2016年09月

2016年09月20日

「強い意志」と「決断」の定義

昨日、「強い意志を持つにはどうしたら良いですか?」
  
と、質問されました。
  
  
先日の記事でも書いたように、
  
【 強い意志を持てない人は、そこまでだ 】
  
と言っているので、
「強い意志」を持つ方法を知りたいのでしょう。
  
  
じゃあ、「強い意志」って何なのか?って話ですが、
  
要は、「大いなる目的」の為に、「長期的な幸せや豊かさ」の為に、
  
・どれだけ苦しめるか?
・どれだけ厳しい目に遭えるか?
  
という事です。
  
  
その「苦しみ・厳しさ」に耐え、乗り切る覚悟が、
  
【 強い意志の定義 】です。
  
  
強い意志を持っている人は、
例外なく、【 苦しめる人、厳しくされても耐えられる人 】です。
  
  
逆に、苦しみや厳しさから、あっけなく逃れようとする人ほど、
「意志が弱い」という事になります。
  
  
プロのスポーツ選手は、ハードな練習に耐えています。
  
苦しんでいますし、厳しくもされています。
  
  
それでも、達成したい目標があるから、苦しくても頑張るわけです。
  
これこそが、【 意志の強さ 】です。
  
  
ですから、「意志の強さ」とは、【 苦しめる覚悟 】なのです。
  
  
私も意志が強いですが、
昔は、自分の意志が強いとは、あまり思っていませんでした。
  
ただ、どんなに苦しくても、逃げませんでした。
  
  
「死んでラクになりたい」って思った事は、
人生の中で何度もあります。
  
  
それでも、耐えてきましたし、乗り越えてきました。
  
  
結果的に、自分の人生を振り返って、
  
「自分って意志が強かったんだ…」と思えるわけです。
  
  
「意志の強さ」とは、
  
【 どれだけの厳しさ、苦しみを味わえるか? 】
    
です。
  
  
私が、苦しみに耐えて来れたのは、
  
「長期的な視野」で物事を考えている事と、
「現実を直視」してきたからです。
  
  
もし、目の前の「苦しみや厳しさ」に耐えず逃げ出したら、
もっともっと辛い人生が待っている…、
  
それを理解しているから、
自ら積極的に、苦しみや厳しさの中に飛び込んでいけるのです。
  
  
私は、
  
・終わる苦しみ(試練を乗り越える)
・終わらない苦しみ(試練から逃げる)
  
この二択しか無いと言っています。
  
  
でも、現実逃避している人は、
  
どちらの苦しみもイヤで、
なんとかどちらの苦しみからも逃れる方法は無いか?
  
と、甘い幻想を抱いています。
  
  
そういう甘えた人は、
例外なく「終わらない苦しみコース」です。
  
  
ですから、私がやることは、
甘えた人には、【 現実を直視させること 】です。
  
  
「そんな甘えた幻想は存在しないよ」って教えてあげる事です。
  
それが、私の愛です。
  
  
なぜなら、現実逃避を続けていたら、間違いなくネガティブコースです。
  
でも、現実を直視させることによって、
その人が覚悟を決めて、ポジティブコースに向かう可能性もあります。
    
   
現実を直視した上で、
本人が決めた決断には、後悔が無いと思います。
  
  
しかし、現実を直視しないまま、
  
自分はポジティブコースに行けるだろうと思っていたのに、
ネガティブコースに向かってしまっては、
   
その人は、本来望んでいる方向に進んでいない事になります。
  
  
私は、その人が【 後悔の無い、ベストの判断 】を下せるように、
  
広い視野から見た、真実を伝えたいのです。
  
  
なぜ、プロフェッショナルやスポーツ選手は、
  
苦しみに耐えられるか?というと、
  
  
【 自分が苦しみに耐え続けることがベストな選択 】だと、
論理的に理解しているからです。
  
  
しかし、論理的な決断では無く、感情的な判断しかしていない人は、
  
「決断しました!」っ口では言っても、
苦しい事があると、すぐに逃げ出してしまいます。
  
  
それは、自分の選択のレベルが、
  
高次の「論理的な決断」では無く、
低次の「感情的な判断」のレベルだったと言う事です。
  
  
意志が強い人は、
頭の中で「論理・理性」が上回っているから、  
  
一時的なネガティブ感情に負けないのです。
  
  
【 強い意志、苦しめる覚悟 】を持っている人は、
  
一時的なネガティブ感情に負けないくらい、
  
「論理的、理性的な決断」を下しているのです。
   
   
つまり、何が起こってもブレない決断を行うためには、
  
徹底的に論理的に考え、シミュレーションする事が必要です。
  
  
頭を使っていない決断は、本物の決断ではありません。
  
それは、ただの「感情的判断」です。
  
  
「論理的に考える」と言うことは、
  
現実を直視すると言う事と同じです。
  
  
要は、「厳しい現実を直視する心の強さ」を持っていないから、
  
意志も弱いのです。
  
  
「強い意志」を持つ人は、論理的に考え、長期的視野を持ち、
【 苦しみや厳しさの中に、自ら飛び込んで行ける人 】です。
  
  
そうしなければ、
自分にとってもっと苦しい人生が待っていると、
  
現実を直視して、理解しているからです。
  
  
弟子の野村くんは、成長を諦めるかどうか?
  
というギリギリの所まで追い詰められて、
  
それでも、「粘り続ける」という決断を下しました。
  
  
その当時は、ネガティブ思考に支配されていたと思います。
  
まったく、夢も希望も無かったと思います。
  
  
ただ、ネガティブ思考に頭が支配されていても、
ポジティブな決断は出来るのです。
  
  
ただ、【 苦しみ続ける覚悟 】を決めるだけです。
  
  
そうしないと、どの道もっと苦しい事になっていくと、
   
野村くんは理解していたからです。
  
  
だから彼は、粘り続ける選択をしました。
  
  
つまり、彼は幻想を捨てて、現実を視たのです。
  
  
現実を視るからこそ、ポジティブな決断が出来るのです。
  
  
私に出来るのは、現実を見せるところまでです。
  
  
その先の決断には、私は影響できません。
  
  
ただ、現実を直視しなければ、
  
ポジティブコースに進める可能性はゼロです。
  
  
目の前の人にポジティブコースへ進める可能性があると思うから、
  
私は真実を伝え、現実を直視させ続けるのです。
  
  
現実逃避を続け、幻想を見ている限り、
  
ネガティブコースにしか行けないのです。
  
  
私は、現実を直視させることで、
  
ポジティブコースに向かえるチャンスを与えているのです。
  
  
それが、私の愛であり、役割なのです。


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2016年09月19日

抵抗感の正体

今日はライフワークMTGで、
  
ネガティブな人が、
「自分自身を大切に想おうとした時の抵抗感って何だろう?」  
  
という話になって、
  
  
自分を大切にしようと思うと、
  
・「他人の許可」が必要な気がする
・自分を大切にしようとすると、他人に嫌われる気がする
  
という意見が、国本さんから出ました。
  
  
まったくの【 意味不明、理解不能 】です。
  
  
自分を大切に想おうとするのに、他人の目が気になるとは…。
  
  
【 あなたにとって、その他人って「何様」なの? 】って感じです(笑) 
  
  
もし、自分を大切にする事によって他人に嫌われたとしても、
  
他人に嫌われたら何か実害があるのか?
  
  
ソイツらから好かれてたら、なんか良いことがあるのか?
  
  
ソイツらに好かれてたら、自分を成功させてくれんのか?
  
アセンション出来るのか?  人生の面倒見てくれるのか?
  
