2016年11月

2016年11月19日

経済、お金、豊かさ、自由

私という人間は、
  
【「お金、経済、ビジネス」の本質 】について、
誰よりも詳しい自信があります。
  
  
そんじょそこらの大学の経済学者よりも、
経済を理解していると思います。
  
  
そんな私は、
  
「数字を追い掛ける事」にも興味は無いし、
「貨幣を集める事」にも興味はありません。
  
  
何故か?
  
 
私は、【 本質的な豊かさ 】が欲しいからです。
  
  
私は、「お金」を持っている人の多くが、
不自由に見えて仕方ありません。
  
  
それは何故かというと、
何かしらの「しがらみ」を抱えている人が多いからです。
  
  
・人間関係という「しがらみ」だったり、
・仕事上のルール(規制)という「しがらみ」だったり…です。
  
  
私は、「しがらみ」が大嫌いな人間です。
  
「しがらみ」があると言うことは、
身動きが取りにくくなると言う事で、自由を感じられません。
  
  
「豊かさ」とは、言い換えれば【 自由 】の事です。
  
  
私は、誰よりも【 自由 】が大好きなのです。
  
  
たとえ「お金」をたくさん持っていても、
【「不自由」だったら「豊か」じゃ無いじゃん! 】って話です。
  
  
もちろん、お金は豊かさ(自由)の形態の一つです。
  
現代社会で生きて行くには、お金も必要です。
  
  
しかし、私は昔から、
  
資産(豊かさ・自由を生み出す源泉)とは、
  
1.自分自身の能力、精神性
2.人間関係、信頼関係
3.目に見える財産
  
こういう優先順位になっている、と言ってきました。
  
  
で、たぶんお金を持っている人は、
  
「人間関係? 大切にしているよ!」 
  
って言うと思います(笑)
  
  
でも、それは結局、
【 お金を稼ぐ為の人間関係でしょ? 】って思う訳です。
  
  
「自分の価値観」や「プライベート」を共有できる人間関係は?
  
って言うと、あまり持っている人は居ないんじゃ無いかと思います。
  
  
まぁ、お金持っている人の多くは「お金中毒」ですし、
  
仕事(お金を追い掛ける事)が人生の大半を占めていると思いますから、
  
仕事以外の人間関係を、それほど求めていないかもしれませんが…。
  
  
  
私は、将来豪邸に住みたいと思っています。
  
  
江戸時代の殿様は、
エアコンも携帯電話も無い生活をしていたから、
  
「現代の一般の人の方が豊かだ」という見方もできますが、  
  
  
過去も昔も、
  
【 社会に大きな影響を及ぼす人ほど、「広い家」に住む 】
  
これは、ほぼ変わらない原則だと思います。
  
  
「家の広さ」は、今も昔も変わらず、
経済力や社会への影響力の象徴だと思います。
  
  
で、自分が豪邸に住もうと思ったら、それなりにお金も必要ですけど、
  
私がお金を持つのは、
近い将来「現代の経済システム」が一回リセットされて、
  
「新しい経済システム」に移行するタイミングが良いと思っています。
  
  
なぜなら、現代の経済システムで大金を持とうとすると、
  
「お金の管理」に大きな労力を割く必要があります。
  
  
それは、私にとって自由では無く、【 超不自由 】だからです。
  
  
・「お金を稼ぐ為」に、自由を犠牲して、
・「お金の管理の為」に、自由を犠牲にして、
   
そんな事してたら、
一体何が目的なのかわかんないですよね(笑)
  
  
私から見れば、たいそう無駄な活動です。
  
  
経済システムは、もっと「シンプル」で「公平」になるべきです。
  
  
私は、「シンプルかつ公平な土俵」になってから、闘いたい。
  
「複雑で不公平な土俵」で闘っても、労力の損です。
  
  
ですから、現時点で手元にお金を集めるのは損なので、
  
【「今、お金を持っていなくても、将来有望かも…」
 と言う人に「先行投資」している方が得策だ 】
  
という結論になるのです。
  
  
【 現代の経済システムが崩壊した後、
  
  新しい経済システム上でお金を得られる様に、  
  今は、準備に労力を割いていた方が効率が良い 】
  
という結論になるのです。
  
  
私は、経済に詳しいからこそ、今はお金を追い掛けないのです。
    
人生単位で見ると効率が悪いからです。
  
  
多くの人は、何の為に働いているでしょうか?
  
きっと、「お金の為」だと思います。
  
  
生きていく為の「支払い」に追われ、
その「支払い」に必要なお金を得るために、
  
仕事をしていると思います。
  
  
一方私は、【 自分の自由 】と【 社会貢献 】の為に仕事をしています。
    
  
自分と他人(社会)に対して、
  
【 幸福と自由をもたらすため 】に仕事をしているのです。
  
  
「私は、お金の為に働いてます。 この商品も、お金の為に売ってます。」
  
と言う人からは、何かを買いたいとも思いません。
   
   
だって、目的がお金なら、詐欺かもしれないじゃないですか?
   
お客さんに必要無いモノでも、お金になるなら売るって事でしょう?
  
  
そういう仕事って、別に無くなっても社会は困らないし、
  
「社会から必要とされない(仕事・商品)」って事じゃ無いですか?
  
