2016年12月

2016年12月21日

「能力」と「性格」

先ほど目にしたとある記事に、
  
「能力は低いけど、患者想いの優しい医者」と
「能力は高いけど、型破りな異端っぽい医者」であれば、
  
ほとんどの人は、後者を選択するのではないか?
 
と、書かれていました。
  
 
まぁ、「能力」と「人間性」を両立してこそ、
真のプロだとは思いますが、
  
基本的に、「クオリティの高い商品やサービス」は、
「他者への愛」が深いからこそ、生まれるモノだと思います。
  
  
「生まれつき身体能力が非常に高くて、スポーツ選手になった」
  
などの、先天的要素が大ければ、
人間性が伴っていない場合もあるかもしれませんが、
  
そういった例外を除いて、
努力で能力を身に付けた人は、人間性も高いモノです。
  
  
で、先ほどの医者の話に戻りますが、
  
・能力が低くて、性格が良い医者と、
・能力が高くて、性格が悪い医者であれば、 
  
多くの人は、
「能力が高くて性格が悪い医者」を選ぶでしょうか?
  
  
というか、「能力が低くて性格が良い医者」っていうのは、
ただ精神的に弱くて、無難に生きているだけだと思いますが。
  
  
まぁ、どちらかと言われれば、
「能力が高くて性格が悪い医者」を選ぶ人は多いでしょう。
  
  
しかし、こと「心理・スピリチュアル業界」に限っては、
そうなっていません。
  
  
どちらかというと、前者の、
  
【 能力が低くて、性格が良い人 】が選ばれていると思います。
   
   
なぜか?
  
  
もし、「自分が死ぬかも知れない病気」であれば、
多少性格が悪くても、能力の高い医者に診て欲しいかも知れません。
  
それは、切羽詰まっているからです。
  
  
心理・スピリチュアル業界に関しては、
  
そこまで困っている人が少ないのでしょう。
    
  
っていうか、本当に切羽詰まるほど精神的に困ってたら、
「心療内科」や「精神科」に行くんでしょうね。
  
もしくは、除霊に何十万円も取る様な、
「霊媒師・除霊師」の所にいくのでしょうか?
  
  
そもそも、
  
「心理・スピリチュアルのプロ」の世話になろうという人には、
切羽詰まっていない人が多いし、
  
そもそも、「心理・スピリチュアルのプロ」が、
世間的に舐められていると思います。
  
  
まぁ、世間に舐められても仕方が無いような、
能力に乏しい人たちばかりですけどね。
  
  
巷の「心理・スピリチュアルのプロ」を謳っている人でも、
  
「自分は医者ぐらい勉強してきて、
 医者と同等の責任感を持って仕事に臨んでいる」
  
と胸を張って言える人が、何人いるでしょうか?  
  
  
人の人生に影響するつもりであれば、  
それぐらいの勉強量や責任感はあって当然だと考えますが、
  
「自分は心理・スピリチュアルのプロだ」なんて、
別に大した事をしてなくても、誰でも言えちゃいますからね。
  
  
  
まぁ、私に言わせれば、
  
心療内科も、精神科も、霊媒師も、
ほとんど頼りにならないんですけど…。
  
  
頼りになるプロ自体が、ほとんど存在していないので、
  
つまり多くの人は、
どのみち「能力の低い人」の所へ相談に行くことになるのです。
  
  
私が見る限り、「能力の高い人」が見当たりません。
  
私は正直なので、「この人は素晴らしい!」と思ったら、
ブログで書いたり、紹介しますからね。
  
  
でも、ほとんど見かけません。
  
  
アメリカならまだ居るかも知れませんが、
日本はその点、遅れまくっていますからね。
  
  
・「能力が高いプロ」は圧倒的に少ない
・「クライアント側」の、プロを見る目も肥えていない
  
  
その結果、日本で支持されているのは、能力が低い人ばかり。
  
  
まぁ、「能力が高い人」が求められないのは、
  
個人レベルで切羽詰まっている人は存在していても、
まだそれほど「社会全体的には切羽詰まっていない」と言う事です。
  
  
本当に困ったときこそ、
  
ブラックジャックみたいな医者にでも、
能力が高いのであれば頼るしかない
    
という気になる訳です。


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2016年12月20日

情報の質

私は、「情報」と「食べ物」って似ているなぁと思っています。
  
これも、何年も前から言っていることですが…。
   
  
  
【 人間の身体 】は「食べ物」で作られています。
  
そして、【 人間の考え(意識) 】は「情報」で作られているのです。
  
  
「食べ物」には
  
一時的に味覚や空腹を満たすだけで、
何の栄養価も無い食べ物があります。
   
有害な添加物や農薬が大量に含まれていて、
むしろ、身体の害になる食べ物もあります。
   
それらを、「ジャンクフード」と言います。
  
  
「情報」には、
  
一時的にヒマを潰すだけで、
人生の何の役にも立たない情報があります。
   
それらは、「ジャンク情報」と言うのが適切でしょうか?
  
  
  
「良薬口に苦し」ということわざもありますが、
別に美味しくはありませんが、身体に良い食べ物もあります。
  
「栄養補助食品(サプリメント)」や「薬」です。
  
  
情報にも、「耳が痛い」と言われるように、
  
一時的には少し落ち込むことになっても、
最終的には前向きになれるような情報もあります。
  
  
それは、【 栄養的な情報・薬的な情報 】です。
  
  
【 健康な身体 】を維持するには、
   
「身体に害ある食べ物」を避け、
「栄養価の高い食べ物」だけを食べることです。
  
  
【 健全な精神 】を維持するには、
  
「精神に害ある情報」を避け、
「精神に有益な情報」だけを取り入れることです。
  
  
しかし、自分が口にする食べ物には気を遣っていても、
  
自分の意識にインプットする情報には、
気を遣っていない人も多いかと思います。
  
  
まぁ、何でもかんでも
「目に見えないモノ」を軽視するのが普通の人間です。
  
    
例えそれが、「核による放射線」であってもです。
  
  
しかし、自分の意識にインプットする情報は、
  
確実に自分の精神に影響を与えています。
  
  
「健康」を目指す人は、
  
身体に害ある食品を避け、
身体に有益な食品を食べようとするでしょう。
  
  
では、「健全な精神、健全な意識」を目指すのであれば、
  
「精神や意識に害のある情報」を避け、
「精神や意識に有益な情報」だけを取り入れていく必要があります。
  
  
その時、【 質を見抜く 】という事が、何よりも重要になってきます。
  
  
食べ物の質を見極められない人は、
  
ジャンクフードも、オーガニック食品も、薬も、
一緒くたにして食べています。
  
  
「苦い薬は飲みたくない!」と、
駄々をこねる子供の様に考えているかもしれません。
  
  
一般的な人は、「トクホのマーク」が付いていれば、
なんとなく健康に良いのだろうと考えているでしょう。
  
それが、コーラであっても(笑)
  
  
そういう人は、「権威」や「常識」を基準にして考えています。
  
  
自分で調べるのでは無く、
「権威」や「常識」が良いといっているから、それを信じる、
  
という感じで、非常に短絡的です。
  
  
「権威」や「常識」に振り回されてしまう人は、
  
要は、【 自分軸 】を持っていません。
  
  
自分軸を持てていない人は、
  
【 人生は自分の自由だ、生き方は自分の自由だ 】と思えていません。
  
  
「自分以外の誰か(強者)に依存しながら生きていくしかない」
  
と思っています。
  
  
それこそが、「奴隷根性」な訳ですが、
  
その依存対象である自分以外の誰か(強者)というのが、
「権威」や「常識(多数決)」なのです。
  
  
健康リテラシーが高い人ほど、トクホなんか信用していません。
  
  
トクホの効果を信じているのは、TVCMを鵜呑みにする一般ピープルです。
  
  
よく、テレビのCMなんかでは、
  
「糖と油と塩分の取り過ぎが良くない、野菜を食べていたら安心」
  
と言うような主張がされていますが、
いつの時代の健康情報だよと思います。
  
  
「私は、毎日コンビニの弁当だけじゃなく、
 ちゃんとサラダも買って食べてるから、大丈夫です!」
  
なんて言ってる人がいたら、
  
「全然大丈夫じゃ無いから!」って言ってあげたくなります。
  
  
コンビニのサラダを食べているだけで、
ちゃんと栄養が取れている訳がないでしょう?(笑)
  
