬ時」に後悔しますよね。
  
どうせ死ぬ事には変わり無いんだから、
「主体的に、攻めの姿勢で生きれば良かった」と…。
  
  
それを防ぐには、
「死の恐怖」を克服するしかありませんが、
  
「死の恐怖」を克服するためには、
  
【 人生には、「死の恐怖」を振り切るくらいの、
  辛く苦しい肉体的苦痛、精神的苦痛が存在する… 】
  
という事実に目を向ける事が必要です。
  
  
これが、ここ最近の記事の「総括」です。
  
  
でも、死にたくなるぐらいの精神的苦痛って、
人によっては、とてもイメージしにくいと思います。
  
別に、これから集団でイジメられると限りませんしね。
    
  
でも、私が思う、
死にたくなるぐらいの精神的苦痛の1つには、
    
【「後悔」と「罪悪感」】があります。
  
  
例えば、自分の選択次第で、
  
他人の人生をめちゃくちゃにして、
狂わせたとしたらどうでしょう?
  
  
本人の性格にもよるでしょうが、
「正義感」や「奉仕精神」が強い人ほど、
  
それはきっと、死にたくなるぐらいの
「激しい罪悪感に押し潰されそうになる」と思います。  
  
  
しかも、相談できる相手や励ましてくれる相手が
いないとすれば、
  
一人で抱え込んでしまって、
【 自殺願望を持つに至る、充分な理由 】となり得ます。
  
  
自分がそこまで他人に悪影響を与える可能性は無いと思いますか?
  
  
本人が自覚しようとしていまいと、 
  
人間というのは、「関わる人間全て」に影響を与えているし、
「他人に対する責任も、自動的に発生している」のです。
  
  
例えば、私はガムシャラに成功を目指してきましたが、
  
もし私が成功できていなければ、
確実に、両親に「多大な経済的負担」を与えていたでしょう。
  
  
しかし、自分が成長し続けたことによって、
家族はもちろん、自分に関わる多くの人たちに、
   
ポジティブな影響、プラスの影響を与える事が出来ています。
  
  
自分が「一人前に自立」しなければ、
確実に「家族に負担を掛ける事」になるのです。
  
  
自分の家族の人生を破滅させたら、人によっては、
  
きっと、「死にたいくらいの後悔と罪悪感」は、
感じる事になると思います。
  
  
それに、心理と宇宙のメカニズム上、
  
人生では、「絶対に起こって欲しくない!」って事が、
起こりやすいんです。
  
  
【「無意識」に抱えている「感情」】が、現実化します。 
  
  
無意識的に、「こんな事は起こって欲しくない!」と、
  
強い恐怖を感じている事ほど、「現実化しやすい」のです。
  
  
ポジティブであれ、ネガティブであれ、
現実化に影響するのは「感情の強さ」です。
  
無意識下のネガティブ感情が強ければ、
「ネガティブな現実化」を促すことになるのです。
  
  
「意識が現実化するなら、あんまり考えない様にしよう…」
と思っても無駄です。
  
  
表層意識(顕在意識)では無く、
【 無意識(潜在意識)が現実化する 】のです。
  
  
現実を変えたければ、顕在意識では無く、
潜在意識を変えなければ、意味がありません。
  
  
ですから、「潜在意識の浄化」に取り組んでいない人は、
  
【 最も現実化して欲しく無い事が、現実化しやすい 】です。 
    
   
つまり、自分にとって「最悪な出来事」です。
  
  
「自分にとって最悪な出来事」が起こったときに、
自分に味方してくれる人が一人も居なければ…?
  
それも、「自殺したいくらいの精神的苦痛」にはなるでしょう。
  
  
ですから、「死にたくなるぐらいの精神的苦痛」というのは、  
  
【 決して他人事では無い 】のです。
  
  
  
それで、「後悔」と「罪悪感」の話に戻りますが、
  
「責任感が強い人、責任ある立場の人」には、 
   
過去の失敗を嘆いて、落ち込んでいる暇はありません。 
   
  
例えば、
  
会社の社長が何か大きな失敗をして、お客さんに迷惑を掛けて、
それで激しく落ち込んで会社に出勤してこなかったら…?
  
無責任だなぁ…と思うでしょう?
  
