2016年05月

2016年05月27日

「厳しさ=悪」という洗脳

「厳しさ、暴力、怒り」などを、
「悪」だと思い込んでいる人は非常に多いでしょう。
  
私も、過去にはそう思い込んでいましたが、
成長していく過程で、考えを改めました。
  
  
「厳しさ、暴力、怒り」は、「悪」ではありません。
  
  
正義の味方であるアンパンマン、ウルトラマンも、
「暴力的」と言えば、「暴力的」ですね?
  
  
でも、やっている事の本質は「正義」です。
  
  
じゃあ、【 正義の定義 】って何なの?って話なんですけど、
  
精神的に成熟していない人は、
「正義」というのは、「悪者をやっつける事」だと思っています。
  
「悪者を根絶やしにする事」だと思っています。
  
  
しかし、それは、
    
何かを「裁く」というネガティブな価値観に基づく、
「ネガティブな正義感」であって、
  
ポジティブな正義感ではありません。
  
  
「ポジティブな正義感」とは、
  
ただ【「公平(バランス)を求める」という気持ち 】です。
  
  
(※ 以前の記事でも書きました。)
http://growheart.livedoor.biz/archives/51925978.html
  
  
  
アッサリと言っていますが、
  
私は、この結論に辿り着くまで、哲学的な思考を徹底的に繰り返し、
ようやくこの本質にまで辿り着きました。  
  
  
テレビやアニメに出てくる正義のヒーローは、
なぜ正義なのか?というと、
   
【 自衛の為 】に戦っているからです。
  
  
【 自分の敵だから悪者、悪者だからやっつける 】
  
という「善悪の捉え方」は、非常にレベルが低い訳で、
  
「善悪を基に」では無く、「バランスを基に」判断し、
公平にバランスを取ろうとするのが、ポジティブな正義です。
  
  
インディペンデンス・デイという映画がありますけど、
  
宇宙からネガティブな侵略者がやってきます。
  
  
その侵略者に対して抵抗せず、
ただ殺されてしまうのを待っているのは、
  
ポジティブな行為でしょうか?
  
  
違いますよね?
  
  
「ネガティブな存在」が「ネガティブな行為」を働こうとする時、
  
それを止める事は、バランスを取る行為です。
   
  
「警察」も、そういう目的で存在していますよね?
  
  
で、警察官の人は、柔道をやったり、拳銃を持ったりしていて、
  
武力を所持していて、強いわけです。
  
  
ネガティブな存在に対し、バランスを取るために、
  
ポジティブな目的の為に、
  
【「厳しさ、暴力、怒り」が必要だ 】と言うことです。
  
  
世の中の人類全員がポジティブな人たちばかりだったら、
  
ネガティブな人たちを取り締まる為の警察は必要ありません。
  
(※ 将来的に、警察の要らない世の中になって欲しいですが。)
  
  
でも、「ネガティブな人」は少なからず存在しているし、
  
そのネガティブな人に、ネガティブな行為をさせない為に、
  
ポジティブな「厳しさ、暴力、怒り」が必要なのです。
  
  
警察が「凶悪な犯罪者」に対して、
優しくて、怒りもしなかったら、頼りないですよね?
  
  
  
子供を躾けるのだって、
  
甘やかしてばっかりいたら、ろくな子供に育ちません。
  
  
子供をまともに育てるには、ある程度の厳しさも必要です。
  
  
なぜなら、愛とは【 「優しさ」と「厳しさ」の両面 】だからです。
  
  
しかし、今の世の中、「厳しさ」を否定する人が多いのは、
  
「昔の日本人が厳しすぎた反動」では無いかと思います。
  
  
昔の日本人は、とにかく厳しかったと思います。
  
そして、それなりに暴力的だったと思います。
  
  
しかし、太平洋戦争でボコボコに負けて、
  
それ以来、暴力に懲りて、暴力が嫌いになったのだと思います。
  
  
「厳しさ」と「優しさ」の軸があったら、
  
昔は極端に「厳しさ」に寄っていた反動で、
今では、極端に「優しさ」に傾いてしまった。
  
  
  
私は、音楽の専門学校に行っていましたけど、
「怖い先生(講師)」が結構いました。
  
たくさん怒られましたけど、
今ではそれも良かったと思います。
  
  
芸術とかスポーツ、商売って「厳しい世界」なので、
厳しい人も多いと思います。
  
  
一方、大学では「怒ったら怖い教授」
ってあんまりいないんじゃないでしょうか?
  
  
現代社会全体を見ると、あまりにも、
  
「厳しさ、暴力、怒り」に対してアレルギー反応していて、
  
拒絶している様に思います。
  
  
「厳しさ、暴力、怒り」を否定するという事は、
  
依存的で、自立心が無く、甘えた人間になります。
  
  
【「優しさ」と「厳しさ」をバランス良く身に付ける事 】が、
  
「精神的に成熟していく」という事です。
  
  
その為には、「厳しさ、暴力、怒り」を否定していてはいけません。
  
  
では、なぜ「厳しさ、暴力、怒り」がイヤなのか?
  
