2015年06月

2015年06月24日

精神的な美、物理的な美

私は、美しいモノが好きです。
  
それが、「精神的な美」であれ、「物理的な美」であれ、
【美しさ】をとても重視しています。
  
  
どちらかというと、「精神的な美」を優先しているので、
  
偉人たちの様に、
自分の【意志や信念、美学を貫く姿勢】に、とても共感・共鳴します。
  
  
でも、目に見える「物理的な美」にもやっぱり惹かれます。
  
  
私は、外で食事をする時には、
お店の内装(インテリア)も、新しくて美しい方が好きです。
  
いくら美味しい料理でも、
内装がボロっちい所で食べると、雰囲気がマイナスされて、
  
「総合的な体験の質」が落ちてしまいます。
  
  
「物理的な美」にも惹かれますがが、
  
今までは、面倒くさいと思って、妥協している部分がありました。
  
  
・インテリア
・服装
・持ち物
・自分の肉体
 
本当はもっと美しくしたいのに、
面倒くさいとか、お金がかかるとかを理由に、妥協していたのです。
  
  
次に引っ越す家は、新しくて美しい部屋です。
  
  
次の引っ越しを契機として、
  
【「物理的な美」にも妥協しない人間】になっていきたいです。
  
  
「精神的な美意識」については、飛び抜けて高い自信はありますが、
  
  
【物理的な美意識】
  
それが、今の自分に足りない、欠けているエネルギーでもあると思います。


mixiチェック

haxe501 at 14:02|Permalinkclip!

友達の基準

私に初めて「親友(男友達)」と呼べる相手が出来たのは、
高校生の時でした。
  
それから2〜3年置きに友達が入れ替わるモノの、
親友と呼べる相手はいつも居たように思います。
  
しかし、3〜4年前ぐらいから、
「自分にとっての親友」が居なくなりました。
  
  
まぁ、いろんな見方があるでしょうが、
ひとつの大きな理由は、私の成長スピードが速すぎるのです。
   
   
私はプロとして、「最短最速の成長法」を伝えていますが、
   
もちろん、それを教えている私自身の成長スピードが最も速いです。
  
  
一時的に仲良くなっても、 
1〜2年の間に、お互いの波動が離れすぎてしまって、
  
どうしても別れが来てしまうのです。
  
  
私の成長スピードが速すぎて、
他の人たちをぶっちぎってしまう訳です。
    
  
結局、同じ方向性、同じ理想の高さ、同じ成長スピードでないと、
  
いずれ「縁」というのは離れて行ってしまうのです。
  
  
しかし、私は、
  
【「人間関係」よりも「成長」を優先する】と決めています。
  
  
たとえ、
  
・両親と離れる事になっても、
・友達と離れる事になっても、
・恋人と離れる事になっても、
  
私は【自己成長を最優先】にします。
  
  
私にとっては、
 
・自分の使命に生きる
・成長と貢献の人生に生きる
 
それが最も重要な事だからです。
  
  
私は成長スピードが非常に速い。
  
ですから、初めから他人と仲良くしようと思いません。
  
  
【 自己成長を最優先にする! 】
 
という相手でないと、すぐに相手をぶっちぎってしまって、
「長い付き合いが出来ない」と言う事が解っているからです。
  
  
そして、私の伝える「最短最速の成長法」を学んでいなければ、
   
成長スピードに大きな差が出て、いずれ離れてしまうので、
  
結局、私のメソッドを学ぶ意志のある人間しか、
長い付き合いは出来ないのだと思います。
  
  
今振り返ってみると、友達が居た頃は楽しかったなぁ…と思います。
  
  
・自分の知らない分野の事を教えてくれたり…、
・共通の知り合いのネタで笑い合ったり…、
  
  
自分の知らない新しい事を学べることが刺激的でしたし、
冗談を言って、お互いを笑わせ合っていました。
  
  
でも、私は自己成長が最優先。 それは絶対に譲る事が出来ません。
  
  
ですから、私と同じく
「ハイスピードの自己成長」を最優先にする様な相手でないと、
  
もう友達にはなれないと思います。
  
  
そんな人間は、当然少ない訳ですが(笑)
  
  
今までは、どうせ裏切られるし、いずれ離れていくし、
 
それなら「友達なんか要らない」と思っていました。
  
  
でも、やっぱり過去の楽しかったことを思い出して、
 
友達がいたら嬉しいなぁと思います。
  
  
人間で居なければ、宇宙人でも良いのですが(笑)
  
  
今まで、 
  
ハート(感情・無意識)では、友達を欲しがっていたくせに、
マインド(思考・意識)では、それを否定していました。
  
  
それを認めたら、やっぱり孤独の悲しみがこみ上げてきて、
ネガティブ感情が出てきました。
  
  
本当は友達を欲しがっているのに友達ができないって悲しいなぁ…って。
  
  
私は、友達に対して、
相手を想って厳しい事をポロっと言うと、
  
手のひらを返した様に、自分を激しく責め立てられた…、
  
と言う経験がたくさんあるので、
  
友達に厳しいことを伝えるのに、怖れを抱いていました。
  
  
当時は、深い悲しみと怒りに襲われましたし、結構なトラウマです(笑)
  
  
でも、友達との別れを受け入れたので、
  
友達であろうと、もう厳しい事を言えると思います。
  
  
それで、また同じように手のひらを返されても、
  
以前のように、ネガティブ感情は湧かないと思います。
  
  
その結果、自分から離れていったとしたら、
  
「どのみち長い付き合いが出来なかった相手だ」と言う事です。
  
  
孤独になるのがイヤだったから、
手のひらを返されたときにネガティブ感情が湧いたのですが、
  
もう、友達が自分から離れていくことを受け入れました。
  
  
またひとつ、孤独を受け入れ、強くなりました。  
   
またひとつ、自分の孤独感が癒やされました。
  
そして、またひとつ、「無条件の愛」に近づきました。


mixiチェック

haxe501 at 14:02|Permalinkclip!