  
責任ある人にとっては、
  
「失敗を嘆く」ことでは無く、
「全力で失敗をリカバーする事」が最善の手になりますから、
  
責任のある人ほど、【 気持ちの切り替え 】が重要となります。
   
  
一流の経営者も、スポーツ選手も、
  
失敗しても過剰に落ち込まず、
「気持ちの切り替え」が上手です。 
  
  
それは、【 責任感が強いから 】こそです。 
  
  
逆に言うと、
「失敗を嘆いて、自分を責めて、落ち込んでいる人」というのは、 
  
それだけ、【 他人に対して無責任 】なのです。
  
  
スピリチュアル的な「カルマ」の話になりますが、 
  
【 カルマとは、罰ではない 】
  
これは、よく言われる事です。
  
  
バシャールは、
  
「人殺しをしたカルマは、
 死にそうな人を助けることによって、バランスが取れる」
  
という風に言っていました。 
  
  
つまり、【 過去の悪事は、善行で帳消しに出来る 】という事です。 
  
  
まぁ、どこまでそれが適応できるかはわかりませんが、
  
善行を積み続けることで、
自分にネガティブなカルマが返ってくる事を、 
  
ある程度は「軽減できる」という事でしょう。 
  
  
他人に苦しみを与えてしまったから、
自分は苦しまなきゃいけない…、 
 
そんな風に捉える必要な無いという事です。
  
  
しかし、巨大な罪悪感に押し潰されそうな人は、 
 
【 自分が苦しみ、自分に罰を与えることで、許されたい… 】
  
そういう心理が働いてしまうこともあるでしょう。
  
  
しかし、自分が苦しむ事では無く、
他人を苦しみから救うことでも、同じ結果が得られるのです。
  
  
カルマとは、エネルギーのバランスを取る事です。
  
カルマとは、自分が他人に対してやったことを、
「相手の視点で経験し、視野を広げるためのシステム」です。 
  
  
カルマは罰ではない…という事を拡大解釈して、
  
人に迷惑や負担を掛けまくっても、
自分が酷い目に遭わなくても済む…と考える人もいますが、 
  
   
その為には、
  
その分だけ他人に奉仕しまくって、
バランスを取る必要があります。
  
  
無条件に、カルマを帳消しにできる訳ではありません。
  
  
では、自分が失敗して、他人に多大な迷惑を掛けたときに、
  
・罪悪感から、自分に「苦しみ」や「罰」を与えようとするのか?
 
・全力で他人に「奉仕・貢献」する事で、リカバーしようとするのか?
  
  
ネガティブとポジティブ、
二方向のバランスの取り方があるのです。
  
  
で、責任感が強い人ほど、
「ポジティブなバランスの取り方」を目指します。
    
そっちの方が、自分と他人の為になりますからね。 
  
  
自分に罰を与えても、特に他人は喜びませんから。 
  
許されたいが為にどれだけ積極的に苦しもうが、
ただの自己満足です。
  
  
ただ、後悔と罪悪感で、
自殺願望を持つくらいの精神状態になっているときは、
  
貢献意識や奉仕精神をしていく為の自信すら折れているでしょう。
  
  
「失敗をリカバーできるぐらいの能力は、自分には無い…」
  
そんな風に思っていたら、
  
やはり、巨大な罪悪感に耐えきれず、
「自分に罰を与える方向」で考えてしまうでしょう。
  
  
ですから、メンタルが正常なウチに、
    
己の精神を「成長・成熟させておく事」が大切です。
  
  
そうすれば、失敗しても過度に落ち込む事なく、
  
気持ちをすぐに切り換えて、
「ポジティブな行動でリカバーしよう!」と思えますからね。
  
  
それに、責任感が強くなればなるほど、
慎重になって失敗も減らせます。
  
  
責任感については、
また別の機会に深掘りするつもりですが、
  
「死にたくなるほどの後悔と罪悪感」に苛まれたくなければ、
  
他人に対して、勇気と全力を尽くしておく…、これに限ります。
  
  
罪悪感の反対は、
  
自尊心、自己重要感、自分の存在価値、存在意義を感じる…、 
 
って事です。 
  
  
私は、「罪悪感」を感じるのが大嫌いです。 
  
  
私は、「正義感」も「奉仕精神」も強いので、
  
その分、ちょっとした罪悪感で、
自分の精神が極端に弱くなってしまう事を知っています。
  
  
逆に、自尊心、自己重要感、存在価値、存在意義を感じるのは大好きです。 
 
  
だからこそ、【 正義感と奉仕精神を全開にして生きている 】のです。
  
  
そうする限り、「罪悪感」とは対極の、
  
「自尊心、自己重要感、存在価値、存在意義」を感じられるからです。
  
  
私は、「罪悪感を感じる可能性」を潰しながら生きています。
  
  
それが、

【 勇気を持って、全力で、他人に奉仕・貢献する生き方 】です。
  
  
罪悪感は「人を弱くする恐ろしい感情」です。
  
逆に、自尊心は「人を強くする頼もしい感情」です。
   
   
【 セルフイメージに直結する感情 】と言えるでしょう。 
  
  
そして、この世界は、
  
【 ちょっとしたことが大事故に繋がる世界 】です。
    
  
飲酒運転で人が死にます。
  
ちょっとした火の扱いで、大火事になります。
  
プールや海の水遊びで、人が溺れます。
  
ちょっとした不注意で、人が事故死します。
  
  
【 本人のちょっとした気の緩みが、大事故に繋がる 】のです。 
  
  
だから、私は「気の緩み」を怖れます。 
  
  
それは麻薬と同じで、一度手を出してしまうと、
     
【 気の緩みが、人生の破滅に繋がっているから 】です。
  
  
「目の前の恐怖からちょっと逃げただけ」で、
  
【 余裕で人生が破滅するくらいの事には、繋がっている 】のです。
  
  
駅のホーム転落など、
危険性が高いことは、何度も警告や注意喚起がなされますが、 
  
「恐怖に立ち向かうか? 逃げるか?」の選択の危険性を語るのは、 
私くらいですからね(笑)
  