その前に、食品添加物がヤバいわ!って話です。
  
  
例えば、
  
果汁100%の「濃縮還元」と「ストレートジュース」の違いすら
わからない様では、栄養は取れません。
  
  
「権威」や「常識」のウソを見抜いて、
  
ちゃんと情報を見極めないといけません。
  
  
「人生は不自由だ」と思っている人ほど、
  
主体的では無く、受け身で、権威や常識を信じています。
  
  
ネガティブな人ほど、権威や常識に依存しているのです。
  
  
そして、類友の法則なので、
  
ネガティブな人々が支持する「権威」とやらも、
ネガティブな人間であって、ウソの情報をばらまいています。
  
  
「人生は自由だ」と自分の意識に刷り込んで、
  
常識や権威への依存心を取らない限り、
  
情報の真偽を見極める事もできなければ、
「真実の情報」に辿り着く事すら、出来ません。


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2016年12月19日

素直になる為に

私は、「素直さ」が大事だと言っています。
  
  
松下幸之助さんは、
  
毎朝、「今日も一日、素直でいさせて下さい」と、
太陽に向かって拝んでいたらしいです。
  
  
素直である事は、
「賢明な判断」を下すために必須の素養です。
  
  
賢明な人は、素直さの重要性を理解しているのです。
  
  
ですから、
  
【 素直さ(謙虚さ)は最大の知性 】とも言われます。
  
  
どんなに「IQ(知能指数)」が高い人でも、高学歴な人でも、
素直で無い人は、「愚かな判断」を下してしまうのです。
  
【 ひねくれ(傲慢さ)は、最大の愚かさ 】です。
  
  
よく誤解されますが、
「素直」とは、「従順」ではありません。
  
  
素直とは、
  
【「先入観」や「偏見」を持たない状態、「中立・中庸」の状態 】
  
と言う事です。
  
  
他人からアドバイスをもらっても、
  
「素直な人」は、それを活かせますが、
「ひねくれている人」は、活かせません。
  
  
が、素直で無い人というのは、
  
他人の助言よりも、
まず「自分の気持ち」に素直で無いのです。
  
  
ですから、「ひねくれている人」というのは、
  
【 自分の本当の気持ちに、フタをしている人 】です。
  
  
なぜ、自分の本当の気持ちにフタをしてしまうのか?
  
  
それは、
  
・「他人の目」を気にして、
・「罪悪感」を感じながら、
・「義務感」で行動し、
  
生きているからです。
  
  
他人に対して、「本音」と「建前」を使い分ける人は、
 
自分の気持ちに対しても、
「建前」を優先し、「自分の本音」を蔑ろにしています。
  
  
人生は自由じゃ無い、人生は苦しい事しか無い…などの、
  
「ネガティブな人生観」を持っている人の特徴は、
  
・「他人の目」を気にしている
・「罪悪感」と「義務感」で行動する
・「優等生病(劣等感)」が強い
・ひねくてれいて、傲慢である
  
という感じです。
  
  
賢い判断を下したければ、素直である必要がありますが、
  
「他人の話」に対して素直になるよりも、
まず先に、「自分の気持ち」に対して素直になる必要があります。
  
  
「自分の気持ち」に素直になれないのに、
「他人の話」に素直になれる訳がありませんからね。
  
  
ネガティブな人生観を持っている人は、
  
必ずと言って良いほど、自分の「本音、本心」を自覚していません。
  
  
自分の「本音、本心」に従って生きているのではなく、
  
「目先のネガティブ感情を避ける事」が、
その人の行動の指針となっています。
  
  
自分に対しても、他人に対しても、
  
【 目先のネガティブ感情を避ける 】
  
それが、最優先の行動の指針なのです。
  
  
ですから、大局的な視点も持っていません。
  
  
人生観をポジティブに塗り替えると同時に、
  
「自分の本音・本心を素直に感じ取る!」と、決意を持たないと、
  
永遠に、自分に対しても、他人に対しても、
【 建前の人生 】になってしまいます。
  
  
建前の人生では、幸せにはなれません。
  
  
まず、「自分の気持ち」に素直にならなければ、
  
自分が何を求めているのか?もわかりません。
  
  
自分の好みもわからないのに、
自分の好みをオーダーすることは出来ません。
  
  
他人の目を気にして、
罪悪感と義務感を感じながら、
  
自分がオーダーした人生では無く、
他人がオーダーした人生を生きるハメになってしまいます。
   
  
私が、弟子を育てる上で一番苦労したのが、
  
「建前」で発言されることです。
  
  
私は素直なので、
「他人が言っている事も本心だろう」と思ってしまいがちですが、
  
本人すら、「ウソを付いている自覚」も無く、
平気で【 建前のウソ 】を発言します。
  
  
彼らは、今までそうやって生きてきたので、
完全にクセになって、染みついているのです。
  
  
「ウソを付くな!」って言いたいんですけど、
  
本人も、ウソを付いている自覚が無いから、厄介です。
  
  
他人の目を気にして、
自分の本心では無い「建前のウソ」を付くことが、習慣化している。
  
そういう人とコミュニケーションを取るのが、一番厄介なのです。
  
  
例えば、「ケーキが食べたい!」と言う人に、
ケーキを持って行ったとします。
  
  
でも、相手が「ケーキは実は食べたくない!」と言いだします。
  
  
「じゃあ、なんでケーキが食べたいって言ったの?」って聞いたら、
  
・嫌われるのが怖かった
・みんなそうしているから、自分もマネしてみた
・そう言った方が褒められると思った
  
とか、そんな理由が飛び出してきます。
  
  
ケーキを持っていった私としては、「ハァ?」って感じです(笑)
  
「いや、自分が本当に欲しいモノを注文しろよ」って(笑)
  
  
まず、自分の本音・本心を自覚しなければ、
  
【 自分の理想など、手に入る訳が無い 】と言う事です。
  
  
私は、他人の精神バランスの崩れはわかりますけど、
  
「他人の本心や情熱」を見抜けるわけではありません。
  
  
自分で気付いていくことが、本人の修行でもありますから、
  
高次元存在が知っていても、教えてくれません。
  
  
自分の本音・本心を知るには、
  
【 自分の気持ちに素直になる 】と決める事です。
  
  
それが出来ない人は、人生観がネガティブで、
  
・自由に振る舞ったら生きていけない
・素直に振る舞ったら生きていけない
 
とでも思っているのでしょう。
  
  
根本のネガティブな人生観を塗り替えなければ、
  
幸せも豊かさも手に入らないと言う事です。


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2016年12月18日

ネガティブな人生観を持つ人の心理

最近は、
  
【 ポジティブな人生観を持つ事 】
 
を他人に勧めています。
  
  
今までは、
「自信を持つことの重要性」を再三伝えてきましたが、
  
「ネガティブな人生観」を持つ人に「自信を持つ方法」を教えても、
それを実践する事すら、「自分の幸せの為」と思えず、
  
【 義務感 】で行ってしまいます。
  
  
要は、
  
・運命は決まっている
・人生は変えられない
・人生には苦しい事しか無い
  
などの「ネガティブな人生観」を持つ人は、
  
【 「自分の幸せ」の為に何かをやる 】って事自体を、
  
自分自身に許可できていない、許せていないのです。
  
  
ですから、「自分の幸せの為にやった方がいいよ」
  
というアドバイスも、空振りになってしまうのです。
  
  
ですから、今までは【「自信」が最重要 】だと思ってきましたが、
  
それを更新して、【「人生観」が最重要 】と伝えたいと思います。
  
  
もし、「人生観をポジティブにする方法」を伝えても、
  
それでも弟子がスムーズに成長できない場合は、
これよりも、さらに根本的な要素を発見するでしょう(笑)
  
  
「人生観」よりも深いのは、きっと
  
【「存在そのもの」に対する定義 】でしょうね。
  
  
私の妻の千博さんは、無意識的に「運命論」を信じていました。
  
「人生は決まっている」と思っていたのです。
  
  
それを、私の今回の発見で、
  
・人生は自由だ
・生き方は自由だ
・人生はいくらでも変えられる
 
と、人生観を塗り変える事が出来ました。
  
  
人生観が変わって、
以前よりも感謝が増え、前向きな発想が出来るようになったようです。
  
  
「運命(論)」なんて、
【「無い」と思った方が、実際幸せになれる 】と言う事です。
  
  
でも、まだ成長がスムーズで無い部分がある様なので、
  
今朝、カフェで相談に乗っていました。
  
  
問題の本質は、
  
ある部分でセルフイメージが低い訳ですが、
それを自分では高められない事が原因だ
  
という結論に至りました。
  
  
で、私はセルフイメージを高められたのに、
なぜ、千博さんはセルフイメージを高められないのか?
  