2015年06月23日

バカチキンへの許し

私は今まで、初めは自分に好意を持っていてくれていても、
  
ある段階で、急に手のひらを返された様に、
自分に敵意を向けられて、
  
石を投げられる様な事が、何度もありました。
  
  
一人や二人じゃ無いです。 
  
いまちょっと数えただけでも、
両手の指の数じゃ収まりませんね。
  
  
私はただ、「真実・真理」を知りたい、
 
そして、「真実・真理」を伝えたい。
  
  
ただそれだけなのです。
 
  
なぜって? 
 
それが【幸せになる為に必要な事】だからです。
   
   
しかし、フツーの人たちは、
 
・自分の信じてきたことを否定されたくない、
・自分がやってきたことを否定されたくない、
  
だから、
  
・自分が信じている事を否定される真実、
・自分がやっている事を否定される真実、
  
そんな真実ならば、知りたくないと考えるのです。
  
  
しかし、
  
・円周率は、「3.1415…」
・黄金比は、「1:1.618…」
・円の面積を求める公式は、「半径 × 半径 × 円周率」
 
これは、誰がやっても絶対に変わらないのです。
  
自然界の法則は、人によってコロコロ変わること無く、
万人に当てはまるのです。
  
  
計算する人によって、円周率が変わりますか? 
  
変わらないに決まってます。
  
  
もし変わったら、学校のテスト問題として出題できないでしょう?(笑)
  
  
自然界の法則は「絶対」なのだから、
私は自分の伝えている「真実」を曲げる事は出来ません。
   
  
いくら他人が、「中井さんの言ってることは間違ってる!」
 
と言われても、
 
私は自分の考えを「曲げたり、折ったり、相手に譲歩したり…、」
そういう事は、絶対に出来ないのです。
    
  
それは、「真実」をねじ曲げる事になるからです。
  
  
ガリレオ・ガリレイは、
 
地動説を唱えたことによって、
教会から異端者扱いされ、裁判にかけられ、
 
もう地動説を唱えないことを誓わされ、
軟禁(監視)状態でその後の一生を過ごしたそうです。
  
  
そうしなければ、「火あぶりの刑」にされてしまうからです。
  
  
でも、「それでも地球は回っている…」とつぶやいた事は、
有名な話です。
  
  
【 地動説は真実 】ですが、
当時は、認めたく無い人がたくさんいたと言うことです。
  
  
何故か? 
 
 
権力を持った教会にとって、
 
・今まで信じてきた事が否定される
・今までやってきた事が否定される
 
そんな真実だったからです。
    
    
人々の為に真実を追究しているのに、
人々から攻撃され、石を投げられる…。
 
    
その「怒り」と「苦しみ」が、私にはよく分かります。
 
 
私は、そんな経験ばかりしているので、
そりゃあメンタルが鍛えられるでしょう(笑)
  
  
でも、私が今後成長して行くには、
  
そんな、 
【真実をねじ曲げてでも、保身に走る様な人間】も、
  
許さねばなりません。
  
  
でも、許そうと思ったら、なんでそんな事をするのか?
 
自分が論理的に納得しなければなりません。
  
  
・なぜ、本当は弱いくせに強がるのか?
  
・なぜ、真実を検証しようとするのでは無く、
 ただ感情的になって、私を否定しようとするのか?
  
・なぜ、自分が生み出したネガティブ感情を
 私のせいにするのか?
  
  
そう考えたら、【その人たちの心(精神)が弱いから…】
  
という理由しか思いつけません。
  
  
私より意志が弱く、視野が狭く、勇気も無い。
  
 
ただ、 
 
・自分がやってきたことを否定されたくない
・自分が信じてきたことを否定さてたくない
 
 
真実を知って、
【 今までの自分の考えや行動を否定される事が怖い 】
   
  
だから、「真実」や「自分の弱さ」を直視する代わりに、
私を否定、批判し、攻撃する。
  
  
つまり、【完全なる責任転嫁】です。
  
真実を否定、批判するのに、論理的な根拠などありません。
  
   
彼らは弱いからこそ、保身に走り、逃げるのです。
 
彼らは弱いからこそ、真実を語る者を攻撃するのです。
  
  
そう思わなければ、彼らを許す事など出来ません。
  
  
みんなと仲良くするために、
中井さんも少しは自分の意見を譲歩したら?
  