  
「貢献なんか考えていません。
 ただ自分の今月の支払いのために、これを買って下さい」
  
って言われても、イヤですよね?(笑)
  
  
昔、新聞の勧誘でそういう態度の人いましたけど(笑)
  
現代は、お願い営業が通じる時代でも無いでしょう。
  
  
私はこういう考え方なので、
  
ただ「お金儲けの為だけの知恵を貸してくれ」って言われても、
お断りします。
  
それには、何も意義を感じないからです。
  
  
「本質的な自由」より「お金」を求める人は、
  
・支払いの恐怖、お金を失う恐怖、
・他人から認められたい、賞賛されたい
 
という気持ちがモチベーションです。
   
  
「他人から認められたい、賞賛されたい」というのも、
元を辿れば、【 自分が愛されない事への恐怖 】なので、
  
結局、自由よりお金を求める人は、「恐怖」がモチベーションです。
  
  
そして、「恐怖(自分の内面)」を根本解決せず、
  
お金を持つ事で「自分の恐怖心」を紛らそうとしても
出来ませんし、無駄です。  
    
  
無駄だとわかりきっている事に、私は関わりたくないのです。
  
  
【 自分と他人(社会、世の中)に対して、
  幸福と自由をもたらすために仕事をしている 】
  
  
「既にそういう気持ちで働いている人」か、
「これからそういう風になっていきたい人」が、
  
私の付き合いたい人です。


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2016年11月18日

「余命が短い」とわかれば、何を感じ、どう行動するか?

よくマンガなどで、
【「もうすぐ自分が死ぬ」って知らされるシーン 】ってありますよね?
  
  
・あと一ヶ月で死ぬ
・あと一週間で死ぬ
  
みたいな。
  
  
私があと一週間で死ぬとしても、
  
・美味しいモノを食べたいとか
・旅行に行きたいとか
  
そういう気持ちって、全然沸いてきません。
  
  
何故なら、今まで存分にやりたい事をやってきたからです。
  
「感動するくらいの美味しい食べ物」も、食べてきました。
  
  
死ぬ間際になって、
  
・めちゃくちゃお金を使って遊び尽くしたい! 
・恨んでいる相手に復讐したい!
  
  
とか、そういう発想になる人って言うのは、
  
生きている間に、すごく「我慢」している訳です。
  
  
「自分がもうすぐ死ぬ」ってなったら、
  
きっと、他人の目なんかなりふり構わず、
 
「好きな事をしてやろう!」
「やりたい放題してやろう!」
  
と思いますよね?
  
  
って事は、「自分の死」をイメージすると、
  
【 本当に自分のやりたい事 】が見えてくるって事です。
  
  
自分があと一週間で死ぬってなったら、
  
きっと、今まで以上に「残った時間をどう過ごすか?」
  
について、真剣に考えると思います。
  
  
私はその真剣さのレベルで、自分の人生を考えています。
    
  
私は死を意識しているから真剣ですし、
  
真剣だから、後悔しないのです。
  
  
自分の死に直面すると、人によって反応は様々だと思います。
  
   
今までの生き方を激しく後悔する人もいるかもしれませんし、
自分の死を受け入れられず、発狂する人もいるかもしれません。
  
  
どちらにしろ、死に直面すると、
  
【 自分の内面の深い部分 】が炙り出されてきます。
  
  
私は、自分がもうすぐ死ぬとなったら、
  
「自分は、社会や他人に何が残せるだろうか?」と考えます。
  
  
自分が死んだ後の事も、真剣に考えます。
  
  
それが、【 私の深い部分からくる「真の望み」 】なのです。
   
   
「自分の存在意義(存在価値)を感じたい」というのが、
   
私にとっては非常に強い想いなのです。
   
   
私は、自分の存在意義を感じた時に、
  
とても心地の良い気分になれるのです。
  
  
私は、その「心地の良い気分」を求めているのです。
  
それは、「自己重要感」と言っても良いでしょう。
  
  
美味しいモノを食べるのも幸せですが、
  
私にとっては、自己重要感を感じる方が幸せなのです。
  
  
だから、死ぬ間際でも、
「自己重要感を感じられる行動」をするでしょうね。
  
  
私は、自分自身や自分の人生を大切に思っているので、
自分に残された時間について、真剣に考えますが、
  
全ての人がそうではないと思います。
  
  
自分の人生をさほど大切に思っていない人は、
  
自分がもうすぐ死ぬってなっても、
残された時間について真剣に考えず、
  
特に、何もしないかもしれません。  
  
  
別に、それが良いとか悪いとかって話ではありません。
  
  
私は、【 後悔する事 】がすごく嫌いなので、
  
「死」について先回りして向き合って居ると、
  
【 後悔しない人生(生き方)、後悔しない死に方が出来ますよ。】
 
って事を伝えたいだけです。
  
  
「別に死ぬ間際に後悔してもいいよ」って人には、
  
私の話は響かないと思います。
  
  
私は、死ぬ間際に後悔したく無い人に、
  
【 後悔しなくて済む方法 】を伝えたいだけです。
  
  
「過去に後悔を感じる」ということは、
【 自分の思っていた通りにならなかった 】と言う事です。
  
   
じゃあ、「次は自分の思い通りにしたい」と思いますよね?
  
過去に後悔を感じると、未来に対して真剣になります。
  
  
後悔を感じれば感じるほど、未来に対して真剣になるのです。
  
  
「死」について考えると言う事は、「後悔を感じる」と言う事です。
  
  
後悔を感じるから、未来に対して真剣になります。
  
  
先回りして「死」と「後悔」に向き合って居ると、
  
未来に対して真剣になり、後悔する事が無くなっていきます。
  
  
だから、先に「死」と「後悔」について考えておくと、
  
【 悔いの無い人生 】になるのです。
  
  
自分が死ぬ時にも、
誇らしく、サッパリした気持ちで死んでいけます(笑)
  
  
映画って、途中でなんだかんだありますけど、
  
やっぱり「ラストシーン」が一番大事だと思います。
  
  
ラストシーンの良し悪しで、
その映画の評価って結構変わってしまうと思います。
  
  
途中でなんだかんだ苦労しても、
ラストシーンがハッピーなら、気持ち的に救われますし、
    
途中で幸せでも、
ラストシーンがバッドエンドなら、後味悪いです(笑)
  
  
自分の人生は、【 ひとつの映画 】です。
  
  
私は自分の映画(人生)をハッピーエンドにしたいから、真剣です。
  
  
これは、私の人生観です。
  
別に、個人的な好みですから、
同意できない人がいても問題ありません。
  
  
「後悔する事がそれほど嫌いじゃ無い」って人は、
  
私の話に共感できないと思います。
  
 
私は個人的に、後悔が大嫌いなのです。
  
  
でも、後悔が嫌いな人でも、死について考えておかないと、
  
後悔するハメになります。
  
  
私は、【 落とし穴の回避法 】を先回りして教えています。
  
  
未来に待ち受ける「落とし穴」にハマりたい人は、
ハマれば良いと思いますが、
   
私は【「落とし穴」にハマりたくない人向け】に、話しています。
  
  
あなたは、
死ぬ間際に後悔する人生、(生き方、死に方)がお好みですか?
    