その「違い」を分析してみることにしました。
  
  
私は、元々「家庭のセルフイメージ」は極めて高いですが、
  
・恋愛のセルフイメージ
・異性に好かれるセルフイメージ
  
が低いというのが悩みでした。
  
  
どうやって、それを解決したか?というと、
  
「千博さんの女性的なエネルギーを存分に浴びて、
 メンタルブロックを浮き上がらせて、解放する」
  
と言う事を繰り返して、セルフイメージを高めました。
  
  
私は、
  
【「浄化の苦しみ」を味わう覚悟で、
 相手から「自分に足りないエネルギー」を存分に吸収しよう 】
  
と思っていました。
  
  
しかし、千博さんの場合、
  
何でも自分で解決しようとして、
「私のエネルギーを存分に吸収しよう」とは、
  
思っていなかったようです。
  
  
要は、自分の姿勢が「受け身」であれば、
  
【 エネルギー吸収も極端に効率が悪い 】と言う事です。
  
  
「自分に足りないエネルギーを、存分に浴びて、自分の成長に活かそう!」
  
「それで、浄化の苦しみを味わう事になっても、覚悟は出来ている!」
  
  
そういう姿勢を持つ事で、
自分の波動、セルフイメージも効率良く高まる訳です。
  
  
スムーズに成長したければ、
  
自分に足りないエネルギー、
自分が欲しいエネルギーを持っている相手から、
  
その部分のエネルギーを存分に受け取らなければなりません。
  
  
まず初めに「存分に受け取るぞ!」と思わないと、
成長がスムーズで無いのです。
    
  
もちろん、依存しすぎている人は、自立した方が良いですが、
  
依存を否定して、自立に偏りすぎている人も、
スムーズに人生が運びません。
  
  
「依存」と「自立」はバランスですからね。
  
  
結局は、
  
同じ環境、同じ状況に置かれても、
   
・積極的、主体的、自立的・自発的である
・「受け身」では無く、「前のめり」である
  
という【 姿勢の差 】で、結果は大きく左右される
  
と言う事です。
  
  
受け取るときも、与えるときも、
  
【 積極的、主体的、自立的・自発的
 「受け身」では無く、「前のめり」 】
  
これが大事だと言う事です。
  
  
そして、何事にも「受け身」になってしまうのは、
  
【 自分に自由を許していないから 】です。
  
  
自分に自由を許せば許すほど、人間は主体的になっていきます。
  
  
他人から、「あなたは自由だよ」って言われても、
  
あまり意味がありません。
  
  
自分で自分に許可を出す必要があります。
  
  
人類のほとんどは、
承認欲求のカタマリであり、他人軸で生きています。
  
  
ですから、【 他人からの許可、承認 】を求めます。
  
  
でも、自分で自分に許可を出せるようにならないと、
  
何も根本解決はしないのです。
  
  
私は元々わりとポジティブな人間なので、
  
弟子を通じて、「ネガティブな人間の心理」が研究できています。
  
  
同じ人間ですが、
向上心があったとしても、ネガティブな人って言うのは、
  
「思った以上に、相当闇が深いな」と思います。 
  
  
人生観に対するアプローチでも、まだダメな人は、
  
おそらく、「存在に対する定義」がネガティブなのだと思います。
  
  
【 自分や他人が存在している事自体 】を、
  
ネガティブに捉えていると思います。
  
  
存在している事のメリットよりも、
  
存在している事のデメリットばかり見ているのでしょう。
  
  
ネガティブな人間の心理は、本当に奥深いです。
  
  
成功している人にとっては、
「自分の持っている人生観」が当たり前で自然なので、
  
ネガティブな人の心理がよくわからないと思います。
  
  
ポジティブな人にとって、
自分の幸せや豊かさを求める事はごく自然な事だと思いますが、
  
  
ネガティブな人生観を持つ人は、
  
【 自分の幸せの為に何かをすること 】すら、
  
無意識レベルでは許せていません。
  
  
ですから、
  
「どう考えてもこっちの選択の方が、あなたの幸せの為ですよ?」
  
というアドバイスも、空振りになってしまいます。
  
  
私も、世界最先端、最高峰の研究をしていると自負はありますが、
  
それでも、まだまだ人間の心理を深く研究できるので、
それが楽しみでもあります。


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2016年12月17日

使命・生まれた意味の誤解

私の周りには、
  
・使命に生きたい
・自分の生まれた意味、生きる意味を知りたい
   
と言う人が、少なからずいます。
  
  
しかし、私個人は、  
「自分の生まれた意味を知りたい」と思った事は無いです。
  
  
私が人生に対して思っているのは、
  
【 この世に生まれちゃったからには、幸せになりたい 】
  
という事です。
  
  
多くの人が、「使命」や「生まれた意味」について誤解しています。
  
  
まず使命とは、「誰かに背負わされるモノ」ではありません。
  
ドラクエの勇者じゃ無いんだから(笑)
  
  
使命とは、「自分の意志」で背負うモノです。
  
  
私は、自分の幸せの為に、
使命に生きることが有効だと思っているので、
  
使命に生きることを選択しています。
  
  
バシャールのチャネルであるダリル・アンカは 
生まれる前から「チャネリングをする約束」をしていたらしいですが、
  
バシャールに、もう一度確認をされたらしいです。
  
「チャネリングする事に同意しますか?」
  
という風に。
  
  
要は、「使命」よりも「自由意志」が優先されるのです。
  
高次元存在も、「自由意志」を何よりも尊重しています。
  
  
ですから、相手の意志を何度も確認するのです。
  
  
別に、無理に「使命に生きる選択」をしなくても良いのです。
  
私だって、使命に生きることが「自分の幸せ」に繋がらないんだったら、
使命なんて背負いませんよ。
  
  
私にとっては、
  
・人生は「自由」である
・自分は「幸せ」になりたい
  
というのが大前提です。
  
  
そもそも、「他人から背負わされている感」で何かに取り組んでも、
  
それは、決して「自分の本気」ではありませんから、
大してエネルギーが湧いてきません。
  
  
本当に難しい使命だったら、
「自分の意志で使命を背負い、やり切るぞ!」
  
と思わなければ、成し遂げられないでしょう。
  
  
「自由意志の尊重」=「無条件の愛」です。
  
  
もしも、
  
【 私は、「無条件の愛」を伝えるのが使命なんです!
  どうしても、そうしなければならないんです!
  そうしないと、神さまから怒られちゃうんです! 】
  
  
とか言っている人がいたら、
  
その時点で、論理が破綻しています(笑)
  
ツッコミどころ満載です(笑)
  
  
まず、「○○しなければならない」と言っている時点で、
自分の「自由意志」を許していないし、
  
つまりは自分自身を無条件に愛していない訳だから、
他人に「無条件の愛」を伝えられる訳がありません(笑)
  
  
「使命」というものは、
自分の自由意志で、主体的に背負わなければ、意味が無いのです。
  
  
使命とは、
  
「他人から与えられるモノ」では無く、
「自分の意志」で選ぶモノです。
  
  
もし、他人から使命を提示されても、
  
その使命を「受けるか? 受けないか?」は、
  
自分の自由意志で決める訳です。
   
  
「使命」の前に、「自由意志」が存在しています。
  
  
それぐらいの「主体性」がなければ、
難しい使命など全う出来ようがありません。
  
  
ですから、そもそも
  
【 人生は自由だ、生き方は自由だ 】と思っていなければ、
  
難しい使命など全う出来るハズも無いと言う事です。
  
  
  
次に、「生まれた意味、生きている意味を知りたい」という事ですが、
    
  
「生まれた意味」を求めたがる人は、
   
要は、【 自分の「存在価値」を感じたい 】のだと思います。
  
  
私は、
  
自分が生まれた事に意味など無くても、   
「自分には存在価値はある」と思ってきたので、
  
生まれた意味を知りたいと思った事も無いのです。
  
  
自分が「何か特別な存在である」と思いたいのでしょうか?
  