  
って言われるかも知れませんが、
  
円周率は「3.14…」
  
【これは絶対に変わらない真実、法則】なのです。
  
  
だから、他人と仲良くするためであろうと、
   
真実をねじ曲げる事は出来ないのです。
  
  
  
相手が金持ちだろうが、有名人だろうが、
 
いかなる理由があろうとも、 
  
【真実をねじ曲げようとする人間の方がおかしい!】
  
私は、そのように思います。
  
  
真実をねじ曲げて人と仲良くするくらいなら、
真実を貫いて孤独でいる事の方がマシです。
  
  
  
コペルニクスやガリレオ・ガリレイは、
  
「地球は動いてる! 地球は回ってる!」って、
  
【真実】を語ったのです。
  
  
そして、異端者扱いされました。
  
  
たとえ異端者扱いされようとも、真実は変わらないのです。
  
  
でも、真実を追究しようとする人間は、少数派です。
  
  
大多数の人間は、
それほど、意志も強くなく、勇気もなく、視野も狭いのです。
  
  
【弱いから、真実を否定する】のです。
  
  
大多数の人の心(精神)はそれほど強くない、弱いのです。
   
   
だから、自分を否定する様な真実はねじ曲げて、 
真実を語る人間を否定、批判し、攻撃するのです。
  
  
手のひらを返した様に、
私を否定、批判、攻撃してきた人間は、
  
もれなく「心が弱い」のです。
  
  
弱いからこそ、私を否定、批判、攻撃するのです。
  
  
  
【人の弱さを許す事】が、私に課せられたテーマです。
  
  
そのテーマと向き合う度に、
  
自分が普通の人間では無く、非常に強い人間なのだと感じます。


mixiチェック

haxe501 at 09:12|Permalinkclip!

2015年06月22日

「論理」と「法則」の絶対性

私は、「論理・法則」という言葉をよく使いますが、
  
「論理」や「法則」というのは、絶対に揺るがないんですね。
  
  
私は、「心理」や「波動(スピリチュアル)」を、
  
「数学的」や「物理学的」な観点から研究している訳です。
  
  
みんな、小学校の算数の授業で、
たくさんの公式、定理を学んだと思いますが、
  
例えば、
  
・平面上に描かれ、直線で結ばれた三角形の内角の和は、
 絶対に180度である…とか、
  
・円周率は、3.1415…である…とか、
  
学校の先生が教えますよね?
  
  
それを聞いた生徒が、いくら「私は違うと思います!」
  
と言ったところで、【数学の公式や定理は覆らない】のです。
  
  
それは、「自然界の法則」だからです。
  
  
もし、算数・数学の授業で、公式や定理を教えられて、
  
「個人的にそれは違うと思う!」とか言い出すヤツがいたら、
  
「自分は頭が良い人間だ」と思い込んでいるかもしれませんが、
実際には、【だいぶ頭が悪い人間】のハズです(笑)
  
  
自分の脳みそで徹底的に考えれば、
  
【 基本的な公式や定理は絶対に覆らない 】
  
という事が理解できるハズだからです。
  
   
私が伝えているのは、そういう事なので、
  
いくら私の意見に反対したい人が、
「それは違うだろう!」と言ったところで、覆らないのです。
  
  
私が自分のメソッドに絶対的な自信があるのは、
  
【 絶対的に揺るがないモノ 】を研究しているからです。
  
  
そして、数学や物理学などで、
  
「公式、定理、法則」を導き出したり、
または、「公式、定理、法則」を理解する為に用いられるのが、
  
【 論理的思考 】なのです。
  
  
と言うことで、私の伝える法則を素早く理解し、
  
私が伝えるメソッドを早く吸収し、会得できる人間は、
  
【 論理的思考に長けている 】と言えます。
  
  
逆に、私の伝えるメッセージを理解できない人間は、
  
【非論理的な「矛盾した思考」をしており、「感情的」である】
  
と言えます。
  
  
要は、「考え」が足りないのです。
  
  
そういう人間は、他人(権威)から教えられた事を鵜呑みにして、
  
すぐに洗脳されてしまう様な人間だと言う事です。
  
  
学校では、いろんな授業が行われますが、
  
「学校で教えていた歴史が間違ってました! 覆りました!」
と言うことはあるかもしれません。
    
   
でも、
 
「学校で教えていた
 数学の公式、定理が間違ってました! 覆りました!」
  
と言うことは、あり得ません。
  
  
「公式や定理」というのは、
  
【誰が計算、検証しても揺るがないと証明されたモノ】だからです。
  
  
【証明】が為されない限り、公式や定理とは呼べ無いのです。
  
   
現代で使われているあらゆる機械、建造物、ソフトウェアは、
「証明されている数学」を用いて造られていると思います。
  
  
例えば、建築物を造る時には、
  
「これぐらいの高さでも、これぐらいの強度であれば倒れない!」
という計算式があるはずです。
    
  
数学の公式・定理が覆ると言うことは、
  
「その計算式が間違っていた!」という事と同じです。
  
  
世界にビルが何軒建っていると思いますか?(笑)
 
それが、全て間違った計算式で建てられていると思いますか?(笑)
  
  
人類も、そこまでバカじゃありません(笑)  
  
  
確実な「数学的な土台」を元にして、造っているハズです。
  
  
と言うことを踏まえて、
  
私が今まで研究してきたのは、
  
【 絶対に揺るがない、心理と波動の法則 】なのです。
  
  
と、私はこういう事を当たり前に考えるので、
  
これを理解できない人がいると、
「こんなにも簡単明瞭な事を、何故理解できないんだろう…?」
  
と思ってしまいます。
  
  
きっと、「自分の頭で考える」という事が足りないんでしょうね。
  
  
だって、大昔の偉大な数学者が研究して発見した公式、定理を、
 
現代では、小学校で習うんですよ?
  