嫌いだったら、先回りして「死」と「後悔」について考えておく事です。
  
  
【 自分があと一週間で死ぬとしたら、何を感じ、どう行動するか?】
  
  
そこに、「ヒント」と「答え」があります。


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2016年11月17日

死のシュミレーション

私は【 自分や親の「死」】について考える様に、人に勧めています。
  
  
なぜなら、【 生と死は表裏一体 】です。
  
  
「死」について考える事は、
「人生を真剣に考える事」とまったく同じなのです。
  
  
で、そのカルマが返ってきて、
  
私は、「ぼくらの」というアニメを見ています。
  
  
ちょっと古いアニメで、存在は昔から知っていましたが、
昨日、なんとなく見てみようと思いました。
  
  
このアニメは、巨大ロボットが出てくるロボットアニメで、
十数人の「13歳の子供たち」が主人公です。
  
その子供達が、ロボットを操縦して、
次々と現れる敵を倒さなければならないのですが、 
  
敵を倒さなければ、地球が滅亡してしまいます。
  
  
しかし、敵を倒すためにロボットを操縦した代償として、
パイロットの子供は一人ずつ死んでしまうのです。
   
  
「地球を守って死ぬか?」 「地球が滅亡して死ぬか?」
  
という、究極の選択。
  
  
その設定が面白いなと思って、
  
【 人が死に直面した時、何を思い、どう決断するのか? 】
  
そこに興味がありました。
  
  
「死」について考える事は非常に哲学的ですし、
  
その分だけ、「生」についても考えさせられます。
  
  
例えば、「自分の命があと一週間で尽きる」 としたら、
  
【 自分は何を思い、どう行動するだろうか? 】 とかね。
  
  
私なら、
  
・お客さんに迷惑が掛からない様に、
 「仕事の終わり方」を考える
   
・自分の愛する人(ソウルメイト)の事を考える
  
・動画や音声、文章を残すなどして、
 社会や世の中に対して何か価値を残せないか?考える
  
って感じですね。
  
  
1.仕事
2.個人的な愛
3.世の中
  
という風な優先順位で考え、行動していくと思います。
  
  
何を感じるか?というと、
  
「道半ばで死ぬ」のは非常に悔しいですが、
それも「天の定め、天の導き」として受け入れようとするでしょう。
  
ただし、「後悔」は一切無いです。
   
  
「全力でやれる事をやってきた」と思うので、後悔は無いのです。
  
そんな自分を誇らしく思うでしょうね。
  
  
実際の世の中で、
  
【 地球を守るために死ねる人(命を捧げられる人)はいますか? 】
  
って募集すると、たくさんの応募があるでしょう。
  
  
自爆テロを行う人も、
自分の命よりも大切な大義に命を捧げているつもりでしょうし、
  
「死ぬ可能性が高い」って言われても、
火星に移住したいって応募する人もたくさんいます。
  
  
世間では「命が一番大事」だと思われがちですし、
実際、「自分の命が一番だ」って言う人も多いでしょう。
  
でも、そんな人ばかりでは無く、
  
【 自分の命を捨てでも、追い求めたい何か? 守りたい何か?】
   
を持っている人たちも多数存在しているのです。  
  
  
意義ある事に命を捧げる事によって、
【 自分の存在価値を感じたい 】と言う人もいるのです。
  
  
私も、過去はそういう人間でした。
  
  
・愛する人を守るために死ぬとか、
・何かしらの大義の為に死ぬとか、
  
そういうのがカッコ良いと思っていました。
  
 
死の恐怖は大きいからこそ、
【 死の恐怖を乗り越える事 】がカッコ良いと思う訳です。 
  
  
武士みたいな思想ですけど、
おそらく、過去世で騎士とか武士だったことがあって、
  
そういう美学を大事にしていたのだと思います。 
  
  
そして、大切な人を守れず、先立たれた過去世もあって、
  
先に死なれて感じる「深い悲しみ」や「後悔」から、
大切な人を守って死ぬ方が良いと思ったのかもしれません。
  
  
でも、私も精神的に成長してきて、
そういう気持ちも無くなって来ました。
  
  
今の私は、「生きていたい」と思います。
  
  
死に対する恐怖は、自殺願望を経て乗り越えてきましたが、
  
【 自分が長生きする方が、
  他人や世の中に大きく貢献できる自信がある 】ので、
  
そういう理由で、生きていたいと思います。
  
  
自分の「生きていたい動機」が、
  
「死に対する恐怖」からでは無く、【 世の中への貢献の為 】です。
  
  
要するに、「自分の存在価値への自信」が高まれば、
  
自分の命を粗末にする事も無くなります。
  
  
自分の命を軽々しく思ってしまうのは、
  
【 自分自身にそれほど存在価値を感じていないから 】でしょう。
  
  
だからこそ、自分の存在価値を感じられる事に対してなら、
  
「命を捨てても良い」と思うのです。
  
  
  
・生きている方が人の役に立てるなら、生きていたい
・死んだ方が人の役に立てるなら、喜んで命を捧げたい。
  
  
死の恐怖を乗り越え、真剣に貢献を考えている人は、
そう思うでしょう。
    
  
しかし、恐怖に怯えている人は、
  
・「死ぬ事が怖い」から、生きていたい
・「生きる事が辛い」から、さっさと死にたい
  
  
と、「生きたい」にしろ、「死にたい」にしろ、
  
動機が【 他者への貢献 】では無く、【 イヤな事から逃れたい 】です。
  
  
結局、自分の事しか考えられていません。
  
  
・「生きる事」が正しいかどうか?
・「死ぬ事」が間違っているかどうか? 
   