それも、「存在価値を感じたい」と言う所から来ています。
  
  
「生まれた意味が知りたい」という人は、
    
「自分の存在価値の証明」を、他人に求めています。
  
  
他人から、「あなたの存在価値は○○ですよ」って、
言って欲しいのです。
  
  
自分で自分に存在価値を感じていたら、
  
わざわざ「生まれた意味」など求めません。
  
  
例えば、
  
自分自身が「他人から愛されている事、必要とされている事」を
本当に感じていたら、
  
【 自分が「他人から愛されている事、必要とされている事」が、
  自分の「生きている意味であり、生まれた意味」だ 】
   
と思えますからね。
  
  
そう思えていないから、特別な意味を求めるのでしょう。
  
  
「あらかじめ決まっている運命」なんかも、存在しません。
  
  
全ては【 自由意志 】によって、どのようにでも転びます。
  
  
私は昔、男女関係における【「運命の人」論 】を信じていました。
  
  
「運命の赤い糸で結ばれた…」みたいなヤツです(笑)
  
  
でも、「運命の人論」なんて捨てた方が、男女関係で幸せになれます。
  
  
相手と運命の人同士だと思っていると、
   
「自分が運命の人なのに、なんでわからないの」?と、
被害者意識を持ったり、
  
「どうせ運命の人だからなぁ…、決まっている人だからなぁ…」
と思って、【 自分を磨く努力 】を怠ります。
  
  
運命の人論を捨てると、
  
【 数ある選択肢の中から、自分を選んでくれてありがとう! 】
 
と、「相手に対する感謝の気持ち」が湧いてきます。
   
   
「運命の人論」っていうのは、
言い換えれば「一緒に居るのが当たり前」です。
    
「当たり前」って思っていると、
一緒に居ることに感謝できないのです。
  
  
男女関係に、「予め決まっている運命」などありません。
  
  
魂レベルで「縁が深い人、男女関係になれる候補」は
存在しているでしょうが、
  
「本当に深い関係になれるか?」は、
まず「お互いの同意」が必要です。
  
  
片一方が同意しなければ、関係は成立しません。
  
  
そして、同意するかどうか?は、
  
【 本人の自由意志 】に委ねられています。
  
  
「運命」なんて存在せず、
「自由意志」が何よりも優先され、尊重されます。
  
  
そして、「自由意志の尊重」が、【 無条件の愛 】です。
  
  
「本来の自分になる」という事は、「無条件の愛になる」ということ。
  
それは、「自分の自由意志」も、「他人の自由意志」も、
  
【 完全に許し、尊重できる様になる 】という事です。
  
  
「他人から背負わされている使命」
「あらかじめ決まっている運命」などでは、決して無いのです。
  
  
まず、誰にとっても人生のベースは「自由」です。 「自由意志」です。
  
生き方は自由なのです。
  
  
人生は「決まっている運命」などでは無く、全て自由だからこそ、
  
自分次第で、自分の人生は「地獄」にも「天国」にも転びます。
  
  
だからこそ、「良い人生」を手に入れる為に、努力しようと思うのです。
  
  
自分の人生を「決まっている運命」だとか、
「背負わされた使命」だとか思っている人は、
  
その分だけ「結果は自分次第」だとも思っていませんから、
努力をしません。  
    
  
全ては決まっていません。 自由です。
  
  
それが、宇宙における「無条件の愛」です。
  
  
全てが自由って事は、全てが自分次第って事です。
  
  
「結果は自分次第」って思っている人ほど、
  
結果を良くするために努力をします。
  
  
人が使命を知りたがるのも、生まれた意味を知りたがるのも、
  
結局は、【 自分の存在価値を感じたい 】と言う事です。
  
  
しかも、その「自分の存在価値の証明」を他人に求めています。
  
  
しかし、自分の存在価値は、
他人に求めるのでは無く、まず自分自身で認める必要があります。
  
  
他人に求めている時点で、「他人軸(承認欲求)」です。
  
  
幸せになろうと思ったら、理想を実現させようと思ったら、
  
まず【 人生とは自由なんだ、自分には自由が許されているんだ 】  
  
という認識が、土台(ベース)に必要です。
  
  
そう思えないのは、
  
奴隷DNAによって、奴隷根性が染みついているからでしょう。
  
  
【 自分は自由などでは無く、何をするにも他人の許可が要る 】
  
と、無意識レベルに刻まれているのです。
  
  
まず、人生は自由だと思えていない人は、
  
【 人生は自由 】と、自分の意識に刷り込んでいく事が必要です。
  
  
人生は自由であり、自分次第です。
  
  
自由だと思えないとしたら、自分で自分を縛っているだけです。
  
他人が自分を縛っている訳ではありません。 そう思うなら、勘違いです。
  
  
人生が自由だと思っている人ほど、
自分の人生に対する責任感も強くなります。
  
  
私がいつも言っている、
  
【 人生は自己責任であり、自業自得だ 】と思えるようになるには、
  
その前に、「人生も、生き方も、全て自由だ!」
  
という【 人生観 】を持つ事が必要です。
    
  
他人に背負わされる使命も、予め決まっている運命も、無いのです。
  
  
自分が生まれた意味、生きている意味は、
  
他人から教えられるのでは無く、
他人から与えられるのでは無く、全て自分で決めるのです。


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2016年12月16日

素直で無い人に伝えようとするのは無駄

実は、ここ一週間ほど、
「邪気・邪念の類い」による影響で、体調不良でした。
  
  
「悟っても体調不良になるねんなぁ…」と思いましたが、
高次元存在にも、医師は存在しています。
  
  
どれだけ霊的に成長しても、
「人の身体を治療する事に情熱を感じる魂」は存在するでしょう。
  
  
「身体を治療したい存在がいる」ってことは、裏を返せば、
  
【 既に霊的に進化した高次元存在でも、肉体を持っている限り、
 「怪我」をしたり、「病気」になる人もいる 】
  
という事は、想像に容易いです。
  
  
ナザレのイエスも、
さすがに磔(死刑)にされたら死んでしまう訳です。
  
  
肉体を持っている限り、それは仕方の無いことです。
  
  
勘違いしている人も多いと思いますが、
悟ることは、「無敵になる事」ではありません(笑)
  
    
ネガティブな人から見れば、
ある意味では無敵に近いですが、それでも「限界」はあります。
  
  
  