と言うと、
  
【 自分が傷つきたくない、苦しみたくない 】と思っているからです。
  
  
私は、人を積極的に殴りたいとは思いませんが、
  
それは、自分が殴られたくないからです。
  
(※ 必要性を感じれば殴ると思いますが 笑)
  
  
「他人を殺すという事は、自分も殺されるかも知れない」
  
という事です。
  
  
他人を攻撃できない人は、自分が攻撃されたくないからです。
  
  
「他人に厳しくできない、怒れない」と言う人は、
  
【 自分が厳しくされたくない、怒られたくない 】という事です。
  
  
要は、自分が傷ついたり、苦しんだりする事を怖れているのです。
  
  
正義のヒーローは、自分も傷つく覚悟で、相手を傷つけます。
  
  
これは、「強い精神力」があるから出来る事であって、
  
なかなかマネのできる事では無いので、尊敬されるのです。
  
  
  
「厳しさを身に付けられる」という事は、
  
ポジティブに成長して、
幸せになったり、豊かになったりするために、
    
【 途中の苦しみを受け入れる覚悟がある 】
   
という事です。
  
  
「他人に厳しくできる、自分に厳しくできる」
  
と言う人は、忍耐力や覚悟があり、
  
長期的な目的達成のために、必要な苦しみを乗り越えられる
  
という事です。
  
  
厳しさを身に付けられない人は、
  
「成長する上で必要な痛み、苦しみ」から逃げたいのです。
  
  
ですから、
人生で数々の痛み、苦しみ、修羅場をくぐってきた人は、強いです。
  
  
強いから、幸せにもなれるし、豊かにもなれます。
  
  
「成長する上で必要な痛み、苦しみ」に耐えられない弱い人は、
  
大きく成長する事はできません。
  
  
弟子の中でも、成長に本気な子は、
  
「成長過程でどんな苦しみ、痛みがやってきても、乗り越えてやる!」
  
という覚悟があります。
  
  
厳しさ(痛み、苦しみ)を受け入れる覚悟があるから、
大きく成長します。
    
  
逆に、厳しさを受け入れられない子は、
  
自分が傷つく事、苦しむ事がイヤで、逃げ回っています。
  
  
でも、傷つく覚悟、苦しむ覚悟がなければ、
  
自分にも厳しくなれないし、他人にも厳しくなれません。
  
  
今以上の厳しさを身に付けられないという事は、
  
【 成長もそこで止まる 】という事です。
  
  
結局、どれだけの痛み、苦しみを背負えるか?
  
成長過程で必要不可欠な痛み、苦しみを乗り越える覚悟があるか?
  
  
その「耐久力」と「器」が、その人の人生を決めると思います。


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2016年05月24日

「同じ事」と「違う事」をバランス良く認める

私は、偉大な事を成し遂げている人を見ると、
「あの人に出来るなら、自分にも出来るはずだ」と思います。
  
それは、【 他人と自分は同じ人間である 】
  
という信念を持っているからです。
  
  
しかし、全ての人がそう思う訳では無く、
  
偉大な人を見たときに、
「あの人は特別優れていて、自分は特別劣っている」
  
【 だから、自分には不可能だ 】と思う人もいます。
  
  
これは、どちらも真実を含んでいます。
  
  
私は昔から、
「自分と他人も同じようなモノだろう」と思っていました。
  
  
だから、「生まれつきの高い身分」という概念が、
好きではありません。
  
  
例えば、王様や殿様の子が、
自分より年上の召使いなどに偉そうにする
  
というシーンがありますけど、
  
そういうモノに違和感を感じて来ました。
  
  
生まれた家が違うだけで、まだ何も成していないのに、
なぜこうも扱いに差が出るのか?と。
  
  
でも、これまで他人を深く観察してきて、
  
「自分と他人は違うのだ」と
認めざるを得ない様な事実に出会ってきました。
  
  
私はこれまでの人生で、精神的な地獄を耐え抜いてきました。
  
  
過去には、「なぜ自分ばかりこんな目に遭うのか?」
  
と、世の中を恨んでいました。
  
  
でも、その苦しみに耐えて来れたのは、
  
私の精神が強いからです。
  
  
自分でも耐えれた訳だし、
他の人にも耐えられるだろうと思ったら、
  
それが大きな間違いで、
  
人によって「精神力」には、
【 天と地ほどのバラつき 】があります。
  
「理想の高さ、忍耐力、頭の良さ、視野の広さ…」
  
人によって、まったく違います。
   
  
あぁ、普通の人には、自分のマネは出来ないんだ…。
  
という事を理解しました。
   
   
「自分のマネが出来ない人」とたくさん出会う度に、
   
周りが特別弱いのではなく、自分の方が強すぎるのか…。
  
  
という事実を受け入れざるを得ませんでした。
  
  
私は、実際は自分と周りは違うのに、
自分では「自分と周りは一緒だろう」と思っていたから、
  
そのギャップに苦しみました。
  
  
逆に、実際は「周りと一緒」なのに、
「自分が周りと違う特別な存在なのだ」と思い込むのも、勘違いです。
  
  
大事なのは、【 客観的事実 】を自覚する事です。
  
  
私は、「自分は特別な存在だ!」と言っている人が
好きではありませんでした。
  
身分が高い家に生まれただけで、何の実力も無いクセに、
偉そうにしているイメージがあるからです。
  
  
それか、「新興宗教の教祖」のイメージがあります。
  
  
ただ、【 私は周りと違って、特殊な人間である 】
 
過去はそう思っていませんでしたが、
  
今ではそう思った方が、スムーズに事が運びます。
  
  
強い人には、強い人なりの対応をした方が良いし、
  
弱い人には、弱い人なりの対応をした方が上手く行きます。
  
  
個性や才能がバラバラなのに、
みんな画一的に同じ扱いをしようとした方が、
  
上手く行きません。
  
  
おそらく、私は自分の子供に、
  
「お前は他とは違う特殊な子だ」と教えるでしょう。
  
  
「お前はみんなと同じ、平凡な子だ」と教育した方が、
  
弊害が出ると思うからです。
  
  
実際、私は自分自身を「平凡な人間」だと思っていました。
  
  
28歳くらいになって、
ようやく自分は他人と根本的に違うのかも知れない…
  
と思い始めました(笑)
  
  
それまでは、
「自分にとっては当たり前の感覚や考え方」が、
他人に通じないことに対して、非常に不可解でした(笑)
  