  
でも、車の運転はみんな気を付けているから、
事故死する人は少ないのです。
  
交通事故死する人が、年間3000人〜4000人に対し、
  
・ガンになる人は年間100万人。
・自殺願望を抱く人も、年間100万人。  
  
だって、気を付けていないから。
  
  
飛行機が滅多に事故らないのは、
それだけ整備士やパイロットが気を付けてるからでしょ?
  
  
ガンにならない方法は、テレビで教えない。
   
ガン保険のCMはいっぱいやるけどね(笑)
  
  
コンビニに行けば、
日本人の「健康に対するリテラシーの低さ」がわかります。
  
  
自動車の運転は、みんな危機感を持っているのに、
  
自分がガンになること、自殺願望を抱くことには、
危機感を感じない。
  
  
なんで? 他人事だから。
  
なんで他人事? 死ぬのが怖いからでしょ?
  
  
死ぬのが怖いから、
死のリスク(危険性)を直視する事すら出来ない。
  
  
・自分はガンにならないだろう、
・自分は自殺願望を抱くことはないだろう、
   
と、タカを括る。
  
  
【 死にたいぐらいの精神的苦痛 】なんて、
   
状況次第で、誰だって抱く可能性がある。
  
  
人間のメンタルタフネスは、無限じゃ無いから。
  
  
個人差はあれど、
誰にでも、「精神ストレスの許容量」に限界はある。
  
  
もっとも怖れている事、否定している事が現実化して、
その時、支えてくれる味方がいなきゃ、
  
「死にたいぐらいの気持ち」にはなる。
  
  
そして、そんな「地獄の釜」が開くときは、 
 
ちょっとした【 本人の気の緩み 】が原因…。
  
  
飲酒運転、痴漢、麻薬…、
  
本人としては「ちょっとした事だ」と思っている事で、
人生は破滅に向かう。
   
  
それが、現実。 
  
  
自殺願望を持つ人って、ガン患者ぐらい多いんだから。
  
それって他人事かなぁ?


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haxe501 at 09:02|Permalinkclip!

2018年04月14日

「善人」と「偽善者」

世の中には、実に様々な人が存在しています。
  
その中には、
  
想像を絶する善人もいれば、
想像を絶する悪人もいます。
  
「本物の善人」もいれば、
善人の皮を被った「偽善者」もいます。
  
  
「善人」と「偽善者」の違いは、カンタンです。
  
    
わかりやすく言うと、
  
ドラゴンボールで言うところの、
孫悟空が「善人」で、ミスターサタンが「偽善者」です。
  
  
ミスターサタンは世界的有名人ですが、
  
いざ戦闘になると、死ぬ事を怖れ、
「腹が痛い!」と仮病を使って逃げ出します。
  
さらに、人々から幻滅される事を怖れ、
ウソを付いて、見栄を張り続けます。
  
  
一方、孫悟空(とその仲間たち)は、
  
世界的には無名ですが、  
自分の命を懸けて、地球を守る為に戦います。
  
そして「大事な戦い」で負けない為に、強くなる為に、
いつも「激しい修行」を自分たちに課しています。
  
  
  
要するに、
  
「自分が傷つくリスク」を背負って、
行動できるのが【 善人 】で、
  
「自分が傷つくリスク」を背負えず、
口先だけで行動できないのが【 偽善者 】です。
  
  
で、この世を眺めてみると、
【 ミスターサタンみたいなヤツが多すぎ 】ですね。
   
   
「世のため、人の為に為に自分は戦う!」と言っておいて、
  
いざとなったら仮病を使ってトイレにこもる。
  
  
でも、「他人からの賞賛」は失いたくない。
  
それが、虚構の評価だとしても。
  
だから、真実を隠し、ウソを付いて、見栄を張り続ける…。
  
  
そして、ミスターサタン(偽善者の有名人)を、
「本物の善人」だと思い込んでいるのが、
    
【 大多数の無知な人々 】です。
  
  
ドラゴンボールの世界の構図も、
現在の世の中の構図も、
  
その点においては、変わりありませんね。
  
  
ただ、孫悟空は無名のまま地球を救えますが、
  
私は無名のままでは地球を救えませんからね(笑)
  
  
その点が、大きく違います。
  
  
ですから、ミスターサタンには悪いですが、
  
真実を広めさせてもらう事が、地球の為です。
  
  
真実を知れば、
【 大多数の無知な人々 】は、衝撃を受けるでしょうが、
  
それは、避けられないし、必要なプロセスです。
  
  
【 保身最優先の偽善者、ミスターサタン 】に任せていても、
   
地球はちっとも良くならないのですから。
  
  
まぁ、ドラゴンボールの世界では、
  
「セル編」から「魔人ブウ編」にかけて、
  
傲慢だったミスターサタンは謙虚になり、己の分を知って、
最終的には悟空たちに対して協力的になりましたけどね。
  
  
こっちの世界のミスターサタンはどうでしょう?(笑)


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haxe501 at 11:32|Permalinkclip!