  
私みたいに、公式や定理を自力で発見する事は出来なくとも、
  
学び、理解する事は、「小学生、中学生レベル」だと思います。
  
  
だからいつも、「おかしいなぁ…?」と思っています。
  
  
中学校の数学で、
  
【図形の証明】というのを習うと思います。
  
  
証明のやり方を教われば、
  
中学生でも、「これは揺るがないんだ!」
  
と言うことが理解できると言うことですよ。
  
  
私のメッセージを理解もしないで、反発するって事は、
  
検証も証明もせずに、ただ先入観で判断しているという事です。
  
  
私は、「誰でも計算すれば証明できる事」を伝えているのと同じです。
  
  
やってみればわかります。
  
  
自分で計算や検証もしないで、「定理が間違っているんだ!」
  
なんて言うのは、メチャクチャなんですよ。
  
  
そんな中学生がいたら、先生も手を焼きますね(笑) 
  
   
どう考えても、「定理や公式」では無く、
「お前の計算のやり方」の方が間違っているだろう、と(笑)
 
ただ、自分が間違っている事を認めたくないだけだろう、と(笑)
  
  
私ほど論理的思考に長けておらずとも、
  
少し自分の脳みそで考えられる人なら、理解できると思いますが…。
  
  
まぁ、テレビばっかり見ていると、
  
「自分の脳みそで考えるチカラ」を奪われますからね。
  
  
ホント、自分の脳みそでシッカリと考える、
頭の良い人が増えて欲しいなぁと思います。


mixiチェック

haxe501 at 08:54|Permalinkclip!

2015年06月21日

信じること

私は、「スピリチュアル(宇宙的)な生き方」をしています。
  
宇宙の常識は、現代社会の非常識、
現代社会の常識は、宇宙の非常識。
 
 
ですから、そんな自分を常識人が見たとしたら、
理解できない部分も多いと思います。
  
  
私の生き方の根幹は、
 
【 自分がどう生きるべきかを、天(高次元存在)に委ねている 】
 
と言うことです。
  
  
どういう事か? と言うと、
  
【天が自分を幸せに導いてくれる】という事を完全に信頼し、
  
その代わり、【自分は天の導きに完全に身を委ねる】
  
と言うことを、コミットメントしているのです。
  
  
・天が、この人を助けろ!と言うなら、何が何でも助けます。
・天が、この人は放置しろ!と言うなら、ぐっと堪えて放置します。 
・天が、全体の為に死ね!と言うなら、潔く死にます。
  
それぐらいのコミットメント(信頼・覚悟)です。 
  
  
この時点で、訳がわからない人がいると思いますが(笑)
  
  
でも、私にとってみれば、
 
徹底的に論理的に考えて導き出した、
非常に「理に適った結論」なのです。
  
  
結局、自分という存在は、視野が狭いのです。
  
高次元存在の視野の広さに比べれば、
自分は【盲目にも等しい】と思います。
  
  
自分は目が見えていないのだから、
目に見える人に導いてもらった方が確実。
  
非常にシンプルで、カンタンな事です。
  
  
で、「自分が盲目だ」って事が解っていない人は、
  
人生を無闇に歩いて、壁に頭をぶつけるのです(笑)
  
  
地球上で生きている人間は、みな盲目です。
  
  
高次元存在ならば見える「オーラ」も見えない人間が多い訳で、
  
高次元存在に比べれば、「見えていない領域」が多すぎます。
  
  
だから「盲目の私」は、
天の視野の広さに頼り、天に身を委ねるのです。
    
  
私は、視覚で見えなくとも、
  
自分をポジティブな方向に導こうとしている高次元存在が
存在している事を、確信しています。
  
存在を感じるから、身を委ねるのです。
  
  
私は、自分が世界一になるとか、弟子を偉人にするとか、
  
【 人の可能性、将来性、ポテンシャル、潜在能力 】
  
というモノも、信じています。
  
  
「なぜ信じられるか?」 と言うと、
  
これも【論理的に考えて導き出した結論】です。
  
  
もしかしたら、夢は叶わないかも知れないけど、
  
夢を掲げて、夢に向かっていくプロセス自体が楽しいから、
夢を掲げて、夢に向かっていくのです。
  
  
もちろん、無謀な挑戦という訳では無く、確かな自信もあります。
  
  
なぜ、それほどまでに自信があるのか?と言うと、
  
私の研究してきたことが、「宇宙の法則」だからです。
  
  
私の開発した「成長メソッド」は、
【やる気さえあれば、絶対に結果が出せるメソッド】なのです。
  
  
私には「やる気」がありますし、弟子にも「やる気」があります。
 
だから、「結果が出る事が目に見えている」という訳です。
  
  
私の研究してきたことが「法則」では無く、
やる気があっても、結果が出るかどうかわからないメソッドだったら、
  
私もここまでの自信は持てません。
  
  
弟子に対して、「私に命を預けろ! 人生を預けろ!」
なんて、自信を持って言えるわけがありません。
  
  
しかし、私は自分のメソッドに「絶対的な自信」があるので、
  
【私に命を預けろ! 人生を預けろ!】と、
自信満々で言うことが出来るのです。
  
 
「他人の人生を自信満々で背負える人」なんて、
ほとんどいないと思いますけどね(笑)
 
  
でもそう言えるのは、
 
私が開発したのは、
【絶対に揺るがない、法則に基づいたメソッド】だからです。
  
  
そうでなければ、「他人の人生」など怖くて背負えません(笑)
  
もし、自分が結果を出せなかったとしたら、責任取れませんからね(笑)
  