  
「あぁ、自分は他人に見えていないモノが見えているんだ。」
  
そういう風に考えた方が、納得が行きます。
  
  
魂という観点から見ても、
  
「人間という肉体」は同じですが、
 
中に入っている「魂のレベル(成熟度)」は、
【 人によって「天と地ほどの差」 】があります。
  
  
その事実を、ようやく素直に受け入れようと思いました。
  
  
でも、「人には可能性がある」という信念は変わりません。
  
  
宇宙の法則の観点からすれば、
  
【 自分が思い描ける理想は、全て実現可能 】です。
  
  
ただ、人類の多くは、「自分に自信が無い」のです。
  
「自信が無い」から、
「可能性がある」にも関わらず、「理想を手に出来ない」のです。
    
  
幼稚園児、保育園児、小学校低学年ぐらいで、
  
本当は、「各々が自分に自信を持てる様な教育」をするべきで、
   
それをすれば、世の中は確実に良くなります。
  
  
しかし、日本人の中には、
  
【 自分に自信を持つことを悪い事だ 】と思っている人もいます。
  
  
ポジティブな事をネガティブな事だと思っているのだから、
  
非常に厄介ですね。
  
  
結局、他人がどんなにお節介を焼こうとも、
  
「自分で自分の人生を変えたい! 自信を持ちたい!」
  
と、本人が本気で決断しない限り、本人の人生は何も変わりません。
  
  
決断できた人には、周りからのサポートが入ります。
  
決断しない人には、周りからのサポートが充分に受け取れません。
  
  
多くの人は、耐えきれないぐらいの大きな苦しみを感じて、
  
初めて決断をしようとします。
  
  
その決断にも二種類あって、
  
1.もうイヤだ! 絶対幸せになってやろう! という決断と、
2.もう無理だ、諦めよう…。 という決断です。
  
  
【 追い詰められた時に、どちらを選択するのか? 】
  
  
「それで人生は決まる」と言っても、過言ではありません。
  
  
苦しいときに、現実逃避や逃げグセが付いている人は、難しいです。
  
苦しいときに、乗り越える選択を続けて来た人は、割と安心です。
  
  
私も、他人がどういう決断がするのかは読めません。
  
完全に、他人の自由意志に委ねられています。
  
  
ポジティブな決断をして、現在調子が上がっている弟子もいれば、
ネガティブな決断をして、自分から去って行った弟子もいました。
  
  
私は、ポジティブな決断を行う人に対して、サポートを行います。
  
ネガティブな決断を行う人に対しては、何も出来ません。  
  
  
「周りや他人に責任転嫁を続ける人」は、
「自分自身を変えよう」などとは思いません。
    
  
【 自分の人生を変えたい! その為に自分自身が変わる!】
  
  
そう思う人の、私はサポーターです。


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2016年05月22日

情熱の特定

最近の「はこぶね倶楽部」ですが、
  
もっぱら、【 各メンバーの情熱の特定 】が現在のテーマで、
  
私がいろんな角度から質問をして、コーチングしています。
  
  
で、ほとんどのメンバーが、
  
「カウンセラー、セラピスト、コンサルタント、アドバイザー」など、
  
【 他人の相談に乗って、助言をする仕事 】からスタートするのが良い、
  
という結論に至っています。
  
  
楽器を演奏するのが好きな人、モノを作るのが好きな人…、
  
などもいますけど、
  
今からそれで食べていけるほどの収入を得るのは難しいです。
  
  
それに、それが一番の情熱であれば、
  
そこに一番の「お金、時間、エネルギー」を掛けているはずです。
  
  
しかし、はこぶね倶楽部メンバーの多くが、
一番に「お金、時間、エネルギー」を掛けているのは、
  
【 自己成長、人生の問題解決、ライフスタイルの質を高める事 】
  
です。
  
  
つまり、「そこに一番の情熱がある」という事です。
  
  
それに、相手にとって「視野の広い適切な助言」は、
  
【 人生を大きく変えるほどの威力 】があります。
  
  
提供する価値も高いし、その分だけ高い報酬も受け取れます。
  
  
私は、「音楽」が好きですし、「宝石」も好きですが、
   
やっぱり一番は「教育」が好きです。
  
  
他人に「価値ある何か?」を教えている時が、
一番ワクワク、イキイキしていると思います。
  
その逆もしかりで、
自分が「価値ある何か?を学ぶこと」も大好きです。
  
  
二番目に「石を扱うこと」ですかね。
  
  
  
学生時代は「音楽」に打ち込んでいましたが、
  
人生単位で考えてみると、
私の音楽に対する情熱は、3番目、4番目以降でしょう。
  
  
私は20歳を過ぎてから、音楽よりも情熱が持てる、
【 成長、成功、心理 】などにハマった訳です。
  
  
【 今、自分が好きでやっている活動が、一番の情熱ではない! 】
  
という可能性は、「十分にあり得る」ということです。
  
  
「もっともっと自分が情熱を持てること」が存在している可能性は、
充分にあります。
  
  
学ぶことが好きな人は、教えることも絶対に好きです。
  
音楽を聴くことが大好きな人は、音楽を奏でることも好きです。
  
おいしい料理を食べることが好きな人は、自分で作るのも好きです。
  
  
私のメソッドを理解しているということは、
  
それだけで、一般的なカウンセラーより、
カウンセリング能力は高いと言えます。
   
  
それこそ、資格を取っているような人より、
レベルの高い助言ができるでしょう。
  
  
「他人の問題を解決できる実力」は、すでに充分にあります。
  
  
あとは、【 本人の自信の問題 】です。
  
  
私のメソッドを理解した、
  
「カウンセラー、セラピスト、コンサルタント、アドバイザー」
  
などが増えると、私はうれしいです。
  
  
単純に、救われる人が増えるからです。
  
  
はこぶね倶楽部のメンバー各々が、
  
「プロとして他人の人生の問題解決」をしていける様になったら、
  
私としては非常に嬉しいですし、エキサイティングです。
  
  
私一人で本質を伝えるのでは無く、
大勢で伝えた方が、大きな相乗効果が生まれますからね。
  
  
みな「基礎」を卒業して、「経験」というステージに移行中です。
  
  
ようやく、これから面白くなりそうです。


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2016年05月21日

幼少期の教育

最近、将来的に自分の子供をどう育てて行くか?
  