2018年04月13日

「死の恐怖」を上回る苦痛

平和ボケしている人は、
タイトルだけで拒絶反応起こりそうですね(笑)
  
ただ、「勇気を持って現実を直視できる人間」だけが、
人生を思い通りにコントロールできるのです。
  
  
先日、人と話していて、
  
「死の恐怖」を乗り越える為の助言をしていました。 
    
  
で、基本的に一般的な人々って言うのは、
  
【「死」に対するイメージ 】が悪すぎるんです。
  
  
私は、「死に対するイメージ」が悪くありません。
  
「イメージが悪く無い」から、【 怖くない 】のです。
  
  
じゃあ、なんで人々は「死」に対するイメージが悪いのか?
  
っていうと、
  
やっぱり、【 存在が消えて無くなってしまう事 】に、
  
ネガティブイメージがあるんですね。
  
  
まぁ、スピリチュアルの世界では、 
  
魂は永遠であり、死後も意識は続くと言われていますが、
  
普通の人は、そういう教育を受けていないので、
  
無意識的に、【「死」=「消滅」】だと思っている訳です。
  
  
私は例えそうだとしても、
  
「無」から生まれて「無」に還るなら、
「別にそれでいいじゃん、自然じゃん」って思います。
  
  
私は、死ぬ事を「ゼロ」だと思っているんですが、
  
死を怖れる人は、死を「マイナス」だと思っているんです。
  
  
その基準が、私とは違う。
  
  
なぜ、死を怖れる一般的な人々は、
  
【 死を「マイナスの出来事」】だと捉えるのでしょう?
  
  
それは、
  
【 この世には、「死ぬより辛い事」が存在する 】
  
という事実を、
「知らないから、理解していないからだな…」と思います。
  
  
年間3万人近く…、ということは、
毎日、日本では80人近くの人が自殺している訳ですが、
   
そういう人たちは、実際に、
「死ぬより辛い苦痛」に遭遇しているのです。
  
  
「治る見込みの無い病気」による【 身体的な激痛 】だったり、
  
はたまた、
「誰も相談できる相手や味方」がいない、【 精神的な苦痛 】だったり…、
  
です。
  
  
自殺のニュースなんて、頻繁にやってるでしょ?
  
ってことは、

【 自殺した人は、「死ぬより辛い苦痛に遭遇した」】って事です。
  
  
これが、事実です。
  
  
でも、激しい苦痛に見舞われても、
実際に死ぬ人は一部ですから、
  
実際に自殺願望を持っている人は、
その「数十倍」は存在しているでしょう。 
  
  
って事は、日本の中で「最低100万人」くらいの人は、
自殺願望に見舞われていると思います。
  
つまり、【 死ぬより辛い苦痛 】に遭遇しているのです。
  
  
日本の中で100万人って、普通に多いでしょう?
  
  
日本の中において、
交通事故で死ぬ人が、年間3000〜4000人です。
  
  
死にたくなるぐらいの苦痛に見舞われ、自殺願望を持つ可能性は、
   
【 交通事故に遭遇するより、よっぽど高い確率・割合 】って事ですよ?
  
  
「交通事故より可能性が高い」のに、
交通事故より、全然気を付けていないですよね?
    
  
水難事故で死ぬより、
「自殺願望を持つ可能性」の方が、よっぽど高いのです。 
  
  
なのに、全然気を付けていません。
  
  
なぜか?
  