  
天の意志に従い、天に身を委ねる、天の操り人形。
  
わかりやすく言うと、 
私は、仏陀やキリストみたいな役割をもった人間だと思います。
  
  
「自分は仏陀やキリストの生まれ変わりだ!」とか言うと、
怪しい宗教家ですがね(笑)
  
  
私は、「天の意志」に従い、「自分の使命」に生きることが、
  
【もっとも自分が幸せになれる道】だと信じています。
  
  
男女関係においても、
誰とどのように結ばれるか?とか、いつ子供が出来るか?とかも、
  
天の導きに従います。
  
  
「お前に自分の意志は無いのか!?」
  
と言われそうですが(笑)
  
  
でも、「天の意志に従う」と決めたのは、紛れもない自分の意志です。
  
今からでも、自分の意志によって、
「天の意志から外れる」という事も出来るわけです。
  
  
でも、天の意志から外れたら、自分は幸せになれないと思うから、
私は天の意志に従い続けます。
  
  
別に、私は誰かに「強制」や「命令」をされている訳ではありません。
  
私の意志は、完全に自由です。
  
 
私は、自分の頭で徹底的に考え抜いて、全て納得した上で、
誰に従うか?を決めているのです。
 
  
私は、自分が「天の意志」に従うことで、
  
自分も、自分を取り巻く周りの人たちも、
【みんなが幸せになれる】と言うことを信頼しているのです。
   
   
【結果的(最終的)に、
 みんなが幸せになれるよう、自分を導いて下さい】
  
と、天に祈り、お願いをしています。
  
  
私は、地球上で生きている人間の中でも、
最も高次元存在に近い人物の一人だと思います。
  
だから、弟子に対しても、
私と同様のコミットメント(覚悟・信頼)を求めます。
  
  
私には、「天の視野」があり、「絶対に結果が出るメソッド」があり、
 
必ず弟子たちを「ポジティブで幸せな方向」に導けるのだから、
  
「私に人生を預けろ」と言うことです。
  
  
もし、私を信じられないのだとしたら、
  
それは、
 
・論理的に考えていないか、
・裏切られる事への怖れがあるか、
 
どっちかでしょう。
  
  
「論理的」に考え、「怖れ」を無くせば、
【 信じる事の方が自然だ 】と、思える様になります。


mixiチェック

haxe501 at 12:18|Permalinkclip!

2015年06月20日

「学ぶ姿勢」と「美学」

昨日の弟子との集まりで伝えたことの本質は、
集約されると、この2つ。
  
  
まず、「学ぶ姿勢」と言うことに関してですが、
  
「私のアドバイスに素直に従わないとはどういう事か?」
って事なのですが。
  
  
私は、天才なんです。 世界トップレベルの天才。
 
その私が10年以上かけて、
 
・効率良く成長していくにはどうすれば良いか?

・出来るだけ負担・負荷を減らして、
 ラクに成長して行くにはどうすれば良いか?
 
って事を研究し尽くしてきたんです。
  
  
そして、私は無駄が嫌いですから、
私は無駄な事は言わないんです。
 
私がやれって言ったことは、
絶対に成長に必要なことなのです。
  
  
並の教育者であれば、
間違った事も言うでしょう、無駄な事も言うでしょう。
 
でも、私は妥協無き研究者であり、教育者です。
  
  
その私の助言を実践しない、
私の言われたことをやりたくないって事は、
  
もしかして、
  
「私から言われたことをこなさなくても、
 成長できる方法があるとでも思っているのか?」
  
「そんな私より優れたアイデアを、
 自分が思いつくとでも思ってるのか?」
  
って話です。
  
  
私以上の天才であれば、私から学ぶ必要は無いでしょう。
 
一人でやっていけば良い。
  
  
でも、そうじゃないと言うのであれば、
  
私から言われたことを素直に実践しないって事は、
  
【成長・成功・幸せ・現実好転を、人生を諦めて下さい】
って話です。
  
  
非常にシンプルでカンタンな話です。
  
  
私が、「淀川に飛び込め!」って言ったら、
効率の良い成長にはそれが必要なのです。
 
私が、「今すぐ踊れ!」って言ったら、
効率の良い成長にはそれが必要なのです。
  
私が「宝石を買え!」って言ったら、
効率の良い成長にはそれが必要なのです。
  
  
で、それらをやりたくないって言うのであれば、
「成長は諦めて下さい」って事なのです。
  
  
だから、弟子の中でも、
  
「私の言うことを信頼して、何でも言うことを聞く!」
という覚悟のある子が、成長が速いのです。
  
  
私から言われたことでも、
「自分がやりたくないからやらない」
 
という弟子は、非常に頭が悪いのです。
  
  
「論理的な思考」が出来ておらず、
何も考えず、ただ「感情」に流されているからです。
  
  
【自分より中井さんの方が、
 経験も豊富だし、頭も良いし、精神性も高い、
  
 だから、中井さんの言うこと全面的に信頼しよう】
  
と考えるのが、頭の良い弟子です。
  
  
「ただ、やりたくないからやらない」
  
という考えしか持っていない弟子は、
「自分は頭が良い」とでも思っているのでしょうか?
  