ナザレのイエスは、磔にされましたが、
  
当時のユダヤ教の人たちに、
自分のポジティブな概念を理解させる事ができませんでした。
  
だからこそ、殺されてしまったのです。
  
  
ポジティブな人が、ネガティブな人に対して、
「ポジティブな概念をすんなり理解させる事」が出来たら、
  
ナザレのイエスも殺される事なく、既に世界平和は実現しているでしょう。
  
  
しかし、実際には、
  
ネガティブな方向性を持つ人に、
ポジティブな概念を伝える事は、ほぼ不可能です。
  
  
それは、「テロ組織」のメンバーに、
「世界平和の価値」を訴えるようなモノです。
  
  
「テロ組織のメンバー」に話し合いが通じれば、
テロなんて起きる必要はありませんが、
  
「話して解ってもらえる相手じゃ無い」からこそ、
テロという「何の生産性も無い活動」をするのでしょう。
  
  
「テロに走る人」って言うのは、
「憂さ晴らし」や「八つ当たり」が動機なのです。
  
  
イスラム教徒のほとんどは、良い人たちだと思います。
  
  
しかし、西洋社会の中では立場が弱いわけです。
  
  
イスラムの過激派テロ組織っていうのは、
その鬱憤を晴らすために、「テロ行為」に走るのです。
  
もし、同じイスラム教徒でも、
もし自分が「石油王」だったら、テロなどする必要はありません。
  
  
イスラム過激派テロ組織のメンバーになる人は、
  
まともな仕事に就けず、
経済的に困窮している人が多い様です。
  
  
自分の経済的困窮を、
  
【 自分以外の何かのせい(西洋人の差別)にしたい人たち 】が、
  
  
「西洋社会のせいで、俺たちは不幸なんだ!」
  
という理由を付けて、テロに走るのです。
  
  
「正義」がどうたらこうたらっていうのは、後付けです。
  
  
テロ組織のメンバーになる人は、
 
【 自分の境遇を、責任転嫁したい人たちの集まり 】です。
  
  
・他人のせいにしたい人たち
・自分が正義であると思いたい人たち
  
に、ポジティブな概念を伝える事は出来ません。
  
  
私も、テロ組織のメンバーに、
世界平和の価値を理解させられる自信はありません。
  
  
テロ組織のメンバーにとって、世界平和は「理解不能な概念」なのです。
  
いや、理解できるとしても、理解したくないのです。
  
  
自分の不遇を、「自分の責任」だとも思いたくないでしょうし、
悪役を用意して、「自分が正義」だと思って酔いしれたいのですから。
  
  
で、私の体調不良の話に戻りますが、
  
私は半年前くらいに、ある「特殊な水」を発明しました。
  
  
その「特殊な水」を飲んでいると、 
オーラが強化され、体内の浄化も進みます。
  
  
その水を飲むことをしばらく意識していなかったので、
体調不良になってから、その「特殊な水」を大量に飲みました。
  
  
そうしたら、体調がみるみる回復しました。
  
  
その水があるのとないのとでは、
「身体の回復スピード」がまったく違います。
  
  
自分にとっては、今年ナンバーワンの発見・発明です。
  
  
で、もちろんその水の作り方を他人にも教えるわけですが、
  
私が「体調不良で悩んでいる人」に、この水を勧めても、
なぜか、頑なに「その水を作らない、飲まない」という人がいます。
  
  
私にとっては、こんなに素晴らしいモノなのに、
  
【 なぜ試すことさえしないのか? 】
  
  
まったくもって、意味不明です。
  
  
いくら伝えようとしても、伝わりません。
  
  
・作り方が怪しいからイヤなのか?
・先入観で効果を舐めているからなのか?
  
  
まぁ、いろいろ理由はあるのでしょうけど、
  
素直に試さない人っていうのは、
先入観にまみれていて、ひねくれているのです。
  
  
それは、テロ組織のメンバーと同じです。
  
    
テロ組織の人に、
「テロ行為は何の生産性も無い」という事を伝えようとしても、
  
彼らは、【「憂さ晴らし、八つ当たり」がしたい 】のです。
  
  
ですから、理解もしたくないでしょうし、耳も心も閉ざすでしょう。
  
  
ネガティブな人ほど、論理的思考を拒否し、感情に走るのです。
  
  
テロ組織のメンバーに世界平和のヴィジョンを伝えられない様に、 
(※ 伝えたくても、相手が聞く耳を持ちません。)
  
「素直で無い、ひねくれている人」には、
  
ポジティブな概念を伝える事は出来ないのです。
  
  
こちらが、あの手この手で論理的に伝えようとしても、
  
相手は論理的思考を拒否し、
自分の「憂さ晴らし、八つ当たり、責任転嫁」を優先します。
  
  
ですから、非論理的で、
長期的に何の生産性も無い活動を行い続けます。
  
  
【 素直でない、ひねくれている人 】っていうのは、
  
たいして賢くも無いクセに、自分は賢いと思っている
自分がネガティブなクセして、自分はポジティブ側だと思っている。
 
  
本質的には、テロ組織のメンバーと同じ発想・思想です。
  
  
ネガティブな概念を持ち続けたい人
(素直で無い、ひねくれている人)に、
  
ポジティブな概念を伝える事は不可能です。
  
  
ですから、そういう人にポジティブな概念を伝えようとする事が、 
 
そもそも不可能であり、非生産的であり、無意味な事です。
  
  
素直な人で無いと、私の伝えたい事は伝わりません。
  
  
ですから、私は「素直で無い人」とは、
コミュニケーションを取りたくありませんし、
  
「素直で無い人」は、私と接点を持たなくて良いです。
  
  
テロ行為に走る人が、
世界平和を絶対に理解できない(理解したくない)様に、
  
私の話は、【 ひねくれていたい人 】には伝わりません。 
  
  
「ひねくれていたい人」っていうのは、言い方を換えれば、
  
優等生病を治療する事なく、
優等生のネガティブ観念を持ち続けたい人です。
  
  
本当はネガティブで頭が悪いクセして、
「自分は賢い、自分は正義だ」と思い込んでいたい、
  
テロ組織のメンバーと同じ発想です。
  
  
「素直さ、謙虚さ」が最大の【 知性 】であれば、
  
「ひねくれ、傲慢さ」は、最大の【 愚かさ 】です。
  
  
私は、「理解させたい」っていう気持ちが非常に強いですが、
  
ポジティブな概念というのは、
理解したい人にしか、理解させる事ができないのです。
  
  
素直で謙虚な人にしか、理解させる事ができないのです。
  
  
どれほど論理的に、わかりやすく、
穴の無い完璧な伝え方をしようとも、
  
相手がそれを「理解したくない」というのであれば、
理解させる事ができません。
  
  
全ての人間が、論理的に思考する訳ではありません。
  
  
ネガティブな人ほど、
論理的思考など吹っ飛んでいて、感情で判断・行動します。
  
  
借金してギャンブルする人も、
どう考えても生産的では無いですが、
  
ネガティブな人は、論理的に考えるより、
感情に流され、非生産的な活動をするが好きなのです。
  
  
ハタから見れば、
完全にアホだと思われる様な行動でも、やってしまうのです。
  
  
ひねくれている人に、何かを伝えようとするのは「無駄な行為」です。
  
互いに時間とエネルギーの無駄です。
  
  
私自身の、今年の大きな学びは、これですね。
  
  
「素直で、中立的で、論理的に思考しようとする人間」で無いと、
  
私の話は伝わりませんし、そういう人間で無いと、
私と接点を持つ意味が無い。
  
  
だから、私は素直な人としかコミュニケーションを取りたくない。
  
  
「素直でない人」に何かを伝えようとするのは、
【 時間とエネルギーの無駄遣い 】です。
  
  
それが、私の今年の学びです。


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2016年12月15日

中立を求める理由

私のブログを読み続けている人はわかると思いますが、
私は何事も【 論理 】や【 法則 】に当てはめて考えるのを好みます。
  
  
なぜか?というと、
  
「論理」と「法則」は、
【 中立 】であり、【 客観的 】だからです。
    
  
「論理」や「法則」は、
「特定の誰か」の味方をすることがありません。
  
誰に対しても、同じように作用します。
  
  
そして、「中立」という立場に立っていると、
時々に応じて、「ベストな選択」が可能になる訳です。
  
  
あまり想像するのに良い例えでは無いかも知れませんが、
  
例えば、アメリカとロシアの仲が悪くなったとして、
  
日本が中立的な立場であれば、
  
アメリカが悪いと思ったら、アメリカに反対できます。
ロシアが悪いと思ったら、ロシアに反対できます。
  
  
でも、現実的にはアメリカと同盟を結んでいますから、
  
「アメリカが悪い事してるなぁ…」と、本音では思っていても、
アメリカ側に立つしかありません。
  
  
たとえば、イラク戦争を支持したのもそういう理由です。
  
最近では、
核兵器禁止条約に、アメリカに同調して反対しました。
  
  
「中立から外れる」という事は、
  
言い方を換えれば、【 自由を失う 】と言う事です。
  
  
スピリチュアル的にも、
  
「ポジティブにも、ネガティブにも偏らず、
 ニュートラルの立場に立てば、自由に選択できる」
  
という事があります。
  
  
私は、「自由」が何よりも好きです。
  
人生で一番大切にしているのが、「自由」です。
  
  
そして、自由でいる為には、
  
・「中立的」な立場に立つこと
・「客観的」な視点で考えること
  
が必要です。
  
  
じゃあ、「中立的・客観的な立場」に立つには、
  
どういった「指針」や「軸」を持てば良いでしょうか?
  