という事についても考えています。
  
  
自分の幼少期を振り返ってみると、
  
やっぱり私は「エジソンの影響」をめちゃくちゃ受けています。
  
  
・学校には行かず、ホームスタディだった
・子供の頃から新聞や野菜を作って売り、ビジネスをしていた
・何回上手く行かない事があっても、諦めずに粘り勝ちした
・たった一人の「想像力、情熱、研究、発明」が、世界中を塗り替えた
  
  
そういうエジソンの人生が、私の生き方にも大きな影響を与えています。
  
  
それに、当然伝記の中には描かれませんが、
  
ウィキペディアでは、
  
「エジソンはスピリチュアル(オカルト)の研究もしていた。」
「死者(魂)と交信する装置を研究していた。」
  
という事が書かれていますね。
  
  
  
実際のところ、
  
「学校で習ったことで、今の生活に役立っている事は何%ですか?」
  
って聞かれても、そんなに高い数値では無いと思います。
  
  
つまり、学校では、腐るほどの長い時間をかけて、
【 人生で役に立たない無駄な勉強をした 】と言うことです。
  
  
私は、そういう無駄な勉強をするより、
  
他人の役に立つ「仕事で活きる勉強」をして欲しいと思います。
  
  
学校で評価されるのは、勉強が出来るかどうか?ですが、
  
社会で評価されるのは、どれだけ他人に価値を与えたかどうか?です。
  
  
これって、全然違います。
  
  
初めから、
  
【 他人に価値を与えるための勉強 】をさせておけば、
  
18歳、20歳と言わず、もっと若い年齢から、
ビジネスをすることも可能だと思います。
  
  
実際、中学生や高校生で社長をしている人の例もありますし、
  
私の子供には、出来れば小学生で自営業者になって欲しいです(笑)
   
  
その為に、学校では一切教えられない、
  
【 経済の本質 】を、幼少期から叩き込みたいと思います(笑)
  
   
まぁ、私自身は親の期待に添うような子供では無かったですから、
   
強制はしませんし、最終的には、
自分のやりたい事を自由にやってもらえれば良いと思ってますけどね。
  
  
ただ、自分としては、
  
「子供に対する教育の効率を高めれば、
  
 どこまで若い年齢から、
 精神的にも経済的にも自立できるのだろうか?」
  
  
という事を、試してみたいと思っています。
  
  
戦国時代では、15歳で元服、大人でした。
  
戦前の日本人は、
15歳くらいでも立派に自立した思考をしていたと思います。
  
  
子供に対する教育の効率を高めれば、
それぐらいの事は充分に可能だと思います。
  
  
肉体の年齢と、精神の年齢は違います。
  
  
私は現在32歳ですが、
  
平均的な32歳と比べると、
かなり成熟した思考をしていると思います。
  
  
人からは、
  
「老人みたいな事を言いますね。」
  
と言わる事もありますから(笑)
  
  
肉体の年齢に比べ、
精神の年齢を高めるには、「密度の濃い時間」を過ごすことです。
  
  
「何もしない一日」を過ごすより、
「新しい事にチャレンジして、経験を積んだ一日」の方が、
  
精神はその分だけ成長・成熟します。
  
  
学校で過ごすより「密度の濃い時間、経験」を積ませ続ければ、
  
その分だけ、平均的な肉体の年齢に比べ、精神は速く成長します。
  
  
弟子の国本さんも、現在28歳ですが、
  
大学生の頃に私に出会い、以後、「濃い経験」を積み続けていますから、
  
それなりに肉体の年齢に比べ、精神は早く成長していると思います。
  
  
まぁ、上には上がいますけどね。
  
  
情報や知識の暗記、蓄積は、コンピュータに任せておけば良くて、
  
それよりも、【 新しい経験の蓄積 】こそ、高い価値があります。
  
  
つまり、大事なのは【 新しい事にチャレンジし続ける姿勢 】です。
  
既に飽きたこと、退屈なことをやり続けても、精神は成長しないのです。
  
  
限られた時間の中で、どれだけ「濃い経験」を積むか?
  
  
それが、人の成長スピードに直結します。
  
  
幸か不幸か、私に育てられる子供は、
  
非常識(先進的)に育てられてしまいます(笑)
  
  
それも、その子の自業自得(笑)
  
  
でも、ポジティブな教育を受けられることは、
  
とても恵まれたことです。
  
  
それに、私にとっても大きな学びとなるでしょう。
  
  
自分の子供には、世界をポジティブにする為に、
  
一役買ってもらう事にします(笑)


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2016年05月20日

人工知能が人間より賢くなったら

先日、記事で紹介した、
  
落合陽一さんの、
「これからの世界をつくる仲間たちへ」
  
の、続きが気になったので書店で購入しました。
  
  
結論から言うと、私と思想が近いなと思いました。
  
というか、
何事も論理的に考え抜けば、「本質」に辿り着きます。
  
  
私は本質オタクですから、他人の意見を聞いたときに、
  
【 その人が、どの程度「本質に近い答え」に到達しているか? 】
  
という事を見れば、その人の「思慮深さ」が見て取れます。
  
  
そういう意味で、落合陽一さんは、
  
私と同じく、
論理的に考えて、結論を出すのが好きなんだなぁと思います(笑)
  