そういう「自惚れ」を持っているのが、頭の悪い弟子です。
  
  
学ぶ姿勢に関してはそんな感じですが、
もうひとつは「美学」
  
  
私は、自分の命より、お金より、「美学・信念」が大切です。
  
だから、例え死んでも、お金を失っても、美学、信念を貫きます。
  
  
私にとって、信念を折ると言うことは、自分の心を殺すことです。
  
肉体が生きていても、心だけは殺したくないのです。
  
  
例え、他の何を失っても、自分の心だけはイキイキさせていたい。
  
  
でも、現代社会に生きるほとんどの人間は、
美学や信念よりも、「命」や「お金」の方が大事でしょう。
  
  
だから、「お金」の為に「自分の魂」を売っているのです。
  
   
そういう人間をみると、私よりも精神的に未成熟だなと思います。
 
要は、精神的には「ガキんちょ」です。
  
  
私よりお金を持っていようが、有名だろうが、年上だろうが、
  
私の方がよっぽど精神的に成熟していて、精神的に強いのです。
  
  
だから、私から見たらこの社会は
「(精神的な意味で)ガキんちょ」だらけなのです。
  
  
私の自慢は、
【お金の為に自分の信念を折ったことが無い】という事です。
  
  
命についても同じです。 
  
信念を貫いて死ぬなら本望です。
  
信念を折って、惨めに生きながらえるよりよっぽど良い。
  
  
私にとっては、自分の「心(精神状態)」が何よりも大切だからです。
   
   
弟子たちの中にも、まだ全員ではありませんが、
 
「自分の命よりも美学・信念を優先する!」と決意している子がいます。
  
  
そういう子は、
 
【たとえ中井さんの指導が受けられなくなっても、
 たった一人になっても使命に生き、死んでも使命を全うする!】
  
という覚悟を決めています。
  
  
私は、その言葉を聞くと、非常に嬉しくなります。
  
  
私の目的は、そういう人間を育てる事だからです。
  
  
「中井さんが必要だから、ずっとサポートして下さい!」
  
って言われるよりも、
  
「中井さんがいなくても、たとえ一人でもやっていきます!」
  
って言われる方が、よっぽど嬉しい。
  
  
それこそが、本当の【 精神的自立 】です。
  
  
昨日は、「学ぶ姿勢」と「美学」について、
改めて考え直し、初心に帰る良い機会でした。
  
  
やっぱり最後には、【心の強い人間】が勝つ。
  
だから何事においても、メンタル、心理が一番大切なのです。


mixiチェック

haxe501 at 13:50|Permalinkclip!

2015年06月19日

人一人の価値

はこぶね倶楽部の人たちが、
お互いを励まし合っているのを見ると、
  
本当に自分もがんばってきた甲斐があったな…と思います。
  
  
今、はこぶねメンバーとして残っている人でも、 
「成長を諦めようかどうか…?」と、
  
一時は落ち込んで、悩んでいた人もいると思います。
  
  
でも、本当に私も相手も、諦めなくて良かったですね。
  
  
・自分を励ましてくれる相手
・自分を認めてくれる相手
・自分を愛してくれる相手
  
そういう人が一人減るだけで、ものすごく切ない事だと思いますし、
  
そういう人が一人増えるだけで、ものすごく励まされると思います。
  
  
ですから、人一人がポジティブになっていくと言うことには、
とてつもなく大きな「意味」と「価値」があるのです。
  
  
だからこそ、私は一人残らず全員の事を真剣に考えているのです。
  
一人一人に、ものすごく大きな可能性が秘められているからです。
  
  
その可能性が開花するかどうかはわかりません。
  
もしかしたら、やっぱり途中で諦めてしまう人もいるかもしれません。
  
  
でも、開花したらものすごい事になるわけですから、
  
その「可能性」に賭けて、全力で、
落ちそうな人でも引っ張り上げてきました。
  
  
正直、今まで私がサポートしてきた人って、
  
現代社会ではあまり評価されない人たちだと思います。
  
  
弟子たちにしたって、現代社会の評価軸で判断すれば、
   
【劣等生、社会不適合者】も良いところです。
  
  
しかし、【成長意欲】だけは、他の人よりも強いわけです。
  
  
そして私は、【成長意欲】さえあれば、
  
誰だって成長して、夢を理想を叶えられる方法を伝えている訳です。
  
  
そして、たった一人でも大きく成長していけば、
その一人が、多くの他人に貢献できる様な人間になるのです。
  
  
私が育ててきた中で、一番成長しているのは、
もちろん国本さんです。
  
  
そして、国本さんは他人に大きく貢献できる能力を備えました。
  
  
これからは、他のメンバーも、
国本さんみたいになっていきますからね。
  
  
今の国本さんみたいな人が、10人、20人と増えていけば、
結構すごい事になりそうでしょう?(笑)
  
  
その頃には、私や国本さんはもっと先を行っていて、
もっと高い次元で活動しているでしょうけどね。
  
  
これからは、そういう未来が待っているのです。
  
  
なぜなら、この2年間、
私も、はこぶね倶楽部のメンバーも、本当によくがんばったからです。
  
  
過去の地道な努力、着実ながんばりは、【必ず実を結ぶ】のです。
   
逆に言うと、成長をサボっていると、何も起こりませんが…。
  
  
私は、がんばったら、頑張った分だけ結果が出る方法を伝えています。
  
そして、みんなが頑張ったから、良い結果が出るのです。
  
  
人一人が大きく成長したら、とんでもない事が起こります。
  
  
そして、私の周りにいるのは、一人どころではありません。
  
たくさんの人数がいるのです(笑)
  
  
だから、これから年を重ねていく毎に、
とんでもない事がたくさん起きます(笑)
  
  
1年後は? 3年後は? 5年後は? 10年後は?
   
みんなどうなっているでしょう?
  
  
楽しみでなりません。


mixiチェック

haxe501 at 17:44|Permalinkclip!