  
【 人生では、死ぬより辛い苦痛に遭遇する可能性がある 】
   
っていう「事実そのもの」から目を背けて、
  
「認識する事を拒絶しているから」です。
  
  
つまりは、現実を直視せず、事実を認めず、
   
【 現実逃避 】をしているのです。
  
  
飲酒運転をしながら、「自分は絶対に事故る訳が無い!」
  
と思い込もうとしている人と同じです。
  
  
私は、人生において、
  
【「死ぬより辛い苦痛」が存在している事 】を理解しています。
  
  
私にとっては、

「死ぬより辛い苦痛」こそが、【 マイナス 】です。
  
そして、「死ぬ事」は【 ゼロ 】なのです。
  
  
もし、自分の大切な人、愛する人が、
    
「治る見込みの無い病気」に罹って、
【 毎日、死ぬより辛い激痛 】に見舞われているとしたら、 
  
私は、お医者さんに
「安楽死させてあげて下さい」ってお願いすると思います。
  
  
「死ぬより辛い激痛」が存在するなら、【 死は救い 】なのです。
  
  
人生の中で、辛い境遇の人もいると思いますが、 
もし、自殺願望が沸いていないとしたら、
   
【 人生の底(地獄)というのは、まだまだ深い 】という事です。 
  
  
「死ぬより辛い(精神的・肉体的)激痛がある」
  
という事実を知っているからこそ、
  
私は、【 死に対するイメージが悪く無い 】のです。
  
  
それに、現在生きている人も、
いずれ全員死ぬわけですし、いつ死ぬかもわかりません。 
  
  
誰にでも訪れることを「マイナス」に捉えるのも、どうかと思います。
  
この世に生まれて、生きている事自体が、
既に「大きなマイナス決定」じゃないですか。
    
  
オギャーと生まれた時点で、死ぬ事は決定しているのだから、
  
死が悪い事だというなら、
  
赤ちゃんを産む事自体が、「悪い事をしている」
ってことになっちゃいますよ?
  
  
  
死ぬって事は、「ゼロ」なのです。
  
  
そう思えば、死の恐怖も和らぐでしょう。 
  
  
「死に対する恐怖」を軽減したければ、
  
【 死ぬより辛く苦しい、肉体的苦痛、精神的苦痛が、
  この世には存在している 】
  
その「歴然たる事実」を、ちゃんと真正面から認める事です。
  
  
「死の恐怖」を乗り越える事で、 
 
自分の「生きたい人生」を、生きることが出来るのです。
   
   
それに、「死ぬより辛い事は存在しない」って思っていると、 
 
現に今、「大きな苦痛を感じている人たち」を、
【 存在しないモノとして、無視している事 】になります。
   
「苦しんでいる人たちの存在」を感じていないのであれば、
「苦しんでいる人たちの為に、何かをしよう!」とも思いません。
  
  
「苦しんでいる人たちの存在を無視する」って、
  
私から見れば、【 とても冷たくて、非道い事 】です。
  
  
でも、それが「平和ボケしている人の意識」です。
  
  
平和ボケしている人は、
  
「苦しんでいる人の存在そのもの」を無視していて、
とても冷酷な態度なのです。
  
  
近くにイジメられている人がいても、
その存在すら見ないようにして、無視しているのです。
  
  
当然、「助けの声」を聞く気もなければ、
「助けの手を差し伸べてあげよう」とも思いません。
  
  
冷たいねー。
  
  
事実を直視しなければ、

「まともな感覚、まともな神経」を持つ事は出来ません。 
  
  
「狂った感覚」と「狂った神経」は、
「狂った人生」と「狂った世の中」を生み出します。
  
  
まず、「感覚」と「神経」を【 まとも 】にする為には、
  
たとえ自分に都合の悪いことだとしても、
  
【 事実を直視して、認める事 】から始めなければなりません。
  
  
  
この話も、ニュースを見る時みたいに、
  
「想像力」と「感じる感覚」のスイッチを切って読んでいたら、
まったく意味が無いので、 
  
レストランのメニューを眺めながら、
食べたい料理の味をイメージする様に、
  
ちゃんと【 想像力を働かせる事 】が重要です。


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haxe501 at 17:33|Permalinkclip!

2018年04月12日

続・整理整頓の研究

前回に引き続き、整理整頓の話を。
  
「空間」の整理整頓も大事ですが、
「頭の中」の整理整頓も大事です。
  
  
で、整理整頓のプロが書いた本を読んで、
  
本に書かれているノウハウやメソッドだけでなく、
著者の整理整頓に対する「考え方・思考パターン」を把握し、
    
紙とペンを持って真剣に30分くらい考えたら、
「整理整頓の全体像」がザックリと見えてきました。
  
  
まず、「空間」に対して、
それを占めるのが「物質(アイテム)」です。
  
家具、食器、書籍、衣服…、
  
部屋の中に存在する、あらゆるモノが「物質」です。
  
  
ですから、
  
【「空間に対して、物質の扱い方」を
 どうすれば便利で効率的なのか? 】
   
という事が、整理整頓の目指す所です。
  
  
で、どういう流れで整理整頓を進めていけば良いのか?
  