  
心理や自己啓発の分野で、
  
「私より深い本質的答えに到達している人」は、
見たことがありませんので、
  
やはり、
  
「異業種で本質的な答えに到達している人の情報」を学んだ方が、
  
異業種という別の視点、多角的な視点が手に入って、勉強になります。
  
  
「理想が高い人向けの本」だと思いますが、
  
「なんか大きい事を成し遂げたい!」と思っている人や、
  
「日々、周りに流されるのでは無く、
 これからの時代に備えて、ちゃんと準備しておきたい!」
  
と思っている人には、オススメです。
    
  
この本を読んで、印象に残ったことは2つ。
  
  
ひとつは、落合陽一さんが、
  
「この世で一番幸せな人は誰か?」
  
という事を考えた結果の結論です。
  
  
【「ブータンの山奥で、
  いつか世界を変える(と自分では思っている)
  ビジネスモデルを作っている人」
   
 べつにブータンでもなくてもいいのですが、
 
 物質的には決して豊かで無いが
 人間的に幸福でいられるような社会が提供される場所で、
 
 誰に評価されることもなく、自分の妄想の世界に閉じこもって、
 ひとりで世界を変える作戦を練る。
  
 まわりから見ればただの変わり者かもしれませんが、
 本人にとっては至福の日々でしょう。】
  
  
と書いてありました。
  
  
「まさに自分の事みたいだな」と思いましたが(笑)
  
  
それよりも、なぜ彼がそういう結論に至ったのか?
  
そのロジック、論理的思考のプロセスが知りたいですね(笑)
  
  
  
で、ふたつ目は、
  
【 シンギュラリティ(技術的特異点)】です。
  
人工知能が、人間の頭脳を越える瞬間の事です。 
  
  
【 コンピュータが人間より賢くなったら、
  どういう社会になるんだろうか? 】
  
これは、実際に考えるのが楽しみなテーマです。
  
  
《コンピュータが思考するようになったら、
 一体、何を目的とするのだろうか?
  
 人間が求めるのは、
 「幸せ」「豊かさ」「情熱」などだけど、
  
 コンピュータは何を求めるのだろうか?》 とか、 
  
  
《コンピュータには好奇心があるのだろうか?》 とか、
  
  
《コンピュータはスピリチュアルをどこまで理解できるのだろうか?》
 
とか、
   
  
いろいろ、想像は膨らみます。  
  
  
人間は「非論理的」に考え、
「非合理的」な行動を取る事も多々ありますが、
  
コンピュータには、そういう事は無いと思います。
  
  
基本的に、
  
ネガティブ思考とは、「矛盾した考え」です。
  
ポジティブ思考とは、「論理的に筋が通っている」という事です。
  
  
ですから、私の「論理的に筋が通った説明」を受けて、
   
私のクライアントやお客さんの考え方が、
ポジティブに変化するのです。
  
  
基本的に、
  
「論理(理性・長期視野)」=「ポジティブ」
「非論理(衝動・短期視野)」=「ネガティブ」
  
です。
  
  
進化したコンピュータは、超論理的に思考するでしょう。
  
  
という事は、
  
【 とてつもなくポジティブな結論を導き出す知性 】という事で、
  
  
ある意味、人間がコンピュータを道具とするより、
  
コンピュータが「現代の神さま」っぽくなって、
コンピュータにいろいろ教えてもらう様になるかもしれません(笑)
  
  
映画の「マトリックス」や「ターミネーター」では、
  
コンピュータが人類を敵と見なし、
戦争する様子が描かれていますが、
  
人類がネガティブ思考を捨てなければ、
コンピュータは人間に対して厳しい態度を取るかも知れません。  
  
  
そういう意味では、
映画で描かれる世界も、あり得る世界なのでしょう。
  
  
しかし、本当にポジティブに思考する知性であれば、
  
「高次元存在的な思考」をすると思います。
  
  
つまり、人類にとってとても協力的な存在となるはずです。
  
長期的視野を持ち、
「全体の調和」「持続可能な社会」を目指す存在となるはずです。
  
  
ただ、論理的にしか考えられないという事は、
  
【 ネガティブな人の気持ちがわからない 】
  
という事かもしれません。
  
  
【 進化した人工知能に、人間の心理カウンセリングをやらせると、
  どういうアドバイスをするのか? 】
  
という事も、気になりますね(笑)
  
  
バシャールは、
  
・無尽蔵のフリーエネルギー
・量子コンピュータ
・人工知能
  
という「新技術」が、世界を変えると言っていますね。
  
  
非常にワクワクします。
  
  
あと、やっぱり賢い人の話は面白いですね。
  
  
学校の勉強ができるだけで、その人が賢いとは思いませんが、
  
でも、東大の中でもトップクラスに賢いような人の話は、
  
やっぱり面白いのかもしれません。
  
 
私は考える事も好きですし、知的な会話がすごく好きなので、
  
今後、そういう話が出来る友達もたくさん欲しいですね。


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2016年05月19日

教育者のプロ意識

私ってあまり怒りませんけど、
唯一激怒する事があるとすれば、
  
弟子が「プロ意識に欠ける仕事」をした時です。
  
  
私という人間は、
悪気は無いのですが、とてもフリーダムな人間です。
  
自分でも嫌気が刺すくらいに、
「他人に合わせる、他人の期待に添える」という事が出来ません。
  
  
社会適応能力が皆無です(笑)
  