  
って言いたい。
  
  
成功も、アセンションも、自分の手で成し遂げるモノです。
  
自分の人生は、自分の意志で切り拓くモノです。
  
  
それに、「誰からも嫌われない」って事は、
  
「誰からも好かれない」って事です。
  
  
「他人から嫌われない為に、自分を大切にしない生き方」なんて、
  
結局は、【 大して誰からも好かれない人生 】です。
  
  
正体もよくもわからない「他人様」に怯えて、
  
自分を大切に想えないなんて、意味不明すぎます。
  
  
よくもわからない「他人様のご意向」を、
「自分の意向」よりも優先している訳で、
  
その「他人様」って一体誰なの? って話です。
  
  
真実は、自分で自分を大切にするから、他人からも大切にされるのです。
  
  
正体不明の「他人様」を恐れて、自分を大切に出来ず、
その結果、他人からも大切にされない。
  
  
それが、「自分を愛していない人」のやっている事です。
  
  
「自分を大切にする事で、他人に嫌われたくない」って言いますが、
  
「自分を大切にする人」を嫌う人間なんて、
【 めちゃくちゃネガティブな人間 】ですよ。
  
  
で、ネガティブな人間からは嫌われても良いじゃないですか?
  
  
ネガティブな人間は、
ネガティブな人間が好きで、ポジティブな人間が嫌いなのです。
  
  
ネガティブな人間から嫌われたら、
その分、ポジティブな人間から好かれる事になるのです。
  
  
自分で自分を大切にしたら、
  
ネガティブな人間から嫌われて、
ポジティブな人間から好かれます。
  
  
私、別にネガティブな人間から好かれたいなどと、
微塵も思いません。
  
  
例えば、「人殺し」や「強盗」をするような人間から好かれて、
何か人生で得しますか?(笑)  
  
「奪い合いの価値観」を持っている人から好かれて、
何か得する事がありますか?
  
  
もしかしたら、ストーカーされるかもしれないし、
ネガティブな人に好かれたって、何も嬉しくありません。
  
  
どう考えても、ポジティブな人たちから好かれた方が、
【 膨大な恩恵 】を受けることができます。
  
  
そういう事で、
私は【「天の存在」から好かれるような生き方 】を心懸けています。
  
  
実際、それが最強です。
  
  
【 自分を大切にしようとすると、
  他人から嫌われるかもしれないから怖い 】
  
なんて、
  
超非論理的で意味不明、理解不能な思考回路です。
  
  
「ネガティブな他人」から嫌われない為だけに、
自分の人生を棒に振っても良いのでしょうか?
  
  
自分を素直に愛せない、大切に想えない人は、
  
相当非論理的な思考してますよ。
  
  
自分で自分を大切にしないことで、
    
ネガティブな他人から嫌われずに済んだとして、
その先に何があるのでしょうか?
  
  
自分の幸福や人生を犠牲に出来るほど、
ネガティブな他人から嫌われない事が、それほど大事なんでしょうか?


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2016年09月18日

自分を愛する

私の妻の千博さんは、
自立心が強く、自分に厳しく、他人に甘えない人です。
  
そして、いつも自分の事よりも他人の事ばかり考えている、
奉仕精神のカタマリみたいな人です。
  
  
そういう風に、私と「釣り合う要素」があるからこそ、
私と彼女は、一緒に暮らしているのだと思います。
  
  
ただ、彼女の奉仕精神は、
主に「私」や「赤ちゃん」などの家族に向けられていて、 
  
私の様に、「人類愛」と言う所まで、広がっていません。
  
  
そこは、【 家族を特別視して、他人を信頼できない 】
  
そういう分離感が働いているからです。
  
  
私にとっても家族は大事ですが、
  
私にとっての家族とは、  
「血の繋がり」ではなく、「魂の繋がり」です。
  
  
「血が繋がっている価値観が違う人」より、
「血が繋がっていない価値観が同じ他人」の方が、
  
より自分にとっては身近に感じる存在です。
  
  
千博さんは、昔に比べてかなり幸せになったし、
【「今以上の幸せ」がイメージ出来ない 】と言います。
  
  
私にしてみれば、まだまだこんなもんじゃなくて、
  
「まだまだ上の幸せがあるよ」って感じなのですが、
  
  
【 今で充分幸せ、今以上の幸せなんて別に要らない 】
   
と言っちゃう人は、
  
・理想が低い
・基準が低い
  
という事です。
  
  
それも自分に自信が無いから、理想と基準が低くなるわけですが、
  
そもそも、「人が幸せを望む」のは、自分を愛しているからです。
  
  
【 自分を愛していない人は、自分の幸せを貪欲に求めない 】のです。
  
  
そういう事を、千博さんと話していて気付きました。
  
  
私は生まれつき、自分を愛しているし、自信もありました。
  
  
だから、「自分を愛していない人、自分に自信が無い人」
  
の気持ちがあまりよくわかりません。
  
  
でも、ほとんどの人類には自信がありませんし、
  
「自信が無い」と言う事は、
「自分を愛していない」と言う事とイコールです。
  
  
・もっと幸せになりたい!
・もっと豊かになりたい!
  
  
そういう「霊的向上心」や「成功願望」というのは、 
  
【 自分を愛する気持ち 】から生まれてきます。
  
  
向上心が乏しいは、自分を愛していないのです。
  
もっと自分を大切に想っても良いのに、
なぜか、「自分を大切に想う事」に対して、強い抵抗があるのです。
  
  
その抵抗感が、私には理解不能なのですが…。
  
  
千博さんは、私の事をとても愛してくれています。
  
それを、私は感じています。  
  
  
私も、千博さんを愛しています。
  
でも、千博さんは私の注ぐ愛の「13%」くらいしか、
感じられない様です。
  
  
自分を愛し、自信があればあるほど、
他者の愛も、感じる事ができます。
  
  
しかし、自分を愛してこなかった人は、
  
そもそも、【 自分の愛し方 】が分からない様です。
  
  
「自分の愛し方」を知らない人に、
「自分の愛し方」を理解させるには、どうしたらよいのか?
  
って話なんですけど、
  
  
そりゃ、【 自分を愛している人と一緒に暮らす 】ってのが
一番だと思います(笑)
  
  
「自分を愛する」と言う事には、
感覚的な事が多く含まれますからね。
    
  
論理的な説明を受けただけで、
一輪車に乗れる様にはなれません。
  
一輪車を乗りこなすには、練習が必要です。
  
  
既に一輪車に乗れる人で、しかも教え方が上手い人から、
マンツーマンで教えてもらえたら、それが一番でしょう。
  
  
それと同じで、自分の愛し方も、
  
既に自分を愛している人から、
マンツーマンで教えてもらえたら一番です。
  
  
ただ、それにも条件があります。
  
  
千博さんは、「他人を愛し、他人の幸せ」を想い続けてきたからこそ、
  
そのカルマが返ってきて、今私から愛を受け取っている訳で、
  
そういう「徳」を積んでいない人が、良い目を見られる訳がありません。
  
  
結局、「他人を深く愛したカルマ」が返ってきて、
  
「他人から深く愛される」という現実を引き寄せているのです。
  
  
それに千博さんは、【 徳を積む事 】を怠っていません。
  
  
多くの人は、自分が幸せになったら、徳を積む事を怠り始めます。
  
自分が徳を積んできたから、幸せになれたのに、
徳を積む事をやめたら、現状の幸せを維持できる訳がありません。
  
  
自分を愛せる様になるには、
自分を愛している人を直接見て、直接学ぶのが一番だと思います。
  
  
それは、歌を上達させようと思ったら、
独学でやるより、プロのボイトレを受けた方が良いのと同じです。
  
  
宇宙は等価交換です。
  
  
プロのボイトレを受けるには、「対価を払うこと」が必要です。
  
  
それは、「お金を払う事」かも知れませんし、
お金を払う以外に「徳を積む事」かも知れません。
  
  
結局、【 自分が積んだ徳、支払った対価 】の分だけしか、
  
自分は受け取れないのです。
  
  
「お金を稼ぐ」でも、「徳を積む」でも、
  
本質は、【 他者に奉仕・貢献する 】と言う事です。
  
  
他者に奉仕・貢献した分だけ、自分は受け取れるのです。
  
  
徳を積むのを止めた人は、
自分の貯めてきた「徳貯金」を使い果たして、
  
もう受け取れなくなってしまいます。
  
  
「自分の愛し方を知りたい」と言うのであれば、
  
とにかく、報酬があろうが無かろうが、
  
【 全力で他者に奉仕・貢献する生き方が出来るかどうか? 】
  
です。
  
  
他人を大事にできない人は、
  
「他人から大事にされない」と言う事で、カルマが返ってきます。
  
  
高次の視点から見れば、
他人を大切にすることと、自分を大切にすることは同じです。
  
  
他人を蔑ろにする人は、自分を蔑ろにしていますし、
他人を見下す人は、自分を見下しているのです。
  
  
だからこそ、「自分の心を清く磨こう!」という気持ちで生きる事で、
  
全てが良い方向に回り始めるのです。
  
  
物語の主人公のように、勇気を持って、善い行いをするから、
良い結果が返ってくるのです。
  
物語の脇役の様に、自分の保身に走った人間には、
良い結果は返ってきません。
  
  
・善い行いをするか? 
・保身に走るか?
  