2015年06月18日

ポジティブな世界

2015年は、本当に変化の激しい年ですね。
  
来年はさらに変化の激しい年になるでしょうから、
  
これからいよいよ、
ジェットコースターの様な世の中になっていきそうです。
  
  
パラレルワールドの分化も加速していますから、
  
自分と近しい思想の人が引き合い、
自分と違う思想の人は離れていきます。
  
  
私の思想のコアは、【宇宙の真理、宇宙の法則】です。
  
逆に言うと、
  
私の思想の対極が、【世間の常識】というヤツです。
  
  
私と一時的に縁があっても、
 
結局は、
  
・宇宙の真理に沿った生き方をするのか?
・世間の常識に沿った生き方をするのか?
  
本質的にその部分が問われます。
  
  
スピリチュアル関係の仕事をしている人の中でも、
「宇宙の真理」より、「世間の常識」を優先している人はいます(笑)
  
  
要は、そういう人にとって、
スピリチュアルは単なる金儲けの手段なのです(笑)
  
  
「自分の精神性、霊性を高めよう!」という【向上心】も無ければ、
「世の中を良くしよう!」とか、そういった【使命感】もありません。
  
  
結局は、「金持ちスゴイ!」とか、
目に見えるモノに囚われているのです。
  
  
本当に、霊的に成熟した魂であれば、
  
・自分自身のアセンションを目指す
・地球全体のアセンションを手伝う
  
と言う様な、「人生を懸けた目標、目的」に行き着くハズです。
  
  
私の元で成長を続けている人は、
   
意識的であれ、無意識的であれ、
そういう目的、目標を潜在的に持っているハズです。
  
  
ポジティブな世界とは、
  
・全ての人の願いが同時に叶う
・全ての人の心が同時に満たされる
・全ての人が同時に充分に愛される
・全てが順調に上手く行く
  
その時、
  
・誰の何も失われない
・誰の何も奪われない
 
 
そういう世界です。
  
  
宇多田ヒカルの歌で、
 
「みんなの願いは同時には叶わない〜♪」
 
と言うのがありますが、
  
ネガティブな世界ではそうでしょうが、
  
ポジティブな世界では、
【みんなの願いが同時に叶う】のです。
  
  
だから遠慮無く、自分の「欲望」と「願い」を満たせば良いのです。
  
自分が満たされたところで、それは他人から奪うことではありません。
  
  
「奪い合い」は、ネガティブな世界で行われることであり、
 
ポジティブな世界は、【満たし合い】の世界です。
  
  
自己犠牲的な人は、
「自分を満たすこと」に対して遠慮し過ぎです。
  
遠慮なんか要りません。
  
  
自分を充分に満たしても、それは「他人から奪うこと」では無いのです。
  
自分が幸せになったとしても、
「他人も同じだけ幸せになる」という真実を信じる事です。
  
  
例えば、私は弟子を複数人育てていますが、
  
弟子が増えたからと言って、
一番弟子の国本さんに注ぐエネルギーが減ったか?
  
と言われても、別に減っていないのです。
  
  
むしろ、弟子仲間が増えたおかげで、
メリットやポジティブな影響の方が、めちゃくちゃ大きいわけです。
  
  
私も成長していますから、
みんなに注げるエネルギーの絶対量が増えていますし、
  
国本さんも成長して、自立していっていますから、
私に対する依存度が減っています。
  
  
だから、万事上手く行っているのです。
  
  
「男女関係」や「親子関係」も同じです。
  
自分が新たに愛されるからと言って、
他人に注がれる愛の量が減る訳ではありませんし、
  
他人が新たに愛されるからと言って、
自分に注がれる愛の量が減るわけではありません。
  
  
兄弟、姉妹同士で、親の愛の奪い合いをしている子もいますが、
 
「自分が愛されるかどうか?」は、
【自分の「愛を受け取る器」の大きさ】に掛かっています。 
  
  
それ以外の事は、関係無いのです。
  
他人は、一切関係無いのです。
  
  
「独占欲」というのは、奪い合いのマインドから生まれます。
  
【 他人の受け取る量が増えれば、自分の分が減る 】
と思うから、独占したくなるのです。
  
【 自分の受け取る量が増えれば、他人の分が減る 】
と思うから、自己犠牲的になってしまうのです。
  
  
その不安は幻想です。 全員が同時に満たされる事は可能です。
  
  
真実は、
    
【 自分の愛を受け取る器を大きくすれば、今までよりもっと愛される 】
 
  
ただそれだけの事でしか無いのです。
   
  
自分よりも、兄弟の方が愛されている様な気がしても、
  
それは、自分の「愛を受け取る器」が小さいだけなのです。
  
  
自分の「愛を受け取る器」を大きくすれば、
 
【 自分が、既に充分に愛されてきたこと 】に気付きます。
  
  
だから、他人の事なんか気にしないで、他人に遠慮せず、
  
【自分の「愛を受け取る器」を広げることだけ】に、
  
意識を集中させれば良いのです。
  
  
その為に何をすれば良いのですか?って話なのですが、
 
もちろん、メンタルブロックを外す。 悲しみを感じる。
 
 
それ以外に方法はありません。
  
 
メンタルブロックを外すにはどうすれば良いのか?
  