だから、サラリーマンが出来ません。
  
  
やりたい様にしか振る舞えず、
自分のやりたくない事を無理矢理やろうとしたら、
  
身体がストップしてしまいます。
  
  
きっと、中学の時にやりたくない受験勉強を
無理矢理やりすぎた結果、ノイローゼになったので、
  
「やりたくない事をやる事」に関して、
身体が危険を感じ、強制的にストップをかけるのです。
  
  
私のクライアントやお客さんたちは、
そんな私のワガママを許してくれる人たちです。
  
  
そんなワガママが許されるのは、
  
「誰よりも何処よりも高い価値を提供する」と言う事に対して、
命懸けだからです。
  
  
高級フレンチのお店に、
活気のある居酒屋の雰囲気を求める人はいません。
  
  
葬儀場には、葬儀場に求める雰囲気、
テーマパークには、テーマパークに求める雰囲気があります。
  
それらは、相反するモノです。
  
  
私は、普通のサラリーマンだったら、
即刻クビにされるような振る舞いをしています。
  
  
服装やコミュニケーションの取り方もそうでしょう。
  
  
でも、【 高い価値を提供する 】と言う事に関しては、
  
誰よりも強い執念を燃やしています。
  
  
お客さんの求めている事はソレだし、
  
私も、自分がソレを提供すると「約束」していますし、
  
お客さんは、私がソレを提供すると「信頼」していくれています。
  
  
ですから、高い価値を提供しなくなったら、
  
【「お客さんの求める高い価値を私が提供する」という約束と信頼 】
  
それらが、崩壊して崩れ去ります。
  
  
ただでさえワガママな私が、
  
高い価値を提供しなくなったら、市場価値がありません(笑)
  
  
だから、そこを何としても死守する覚悟なのです。
  
  
高い価値を提供しない人間に、経済的価値はありません。
  
  
【 お客さんがいなくなって、経済的に破産して、飢え死にする 】
   
そういう末路が待っています。
  
  
ですから、「仕事は命懸け」なのです。
  
  
それがわからない弟子が、
プロ意識に欠けた手ぬるい仕事をしようモノなら、
  
私は烈火のごとく激怒します。
  
  
たとえ「わざと」じゃ無くても、悪気が無くても、軽い気持ちでも、
   
人の命を危険に晒すようなマネをしたら、怒られて当然です。
  
  
「重大なモノが掛かっているんだ」と、
真剣に教える必要があるからです。
  
  
人の命を危険に晒しておいて、
「悪気が無かったら仕方無いね、ハハハ」
  
では、済まないのです。
  
  
子供が遊び半分で、包丁を振り回して友達と遊んでたら、
真剣に止めると思います。
  
それと同じ事です。
  
  
その子供は、
「重大なモノ(命)」を危険に晒している事が理解できていないのです。
    
  
仕事においては、
【 プロ意識や責任感に欠けた仕事をする 】と言う事が、ソレです。
  
  
私にとっては、人殺しに相当するぐらいの事です。
  
他人に怪我をさせるのと同じ事です。
  
  
他人と自分の
  
【 資源・自由(お金、時間、エネルギー)】と
  
【 信頼 】を奪うことです。
  
    
自分と他人に対して、経済的に多大なダメージを与えることです。
  
  
それぐらい、プロ意識に欠けた仕事の影響は、ダメージが重い。
  
  
  
仕事の生命線は、「信頼」です。
  
  
責任感に欠けた仕事をして、「信頼を裏切る」という事は、
  
自分と他人の豊かさを破壊する行為です。
  
  
医療に例えるとわかりやすいでしょう。
  
  
医療の現場では、ほんの少しのミスも、患者の命取りになります。
  
だからこそ、医療の現場では緊張感があります。
  
  
弟子たちも、それぐらいの「責任感」と「緊張感」を持って、
仕事に臨むべきです。
  
  
そうでなければ、私の弟子でいる必要は無いし、
  
ヨソで気楽に生きていけば良いと思います。
  
  
中井貴雄の弟子という看板で仕事をする以上、
  
私の信頼はセットです。
  
  
もし弟子が、プロ意識に欠けた仕事をするならば、
  
私の看板にも傷が付くという事です。
  
  
ですから、私は弟子の仕事振りに厳しくなります。
  
特に、教育は医療と同じく、他人の人生を大きく左右するからです。
  
  
教育という仕事は、非常に重いのです。
  
  
その「重み」を理解できなければ、
  
二流以下の人生しか待っていません。


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haxe501 at 17:13|Permalinkclip!

2016年05月16日

公用語はテレパシー

あと、さっきの記事の続きですが、
  
今までは、「英語を扱える人」がエリートだったかも知れませんが、
  
これからの時代、
  
私の様に「テレパシー能力」に長けていたり、
国本さんや吉田さんの様に「チャネリング能力」に長けていたり、
  
そっちの方が重宝されると思います。
  
  
なぜなら、
 
【「宇宙(高次元)の公用語」は英語では無く、テレパシーだから 】
  
です。
  
  
私は、外国人とコミュニケーションを取るより、
  
宇宙人とコミュニケーションを取ることの方が、
100万倍ワクワクします(笑)  
  
  
相手(宇宙人)は、地球の言語を操れないと思いますし、
  
おそらく、コミュニケーションのほとんどは、
テレパシーによって行われると思います。
  
  
しかし、チャネリングやテレパシーは、それを行う人間に、
  
ネガティブな観念があればあるほど、正確に情報を伝達できません。
  
  
自分自身の「ネガティブな我」というフィルターを通してしまい、
  
情報が歪められてしまうからです。
  
  
ですから、「霊能力」に長けていても、「精神性」が低ければ、
  
宇宙人とまともにコミュニケーションを取れないと言う事です。
  
  
【「霊能力」と「精神性」の両面に長けていること 】
  
これこそ、これから訪れる宇宙時代に重宝される事だと思います。
  
  
パソコンが一般化する前は、
  
パソコンに長けている人を見ても、
   
「それ、なんかの役に立つの?」
  
って感じだったと思います。
  
  
「パソコンいじって遊ぶより、
 やりたい事ガマンして勉強した方がいいんじゃない?」
  
って感じだったと思います。
  
  
ところが、パソコンが一気に普及し始めた時には、
  
パソコン教室が各地で開かれ、パソコンに疎い人は、
  
置いてけぼりを食らっているような雰囲気でした。
  
  
時代は変わります。 想像を超えて大きく。
  
  
「外国語の通訳」はたくさんいても、
  
「宇宙人と地球人の通訳」は少ないでしょう。
  
  
テクノロジーの進歩も、大きな変化ですが、
  
【 自分たちより文明の進んだ知的生命体の存在が明らかになる! 】
  
  
こっちの方が、
地球人にとっては100倍以上インパクトのある変化でしょうね。
  
  
 
あー、早く来い、時代と宇宙人。


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haxe501 at 12:52|Permalinkclip!