その二択で迷ったとき、どちらの行動を取るのか?
  
  
その「積み重ね」で、【 人生の質 】は決まっていくのです。
  
  
良い結果が返ってこない人は、保身に走った回数の方が多い。
   
ただそれだけです。
  
  
本質は、いつもシンプルなのです。


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2016年09月17日

国王と将軍

ビジネスを「お金」だけで計るのはのは非常に滑稽です。
  
  
ビジネスにも、自分で商品開発を行わない
【 代理店型のビジネス 】があります。
  
  
要するに、自分はセールスだけをやれば良い
  
というモノで、ネット上で言えば、
アフィリエイトなどもそうかもしれません。
  
  
そういうビジネスでお金をたくさん稼いでいる人もたくさんいますが、
  
「代理店型のビジネス」では、
自分は商品やサービスの開発に携わることが、なかなか出来ません。
  
  
「お金を持っているから、ビジネスに詳しいだろう…」と思っても、
決してそうでは無いのです。
  
  
例えば、保険の外交員、自動車の販売などで、
成績が良くて、たくさんのお金を持っている人がいると思います。
  
でも、そういう人のライフスタイルは、
「同じ様な説明を、何度も何度も繰り返す…」と言う事になります。
  
  
私は、過去に「携帯電話の契約販売」をやっていたので、
セールスという仕事がどういう感じか?と言う事はわかりますが、
  
やはり、私は同じ事をルーチンでやり続けるのは飽きてしまいます。
  
  
私は、商品開発も自分で行っています。
  
つまり、販売しかやったことが無い人よりも、
ビジネスについては、視野が広くなります。
  
  
セールスしかやらない人は、
「もっとこういう商品を作ってくれればいいのに!」
  
と思っても、影響が出来ません。
  
  
「商品の中身」も「価格」も、メーカーが決めるからです。
  
自分で決められないということは、その分だけ不自由になります。
  
  
私は、あらゆる事を自分で決めたいから、
代理店ではなく、【 オーナーという立場 】が良いのです。
  
  
代理店の会社で成功した人は、
大きな国の、「将軍」みたいなモノです。
  
その代理店のセールスマンは、兵士みたいなモノですね。
  
  
でも、私はたとえ小さい国でも、「国王という立場」が良いのです。
  
  
【 全てを自分で決めたい 】と思うからです。
  
  
将軍という立場では、内政についてはほとんど口出しできません。
  
内政は、宰相の仕事です。
  
  
一方、国王は全てを考え、全てに影響します。
  
  
・大きな国の将軍か?
・小さな国の国王か?
  