ではなくて、
  
ポジティブな人は、
生きるにしろ、死ぬにしろ、【 他者への貢献 】が動機です。
   
ネガティブな人は、
生きるにしろ、死ぬにしろ、【 嫌な事から逃れたい!】が動機です。
  
  
私は、死ぬ時だって人の役に立って死にたいし、
今は、生きている方が人の役に立てると思うから、生きていたいのです。
  
  
それは、私が人生に「意義」を求めているからです。
  
別に、それが正しいという話じゃ無くて、個人的な好みです。
  
  
恐怖に怯えている人は、
  
・「生きる事が辛い」から、死んでしまいたい
・「死ぬ事が怖い」から生きていたい
  
と、動機が後ろ向きです。 
  
恐怖から逃れる事しか考えていません。
  
  
そして、「後ろ向きの動機」しか持てないなら、
  
幸せになれるハズがありません。
  
  
恐怖に対して、目を背けたり、逃げるのでは無くて、
  
覚悟を決めて、正面切って乗り越えなければ克服できません。
  
  
幸せな生き方、幸せな死に方をするには、勇気と覚悟が必要です。
  
  
その勇気と覚悟を持てないのであれば、
  
生きたって、死んだって、
  
どっちにしろ、【 苦しい結末 】しか待っていないのです。
  
  
恐怖から逃げるのでは無く、正面から向かい合う勇気を…、
 
それを持てるかどうかが、
「天国の人生」と「地獄の人生」の分かれ目です。


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2016年11月16日

超基本的な話(宇宙の法則)

超基本的な話を、今一度したくなりました。
  
  
まず、
  
【 「自分が引き寄せる現実」は「自分の内面の反映」 】
  
この非常にシンプルな法則を、どれだけ理解できているか?
  
  
これが、
  
その人が「精神的、霊的に進化していくかどうか?」の分かれ目です。
  
  
【 現実は内面の反映 】
   
この「宇宙の法則」は、もちろん「常識」ではありません。
  
  
「常識」と「宇宙の法則」は、水と油の様に相容れません。
  
  
ですから、この時期は、
  
・「常識」に従って生きるのか?
・「宇宙の法則」に従って生きるのか?
   
どちらか片一方を、各々が決断しなければなりません。
  
  
私にとって「世間の常識」とは、
過去の「天動説」と同様に、【 真実では無い思い込み 】です。
  
しかし、真実ではない幻想に浸って生きていきたい人が居る事も、
理解しています。
  
  
宇宙の法則が示すのは、
  
【 現実とは、「自分の心の鏡」である 】
  
と言う事です。
  
  
鏡に映った自分の姿に対して、
「なんでそんなに不機嫌そうなんだ!? 笑えよ!」
  
って言い続けても、鏡の中の自分は笑ってくれません。
  
  
自分が先に笑えば、鏡に映った自分も笑います。
  
  
「宇宙の法則に従って生きる」という事は、
  
【 どんなに不条理、不公平、理不尽な事が起ころうとも、
  まず、自分が先に変わる必要がある 】
  
【 自分自身が変わらずに、
  先に現実に変わって欲しいと思っても、それは不可能である 】
  
と言う事を教えてくれています。
  
  
しかし、「不条理、不公平、理不尽」な事が起こった時でも、
   
一切、他人を責める事なく、
まず先に自分が変わろうと思うのは、なかなかの覚悟が必要です。
    
  
「自分の責任を認める」と言う事は、
  
【 自分の「精神的負荷」が増える 】と言う事です。
  
  
「自分に原因がある」と認めるには、【 強い精神力 】が必要なのです。
  
  
人間は通常、「負荷」を嫌がりますから、
  
普通は、自分の責任を認めたくはありません。
  
  
「他人のせい」にしていたいのです。
  
そっちの方が、目先ではラクです。
  
  
そこを乗り越えて、
  
「自分に原因があること」を認め、
【 積極的に精神的負荷を背負う「覚悟」と「精神力」】のある人は、
  
精神的に成長し、幸せになっていく事ができます。
  
  
その「覚悟」と「精神力」が無い人は?
  
  
残念ながら、「同じ苦しみ」を延々味わい続けるしかありません。
  
  
「自分が先に変わろう!」と、本気で決断できるまで…です。
  
  
イヤな事を先に背負える人は、後々幸せになれます。
  
目先でラクな方に逃げ続ければ、後々苦しみが待っています。
  
  
返済計画も無く、消費者金融で借金する人と同じです。
  
借金すれば先に「現金」は手に入りますが、後々苦しくなるだけです。
  
  
散財せず、先にコツコツ投資した人は、後で経済的に豊かになれます。
  
  
精神的な試練も、それとまったく同じです。
  
  
しかし、お金が無くなって苦しくなった時に、
無計画に消費者金融で借金をする人は少ないかも知れませんが、
  
自分が引き寄せたネガティブな現実を他人のせいにして、
他人を責め続ける人は多いでしょう。
  
  
それは、目先でお金に困ったからと言って、
消費者金融で借金するのと同じ事です。
  
  
何の根本解決にもなりませんし、後で借金地獄が待っています。
  
  
多くの親は子供に対して「借金だけはするなよ!」と教えます。
  
  
しかし、
  
【 何が起こっても他人のせいにするなよ!】
  
【 何が起こっても他人を責めず、自分が先に変われよ!】
  
と教える親は少ないかも知れません。
  
  
実際は、こっちの方が大事なんですけどね。
  
  
実際、成功している経営者は、
  
【 起こった問題を「他人のせい」にしても、
  何の問題解決にもならない 】という事が、
  
身を持って理解できていると思います。
  
  
まぁ、経営者の場合、
  
「お金」や「ビジネス上」においては他人のせいにしなくても、
  
「家庭」や「人間関係」では他人のせいにする人も多いでしょうが(笑)
  