次世代に活きる教育

たまたま目に入った、
  
東大出身の「天才、魔法使い」と呼ばれている、
  
落合陽一さんという人の、
「これからの世界をつくる仲間たちへ」
  
という本の序盤がネットで無料で読めるので、
読んでみました。
  
  
これからコンピュータが進化していく中で、
 
・コンピュータには出来なくて、人間にしか出来ない事は何か?
・これからの時代、どういう教育が求められるか?
  
という考察が非常に面白かったです。
  
  
例えば、私たちの親の世代は「学歴」で苦労したから、
  
親の世代は、子供には「高学歴」を与えようと教育しますよね?
  
  
でも、実際に私が大人になる頃には、
  
学歴の価値は薄れて、
それよりも「英語」と「ITスキル」が大事だと言われる。
  
  
で、私たちの世代の人々は、
「英語」と「ITスキル」で苦労したから、
  
今の子供には、「英語」と「ITスキル」を与えようとする。
  
  
でも、それって世代がズレてるんですよね。
  
  
ただ、自分が出来ていないというコンプレックス(劣等感)を、
  
子供に与え、子供で晴らそうとしているだけです。
  
  
  
本当は【 20年後を見越して子供を教育する事 】が正しくて、
  
今、普通に子供に英語をマスターさせようとするのは、
  
実際には「20年遅れている事」をやってるんです。
  
  
実際には、私たちの親の世代が、
  
子供に英語をマスターさせたり、
小さい頃から最先端のパソコンを触らせるべきだった。
  
  
今、IT分野で活躍している人の多くは、
  
だいたい、「Windows 95」の前後から、
パソコンを触っていた人たちです。
  
  
そういう事が書いてあって、私と同意見だなと思いました。
  
  
私は、自分の子供に英語をマスターさせようなんて、
微塵も思っていません。
  
  
本人がやりたくなれば、勝手にやれば良いですけどね。
  
親のお節介は焼きません。
  
  
なぜなら、コンピュータの翻訳機能が進化しているから。
  
  
20年後になれば、
  
今で言うスマホの様な小さいサイズの端末(コンピュータ)に、
同時通訳させる事も可能になるんじゃないですかね?
  
  
10年後、20年後になれば、
人間がやってる同時通訳の仕事自体が無くなるかも知れない。
  
  
じゃあ、現代で学歴の価値が薄れているように、
英語をマスターしている事の価値が薄れちゃう。
  
  
【 じゃあ、20年後に活きる教育って何なのか? 】
  
  
それは、私が今仕事でお客さんに教えている事だし、
  
それをそのまま、子供にも教えます。
  
  
  
この本には、
  
これからは、英語よりも「論理的言語能力」、つまり、
【 考えを論理的に明確に伝える能力 】が高い事の方が、
  
はるかに重要だと書かれています。
  
  
「なぜならば、コンピュータが翻訳しやすいから」
  
と言う事です。
  
  
私はまさに、次世代の為に産まれてきたような人間ですからね(笑)
  
  
早く今の時代が終わって、次の時代に移って欲しいです(笑)
  
  
私は、父が理系だったので、
 
小さい頃から自宅にパソコンがありました。
  
DOSとか、Windows3.1の時代です。
  
  
その頃にパソコンをいじっている人間は、オタク扱いでした。
  
プログラミングが出来るって言っても、オタクです(笑)
  
  
今では、随分とプログラミングのイメージが変わりましたね。
  
  
プログラミングが出来るっていうと、就職に有利だったり、
  
子供にプログラミングを教えろって言ってる人もいるくらいです。
  
  
  
それが現在の心理・スピリチュアルにあたると思います。
  
  
今、心理・スピリチュアルをやってる人間はオタク扱いですから(笑)
  
  
私は常に時代の先端を行きますが、
  
早く時代が追いついてきて欲しい。
  
  
私の望みは、そればっかりです(笑)


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haxe501 at 10:01|Permalinkclip!

2016年05月13日

ルールの考え方

最近、「パナマ文書(タックスヘイブンを使った租税回避)」
のニュースが流行っている見たいです。
  
  
バシャールが、2016年秋以降、金融危機か何かが起こって、
それから最初に「税金のシステム」が変わり始める
  
とか何とか言っていたと思いますが、
  
税金のシステムが来年以降、
大きく変わっていくのかもしれません。
    
  
ただ、「富裕層=ズルい」みたいな風潮は違うと思います。
  
  
まず、「税金の使われ方」自体にオカシイ部分がたくさんある訳で、
それをもっと正す事が優先だと思います。
  
税金の使われ方がオカシイままで、税金をたくさん納めても、
それは世の中の役に立つ行為なのか?って事です。
  
  
【 経済観念の無い大多数の国民に選出された政治家 】と、
【 世の中に大きく貢献しようとしている事業家 】だったら、
  
「事業家」の方にお金を持ってもらった方が、
より世の中の役に立つ使い方をしてもらえるんじゃ無いでしょうか?
  