どちらが好みか?は、人によって違うと思います。
  
  
ただ、「金銭的な豊かさ」は同じだとしても、
  
二つの立場で、【 「仕事の中身」や「ライフスタイル」 】は、
全く異なってしまうのです。
  
  
何が言いたいか?というと、
  
「お金」だけを見ていても、
【 ライフスタイル全般までは見えない 】ということです。
  
  
たとえ、自営業者だとしても、
  
・「商品開発」を自分で行っていない
・自分が逆らえない、嫌われたくない、「上の立場の人」がいる
・仕事を取るために、好きでも無い人間と付き合っている
  
というのであれば、
精神的にはサラリーマンと、あまり変わりません。
  
  
国家に例えると、「大国の属国」みたいな感じです。
  
国王は存在していても、自分より上の立場の存在がいるので、
それほど自由では無いのです。
  
  
私は、何よりも自由が一番大事なので、
  
【 自分が生きていくために、大国に依存しなければならない 】
  
という立場がいやなのです。
  
  
そういう立場では、
たとえ肩書きが国王だとしても、社長だとしても、不自由でしょう。
  
  
社長はみな同じ…という訳ではではありません。
  
お金を稼いでいたらみな同じ…、という訳でもありません。
  
  
ビジネスには、あらゆる側面が存在しているので、
   
多面的に捉えなければ、正確な評価は出来ないのです。
  
  
別に本人が、
「自分は商品開発には興味が無いし、自分は代理店型のビジネスで良い」
と思っているなら良いです。
  
  
でも、自分が商品開発をしないとなれば、
自分は「売ることだけ」を考える事になります。
  
で、売るっていう作業には、ルーチンが多くなります。
  
  
それが、私にとってはつまらない。
  
  
私は、「創造性が必要な仕事」が好きなので、
  
商品開発もしたいのです。
  
  
ビジネスを勉強しようとすると、
  
【「マーケティング」や「セールス」の技術を身に付けろ!】
  
という情報が多いです。
  
  
しかし、私の仕事の目的は、
  
【 自分と他人(社会)を幸せにする、豊かにする 】
  
なので、「売る商品の中身」が、自分にとっては何よりも大事です。
  
  
もし商品に中身が無かったら、売れば売るほど「詐欺師」です。
  
  
そして、中身の無い商品を売ったカルマは、
   
次に、「自分が中身の無い商品を買ってしまう」
   
と言う事で、返ってきます。
  
  
がんばって売って、お金だけ稼いだように見えても、
  
労力を割いて他人にクズを売って、
次に自分がクズを掴むとなれば、
  
それは「大いなる無駄」です。
  
  
私は、世の中を良くしたいと思っているので、
  
何よりも、「商品の中身」にこだわります。
  
  
それが、一番大事だからです。
  
  
中身の無いクズ商品を売って、数字だけは増えても、
  
他人にも、世の中にも、何も貢献していませんし、
次は、自分がクズを掴むハメになります。
  
  
意味がありません。
   
  
そういう訳で、
  
私はマーケティングやセールスに割く労力よりも、
商品開発にウェイトを置いているのです。
  
  
そもそも、私の商品は人を選びます。
  
  
1000万円のダイヤモンドを、マス向けに売ろうとしても、
効率が悪いに決まっています。
  
購買する層が狭いからです。
  
  
本当に、
  
【 本質的に自分と他人を幸せにし、豊かにするビジネス 】
 
がしたいと思うのであれば、
    
  
まずは、ビジネスの前に、【 人生の戦略 】から必要です。
  
  
まず「人生の戦略(理想の生活・人生とは何か?)」を立てて、
次に「ビジネスの戦略(それを実現する方向性)」を立てて、
  
販売する「商品・サービス」を用意して、
その次に、ようやくマーケティング・セールスの段階に入ります。
  
  
私の弟子で、
  
ライフワーク(提供する商品・サービス)が見つかり、
いよいよ、積極的にお客さんを獲得していく段階に入った人には、
  
マーケティングに関わる様なサポートをしていますが、
  
ほとんどの人は、
【 マーケティングやセールスの前の段階 】で躓いています。
  
  
それは、
  
・「人生の戦略・方向性」がハッキリしていない
・「ビジネスの戦略・方向性」がハッキリしてない
・お客さんを相手にしていけるほど、基礎力や責任感が高くない
  
と言う事などです。
  
  
マーケティングやセールスの
ノウハウや技術は、表面的な部分です。
    
  
それ以前に、根本が固まっていなければなりません。
  
  
よく、マーケティングやセールスだけを積極的に学び、実践し、
「商品の中身がお粗末」という人は、
  
・クレームになったり、
・消費者センターに電話されたり、    
・訴えられたり…、
  
というハメになってしまいます。
    
  
そういう問題が噴出すれば、
またそれで「経営資源(リソース)の無駄」になります。
  
  
そうならなくても、
自分のビジネスに対する【 リピート 】が起きませんから、
  
いつまで経っても、
人と出会っては騙し、人と出会っては騙し…、を繰り返して、
  
永久に「新しい人脈」を求め、彷徨うハメになります。
  
  
私は、そういう無駄な労力を割きたくない、
無駄に資源を浪費したくない、
  
と言う事で、
  
  
考えに考え抜いて、
  
「自分がラクをする事」と「お客さんに高い価値を提供する事」を
両立する手段を構築、確立してきたのです。
  
  
しかも、その場限りではなく、
長期的に発展していくビジネスモデルでなければなりません。
  
  
私の望む、「ありとあらゆる条件」を満たすビジネスモデルを考え、
構築しきたのです。
  
  
満たさなければならない条件が多いという事は、
違う言い方をすれば、「制約が多い」と言う事です。
  
  
・自分を高い基準で満たし(時間の自由がある、自分がやりたい事)
・他人を高い基準で満たし(やれば確実に結果が出るサポート)
・利益率は高い(必要経費がほとんど無い)
・リピートしてもらって(毎月の課金)
・さらに、長期的に成長していく(お客さんが成長し、客層が上がってく)
  
それらに対して、一切の妥協をしない。
  
  
そういうビジネスモデルなのです。
  
  
【 これを実際に現実で構築する事が、どれくらい難しい事か? 】
  
って事です。
  
  
  
私の知っている自己啓発団体は、私とは対極で、
  
主催者が、「お金を稼ぐ事」を最優先に考えていました。
  
  
まず、メンバー数を増やすために、客層を下げました。
向上心が高い人より、低い人の方が多いからです。
  
例えば、実家暮らしのサラリーマンなどは、
向上心が低くても、お金は持っていますからね(笑)
  
そういう人をターゲットにしました。
  
  
その結果、
   
客層は落ちていき、ネガティブな人ばかりが集まり、
人間関係のトラブルも増え、
その分、ポジティブで優秀な人が逃げていき、
コミュニティの満足度は下がり、
  
最終的には、崩壊していく事になりました。
  
  
「お金だけ」を見ているから、
長期的に調和・発展していくビジネスのやり方かどうか?
    
が、わからなくなるのです。
  
  
その主催者は、私よりお金を持っているでしょうが、
  
たくさんのネガティブな人ばかりに囲まれて、幸せなんでしょうか?
トラブルばかりが続き、その対処に追われていて、自由なんでしょうか?
  
  
お金だけでビジネスを計るから、こうなります。
  
  
さて、
  
「ネガティブな人」を相手に、「価値の低いサービス」を提供し、  
でも、お金だけはたくさん儲かりました。
  
  
そんな人になりたいですか?
  
  
私と、お金だけは持っているそんな人、
  
どちらの方がビジネスについてよく理解し、
考えているでしょうか?
    
  
【「お金」と「ビジネスの視野」は、比例しない 】という
  
良い例です。
  
  
【 自分の理想とする生活 】を手に入れる為には、
  
非常に広い視野でもって、仕事について考えなければなりません。
  
  
そして、「視野の広さ」と「本質を見抜く能力」は【 比例 】します。
  
  
「他人に褒められても、自由じゃ無い、幸せじゃ無い。」
  
そういう方向に進んでいる人は多いですが、
  
  
・「他人に褒められる事」と、
・「本質的な幸せ・自由」と、
  
一体、自分にとってどちらが大事なのでしょうか?
  
  
どちらを実現するビジネスがお好みなのでしょうか?


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haxe501 at 22:52|Permalinkclip!

2016年09月16日

ビジネスの目的

ビジネスを「お金」だけで計るのはのは非常に滑稽です。
  
  
ビジネスにも、自分で商品開発を行わない
【 代理店型のビジネス 】があります。
  
  
要するに、自分はセールスだけをやれば良い
  
というモノで、ネット上で言えば、
アフィリエイトなどもそうかもしれません。
  
  
そういうビジネスでお金をたくさん稼いでいる人もたくさんいますが、
  
「代理店型のビジネス」では、
自分は商品やサービスの開発に携わることが、なかなか出来ません。
  
  
「お金を持っているから、ビジネスに詳しいだろう…」と思っても、
決してそうでは無いのです。
  
  
例えば、保険の外交員、自動車の販売などで、
成績が良くて、たくさんのお金を持っている人がいると思います。
  
でも、そういう人のライフスタイルは、
「同じ様な説明を、何度も何度も繰り返す…」と言う事になります。
  
  
私は、過去に「携帯電話の契約販売」をやっていたので、
セールスという仕事がどういう感じか?と言う事はわかりますが、
  
やはり、私は同じ事をルーチンでやり続けるのは飽きてしまいます。
  
  
私は、商品開発も自分で行っています。
  
つまり、販売しかやったことが無い人よりも、
ビジネスについては、視野が広くなります。
  
  
セールスしかやらない人は、
「もっとこういう商品を作ってくれればいいのに!」
  
と思っても、影響が出来ません。
  
  
「商品の中身」も「価格」も、メーカーが決めるからです。
  
自分で決められないということは、その分だけ不自由になります。
  
  
私は、あらゆる事を自分で決めたいから、
代理店ではなく、【 オーナーという立場 】が良いのです。
  
  
代理店の会社で成功した人は、
大きな国の、「将軍」みたいなモノです。
  
その代理店のセールスマンは、兵士みたいなモノですね。
  
  
でも、私はたとえ小さい国でも、「国王という立場」が良いのです。
  
  
【 全てを自分で決めたい 】と思うからです。
  
  
将軍という立場では、内政についてはほとんど口出しできません。
  
内政は、宰相の仕事です。
  
  
一方、国王は全てを考え、全てに影響します。
  
  
・大きな国の将軍か?
・小さな国の国王か?
  