  
とにかく、成功している人、幸せな人、上手く行っている人は、
  
その領域では、「他人のせい」にしていません。
  
  
被害者意識も、罪悪感も持たず、自分も他人も責めず、
  
ただ、【 自分に原因がある 】という事実を素直に認めます。
  
  
例えば、「異性からモテる人」は、
  
【 モテないとすれば、自分に原因がある 】と思っています。
  
  
「お金を持っている人」は、
  
【 お金が無いとすれば、自分に原因がある 】と思っています。
  
  
「人間関係が上手く行っている人」は、
  
【 人間関係でトラブルがあれば、自分に原因がある 】と思っています。
  
  
本当にただそれだけの話で、
  
人生で上手く行かない事があるとすれば、
  
それは「自分の原因」を認めず、  
原因を、【 自分以外の何処かにある 】と思っているからです。
  
  
他人を責める人ほど、人生が上手く行かないのです。
  
他人を責める人ほど、罪悪感も持っているのです。
  
  
「自分に原因がある」とただ認める事と、
  
「自分を責める事」は、まったく違います。
  
  
自分を責めるのでは無く、ただ「自分に原因がある」と認めるだけです。
  
  
「自分を責める」と言う事は、【 罪悪感を感じる 】と言う事です。
  
  
そして、
  
「罪悪感(自分を責める)」と
「被害者意識(他人を責める)」は、セットです。
  
  
「自分を責める人(罪悪感を感じる人)」は、
結局、「問題を他人に責任転嫁する心理」から抜け出せていません。
   
   
幸せになるには、豊かになるには、
  
【 どれだけ自分に原因があると思えるか?】 なのです。
  
  
なぜなら、現実は全て自分の内面の反映なのですから、
  
宇宙の法則に則れば、【 全ては自分に原因がある 】と言う事です。
  
  
見ず知らず通り魔に殺されても、自分のせいだって事ですか?
  
と聞かれれば、私の答えは【 YES 】です。
  
  
もちろん、こんな考えは常識的では無いですよね?
  
宇宙の法則は常識ではありませんから。
  
  
しかし、宇宙では自分に必要の無い事は起きません。
  
  
自分が引き寄せた現実には、自分に何らかの原因があるのです。
  
  
【 自分が「不条理、不公平、理不尽」な目に遭う。 】
  
  
それは、過去世のカルマの解消かも知れないし、
  
何かを強く否定していた事が現実化したのかも知れません。
  
  
他人に対して過保護にしていたから、
  
その報いが返ってきたのかも知れません。
  
  
一般常識では、【 他人に優しくする事は「善」】だと教えられます。
  
  
しかし、宇宙の法則ではそうではありません。
  
  
宇宙では、「優しさ」と「厳しさ」のバランスを取る事で、
  
【 心地の良い現実 】を創り出す事が出来ます。
  
  
他人に対して「優しくし過ぎ」ていたら、
その反動でバランスを取ろうとして、
  
【 他人に厳しくしたくなるような事 】が起こるのです。
  
そういう気持ちが沸いてくるのです。
  
  
これが、宇宙の法則であり、万人共通の心理のメカニズムです。
  
  
常識を捨てた人から幸せになります。
  
  
しかし、常識を捨てようとすれば、
  
きっと「孤独の恐怖(対人恐怖)」と向き合わなければなりません。
  
  
その「孤独の恐怖、対人恐怖」を乗り越えられない人は、
  
やはり、【 常識を優先した生き方 】を選ぶでしょう。
  
  
幸せになるには、【 自信、勇気、覚悟、精神力 】が必要です。
  
  
みんなが乗っている沈みそうな大きな船に残って、みんなと沈んでいくか?
  
一人だけでも、ボートを担ぎ出して、沈む船から脱出する勇気を持つか?
  
  
それが、その人の【 人生の分かれ目 】です。


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haxe501 at 21:05|Permalinkclip!

2016年11月15日

「バカ」と「ユーモア」と「笑いのツボ」

よく、
  
・「バカな事」がやりたい
・「おバカ」が好き
・自分って「バカ」だから…
  
と、自分とバカを結びつける人がいますけど、
  
それに私は違和感を感じます。
  
  
私自身、「ユーモア」を非常に大切にしていて、
笑える面白い事は大好きです。
  
  
日常会話でも、何かを教える時でも、
いつも他人を笑わせようとしていますし、
  
実際、私の話で爆笑する人も多いです。
  
  
他人を笑わせるためなら、  
ダジャレも言うし、冗談も言うし、モノマネもします。
  
  
でも、それがバカか?っていうと、
  
自分ではまったくそんな風に思っておらず、
  
むしろ、ユーモアは知性的だと思っています。
  
  
お笑い芸人だって、
基本的には「真面目で賢い人たち」だと思っています。
    
  
それなのに、「自分」と「バカ」を結びつける人って言うのは、
  
・「他人からバカにされたくない」と思っている
・「ユーモアの価値」を低く見ている(不真面目を裁いている)
  
という事じゃ無いかと思います。
  
  
それも学校教育の洗脳で、不真面目な生徒は怒られたから、
  
【 不真面目である事には価値が無い 】
  
という観念が染みついてしまったのかもしれません。
  
  
  