  
それが、私にとって「論理」と「法則」なのです。
  
  
例えば裁判官も、
「中立である事を求められる職業」だと思います。
  
「検事」の肩を持つわけでも無く、
「弁護士」の肩を持つわけでもありません。
  
  
裁判官は、【 論理 】と【 法律 】を軸に、判決を下します。
  
  
しかし、私から見れば、
「裁判官」も「法律」も、偏ってしまう可能性があるので、
      
「法律」よりもさらに中立的な、
「宇宙の法則、自然界の法則」を生き方の指針としているのです。
  
  
【 中立・公平・客観的 】 そういう軸を持っていれば、
   
「自分の利益の為に、他人を犠牲にする」という事もありません。
  
  
自分がネガティブな行為をしてしまう事についても、  
「中立という軸」を持っていれば、防ぐことが出来ます。
  
  
多くの人は、中立では無く、
  
【 自分個人にとって有利な側に立つ 】
  
という思想を持っています。
  
  
だから、自分にとって有利になるのであれば、不公平でも構わないのです。
  
  
しかし、「不公平を支持する」という事は、
長期的には誰も得をしない選択です。
  
  
私は、自分の信念に従いたいし、自分の信念を貫く自由が欲しいのです。
  
  
だから、【 中立・公平・客観的 】が好きなのです。
  
  
日本がアメリカと同盟を結んでいるとなれば、 
  
例えアメリカが悪い事をしようとしても、同調しなければなりません。
  
  
別に、日米同盟を否定する訳では無くて、
  
【 立場的に「中立」で無ければ無いほど、「不自由」が増してしまう 】
  
という仕組みを説明したいのです。
  
  
「中立の立場」を維持しようとすれば、
  
何よりも、【 自立 】していなければなりません。
  
  
自分で自分を立たせれないとなると、
「自分以外の強者」に依存するしかなくなります。
 
そして、依存している相手には逆らえませんし、従うしかありません。
  
  
それが、【 不自由 】を生み出します。
   
   
私にとっては、自由が最優先ですので、
  
自由を確保するために、
  
【 中立・公平・客観的・自立・論理・法則・真実 】
  
などの要素を、大切にしている訳です。
  
  
私って、世界トップレベルにめちゃくちゃ賢いんですよね(笑)
  
  
ここまで考えて、自分の「信念」や「生き方」を考えている訳です。
  
  
ま、ちょっとマニアックな話なので、
  
理解できる人は少ないでしょうけど。
  
  
これが理解できる人とは、良い友達になれそうです(笑)


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2016年12月14日

信じるに足るモノ

前回の「科学の記事」の補足ですが、
  
昔の人は、「菌」の存在を知らなくても、
「菌」を活用して、【 発酵食品 】を作っていました。
  
「酒」や「味噌」、「ヨーグルト」などです。
  
  
「菌・発酵・腐敗」のメカニズムなど知らなくても、
  
「菌」を使って発酵食品を作ったり、
  
逆に、「菌」による腐敗を防ぐため、
塩や砂糖を大量に使用して、保存食を作っていました。
  
  
つまり、人類は細かいメカニズムを知らなくても、
使えるモノは使ってきました。
    
  
じゃあ、なぜ何に対しても科学的根拠を求め、
心理やスピリチュアルに懐疑的な人がいるのか?
  
  
結局それは、科学的解明が重要なのでは無く、
  
・「世間」に認められている
・「権威」が認めている
  
という事が、その人の中での基準になっている訳です。
  
  
【 信じる、信じないの基準 】が、
  
自分の経験した事ではなく、
「自分の外側(世間、権威)」におかれています。
  
  
しかし、人間が本当に確信を持てるのは、
  
【 自分が経験を通して理解したことだけ 】です。
  
  
信じるか否か?を、
   
「世間」や「権威」に依存している状態では、
本当に確信を持てませんし、理解もできていません。
  
  
最先端の科学理論や宇宙論は、
凡人には理解できないレベルの話です。
  
  
「パラレルリアリティが存在している」と主張する科学者もいますが、
  
その科学的根拠は、専門家でない私には到底理解出来ないでしょう。
  
  
アインシュタインの「特殊相対性理論」だって、
存在は知っていても、理解していない人の方が多いでしょう。
  
  
私は、最先端科学は、
  
【 専門家でないとメカニズムを理解できない 】
  
と思っています。
  
  
難しい理解できない話を聞いて、
「わかったつもり」になりたいのは、
    
ただ、【 世間や権威が認めた 】という事実によって、
【 安心したい 】のです。
  
  
自分が信じたいことに確証が持てない、自信が持て無くて不安だから、
  
【 世間や権威の後押し 】を求めているのです。
  
  
他人の言うことを、
カンタンに鵜呑みにしないのは良い事です。
    
  
「なかなか確信が持てない」っていうのは、
裏を返せば「慎重である」ということなので、
  
それはそれで良い特性です。
  
  
カンタンに信じちゃう人は、
宗教みたいなモノにハマっちゃうタイプの人なので、
  
  
「科学的根拠が欲しい」って言う気持ちは、
宗教を盲信するよりはマシです。
  
  
でも、それは「信じる信じないの依存対象」が、
   
「怪しい宗教の教祖」では無く、
「世間で認められている科学的権威」にシフトしただけです。
  
  
それよりもう一個レベルが高いのは、
  
【 自分自身で経験・検証・分析する 】
 
という姿勢です。
  
  
信じる、信じないの基準を、
  
・宗教の教祖でも無く、
・科学的権威でも無く、
  
【 自分と他人の「経験」 】に置く事です。
  
  
私は、
  
パワーストーンの効果に確信を持っています。
「邪気・邪念・悪霊」の類が実際に存在している事に確信を持っています。
  
  
それは、自分が経験した事ですし、他人に試してもらっても、
同じように体感しているからです。
  
   
他人の話を鵜呑みにしたわけでは無く、
  
自分自身が【 実際に体感している 】のです。
   
   
「科学的な根拠や証明」を待たなくても、
  
自分が効果を感じ、
他人に試してもらっても、効果を感じてくれている訳ですから、
    
それは、【 使える知識 】なのです。
  
  
自分が経験する前に、「きっとウソだろう、本当だろう」と言っていても、
真実は判明しません。
  
  
目の前の料理が美味いか?不味いか?は、
食べてみれば一発でわかります。
  
  
パワーストーン? 怪しいなぁじゃなくて、
  
実際に、使ってみれば良いのです。
  
  
ただ、パワーストーンに関して言うと、
  
エネルギーに敏感で無い人は、効果を感じにくいですし、
パワーが強い石は、全体の量からみると少なく、
  
「パワーがほとんど無い石」も巷に多く出回っていますから、
  
その「前提」を加味する必要はありますが。
  
  
昔の人は、
  
「科学的根拠」など理解していなくても、
「菌」の存在を知らなくても、
  
「菌」を使って「発酵食品」を作り、
「菌」による「腐敗を防ぐ方法」を発明してきました。
  
  
昔の人は、
  
「科学的メカニズム」を理解していなくても、 
「発酵食品を作る方法」は理解していました。
  
  
しかし、スピリチュアルに科学的根拠を求める人は、
  
「科学的メカニズム」は理解しようとしていても、
「現実で使える有効な手段」が理解できていません。
  
  
科学的根拠を求める人は、
自分自身が科学的メカニズムを理解したいと思っているのでは無く、
  
本質的には、
【「世間や権威が認めている事なんだ」という安心感 】が欲しいのです。
  
  
科学的なメカニズムは、
専門家の科学者で無いと理解できないレベルです。
  
  
それが科学者と同じレベルで理解できるなら、
科学者になった方が良いのでは無いでしょうか。
  
  
自分の人生を良くするために、
本当に理解しなければならないのは、
      
・「菌」の科学的メカニズムでしょうか?
・「発酵食品」の作り方でしょうか?
  