どちらが好みか?は、人によって違うと思います。
  
  
ただ、「金銭的な豊かさ」は同じだとしても、
  
二つの立場で、【 「仕事の中身」や「ライフスタイル」 】は、
全く異なってしまうのです。
  
  
何が言いたいか?というと、
  
「お金」だけを見ていても、
【 ライフスタイル全般までは見えない 】ということです。
  
  
たとえ、自営業者だとしても、
  
・「商品開発」を自分で行っていない
・自分が逆らえない、嫌われたくない、「上の立場の人」がいる
・仕事を取るために、好きでも無い人間と付き合っている
  
というのであれば、
精神的にはサラリーマンと、あまり変わりません。
  
  
国家に例えると、「大国の属国」みたいな感じです。
  
国王は存在していても、自分より上の立場の存在がいるので、
それほど自由では無いのです。
  
  
私は、何よりも自由が一番大事なので、
  
【 自分が生きていくために、大国に依存しなければならない 】
  
という立場がいやなのです。
  
  
そういう立場では、
たとえ肩書きが国王だとしても、社長だとしても、不自由でしょう。
  
  
社長はみな同じ…という訳ではではありません。
  
お金を稼いでいたらみな同じ…、という訳でもありません。
  
  
ビジネスには、あらゆる側面が存在しているので、
   
多面的に捉えなければ、正確な評価は出来ないのです。
  
  
別に本人が、
「自分は商品開発には興味が無いし、自分は代理店型のビジネスで良い」
と思っているなら良いです。
  
  
でも、自分が商品開発をしないとなれば、
自分は「売ることだけ」を考える事になります。
  
で、売るっていう作業には、ルーチンが多くなります。
  
  
それが、私にとってはつまらない。
  
  
私は、「創造性が必要な仕事」が好きなので、
  
商品開発もしたいのです。
  
  
ビジネスを勉強しようとすると、
  
【「マーケティング」や「セールス」の技術を身に付けろ!】
  
という情報が多いです。
  
  
しかし、私の仕事の目的は、
  
【 自分と他人(社会)を幸せにする、豊かにする 】
  
なので、「売る商品の中身」が、自分にとっては何よりも大事です。
  
  
もし商品に中身が無かったら、売れば売るほど「詐欺師」です。
  
  
そして、中身の無い商品を売ったカルマは、
   
次に、「自分が中身の無い商品を買ってしまう」
   
と言う事で、返ってきます。
  
  
がんばって売って、お金だけ稼いだように見えても、
  
労力を割いて他人にクズを売って、
次に自分がクズを掴むとなれば、
  
それは「大いなる無駄」です。
  
  
私は、世の中を良くしたいと思っているので、
  
何よりも、「商品の中身」にこだわります。
  
  
それが、一番大事だからです。
  
  
中身の無いクズ商品を売って、数字だけは増えても、
  
他人にも、世の中にも、何も貢献していませんし、
次は、自分がクズを掴むハメになります。
  
  
意味がありません。
   
  
そういう訳で、
  
私はマーケティングやセールスに割く労力よりも、
商品開発にウェイトを置いているのです。
  
  
そもそも、私の商品は人を選びます。
  
  
1000万円のダイヤモンドを、マス向けに売ろうとしても、
効率が悪いに決まっています。
  
購買する層が狭いからです。
  
  
本当に、
  
【 本質的に自分と他人を幸せにし、豊かにするビジネス 】
 
がしたいと思うのであれば、
    
  
まずは、ビジネスの前に、【 人生の戦略 】から必要です。
  
  
まず「人生の戦略(理想の生活・人生とは何か?)」を立てて、
次に「ビジネスの戦略(それを実現する方向性)」を立てて、
  
販売する「商品・サービス」を用意して、
その次に、ようやくマーケティング・セールスの段階に入ります。
  
  
私の弟子で、
  
ライフワーク(提供する商品・サービス)が見つかり、
いよいよ、積極的にお客さんを獲得していく段階に入った人には、
  
マーケティングに関わる様なサポートをしていますが、
  
ほとんどの人は、
【 マーケティングやセールスの前の段階 】で躓いています。
  
  
それは、
  
・「人生の戦略」がハッキリしていない
・「ビジネスの戦略」がハッキリしてない
・お客さんを相手にしていけるほど、基礎力や責任感が高くない
  
と言う事などです。
  
  
マーケティングやセールスの
ノウハウや技術は、表面的な部分です。
    
  
それ以前に、根本が固まっていなければなりません。
  
  
よく、マーケティングやセールスだけを積極的に学び、実践し、
「商品の中身がお粗末」という人は、
  
・クレームになったり、
・消費者センターに電話されたり、    
・訴えられたり…、
  
というハメになってしまいます。
    
  
そういう問題が噴出すれば、
またそれで「経営資源(リソース)の無駄」になります。
  
  
そうならなくても、
自分のビジネスに対する【 リピート 】が起きませんから、
  
いつまで経っても、
人と出会っては騙し、人と出会っては騙し…、を繰り返して、
  
永久に「新しい人脈」を求め、彷徨うハメになります。
  
  
私は、そういう無駄な労力を割きたくない、無駄に資源を浪費したくない
  
と言う事で、
  
  
考えに考え抜いて、
  
「自分がラクをする事」と「お客さんに高い価値を提供する事」を
両立する手段を構築、確立してきたのです。
  
  
しかも、その場限りではなく、
長期的に発展していくビジネスモデルでなければなりません。
  
  
私の望む、「ありとあらゆる条件」を満たすビジネスモデルを考え、
構築しきたのです。
  
  
満たさなければならない条件が多いという事は、
違う言い方をすれば、「制約が多い」と言う事です。
  
  
・自分を高い基準で満たし(時間の自由がある、自分がやりたい事)
・他人を高い基準で満たし(やれば確実に結果が出るサポート)
・利益率は高い(必要経費がほとんど無い)
・リピートしてもらって(毎月の課金)
・さらに、長期的に成長していく(お客さんが成長し、客層が上がってく)
  
それらに対して、一切の妥協をしない。
  
  
そういうビジネスモデルなのです。
  
  
【 これを実際に現実で構築する事が、どれくらい難しい事か? 】
  
って事です。
  
  
  
私の知っている自己啓発団体は、私とは対極で、
  
主催者が、「お金を稼ぐ事」を最優先に考えていました。
  
  
まず、メンバー数を増やすために、客層を下げました。
向上心が高い人より、低い人の方が多いからです。
  
例えば、実家暮らしのサラリーマンなどは、
向上心が低くても、お金は持っていますからね(笑)
  
そういう人をターゲットにしました。
  
  
その結果、
   
客層は落ちていき、ネガティブな人ばかりが集まり、
人間関係同士のトラブルも増え、
その分、ポジティブで優秀な人が逃げていき、
コミュニティの満足度は下がり、
  
最終的には、崩壊していく事になりました。
  
  
「お金だけ」を見ているから、
長期的に調和・発展していくビジネスのやり方かどうか?
    
が、わからなくなるのです。
  
  
その主催者は、私よりお金を持っているでしょうが、
  
たくさんのネガティブな人ばかりに囲まれて、幸せなんでしょうか?
トラブルばかりが続き、その対処に追われていて、自由なんでしょうか?
  
  
お金だけでビジネスを計るから、こうなります。
  
  
さて、
  
「ネガティブな人」を相手に、「価値の低いサービス」を提供し、  
でも、お金だけはたくさん儲かりました。
  
  
そんな人になりたいですか?
  
  
私と、お金だけは持っているそんな人、
  
どちらの方がビジネスについてよく理解し、
考えているでしょうか?
    
  
【「お金」と「ビジネスの視野」は、比例しない 】という
  
良い例です。
  
  
【 自分の理想とする生活 】を手に入れる為には、
  
非常に広い視野でもって、仕事について考えなければなりません。
  
  
「他人に褒められても、自由じゃ無い、幸せじゃ無い。」
  
そういう方向に進んでいる人は多いですが、
  
  
・「他人に褒められる事」と、
・「本質的な幸せ・自由」と、
  
一体、自分にとってどちらが大事なのでしょうか?


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haxe501 at 19:33|Permalinkclip!

2016年09月14日

意志の弱い人間を助ける方法は無い!

「ビリギャル」っていう本・映画があります。
  
  
今まで勉強なんて、
まるでやる気の無かった無知な女の子が、
    
ある塾の先生と出会って、
猛烈に勉強して、その結果慶応に入るという実話。
  
  
要は、「本人のやる気」と「優秀な教師」が揃えば、
どんな状況からでも優れた結果は出せるっていう話です。
  
  
私も、ビリギャルのストーリーが伝えたい様な事…、
  
つまり、【 人間の可能性の大きさ 】を、
伝えたいと思っています。
  
  
でも、いくら「自分の望む結果を出せる」といっても、
  
ビリギャルくらいにストイックに努力できる人って、
いるんでしょうか?
  
まぁ、ほとんどいないですね。
  
  
そこまで努力する程の「動機」を持っていないでしょう。
  
  
塾の先生は、とても優秀な先生だと思います。
  
    
そして、その先生は、
だれに対しても同じように指導しているでしょう。
  
  
しかし、いくらその先生でも、
誰でも慶応に入学させられるわけではありません。
  
  
結果を出すために一番大事なのは、
  
【 本人のやる気、強い意志 】だからです。
  
  
そして、どんなに優れた教師でも、
  
本質的には、他人の自由意志に影響する事ができません。
  
  
私に、こういう相談が来る事があります。
  
【 やる気が無いんですけど、どうしたらいいですか? 】
  
  
もちろん、私はモチベーションに関しても詳しいです。
  
モチベーションを高める方法について、
言えることはたくさんあります。
    
  
しかし、それも、その手前に
  
本人の、【 自分のモチベーションを高めたい! 】という
強い意志があればこそ、意味があります。  
  
  
何に対してもモチベーションの無い人間が、
  
【 やる気が無いんですけど、どうしたらいいですか? 】
  
    
って言ってきたって、【 どうしようも無い。 】
  
それが答えです。
  
  
「強い意志」が持てない人間は、
周りに流されて、クラゲの様に生きるしかない。
  
それが、答えです。
  
  
「意志」は無いけど、「結果」は欲しい。
  
そういう発想が、とんでもない【 甘え 】なのです。
  
  
そして、
【「甘えた人間を救う方法」は、この世に存在しません。】
  
  
甘えた人間は、「誰も助けてくれない」という厳しい境遇に遭い、
  
・結局、自分の意志でどうにかするしかないんだ!
  