それをまとめると、
  
1.要不要など、「物質の扱い」を大別する 
 (※ 使用頻度を把握する)
  
2.「置き場所」を考える
 (※ 物質と人の流れ、動線をイメージする)
  
3.「置き方(収納法)」を考える
 (※ アイデアの引き出しを増やす)
  
  
だいたい、大きく分けるとこの3つの流れで、後は、
  
「常に現状に満足せず、
 物質の増加や状況の変化に対して、最適解を模索する」
  
って感じかなと思います。
  
  
まず、「1」
  
《 1.使用頻度で物質の扱いを大別する 》
  
ですが、
  
使用頻度が低いモノほど、
「捨てる」って事になるでしょうし、
     
使用頻度が高いモノほど、
使いやすいように表に出しておいた方が便利です。
  
その中間が、「押し入れにしまい込む…」などだと思います。
  
  
使用頻度を「何段階に分けるか?」は、まだ決めていませんが、
  
大雑把に、
  
1.捨てる、手放す
2.「押し入れ」や「棚」など、目に見えない所にしまう
3.目に見える表に出しておく
  
の、「最低3段階」には分ける事になります。
  
  
とにかく、【 使用頻度で分類する 】って事が、
最優先だと思います。
  
  
次に、「2」
  
《 2.動線を考えながら、物質の置き場所を考える 》
   
  
リモコンの置き場所、ゴミ箱の置き場所、
  
こういうのも、
人とモノの「動線」をイメージしながら、
  
どこに置くのが最適なのか?を考えます。
  
  
次に、「3」
  
《 3.「置き方(収納法)」を考える 》
  
  
置く場所が決まったら、
どう置くのか?どう収納するのか? です。
  
    
こればっかりは、「便利な収納グッズ」や、
「アイデアの引き出しの数」がモノを言います。
  
  
ですから、「プロの収納アイデア」を、
出来る限り写真で見て、頭に入れておく。
  
あとは、雑貨店やインテリアショップで、
さまざまな「収納グッズ」を目にするなどして、
  
「アイデアの引き出し」を増やしておく。
  
  
そして、使えそうなアイデアを見つけ出して、自宅に適応する。
  
  
これが大事かなと思います。
  
  
【 整理整頓の全体像 】は、こんな感じです。
  
  
整理してみると、結構シンプルでした。
  
  
【「抽象的な概念の本質」を掴み、
 「優先順位」と「流れ」を把握する 】
  
  
これは、これまでの仕事や研究で、
鬼ほどやってきましたから、
  
今まで手を付けたことが無い異分野でも、
すぐに応用できちゃいますね。
  
  
前回の記事で、
  
【「紙」と「ペン」を使って考える事 】
について触れましたが、それについて補足します。
  
  
「紙」と「ペン」を使う目的は、
別に、漢字ドリルじゃないので、
  
「単語や文章を暗記する目的」ではありません。
  
  
暗記で点が取れるのは、学校だけです。
  
暗記など、理解する上では全く意味がありません。
  
  
【 理解する 】というのは、
  
論理的思考力を使って、「物事の因果関係」を掴む事です。
  
  
それは、学校の学問でいうと、「算数」や「数学」に近いです。
  
方程式を理解すれば、
どんな問題も解けるようになるのと同じです。
  
  
しかし、計算ドリルの数式をただ書き写して、
数式と答えを暗記しても、
  
数学は得意にはなりませんよね?
  
  
数学は、「数字」を使って、物事の因果関係を理解します。
  
論理は、「言語」を使って、物事の因果関係を理解します。
  
  
ただ、それだけの違いです。
  
  
ですから、論理的理解に「紙」と「ペン」を使う時というのは、 
  
暗記目的では無く、
【 数学で言うところの、「計算用紙」なのです。 】
  
  
私が過去、紙とペンを使いまくっていたのは、
  
【 論理的に理解する為の「計算用紙」として… 】です。
  
  
ですから、本を読みながら、
内容を理解する為に書き殴っていたノートを、
  
後になって読み返すことは、ほとんどありませんでした。
  
  
もし、学校で「数学の授業」を受けているときに、
  
「方程式」を理解する為に、問題を解く為に、
「紙」と「ペン」を使わないヤツがいたとしたら、
  
・「暗算」で方程式を理解し、問題が解けてしまう【 天才 】か?
・方程式を理解する気も、問題を解く気も無い【 バカ 】か?
  
極端にどっちかでしょう(笑)
  