  
「発酵食品の作り方」を理解するには、
  
何度も繰り返し作ってみて、練習する事です。
   
   
練習する事で、コツが掴めます。
  
「コツを掴む」と言うことが、「方法を理解する」と言う事です。
  
  
私は「現代科学」よりも、
  
【 自分自身の経験、他人の経験 】を信頼しています。
  
  
現代科学を盲信する人は、
  
自分に自信が持てず、「自分軸」では無く、
世間や権威という「他人軸」で考えているのです。
  
  
自分の経験したことより、世間の方を信じているのです。
  
  
私は、「世間が間違っている事もある」と思っているので、
  
【 世間が認めているから信じる 】という発想がありません。
  
  
私が信じることは、
  
私が「経験」した事、他人が「経験」した事がベースです。
  
  
自分が試してみて効果がでた。
他人が試してみて効果がでた。
  
それだけで、【 有効性を信じるに値する方法 】という事です。
  
  
私の場合、その確率を限りなく100%に近づけたいと思っています。
  
自分が効果を感じても、他人が効果を感じないというのであれば、
それは、【 万人に共通する方法 】とは言えません。
  
  
私は、限りなく100%、誰にでも効果がある方法を研究しています。
  
  
ですから、私は自分が研究している方法に自信があります。
  
  
現代科学的でなくても、効果があるかどうか?は、
  
自分で試して、他人で試して、  
「実際に効果があるかどうか?」検証してみれば良いのです。
  
  
もちろん、それには頭を使います。
  
  
自分の頭を使いたくない人が、
  
「宗教の教祖」や、
「世間、権威、科学」の言うことが無条件に正しいと鵜呑みにします。
  
  
とにかく、
  
教祖だって間違っているかも知れないし、
世間だって間違っているかも知れないし、
権威だって間違っているかも知れないし、
科学だって間違っているかも知れません。
  
  
何が正しいか? 間違っているか? わかりません。
  
  
「自分が経験したこと」と「他人が経験したこと」が、
  
唯一信じられることです。
  
  
経験もしていないのに、
  
「あれが正しいだろう、あれが間違っているだろう」と論じるのは、
非常に無意味な事です。
  
  
自分が正しいと思い込んでいる事が、実は間違っているかも知れません。
  
  
それを確かめる方法は、自分で経験するしかありません。
  
  
そして、自分で経験した後に、それが他人にも適応されるかどうか?
  
他人にも試してもらう事です。
  
  
それを繰り返して、ようやく確信が持てるようになります。
  
  
【 誰の言っている事が正しいのか? 】
 
 
世間なのか、教祖なのか、科学なのか、権威なのか、
  
頭の中では、絶対に答えは出ません。
  
  
自分で経験してみるしかありません。
  
そして、他人にも経験してもらうしかありません。
  
  
現代科学は「確か」だと思い込んでいるかもしれませんが、
  
私から見れば、現代科学も「確か」ではありません。
  
  
自分の経験だけでもダメだし、(自分がおかしいかもしれない)
他人の経験だけでもダメです。(自分に当てはまらないかもしれない)
   
自分と他人の経験を両方検証して、
「信じるに値する情報や方法か?」がわかります。
    
  
自分の経験、他人の経験、その圧倒的な「質量、経験値」以上に、
  
「確か」と言えるモノは無いのです。


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2016年12月13日

「科学」という許可証

世の中には、
  
【 科学的な視点で説明されれば納得する 】
  
と言う人がいます。
  
  
・「心理学」より「脳科学」
・「スピリチュアル」より「量子力学」
  
という感じです(笑)
  
  
私も、一時期「脳の働き」に興味があって、
脳について調べたことがあります。
  
・脳内ホルモンの種類
・海馬が記憶を司ること
・側坐核という部位が「やる気」に影響していること
  
そういうのを、勉強してみました。
  
  
で、勉強してみて、
"まったく役に立たない"から、勉強するのを辞めました。
  
  
そして、
  
【 心理を語る脳科学者ってショボイんだな! 】
  
って結論づけました(笑)  
  
  
医療目的で脳を研究するなら良いと思いますけど、
脳だけで心理は語れません。
    
脳で心理を語るには、限界があります。
  
  
心理という領域では、
  
・潜在意識
・集合意識
・チャクラ
  
などの領域とも密接に絡んでいますが、
それは、「脳という狭い範囲」では語り尽くせません。
  
  
「心理分野」を「自動車」に例えると、
  
「心理研究をする脳科学者」は、
【 タイヤの専門家 】みたいな感じです。 タイヤオタクです(笑)
   
   
「心理に関係する一部分だけ」を熱心に研究している訳です。
  
  
人間の心理を「脳(現代科学)」だけで解明しようとする事に、
  
そもそもの無理があります。
  
  
現代科学で全てを説明しようとする人は、【 現代科学の盲信者 】です。
  
  
「自動車を運転する」には、
タイヤやエンジンの細かい部品構造など、知らなくても出来ます。
  
  
私は、「自動車を運転する方法(心理をコントロールする方法)」
を伝えたいのであって、
  
「タイヤの細かい構造」を教えたい訳ではありません。
  
  
自動車を運転するのに、知らなくても良い事はたくさんあります。
  
  
現代科学をまったく知らなくても良いという訳ではありません。
  
  
私は、よく自分の解説に、
「小中学校で習うレベルの理科の話」を使いますからね。
  
  
それは、自分が経験している事だから、わかりやすいんです。
  
  
しかし、小難しい「最先端科学、宇宙論」の話になれば、
  
専門の学者でないと理解できないレベルの話になります。
  
  
素人には、到底理解できないレベルの話になります。
  
  
でも、最先端の研究をしている科学者(現代科学)が言うんだから、
そうなのかな?
    
って、自分で理解できなくても、鵜呑みにしちゃう人が居ます。
  
  
科学は【 確かなモノ 】だと思っているのかもしれませんが、
  
【 それっぽい科学的な説明をされて、なんとなく信じちゃう】んだから、
  
  
私としては、それのどこが【 確か 】なんだ?って思います。
  
  
  
現代科学を盲信していると、
  
【 自分の経験を通して理解する 】と言う事が、疎かになります。
  
  
脳科学でも、量子力学でも同じですが、
  
【 現代科学で証明されるまで、私は信じないぞ! 】
  
  
って思っていると、自分の変化が遅くなりますよね?
  