・他人が助けてくれることは、教えてくれることは、
 当たり前なんかじゃ無くて、とてつもなく有り難い事なんだ!
  
  
という気付きを得るまで、苦しみに苦しむしかありません。
  
  
それが宇宙の法則の上で起こる、絶対的な現象です。
   
   
「甘えた人間」を自立させる為の治療薬は、
  
【 精神的に自立するまで、一切助けないこと 】です。
  
  
それが、高次の視点での愛であり、優しさなのです。
  
  
要するに、「強い意志」を持てない限り、
  
いつまでも苦しんでもらう事です。
  
  
今世で気付けなければ、来世以降も苦しむ事です。
  
  
甘えた人間に対しては、
サポートをしないことこそが、真の治療薬なのです。
    
  
それが、本人がポジティブになっていく上で、必要な環境です。
  
  
「周りから助けてもらえないなんて、自分は可哀想だ!」
  
と、被害者意識を持ち続ける限り、「本人の甘えた態度」は続きます。
  
  
今世で気付けなければ、来世以降もずっとです。
  
  
精神的に自立できない人間は、
  
とことん厳しい環境に晒されて、苦しめば良いのです。
  
  
本人が気付くまで、来世以降もずっと苦しめば良いのです。
  
  
それこそが、宇宙が与える「無条件の愛」です。
  
   
優しさのみが「愛」だと思っている人間は、
  
非常に依存的で、甘えているのです。
  
  
真実は、厳しさも、優しさと同じだけ愛なのです。
  
  
その気付きを得るまで、苦しみは続きます。
  
  
こういう風に、教えてもらっているのに、
  
「教えてもらえる事に有り難みを感じない人」も、
  
どんどんその人から、価値のある情報が離れていきます。
  
  
感謝しないモノは、去って行くのです。
  
  
私は、宇宙は優しいとは思いません。
  
むしろ、宇宙は厳しいと思います。
  
  
でも、愛はいつでも確実に存在しているのです。
  
それに気付けていないから、苦しみは続くのです。


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haxe501 at 14:08|Permalinkclip!

2016年09月13日

話し合いが通じない限界点

よく、
  
・話せばわかる!
・話し合えばわかる!
 
という台詞があります。
  
  
でも、
  
【 いくら話し合っても、絶対に解り合えない事 】もあります。
    
  
例えば、テロ組織のメンバーに対して、
  
「話し合い」でテロを止めさせようとして、
止めさせられる自信のある人っていますかね?
  
私には、そんな自信はありません。
  
  
私は、「わかりやすさ」と「理解させる事」に対して、
異常なほどにモチベーションが高いです。
  
  
しかし、自分に自信が無いネガティブな人は、
  
「理性」が働いておらず、
【 衝動 や 感情 】で「思考、判断、行動」するので、
  
いくら話し合っても、絶望的なほどに、
「ポジティブな概念」を理解させる事ができません。
  
  
それは、「洗脳された宗教の信者」に対して、
話が通じないのと同じです。
  
  
そもそも、「宗教を盲信する事」が、【 自信の無さ 】の表れです。
  
  
よく、私のやっている事を見て、
「宗教みたいだ」というイメージを持つ人もいる様ですが、
  
私の思考プロセスは、【 科学者そのもの 】です。
  
  
私は「科学者」ですから、「宗教家」とは対極です。
  
  
私の活動を宗教呼ばわりする人は、
その人自身が、宗教に洗脳されています。
  
・テレビ教
・マスコミ教
・権力教
・権威教
・お金教
・学校教育教
・常識教  
  
などの、盲目的な信者です。
  
  
コペルニクスやガリレオは、地動説を唱えましたが、
  
当時のほとんどの人たちは、
【 真実とは異なる天動説 】を信じていたのです。
    
  
そして、真実を唱えるガリレオは、
「宗教の異端裁判」に掛けられました。
  
  
真実を知らず、その事について詳しくないのに、
「地動説なんて間違っているに決まっている!」
    
と決めつける事こそ、
  
【 先入観と偏見に満ちた、愚かな発想 】です。
  
  
「STAP細胞」の騒動の時も、
  
庶民は生物学について詳しくもないのに、
マスコミに洗脳されて「あれは間違いだ」と、決めつけました。
  
  
しかし、最近になって「STAP細胞」の存在が確認された
というニュースも出てきています。
  
  
私は詳しくないので、
あるかないか?の議論については出来ませんが、
  
  
ただ、詳しくも無いのに、
  
・あるはずだ!
・ないはずだ!
   
と、庶民がイメージで勝手に決めつけている事が、
非常に愚かに思えます。  
   
  
詳しくもないのに、よくそんな事が言えるな…と。
  
  
【 詳しくも無いのに、先入観と偏見で決めつける 】
  
それこそ、日本人が嫌いな「カルト宗教の盲信者」の思考です。
  
  
  
いくら、ガリレオが論理的に「地動説の根拠」を説明したところで、
  
当時の人たちに、地動説を納得させることは出来ないでしょう。
  
  
一般大衆というのは、
  
科学者の様に「真実を確かめる事」に対してモチベーションがありませんし、
そもそも、それほど頭も良くないからです。
  
  
真実と違っていたとしても、
ただ、【「昔から言われてきたこと」を信じ続けるだけ 】です。
  
  
ただ、ガリレオに追随する科学者たちが増えて、
  
「本当は地動説が真実だった!」という人が増えてきたから、
  
それを信じる人が増えてきた訳で、
 
  
結局、一般大衆というのは、
【 多数決によって、何を信じるか? 】を決めているのです。
  
  
私には、それこそが宗教に見えます。
  
  
私のやっている事を宗教の様に見える人もいるでしょうが、
  
私の方こそ、そういう人が「宗教の盲信者」に見えます。
  
  
どっちが科学的か? それについて考えているのか? と。
  
  
とにかく、「先入観」や「偏見」の強い人ほど、
  
【 自分に自信が無く、ネガティブ 】なのです。
  
  
テロ組織のメンバーなんて、
  
【「先入観」と「偏見」のカタマリ 】みたいな思想をしていますからね。
  
  
でも、多かれ少なかれ、
 
日本の一般大衆も「先入観」と「偏見」を持っています。
  
  
STAP細胞の騒動を見ても、明らかです。
  
  
いかに、それについて詳しくも無いのに、
勝手に決めつける人間が多いか?
    
  
と言う事です。
  
  
そして、強い「先入観」と「偏見」こそ、宗教の盲信者の特性です。
  
  
日本人には、「宗教上の神」を信仰している人は少ないでしょうが、
  
【 テレビ、マスコミ、権威、権力、お金、学校教育、常識 】
  
などを、「盲目的に信仰」しているのと変わりません。
  
  
・カルト宗教を信じる盲信者は気持ち悪いと思うでしょう?
   
・怪しい儲け話や投資話を信じ込んでいる人も気持ち悪いと思うでしょう?
   