  
「バカ」と「天才」は紙一重と言いますが、
  
バカと天才は、
【 表面的には似た様に見えること 】はあります。
   
でも、「中身は真逆」という事です。
  
  
学校教育では、【 論理の授業 】など無かったでしょう。
  
近いのは、「理科」と「数学」ですけどね。
  
  
ちなみに私は、「理科」は好きでしたが、
  
「数学」はあまり好きではありませんでしたね。
  
  
数字自体にあまり興味が沸かないし、
計算はコンピュータの得意分野ですからね。
  
  
とにかく、私の文章を読んで理解するという行為は、 
   
【 数学の授業を受けているに近しい 】ということです。
  
  
で、数学の授業を受けていて、 
  
計算用紙を使わない人間は、「バカか天才のどちらか」です。
  
  
私は、自分の専門分野に関しては、
「暗算で解ける人間」になってしまったので、
  
「紙とペンを使うことが無くなった」というだけです。
  
  
私が語っているのは、
数学で言うところの「方程式」や「定理」です。
  
それを完璧に理解する為には、暗算では難しいと思います。
  
  
私が若い頃は、
紙とペンを使って、書きまくっていました。
  
  
私の解説がいかにわかりやすくとも、
  
「暗算で理解できるくらいの知性と経験を持っている人」は、
希有でしょうね。
  
  
数学(方程式の理解、問題を解く)に、
「紙とペンが必須」のように、
    
  
【 頭の中の整理整頓 】に、
  
【「紙」と「ペン」は必須のツール 】です。
  
  
そして、「理解できたかどうか?」の基準は、
  
【 頭の中の「モヤモヤ、引っかかり(矛盾・疑問)」が
  完全に晴れて、意識がスッキリしたのか? 】
  
です。


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2018年04月11日

整理整頓の研究

妻が、産後の休息のために実家に帰省していて、
  
私は、ゴールデンウィークあたりまで、
一人で暮らす事になりました。
  
  
長女は以前から実家に預かってもらっていて、
としばらく会っていないので、
  
長女の可愛い仕草の動画を送ってもらっては、
それを見てニヤニヤしています(笑)
  
  
子供が出来る前は、
こんなに可愛く感じるモノだとは思っていませんでしたね。
  
  
それで、また二人の娘と一緒に暮らすときの為に、
  
私は、【 整理整頓の研究 】をしようと思いました。
  
  
私は、人生の三大資源は、
  
・時間
・お金
・労力(エネルギー)
  
だと思っています。 
  
  
そして、それらの資源は、
それぞれ交換可能です。
  
  
例えば、タクシーに乗る時というのは、 
 
お金を払って、
【「時間」と「労力」をセーブ(節約)】している訳です。
  
  
人間は、「時間・お金・労力(エネルギー)」という資源を、
  
「交換し合って生きている」と言っても、過言では無いと思います。
  
  
例えば、
  
私は一人だと外食することが多いですが、
別に料理自体は嫌いではありません。 
  
  
ただ、自分が「食材の買い出し」をして、
「料理」をして、「後片付け」をする手間を考えると、 
  
外食した方が、
【 総合的に時間と労力の節約になる 】ので、
  
外食をしているのです。 
  
  
例えば、スティーブ・ジョブズみたいな人が、
自宅で毎日「家事」に時間を割いていたらどうですか?
  
  
それより、お手伝いさん(家政婦)でも雇って、
本人は仕事に集中してもらった方が、
  
「トータルで生み出せる価値」は増えて、
世の中の為になりますよね?(笑)
  
  
私は、自分が料理(自炊)に「時間」と「労力」を注ぐより、
その分、仕事をした方がトータルで得になると思うので、
  
「外食を選択する」のです。 
  
  
まぁ、そんな感じで、
  
「時間・お金・労力」という、
それぞれ交換可能の三大資源 を、
    
効率良く回していく事は、 
【 経済力を高めていく上で、必須の習慣 】でしょう。
  
  
では、空間資源はどうでしょう?
  