私は音楽の専門学校に通っていましたが、
  
その時、勉強が出来る人間っていうのは、
「友達に高く評価されるポイント」ではありませんでした(笑)
  
  
・話が面白い、笑える
・服装がオシャレ
・歌が上手い
  
この3点が、友達の中で高く評価されるポイントでした。
  
  
学校の勉強ができたところで、環境が変われば、
まったく価値を持たなくなるんだなと、しみじみ思いましたね。
  
  
私は超真面目ですけど、超ユーモア大好きです。
   
これも、表裏一体で、真面目な人ほど、
その反面でユーモアが好きなのだと思います。
  
  
・「バカな事」がやりたい
・「おバカ」が好き
・自分って「バカ」だから…
  
って言う人は、そういう発言を先に言う事によって、
  
【 他人からバカにされる事を防ぎたい 】という心理だと思います。
  
  
要は、「自分が面白く感じるかどうか?」 よりも、
    
「他人からバカにされないかどうか?」 を気にしているのです。
  
  
人によって「笑いのツボ」は違いますから、
  
他人からどう思われようと、
自分が面白く感じたら良いと思いますが、
  
自分の好みの「ユーモア」や「お笑い」まで、他人の目を気にしていると、
  
自分が楽しむ事に集中できないだろうなと思います。
  
  
「バカな事をやってます」と言うより、
  
・真剣に「楽しもう、笑おう」としています。
・真剣に「楽しませよう、笑わせよう」としています。
  
と、私だったらそう思います。
  
  
要は、定義の問題です。
  
     
自分の好きな事を「バカ」だと思うのか? 
「ユーモア(面白い、笑える)」だと思うのか?
  
  
バカと言うと、価値が低いモノの様に思えますが、
  
私はユーモアの価値は非常に高いと思っています。
  
  
ですから、ユーモアはバカでは無いと思います。
  
  
私なら、「バカな人が好き」ではなくて、
  
・ユーモアの分かる人が好き
・ユーモラスな人が好き
・お笑いのわかる人が好き
・お笑いの好きな人が好き
・面白い人が好き  
・面白い事が好き  
  
と言いますね。
  
  
人が自ら「自分」と「バカ」を結びつけるのは、
  
「自虐的な表現」をする事によって、  
他人からバカにされる事を先回りして防ごうと、
  
【 他人の目を気にしているからだ 】と思います。
  
  
「笑いのツボ」なんて、人それぞれ違うのだから、
  
他人にどう思われるか?なんか気にせず、
  
【 自分はこれが、超面白いと思う! これが、笑える! 】
  
で、良いのでは無いでしょうか?
  
  
ユーモアまで他人の目を気にするって、
  
「どこまで他人の目を気にしてるんだ?」って思いますけど、
  
  
【 自分の笑いのツボが他人に理解されないから落ち込む 】って、
  
そんな事してたら、人生本気で笑えないですよ。


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haxe501 at 12:45|Permalinkclip!

2016年11月14日

時代の変化の始まり

アメリカ大統領選の一般投票が終わって以降、
  
日に日に、人類の集合意識の変化を感じます。
  
  
要するに、平和ボケしていた人は、
   
【 これまでの穏やかな日々の延長線上の未来 】
を無意識的に思い描いていた訳ですが、
  
人々の予想を裏切って、ドナルド・トランプが勝利した事により、
【 過去の延長線上の未来 】など、もう無いのだ。
  
  
と言う事を、
  
「目に見える形」でまざまざと見せつけられた訳です。
  
  
トランプショックは、
  
「大規模テロ、原発事故、国家破綻、金融危機」
  
などよりは、まだ被害的にマシですが、
  
それでも、多くの人々の目が醒めるには、
充分な出来事だったようです。
  
  
今、多くの人々は、
【 どんな未来がやって来るのか解らない 】と感じています。
  
  
だからこそ、「自分たちで立ち上がろう!」という気にもなります。
  
  
「頼れる強者がいない」「強者に甘えられない」と解るからこそ、
  
「自立性」や「自発性」が出てくるのです。
  
  
  
昨日、森本さんと喋っていましたが、
  
「痛い目を見ると、中井さんの顔がよぎる」と言っていました(笑)
  
  
私は真剣な人間です。
  
でも、平和な時って「真剣な人の需要」は無いのです。
  
  
どちらかというと、
「アバウトで、フワフワした表現をする人」の方が人気があります。
  
  
でも、切羽詰まって来ると、
やっぱり「アバウトでフワフワした人」は頼りなくて、
   
「真剣な人に頼ろう!」って気になってくるのです。
   
   
私は正義のヒーローに憧れていましたが、
  
正義のヒーローとは、【 ピンチの時こそ役に立つ人間 】です。
  
  
今後も、世の中がますます混乱していくでしょうが、
  
世の中が混乱すればするほど、私の需要は高まっていくでしょう。
  
  
その時の為に、私は準備してきましたし、
  
他人に対しても、準備をするように勧めてきました。
  
  
私は、「常識はアテにならないし、近い未来に崩壊していく」
と言い続けてきました。
  
そして、いよいよ常識が崩壊し始めました。
  
  
私の話を聞いても、
それでも「常識的な生き方」を選んだ人もいますけどね。
  
それも、本人の自由意志です。
  
  
【 今までの自分の生き方の結果 】が、
   
目に見えて表れてくる時代の到来です。 


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haxe501 at 19:24|Permalinkclip!