  
そういう人を、
  
【「気持ち悪い」「頭が悪い」と感じる感覚 】は正常です。
  
  
なぜ気持ち悪いか? というと、
  
そういう人は、
「先入観」と「偏見」に脳みそが支配されているからです。
  
  
地に足が付いておらず、精神のバランスが取れていないので、
気持ち悪く感じるのです。
  
  
カルト宗教の信者ほどでなくても、
  
「先入観」と「偏見」に脳みそが支配されている人は多いです。
  
  
そういう人は、自信が無いからです。
  
  
自信が無いネガティブな人に、話し合いは通用しません。
  
自信が無いと言う事は、【 他人を信頼していない 】という事です。
  
  
相手を信頼していない人には、何を話しても通じません。
  
  
  
私は、ガリレオと同じで、真実を語ります。
  
  
なぜなら、私は【 科学者 】だからです。
  
  
現時点では(宗教的な感覚を持つ人から)
異端と思われるかもしれませんが、
  
今後、私に追随する人が増えれば、常識も変わっていくでしょう。


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haxe501 at 14:50|Permalinkclip!

2016年09月12日

愛を感じるには、動機にフォーカスする

前回の記事で、
   
「他者から愛される自信」を持っていなければ、
いくら実際に他者から愛されたとしても、
  
それを感じる事はできない。
  
  
と言う事を書きました。
  
  
実際に愛されたとしても、それを感じられないのは、
視野が狭いからであって、
  
「視野が狭い」と言う事を具体的に言うと、
  
【 目に見えない「動機」が見えておらず、
  目に見える「表現」しか見えていない 】
  
と言う事です。
  
  
例えば、親から過度に心配をされると、
  
「心配しなくていいから、信頼してくれよ。 鬱陶しいなぁ…」
  
と思う事もあるでしょう。
  
  
確かに、「心配」はネガティブな発想です。  
  
  
しかし、心配するのは、愛情があるからです。
 
【 良くなって欲しい、悪くなって欲しくない 】
  
と思っているからこその心配です。
  
  
表現だけを見るとネガティブに見えるかも知れませんが、
  
動機に目を向けると、
自分を大切に想い、尊重してくれているのを感じます。
  
  
自信が無い人、視野が狭い人は、
  
「自分の欲しい表現」じゃ無いから、愛を感じられないのです。
  
  
自分は「プレゼントA」を欲しがっていたとしても、
自分に与えられるのが「プレゼントB」だったら、
   
「こんなモノは欲しく無い! 
  
 欲しく無いモノをよこそうとするのは、
 自分を愛していないからだ!」
  
という、短絡的な結論に至ってしまうのです。
  
  
「表現の領域」では、欲しく無いモノをもらったとしても、
  
「動機の領域」を見ると、愛を感じる事ができます。
  
  
「愛」とは、「大切に想う気持ち」ですから、
  
  
何かを大切にしている人は、愛を持っている人です。
  
  
そして、「大切な想い」が強ければ強いほど、
  
【 愛が深い 】と言う事です。
  
  
そして、「他者から愛される自信」に乏しい人は、
  
大切に想われていても、それを感じる事ができません。
  
  
他人の愛情表現に対して、
「こんなモノは欲しく無い!」と、駄々をこねる子供なのです。
  
精神的には。
  
  
視野が狭い人ほど、
目先の事、目に見える事にしか考えが及びません。
  
視野が広い人ほど、
目に見えていない領域にまで考えが及び、イメージする事ができます。
  
  
視野を広げれば、今まで認識できていなかった、
数多くの「愛」に気付き、それを感じる事ができます。
  
  
視野を広げるには、

目に見える「表現」では無く、
目に見えない「動機」を見る事です。
  
  
表面的には同じ様な行動でも、
  
ポジティブな動機で行えば、ポジティブな結果が生まれ、
ネガティブな動機で行えば、ネガティブな結果が生まれます。
  
  
自信の無い人ほど、
  
「目に見えないモノ」が信じられず、  
「目に見えるモノ」だけに囚われてしまいます。
  
  
特にわかりやすい例が、「お金」です。
  
  
多くの人は、「お金があれば安心」と思っています。
  
私はそうは思いません。
  
  
私にとっては、
「助け合える人たちとの信頼関係」があれば安心です。

信頼は目には見えませんが、私はそれを信じていますし、
他人を信頼できるのは、自分に自信があるからです。
   
   
私は、弟子たちと助け合って生きていますが、
   
もし、助け合うのが赤の他人で、助け合う度に、
いちいちお金を払わなきゃいけないとなれば、
   
そっちの方が面倒です。
  
  
他人を信じれない人は、自分に自信が無いからです。
  
  
お金に囚われる人は、
いざというとき、「他人はアテにならない」と思っているのです。
      
確かに、アテにならない様な人物もいるでしょう。
  
  
でも、自分がいざというとき、他人を見捨てて逃げるタイプの人間だから、
「自分もきっと見捨てられるに決まっている!」と思っているのです。
  
  
お金は、他人と助け合うための道具であって、
本当に重要なのは、「他人との助け合い」なのに、
  
「人」よりも「道具」の方を信用しているのです(笑)
  
  
その道具さえあれば、
無条件に助けてもらえると思っているのでしょう。
  
  
しかし、
  
・お金をもらっても、やりたくない事はしない
・お金をもらっても、付き合いたくない人とは付き合わない    
  
というタイプの人が増えていますから、
そういう人が増えれば増えるほど、
  
お金は無条件に他人の助けを借りられる道具では無くなります。
  
  
お金を介在させると、
他人と心理的距離を取りながら助け合いができますけど、
   
お金に依存する人は、他人と深く関わりたくないのです。
  
  
他人と深く関わる事は、自分の内面と深く関わることでもあります。
  
  
自分の内面のネガティブと向き合いたくない人は、
  
他人とも深い付き合いをしたいと思わないのです。
  
  
私は逆に、他人とは「深い付き合い」を望んでいますし、
  
逆に、「他人とは浅い付き合いだけで良い」と言う人とは、
話が合いません。
    
  
私は、自分の内面とも向き合ってきましたが、
私は、自分の内面を探求するのが好きなのです。
  
それと比例して、他人と深く繋がりたいとも思うのです.
  
  
他人を恐れる人は、
自分の内面を探求することにも、恐れを抱いています。
  
  
自分のネガティブ面(ダークサイド)を知るのが怖いのです。
  
潔癖症というか、
清廉潔白でありたいと思っているのでしょう。
  
  
しかし、自分自身の陰陽両面を統合することで、人間の精神は成長し、
  
ニュートラルな立場から、
自分の望むポジティブな選択が出来る様になります。
    
  
つまり、ネガティブに対して寛容になればなるほど、
ポジティブな存在となり、ストレスも減るのです。
  
  
学校のPTAみたいに、
「あのテレビは下品だから見てはいけない!」
  
という主張をするようなタイプの人こそ、ネガティブなのです。
  
  
まぁ、ネガティブな人も、
何を愛しているからこそ心配する訳ですが。
  
 
世の中には、
  
他人から愛されているのに、
自分は愛されていないと勘違いしている人ばかりです。
  
  
それは、本人に「自信(愛を受け取る器)」が無いからです。
   
自信がないから、視野が狭く、動機が見えず、表現しか見えません。
  
  
自信が無いから、目に見えるモノだけに囚われ、
  
目に見えない要素が信じられないのです。
  
  
  
私は、7年前くらい前から一貫して、
  
・自信で人生は決まる!
・自信を高め続ける事で、人生は好転する!
  
と、言い続けて来ました。
  
  
でも、「自信を高めること」を【 最優先 】にして生きている人は、
ほとんどいないでしょう。
   
  
たとえ私の話を聞いたとしても、
別の事に意識が行っているのでしょう。
    
  
人類全体の自信が高まれば、それで世界平和なのですが…。
  
  
世界平和まで、あと30余年かかるとすれば、
今生まれた子も立派な青年です。
  
  
現在世の中を動かしている人たちとの世代交代と、
世の中の進歩は、並行していく言う事でしょう。
  
  
ネガティブな人がポジティブになっていくには、
本人の強い意志が必要です。
  
その過程で、多くの学びもある訳ですが。
  
  
せめて、今生まれた子は、
世界のために、自信を失う事なく育って欲しいですね。


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haxe501 at 21:30|Permalinkclip!