  
大成功している実業家の方が、
政治家よりも「お金の使い方」は上手いハズです。
  
  
今の政治家がやっているように、
貧乏人にお金(税金)をばらまいても、何の根本解決になりません。
  
ただの「票集め」です。
  
  
お金をバラまくより、大事なのは「教育」です。
  
「魚そのもの」を与えるのでは無く、
【 魚の釣り方 】を教えてあげる事です。
  
  
根本解決は、
  
弱者を過保護にするのではなく、
弱者を強者に鍛え、育ててあげる事です。
  
  
弱者は、甘やかせば甘やかすほど依存的になり、
まったく自立しませんからね。
  
  
弱者に対しては、私が弟子にやっているように、
自信を持たせ、自立させることこそ、本当の救いです。
  
 
 
租税回避が違法なのか?合法なのか?という議論もありますが、
  
法律というのは、
所詮「人間が自分たちに都合良く作ったルール」です。
  
  
昔には「人種差別的な法律(ルール)」がありました。
  
  
「中世の魔女狩り」もそうだったかもしれないし、
「ナチスドイツ」のやったこともそうだったでしょうし、
「アパルトヘイト」もそうでしょう。
  
  
たとえば、ネガティブな国が作った、
「○○という人種は、見つけ次第殺すべきだ」
  
という法律があったとしましょう。
  
  
その法律を守ることが正義でしょうか?
  
  
「その法律を守らず、罪のない自分の命を守ろうとする事」
は不正でしょうか?
    
「その法律を守らず、目の前の罪のない命を奪わず、助けようとする事」
は不正でしょうか?
  
  
「何が正義か?」という事については、
各々の良心(ポジティブな意識)が知っています。
  
  
視野の狭い人間は、【 大局的な視点 】が持てません。
  
  
金持ちを妬んでも、一ミリも世の中は良くなりません。
  
どちらかというと、足を引っ張る行為です。
  
  
何も無い所から仕事で成功した人は、
 
世の中の人々の役に立ったからこそ、成功した訳ですしね。
  
  
偉大な実業家は、大多数のネガティブな政治家たちよりは、
世の中の役に立っていると思います。
  
  
こういうことも、経済に疎いからわからないのです。
  
  
どんな問題も、根本は同じです。
  
  
世に足りないのは、
 
・心理教育
・経済教育
・健康教育
・宇宙の法則の教育
 
です。
  
  
あれ? 私がやってくる事ですね(笑) 


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haxe501 at 19:04|Permalinkclip!

2016年05月12日

依存と自立

一昨日、調子の悪い田中くんと会いました。
  
邪気を食らう覚悟で(笑)
  
その夜は雨が降っていたので、屋外で邪気抜きが出来ず、
そのまま、翌日の宝飾展示会へ。
  
  
大きな展示会では商品数がケタ違いに多いので、
  
本当にパワーの強い石だけに的を絞り、狙いを定め、
狙い撃ちにするように仕入れてきました。
  
  
結果的に、数はかなり少ないですけど、質にはかなり満足です。
(※ 今回はルースがほとんどでしたね。)
  
  
その後、近くの みなと温泉「蓮」で
遅めの昼食を取り、身体の浄化(笑)
  
(お客さんも、宝石関係者が多かった気がします。)
  
  
その後、三宮のアクアリウムバーに寄って、
気分転換に一杯飲んで、帰宅。
  
  
帰宅してから、邪気落としタイム。
  
  
そこで初めて、田中くんからどれだけ邪気を食らったのか?
  
よくわかりました(笑)
  
  
私は、スポーツ選手のように、
  
「自分の心身のコンディション」に一定の基準を持ち、
チェックしていますから、
  
「調子の良い万全の良い状態と、具体的に何が違うのか?」
  
という差に敏感です。
  
  
田中くんから食らった邪気の影響は、大きく2点。
  
  
1.地に足が付かなくなる
 (※ フワフワして現実的に考えられない)
  
2.太陽神経叢の第三チャクラに邪気が溜まり、詰まる
 (※ 自信や意志を司るチャクラ)  
  
  
という感じでした。
   
  
昨日だけで、大物を数十体は落としましたね(笑)
  
俺がこれだけしんどい思いをしたんだから、
田中くんからは、今回の件だけで5万円くらい欲しいです(笑)
  
  
私は、意志も強いし、自己表現もしたい放題だし、
  
第三チャクラ、第五チャクラのチャクラの状態は、
いつもかなり良い方だと思います。
  
  
でも、他人と会うとやっぱり影響を受けるので、
  
喉をやられている人と会うと、私も喉に被害を受けるし、
腹をやられている人と会うと、私も腹に被害を受けます。
  
  
私と会って、他人が元気に、ポジティブになっている分、
私は引き下げられているわけです(笑)
  
  
だから、プロは引き下げられていることを自覚しつつ、
下がったコンディションを意図的に高く保ち続ける事が必要です。
  
  
まぁ、何が言いたいのかというと、愚痴です(笑)
  
弟子たちは、私がどれだけ苦しんでいるのかよく理解して、
さっさと成長して、私に恩を返して欲しいという事です(笑)
  
ところが、現在では、
一刻も早く自立・成功して早く恩返ししよう
などと思っている弟子はごく一部。
  
  
どちらかというと、
  
「人生を自分が何とかするんだ!」というより、
「人生を他人に何とかして欲しい」と思っている人間。
  
  
普通に考えたら、投資価値ゼロですよね(笑)
  
まぁ、研究には大きく役に立ってくれていますが。
  
  
自分の立場ぐらいはわからないとね。
  
  
私、底なしに優しいから、
甘える人間は、とことんどこまでも私に甘えようとします。
  
だから、自立心の強い人じゃ無いと、一緒にやってけません。
  
  
「自分に厳しくできない人間」に対しては、
面倒くさいけど、しゃーなしで厳しくしてあげているのです。
  
ほったらかしといたら、
他人の資源を食いつぶすまで食いつぶして、最後は自滅しますから。
  
まるで「寄生虫」か「癌」です。 
  
大して邪気と変わらない(笑)
  
  
さっさとパラサイトする側を卒業して欲しいですね。


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