  
私にとって、チャクラやオーラという概念は、
  
自分の経験を通して理解していますし、
その概念を活かして、自分の成長や生活に役立てています。
  
  
でも、チャクラやオーラついて、
「現代科学、現代医療で証明されるまで信じないぞ!」
  
って思っている人は、
  
【 今すぐ使えるモノでも、世間で認められるまで使わない 】
  
と言う事です。
  
  
タイヤの構造と仕組みを理解するまで、
エンジンの構造と仕組みを完璧に理解するまで、
  
「自分は自動車は運転しないぞ!」と言っているのと同じです。
  
  
それって、
「自動車のエンジニアになりたいんですか?」って思います。
    
  
「自動車のエンジニアにならなくても、自動車は運転できますよ?」
  
って言いたい訳です。
  
  
自動車を運転できるようになるには、【 練習する事 】です。
  
  
自動車の仕組みを理解しても、運転は上達しません。
  
それは、スポーツを勉強で上手くなろうとしているのと同じです。
  
  
ですから、私はとにかく
「仕組みを理解できなくても、まず素直にやってみる事」を勧めています。
  
  
経験してみるから、仕組みへの理解が深まるのです。
  
  
心理をスポーツに例えるなら、
  
「ルールを完璧に把握するまで、自分はやらないぞ!」
  
と言っている様なモノです。
  
  
あなたは審判になりたいんですか?って(笑)
  
選手になる為に必要なことと、
審判になる為に必要なことは別ですよ?
  
  
現代科学を盲信している人にとっては、
  
「科学的な視点で語られる事」が、許可証になっているのです。
  
  
「科学的な視点で語られたら、納得するよ」って。
  
  
でも、そんな許可証などなくても、
実際はさっさと自分で経験して、試してみれば早いのです。
  
  
結局、
  
科学(世間で認められている)
という自分の外側に依存している訳で、
  
科学を盲信している人には、「自分軸」がありません。
  
  
私は、【 自分が経験・検証・分析したこと 】がベースです。
  
  
それは、現代科学よりよほど役に立ちます。
  
  
科学が「パワーストーンの効果」を解明するのを待たなくても、
  
私は、「パワーストーンの効果」を自分の生活に役立てています。
  
  
科学的な解明を待つより、
  
【 使えるモノは、さっさと使う 】
   
   
って言う方が、「実践的で、早い」です。
  
   
科学的にそれっぽい説明をされても、 
  
【 現場で使えなければ、役に立たない知識 】です。
  
  
私にとっては、「使えるか? 使えないか?」が大事です。
  
  
現代科学で解明されていなくても、使えるモノは使います。
  
  
人生は短いのです。
  
  
現代科学の進歩を待っていたら、おじいちゃんになってしまいます。
  
  
スピリチュアルの知識は、現代科学で解明されていませんが、
  
私としては、使えるから使います。
  
  
テレビのリモコンの仕組みをしらなくても、
  
「テレビを操作すること」は出来ますからね。
  
  
テレビの操作を覚えるには、
小難しい「赤外線通信の仕組み」を覚えなくても、
  
取扱説明書を読んで、ボタンを押せば良いのです。
  
  
「赤外線の仕組みを知るまで、私はリモコンを使わないぞ!」
  
って言っている人は、遅くなりますよね。
  
  
科学も大切ですけど、人類の科学レベルは未熟です。
  
未熟なレベルに自分を合わせていたら、遅くなります。
  
  
  
理解できなくても、使えるかどうかさっさと素直に試してみる。
  
理解できなくても、使えるモノはさっさと使う。
  
  
  
そういう風に、スイスイ進んでいく方が、
  
よほど早く、自分の人生を良くしていく事が出来ます。
  
  
ですから、現代科学を盲信している人は、
  
その分だけ「経験値」も低いですし、
理解している事も少なく、ショボイのです。


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2016年12月12日

報酬・対価のメカニズム

世界で最も高収入のユーチューバー、年収約17億円。
  
http://forbesjapan.com/articles/detail/14474/2/1/1
  
  
これを見て、何を感じるでしょうか?
  
  
私は、ユーチューバーって言うのは、
「バラエティ番組の制作者」と同じだと思います。
  
ただ、「テレビか? ネットか?」の違いです。
  
  
テレビにも企業から広告料(番組製作費)が支払われていて、
ユーチューブにも、企業から広告料が支払われています。
  
この仕組みは、テレビもユーチューブも同じです。
  
  
世界中の人々を楽しませて、価値を与えてる訳なので、
その分だけ対価を受け取ることは、別にズルい訳でもありません。
  
  
英語だと、世界中の人々にリーチ出来るので、
「英語の強み」も感じます。
  
  
別に、私はユーチューバーを他人に勧める訳ではありません。
  
  
私にとって文章を書くのはラクですが、動画は面倒ですし(笑)
  
  
ただ、【 価値を与える(質 × 量)= 相応の対価を受け取る 】
  
  
この仕組みは、何にでも共通です。

(※ 対価は金銭とは限らず、目に見えないモノの場合もあります。)
  
  
私も、いずれ世界中の人に知識を伝えたいと思いますが、
 
その為には、「優秀な翻訳者」が必要ですね。
  
  
きっと、いずれ引き寄せるでしょう。
  
それか、人工知能がその役割をしてくれるかもしれません。
  
  
ユーチューバーで17億円だとして、
  
将来、人類が進化して、
私の知識を世界中の人々が学ぶようになれば、
  
その対価はどれほどのモノになるでしょうか?
  
  
いまから、ワクワクしてきますね(笑)
  
  
  
お金(報酬)を、
 
・「苦しみ」の対価
・「時間」の対価
・「労働」の対価
 
と思っている人は多いです。
  
  
なぜなら、それが一般的だからです。
  
  
しかし、報酬は【 価値提供の対価 】です。
  
  
ですから、ユーチューバーが稼いでいても、ごくごく自然です。
  
ユーチューバーも、
「たくさんの人に楽しんでもらおう」と思っている事でしょう。
  
  
常識的に考えてしまうと、
お金を稼ぐ事に対して、勝手に条件を付けてしまいます。
  
・苦しい事でなければならない
・難しい事でなければならない
・時間がかかる事でなければならない
・身体が疲れる事でなければならない
  
などなど。
  
  
でも、それは全部間違いです。
  
  
【 価値提供 】さえできれば、手段は何だって構いません。
  
  
で、自分が苦しまずに価値提供できる方法が、
  
【 自分の情熱に従う、自分の情熱を高める 】と言う事です。
   
   
「情熱」と「他人(たくさんの人々)を想う気持ち」が合わさって、
   
それが【 仕事・価値提供 】となるのです。
  
  
情熱が無ければ、「高品質の価値提供」はできません。
  
他人を想う気持ちが無ければ、「高品質の価値提供」はできません。
  
  
「他人の幸せ、喜び、楽しみ、豊かさ」を純粋に願えない人は、
  
「人間関係の課題、他人に対するネガティブイメージ」も
解決していく必要があります。
  
  
「情熱(ワクワク)」が仕事になり、お金になるのです。
  
  
情熱を高めるには、「やりたい事をやる」と言う事です。
  
  
しかし、「やりたい事がわかりません」って人も多いです。
   
顕在意識で「これが自分のやりたい事だ!」って思っても、
それが違っている場合も、非常に良くあることです。
  
  
例えば、他人が褒めてくれるから、
世間で認められているから、「やりたい」とかね。
  
「他人の評価」や「お金」が動機に絡んでいれば、
それは、【 本当に自分がやりたい事 】ではありません。


他にも、
  
・「遊ぶことは、くだらないことだ」と見下している人も、  
・「遊びにお金を使うこと」を許していない人も、
  
自分のやりたい事がわかりません。  

  
「自分が本当にやりたい事」がわからないのは、
自分の【 潜在意識、深層心理 】を自覚できていないからです。
    
  
そういう人は、まず「心理的な課題」を解決する必要があります。
  
  
でも、人間は面倒くさがりで、腰が重い生き物です。
 
  
フットワークの軽い人が、人生で得をしますが、
フットワークの重い人は、本気で痛い目を見ないと動こうとしません。
  
  
・痛い目を見る前に、動くか?
・痛い目を見てから、動くか?
・痛い目を見ても、動かないか?
  
  
人それぞれ、選択は違うでしょうが、
  
その選択で、人生は変わります。 
  
  
時代が進んで、人々の意識が進化して、
  
【 最終的に、全ては「心理」に帰結する 】って事が、
世間の人々にも理解できれば、
  
私の仕事も、格段に繁盛することでしょう(笑)


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haxe501 at 19:41|Permalinkclip!