2016年11月13日

「義務感」とは「甘え」である

今日は森本さんと会って、
ビジネスのアドバイスを行いました。
  
  
長期的な「ブランディング戦略」や「ポジショニング」の話をして、
たいそう喜ばれました(笑)
  
ここら辺は、後から修正が効きにくい部分なので、
スタート地点から先読みして考えておく必要があります。
  
  
毎月、お金を稼ぎ続けなければならないという、
「商売の厳しさ」も感じたようですが、
  
正しい方向性を持って、やる事をキッチリやっていれば、
必ず成果は出るわけですから、怖れる事はありません。
  
  
他の弟子たちも、さっさと基礎を卒業して、
私にビジネスの話をさせて欲しいです。
  
基礎って言うのは、地道なルーチンの繰り返しですから、
  
【 どれだけ「やる気」を持って、効率的に、ストイックに行えるか? 】
  
が、勝負です。
  
  
「やる気」が無いのであれば、
永遠に【 基礎固め 】から抜け出せません。
  
そうなると、やりたくもない事をやり続ける、
「退屈な毎日」が終わり無く、延々と続くだけです。
  
  
しかし、義務感で基礎固めを行っても意味がありません。
  
義務感とは、【 やる気が無い状態だから 】です。
  
  
義務感では無く、主体的にやる気を持って「基礎固め」を行うには、
  
【 現実逃避をせず、現実の厳しさを直視し、甘えを捨てる事 】です。
  
  
甘えを捨てれば、義務感も消え、
「成長は自分の為だ」と理解でき、主体的に行動できます。
  
  
「義務感」とは、【 甘え 】なのです。
   
  
義務感とは、自分の事なのにも関わらず、
「他人に責任を背負って欲しい」という気持ちの表れです。
  
  
自分がいくら義務感で行動したところで、
誰も責任なんか取ってくれません。
  
  
何故なら、自分の事だからです。
  
何が起こっても、他人のせいに出来る事など無く、自己責任です。
  
  
そして、「甘え」を捨てるには勇気や覚悟が必要ですし、
  
勇気や覚悟を持つには、「自信」も必要です。
  
  
【 シンプルな事を、どれだけ真面目に出来るか? 】
  
  
それだけが問われています。
  
  
お天道様に胸を張れない生き方をしていれば、
その報いは必ず自分の身に降りかかります。
  
  
真面目に生きる。
 
これほど、尊い事は無いのです。


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haxe501 at 19:22|Permalinkclip!

2016年11月12日

暗く長いトンネルを抜けた

米大統領選の一般投票が終わって以降、
  
明らかに【 人類全体のエネルギー(集合意識)】が変化しました。
  
  
「これが、秋のシフトか!」と、明確に理解できました。
  
  
これまでは、社会の変化がノロノロ、トロトロとしていて、
  
「早く時代が変わらないかなぁ…」と、
陰鬱とした気持ちも抱えていましたが、
  
  
今は、「ようやく時代が変わったぞ!」と、
非常に晴れやかな気持ちです。
  
  
ここからは、非常に早いスピードで、
一気に世の中が変わり始めるでしょう。
  
それも、年を追う毎に、年々加速していきます。
  
  
2012年の冬至だ、2015年だ、2016年の秋だと、
待たされに待たされましたが、
  
いよいよ、私の忍耐も終わりました(笑)
  
  
暗く長いトンネルを抜けて、
「見通しの良い風景」にやっと出会えた感じです。
  
  
(人生の)トンネルは、先が見通せないからイヤなんです。
  
先さえ見通せれば、まだゴールに到着していなかったとしても、
ゴールがちゃんと見えている状態です。
  
  
ようやくその地点まで辿り着けて、非常に嬉しく思います。


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haxe501 at 19:21|Permalinkclip!

2016年11月11日

若者使い捨て

“若者使い捨て”24歳保育士の明るくない未来"
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20161101/biz/00m/010/014000c
  
  
【 若者使い捨て 】
 
  
本当にその通りだと思いますね。
  
  
「終身雇用」や「年功序列」も崩壊して、
  
【 凡人でも、長く勤め続ければ勝手に給料が上がる時代 】
  
では無くなったから、
  
若者は将来に不安を感じているのです。
  
  
一世代前の時代には、「凡人=中流」でしたが、
  
現代は、「凡人=下流」になってきている訳です。
  
そして、未来はさらにその流れが加速します。
  
  
これが、いわゆる【 二極化 】です。
  
  
  
今、あらゆるコンテンツが無料で手に入ります。
  
音楽、映像、マンガ、ゲームなどなど。
  
  
しかし、宇宙の法則は等価交換です。
  
  
社会から「何らかの価値」を受け取る以上は、
  
自分も社会に「何らかの価値」を提供しなければなりません。
  
  
お金を払わず「無料」で価値が手に入ったとしても、
宇宙の法則的には「無償」ではありません。
  
価値を受け取ったからには、
何か【 自分に出来る「お返し」】が必要なのです。 
  
  
でも、社会から受け取る以上に、
自分が社会に価値を与えられていないから、
   
結果的に貧しくなるのです。
  
  
「豊か」になりたければ、【 与える側 】に回る事です。
  
  
でも、自ら他人に奉仕・貢献しようとしても、
  
【 他人に対する恐怖を抱えている人 】は、
なかなかそれが出来ません。
  
  
結局、【 人間関係の問題(対人恐怖) 】を解決しない限り、
  
「与える側」にも回れないし、「豊か」にもなれないのです。
  
  
経済の問題も、最終的には「心理的な問題」になってくる訳です。
  
  
  