  
空間資源も、「時間・お金・労力」に影響しています。 
  
空間が整理整頓されていれば、 
【 見当たらないモノを探す労力と時間 】をセーブ出来ますからね。
  
  
さらに、どこに何を置くか?という「置き場所」も、 
   
少し変えるだけで、効率を高めることが出来ます。
  
   
そんな毎日の少しの事でも、
積もり積もれば、人生単位では相当な差が出るでしょうね。
  
  
ただ、私はそんな【 空間資源の効率・活用 】について、
  
これまで真剣に研究せず、後回しにしてきました。 
  
  
子供が生まれたからこそ、
考えさせられるようになったのかも知れません。
  
  
それで現在、
  
・空間資源の効率、活用
・整理整頓
    
について、真剣に研究をスタートしました。
  
  
「今まで手を付けたことが無い異分野」なので、
  
まずは、「先人の知恵」から学ぶ為、
書店でわかりやすくて良さそうな本を選んで買ってきました。
  
  
そして、【「空間」と「それを占める物質」の本質 】について、
独自に研究を深めていく訳ですが、
    
久しぶりに、
「紙」と「ペン」を用意して、考えています。
   
    
私が「心理」や「波動」について研究する時には、
もう紙とペンをほとんど使いません。 
  
紙とペンを用意せずとも、
頭の中で試行錯誤して、研究を進めることが出来ます。
  
それは、研究に必要な材料(知識)が全て頭に入っているからですね。
  
  
でも、やっぱり自分がまだ良く理解していない分野に関しては、  
  
【「紙」と「ペン」を使う必要があるな 】と感じます。
  
  
私の記事を読むにしても、「紙」と「ペン」を用意して、
  
いろいろ紙に書きながら読んだ方が良いと思いますよ。
  
  
【 目的は、「理解する事」】ですからね。 
  
  
自分が究めていない分野の事は、
「流し読み」したくらいで、内容が頭に入る訳がありません。
  
  
私だって、
  
真剣に「空間資源の効率、活用・整理整頓」
を研究しようと思ったら、
  
紙とペンを用意して、理解する為に、
  
紙に書きながら、整理しながら考えるのです。 
  
  
私がここで言いたいのは、

真剣に何かを考える時には、
【「紙」と「ペン」を使った方が良い 】という事です。 
  
  
私が現在、紙とペンを使わずに心理について考えられるのは、
その分野の知識と経験、本質の理解の量が並外れているからです。
  
でも、昔は考える時に、紙に書きまくってました。 
  
その時のノートはもう捨てましたが、
積み上げれば軽く天井に届くほどでしょう。
  
  
なぜ紙に書くことが大事なのか?
  
  
それは、【「言語化」が重要だから 】です。
  
  
抽象的なイメージ、漠然としたイメージは、
【 言語化する事によって、結晶化される 】のです。
  
  
人間の意識の中には、
抽象的なイメージ、漠然としたイメージがあります。
  
私はそれらを全て、
【 言語化、明確化する事 】にエネルギーを割いています。
  
  
言語化とは、定義を明確にするという事でもありますし、
  
「言語化できて、初めて理解できた」と言えるでしょう。
  
  
人間は、「言語」を使って思考を巡らします。 
  
人間は、「言語」を使って考えているのです。
  
  
「知っている言葉の数が少ない」という事は、
それだけで考えられる量が減ってしまいますし、
  
「日本語」で考える事と、
「英語」で考える事では、かなり違ってくるのです。
  
  
日本語は、繊細な表現ができます。 
 
ひらがな、カタカナ、漢字…、さまざまな表現が可能です。 
  
  
私が日本に生まれて良かったことがあるとすれば、
  
それは、日本語という「細かい表現が可能な言語」で、
思考することが出来たという事でしょうね。 
  
  
「思考」と「言語」は、切っても切れない関係で、
  
非常に密接に繋がっているのです。 
  
  
まぁ、宇宙人はテレパシーなどで高度な概念を理解するでしょうが、
  
低い次元で暮らす人類は、【 言語を使って理解するしか無い 】のです。 
  
  
という事で、
  
「思考のプロ」は、「言語化のプロ」なのです。
  
  
私の話を聞きながら、スマートフォンにメモをする人もいますが、 
  
手で文字を書いた方が、圧倒的に早いと思いますけどね。 
  
  
まぁ、私もパソコンのメモ帳に文章を打ち込みながら、
思考を整理する事もありますから、
  
デジタルを使うことが一概に悪いとは思いませんが、 
私はブラインドタッチがかなり高速なので、
  
やっぱり、「言語化のスピード」を追求するなら、
「手書き」か「キーボードのブラインドタッチ」かなと思います。
  
  
どちらにしろ、【 言語化の量 】が理解を深めます。 
  
  
頭の中にある思考や感情を、
【 たくさん言語化してアウトプットすること 】で、
  
思考は整理されていくのです。 
  
  
「本気で理解しよう!」と思ったときには、
  
自然と「紙」と「ペン」を使いたくなると思いますけどね。 
  
  
理解する為に、紙とペンを用意しない人は、 
 
そもそも、そこまで完全に理解する気が無いのでしょう。 
  
  
人間は、【 言語化を通して、理解に至る 】のです。
  
  
その為に、「紙」と「ペン」は必須のツールです。
  
  
例えば、頭の中がモヤモヤしていて、
「そのモヤモヤが何なのか?」を知りたければ、 
   
紙とペンに書きながら自分の思考を整理した方が、
よりスムーズにモヤモヤの正体を理解できるでしょう。
  
  
私の記事を読むときに…、  
っていうか、どんな本を読むときでもそうですが、
  
目の前に「紙」と「ペン」を用意していない人は、
  
自分の思考を言語化をしないので、
考えが整理できないし、何も理解できないですよ。
  
  
私は、20歳の頃から成功を目指し始めましたが、
  
その頃にやっていた事と言えば、
  
集中しやすいカフェに行って、  
テーブルに読みたい本、理解したい本を積み上げて、
  
ノートとペンを持って、
本の内容を完璧に理解する為に書きまくっていました。
  
  
その若い頃の習慣が、今現在の私を作っています。 
  
  
戦う者にとって、
「剣」と「盾」が必須の道具であれば、
  
思考して、何かを理解したい者にとって、
「ペン」と「紙」は必須の道具です。 
  
   
それぐらい、必須で基本的な道具です。
  
  
私は久々に、今まで手を付けてこなかった、
新ジャンルの研究ができて、楽しいです。
  
  
お金、幸せ、労働、人生…、
  
抽象的な物事、漠然とした物事を、
視野広く研究し、本質を掴み、
言語化し、シンプルに理解する…、
    
それが、私にとっての情熱ですから。


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