2016年09月10日

全ては「自信の無さ」が原因

「テロ活動をする人々は、なぜテロを行うのか?」
  
って事を考えたことがありますか?
  
  
おそらく、多くの人にとっては理解不能だと思います。
  
  
テロ組織のメンバーは、
  
「自分は世界の被害者だ」という、
超強力な「被害者意識」を持っています。
  
  
さらに、
  
・奪うか? 奪われるか?
・殺すか? 殺されるか?
・自分は正義、他人は悪
  
という、非常に「ネガティブな世界観」の中で生きているので、
攻撃的になれるのです。
  
  
要するに、自分たちが貧しいのも、不幸なのも、
「すべて、欧米諸国のせいだ!」と、責任転嫁している訳で、
  
【「自己責任・自業自得」というポジティブな思想 】とは対極です。
  
  
で、ネガティブな人には「論理的な話し合い」など、通じません。
  
  
私は、「ポジティブな概念を理解させる技術」を磨いてきましたが、
  
ネガティブな人ほど、論理的思考力にも、理解力にも乏しいのです。
  
  
ですから、「話し合いの通じる相手」ではありません。
  
何かを論理で理解させようとしても、
感情が勝って、ネガティブな自分の考えを曲げる事は無いでしょう。
  
  
で、ネガティブな人というのは、「自信」が無いのです。
  
  
自信にもいろいろ種類がありますが、
  
一番の根本は、【 他者から愛される自信 】です。
  
  
いくら他者から愛されていたとしても、
  
本人に「愛を受け取る器」が無ければ、他者の愛を感じる事はできません。
  
  
その愛を受け取る器が、「愛される自信」です。
  
「自信」こそが、【 愛を受け止める器 】なのです。
  
  
「愛される自信が無い」と言う事は、
  
いくら他者から愛されていても、「それを感じられない」という事です。
  
  
そして、自信が無い人は、感情的になって、頭が働かなくなります。
   
     
例えば、職場などでテンパって、頭が真っ白になっている人は、
  
自分に自信が無く、「失敗」や「他人の評価」を恐れ、
極度に緊張しているから、頭の回転が遅いのです。
  
  
何度も言っている事ですが、
「自信」と「頭の良さ」は、比例するのです。
  
  
私は、特に両親から「無条件に愛される自信」があったので、
これまで、論理的に思考する事が出来てきました。
   
   
しかし、人類のほとんどは、
  
この【 他者から愛される自信 】に乏しいと思います。
  
  
だからこそ、他人を疑い、利己的になります。
  
  
その結果、国際社会でも、
  
多くの国が、「世界平和の実現」よりも、
「自国の利益の確保」に躍起になって、
  
数多くの国際問題を生み出しているのです。
  
  
私の愛はとても深いですが、
  
それを感じ取れる人、理解できる人は、
  
その人自身の【 愛を受け取る器 】が大きいのです。
  
  
「他者から愛される自信が強い」ということです。
  
  
弟子でも、私を疑っている子はいますけど、
  
そういう子は、私の愛を感じ取れていない、理解できてない、
  
つまり、【 他者から愛される自信 】が無いのです。
  
  
私の妻も、愛を受け取る器は大きいほうですが、
  
それでも、まだまだ私の愛を全て受け止められるほどではありません。
  
  
「愛を受け取る器」が小さければ小さいほど、
  
【 寂しさ 】を感じ、【 疑いの気持ち 】も大きくなります。
  
  
そこで、妻にアドバイスしたのが、
  
【 私って愛されちゃってるの! 】
  
という言葉を口癖にする事です。
  
    
【 私って(誰々から)愛されちゃってるの! 】
  
でも良いですが。
  
  
こういう言葉を言い続けていれば、
 
「他者から愛される自信」が高まります。
  
  
他人からの愛を感じ、確信を持てるようになり、
他人を信頼できるようになり、寂しさも消えていきます。
  
  
「他者から愛される自信」があれば、
  
リスクを取って挑戦する勇気も湧いてきます。
  
  
逆に言うと、
愛される自信がないから、リスクを取ってチャレンジが出来ないのです。
    
  
そして、人類のほとんどは、
  
【 愛される自信 】に乏しく、
  
そのせいで、数々の社会問題、国際問題、
  
テロなどを引き起こしているのです。
  
  
もう一度言いますが、
  
本人に「愛される自信」がなければ、
実際に愛されていたとしても、その愛を感じる事はできないのです。
  
  
いくら実際に愛されていたとしても、愛されているとは思えずに、
  
いつも寂しさを感じ、他人を信頼できず、疑うようになります。
  
  
さらに、
  
自信が無い人ほど「論理的思考」ができず、「長期的視野」も持てず、
  
感情的に、短期的な視野で、短絡的に判断、行動するようになります。
  
  
ですから、一人一人が「他者から愛される自信」を身に付けない限り、
  
社会問題も、国際問題も、環境問題も、何も解決しないのです。
  
  
そして、「他者からの愛を感じる方法」が、
 
【 私って愛されちゃってるの! 】と、口に出して言っちゃうことです。
  
  
この言葉を、口癖にすることです。
  
  
このシンプルな方法が、世界平和を成すための根本解決策です。


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haxe501 at 14:54|Permalinkclip!

2016年09月09日

お金を持っているから賞賛して下さい?

だいぶと、世の中の価値観も変わってきたと思いますが、 
  
それでも、「お金を持つ事」を
  
「他人から賞賛される事」や「自慢できること」だと
考えている人がまだまだいます。
  
  
私から見れば、人間が必要以上のお金を持とうとするのは、
  
「オタクのフィギュアのコレクション」と変わりません。
  
  
要するに、ただ自己満足であって、
それで「他人からの賞賛を得られる」と思っている事がオカシイ。
  
  
・お金を持っているから「ノーベル賞」ください!
・お金を持っているから「国民栄誉賞」ください!
  
と言っているのと同じです。
  
  
本当に名誉が欲しければ、社会に貢献することです。
  
  
過去、歴史上に名前を残してきた人の中で、
お金だけ持っていて、名前を残した人はいません。
  
  
・江戸時代の「成金」の名前知ってますか?
・中世ヨーロッパの「成金」の名前知ってますか?
  
お金を持っているだけでは、歴史に名は残りません。
  
  
つまり、資産を持っているだけでは【 名誉に値しない 】と言う事です。
  
  
当たり前です。 自己満足ですから。
  
  
私が賞賛に値すると思うのは、
  
数々の社会問題を根本的に解決する為の
「事業」や「発明」を創り上げた人たちです。
  
  
で、海のゴミをキレイに掃除して、環境問題を解決したって、
別にお金になりません。
  
地球や魚がお金を払ってくれる訳ではありませんから(笑)
  
  
「動物の密猟問題」を根本解決しても、
動物がお金を払ってくれる訳ではありません(笑)
  
  
お金はそれほど得られないのに、地球や社会に大きく貢献している。
  
そういう人こそ、【 真に名誉に値する存在 】だと思います。
  
  
「お金だけ持っていて、名誉が欲しい」なんて、
  
そういうのは、頭のネジが緩んでいる人の発想です。
  
  
名誉が欲しいと思う事は、何も悪い事では無いと思います。
  
名誉を持っているからこそ、
そのチカラをポジティブに活かしていく事も出来ます。
  
  
ただ、「お金」と「名誉」は一切関係無いのに、
  
それを繋げて考えている事がオカシイのです。
  
  
お金を持っているから、自分を賞賛して欲しいなんて言うのは、
  
「フィギュアのコレクションを全部集めたから、ノーベル賞ください!」
  
って言っているのと同じです。
  
  
ただの自己満足では、他人からの賞賛は得られません。
  
  
社会に貢献することで、
「賞賛」は得られるし、「名誉」も与えられるのです。
  
  
別に、自己満足も悪く無いですが、
  
お金を持っているだけで威張ろうとする人は、本当に痛々しいです。
  
  
自分が「勘違い野郎だ」って事に気付いていない訳ですから。


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haxe501 at 14:07|Permalinkclip!