で、「保育士の給料が安い」って事ですが、
   
何か付加価値を付けて、受け取る報酬を増やさない限り、
収入を増やす事は出来ません。
  
  
例えば、
  
保育所が、普通では無い「特殊な優れた教育」を行う代わりに、
親御さんから受け取る料金を高めるとか、
  
独立して「金持ちの子供専用のベビーシッター」に特化するとか、
  
もしくは、コミュニティぐるみで、
時間のあるおばあちゃんに子供の面倒を見てもらえる仕組みを作るとか、
  
  
そういう、常識では考えられない所に答えはあります。
  
常識的な考えでは、この問題は解決できません。
  
  
他人の子供を預かるには、保育士の免許がいるのかもしれませんが、
  
私が弟子や両親に、ベビーシッターを頼もうとした時に、
「相手に保育士の免許があるか?」っていうと、ありません。
  
  
何故か?っていうと、
  
赤の他人では無いし、【 信頼関係 】があるからです。
  
  
子供の親も、
別に自分の子供を育てるのに、特別な資格や免許を持っていません。
  
  
結局、資格や免許って【 信頼性 】を表しているだけで、
  
元から相手との信頼関係があれば、
  
仕事を任せるのに資格や免許って、
必ずしも必要では無くなると言う事です。
  
  
例えば、赤の他人に仕事するには免許が必要でも、
家族に対してやるのであれば免許は必要ないって事は、あると思います。
  
  
調理師免許がなくても、家族にご飯を作ってあげられます。
理容師免許がなくても、家族の散髪はできます。
  
  
私は、既存の常識を疑うのが癖なので、
  
何でも「ゼロベース」で考えます。
  
  
「問題の根本解決」を目指す上で、
【 ゼロベース思考 】は、本当に重要なのですが、
  
ゼロベース思考は非常に高度なので、できる人は少ないと思います。
  
  
「ゼロベース思考で無い」ということは、
  
【 既存の枠組みや常識の延長線上でしか考えられない 】と言う事です。
  
  
イノベーションは絶対に出来ませんし、
  
「我慢」や「その場しのぎ」を続けるしかありません。
  
  
保育士の給料が安いって事ですけど、
  
文明が進化して、コミュニティぐるみで子供を育てるようになれば、
  
【 保育士という仕事自体が無くなる可能性も高い 】です。 
  
  
「時間や場所の融通が利かない仕事」をしている人が多いから、
  
「保育所も保育士も必要だ」と思われているかもしれませんが、
  
みんな時間や場所の融通が利く仕事をやり始めたら、
  
保育所や保育士の需要も減る事になるでしょう。
  
  
「子育て」と「仕事」は密接に絡んでいる複合的な問題ですから、
  
問題を単体で解決しようとするのでは無く、
全体的な視野を持ち、
  
包括的に「子育てのシステム」と「仕事のシステム」を
同時並行で噛み合うようにしていかないと、この問題は解決できません。
  
  
問題を「個々の単体」として見ていては、いつまでも解決はできません。
  
  
さまざまな要因が絡んだ「複合的な問題」なのですから、
  
問題を単体として解決する事は不可能です。
  
  
あちらを立てれば、こちらが立たず…という事になります。
   
  
根本解決の為には、
  
ある問題と、ある問題の【 関係性を理解 】できる、
  
「圧倒的な視野の広さ」が必要です。
  
  
  
そして、
  
「使い捨てにされず、今後も生活水準を下げたくない」
という若者に対して言える事は、
   
「親」や「企業」、「社会」や「国」に甘えるのでは無く、
  
精神的に自立して、自分の人生に対して主体的になり、
  
自分を鍛え、成長し、【 与える側 】に回る事。
  
  
それが、経済的自立に繋がります。
  
  
その為に必要なのは、まず最初に【 自分に自信を持つ事。】
  
やっぱり最後は、【 心理の問題 】です。
 


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haxe501 at 13:41|Permalinkclip!

2016年11月09日

時代の変化

ドナルド・トランプが大統領に決定して、
  
バシャールの言う、
【 2016年 秋のシフト 】を、肌で感じます。
  
  
時代が変わったというか、
社会の「雰囲気」や「空気感」「エネルギー」の変化を感じますね。
  
  
これから、ポジティブな流れが加速するでしょうね。
  
  
もちろん、トランプはポジティブなリーダーでは無いでしょう。
  
  
彼の目的は、
自己顕示欲を満たす事(目立つとか、頂点に立つ事)であって、
  
大統領になった時点で、その目的は達成されています。
  
将来的に世界をポジティブに導くヴィジョンなども無さそうですし、
あったとしても、本気とは思えません。
  
  
ですから、彼に何かを期待しても、どうにもならないでしょう。
  
  
というより、「期待できない」という事がわかるからこそ、
  
【 政治家に頼るのでは無く、まず自分たちが自立しなければならない 】
  
という発想に繋がります。
  
  
トランプが勝った事によって、動揺している人は多くいるでしょうが、
  
不安定になるからこそ、「自分の脳みそで考えよう」と思います。
  
  
人間は、安定していると自分の頭を使って考えません。 
  
  
人間は不安定を感じるからこそ、
  
【 自らが主体的にならなければならない必要性 】を感じるのです。
  
  
これからはますます、誰もが、
  
【「強者に守ってもらおう」という依存的発想 】
  
を捨てなければなりません。
  
  
その為には、
  
【 強者が頼りにならない 】という現実を見せつけられるのが一番です。
  
  
私は弟子の自立を促し続けて来ましたが、
  
「強者への依存心」を捨てきれない人は、成長を諦めて去って行きます。
  
  
例えば、親への依存心や、恋人への依存心、常識への依存心などです。
  
  
今までは、アメリカが「頼れる強者」でしたが、
   
その認識も、変わらざるを得ないでしょうね。
  
  
トランプの役割は、「既存の価値観や慣例を揺るがす事」でしょうね。
  
でも、彼自身に新しいヴィジョンはありません。
  
  
壊すだけで、創造はできません。
  
  
壊してくれるだけでも、有り難いかもしれませんが(笑)
  
それに、最期は自分自身の立場まで壊していくでしょうね。
  
  
日本でも、既存の価値観を破壊する人は現れてきました。
  
でも、一時期マスコミに祭り上げられて、調子に乗りすぎた結果、
最期は何かしらの失態を犯して失脚していきます。
  
  
  
ヴィジョンを描き、創造していく事は、ポジティブな人間の役割です。
  
  
とにかく、旧世代の枠組みがようやく壊れ始めた。
  
  
まずは、それが喜ばしい事だと感じます。


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