もし可能であれば、
「愛情深い人(愛の波動が高い人)の助け」を借りることです。
  
  
厳しい愛か、優しい愛か、どちらかの愛を注がれることによって、
  
メンタルブロックは外れやすくなります。
  
  
メンタルブロックを外すには、「高いエネルギー」が必要です。
   
  
私も、女性性のメンタルブロックを外すために、
女性性(女性エネルギー)が高い人のお世話になりました。
  
  
自分でやるのも良いですが、他人の助けを借りた方が早いです。
  
  
・自分が外したいメンタルブロックが既に外れている相手、
・自分に欠けているエネルギーを持っている相手、
  
そういう人が、
自分のメンタルブロックを外すのに役立つ相手です。
  
  
他人の助けを借りて、どんどん自分のメンタルブロックを外す事です。
  
そうして、自分が速く成長すれば、
   
その分だけより早く、
今度は自分が他人を助けることが出来ます。
  
  
自分が救われることは、他人を救うことと同じなのです。
  
  
「自分の幸せ」が、「他人の幸せ」の役に立つのです。
  
  
「他人の助け」を借りつつ、
  
ネガティブな観念をポジティブに書き換えて、
ネガティブな感情を、どんどん手放して行きましょう。


mixiチェック

haxe501 at 17:44|Permalinkclip!

2015年06月17日

人に関する最大の関心事

私は、自分に対しても他人に対してもそうですが、
  
その人の【将来性、方向性、素質、才能、個性、使命…】
  
そういったモノに強い興味があります。
  
  
逆に言うと、それ以外の事はどうでも良い。
  
  
人生、長い目で見てハッピーになろうと思ったら、
  
大筋で見て、
  
・ポジティブな方向に向かっているか?
・ネガティブな方向に向かっているか?
  
  
その人にはどのような素質や才能、使命があって、
それが開花すれば、
  
・世にどれだけのインパクトがあるのか?
・世にどのような貢献ができるのか?
  
と言うことが、大切です。
  
  
だから、私が他人を見る時は、
  
・現在の「大筋の方向性」を見抜く
・固有の「素質と才能」を見抜く
  
そういう目線で見ています。
  
  
で、大筋でネガティブな方向に向かいそうだったら、
  
なんとかして、ポジティブな方向に向かわせようとします。
  
  
私が他人に提供したいことは、
  
【 長い目で見て、ハッピーな人生 】です。
  
   
そして、私が見ている部分は、
  
その「長い目で見てハッピーな人生を送る」と言うことに対して、
  
【本質的かつ、最も重要な部分】です。
  
  
私は、本質を見抜くプロなので、
いつも、「大事な部分」と「そうでない部分」がわかります。
  
  
で、重要で無い事にはエネルギーを割かないのです。
  
だから、細かいことが気になりません。
  
  
昔、私がとある初対面の大学生と話した時に、
 
「中井さんの好きな食べ物は何ですか?」
 
と質問されたことがありました。
  
  
「心理のプロとして会っているのに、
 そんなどうでも良い事聞くか!?」
  
「自分の事を舐めているのか!?」
  
と思いました(笑) 
  
  
もっと他に、お互いにとって重要な話題があるだろう!と(笑)
  
  
自分がそんな風に思っているから、他人に対してもそう思っています。
  
  
私の願いは、その人に
「長い目で見て幸せな人生」を送ってもらうこと。
  
  
だから、その点における「一番重要な部分」がいつも気になります。
  
  
逆を言うと、それ以外の事にはあまり関心が無い。
  
  
物事には何でも優先順位があります。
  
  
まずは、長期的に見てポジティブな方向に向かってもらわないと、
目先の一瞬だけ、どれだけ喜んでもらっても、
  
後になって苦しみが続いてしまいます。
  
  
一瞬の喜びは、長期的な幸せが手に入ってから追求すれば良いと思います。
  
  
長期的な幸せも手に入っていないのに、一瞬の喜びを追い求めていると、
  
きっとそれは、後々ずっと苦しい人生が待っています。
  
  
  
人生や物事を長期的な目線で見る人からすれば、
  
私はものすごく愛の溢れる人でしょうが、
  
  
目の前の事しか考えていない様な人からすれば、
  
私は面白みの無い、カタブツ人間かもしれません。
  
  
まぁ、弟子たちの中でも「長期的目線」が無い子ほど、
  
私の真意を理解できずにいるでしょう。
  
  
で、自分の狭い視野でしか私の行動を計れず、
  
表面的な部分だけを見て、勘違いして、
 
「中井さんの方が間違ってるんじゃ無いのか?」
  
とか思い始めたりするのです。
  
  
まぁ、【自惚れるな! 身の程を知れ!】って感じですな。
  
  
【自分の「視野の狭さ」を理解し、現在の自分では理解できずとも、
 自分より視野の狭い人の意見を優先しよう】
  
と言うのが、「信頼」であり、「謙虚さ」であり、「素直さ」です。
   
   
自分のチンケな脳みそで理解できるかどうか?
 
なんて、本当にどうでも良い事です。
  
  
自分の脳みそで理解できない事など、腐るほどあるのだから。
  
  
「自分の脳みそで理解できない限り、撥ね除ける」と言うのは、
  
【非論理的な思考をしている、頭の悪い人の考え】です。
  
  
  
大事な事は、
【 自分の意志で「信じる」と決めた人を信じ続ける事 】
  
もし裏切られたら、「自分の人を見る目」が無かっただけ。
  
  
だからこそ、【人を見る目】が何よりも大切。
  
私はたくさん裏切られてきたので、人を見る目が鍛えられました。
  
  
【 人を見抜き、見抜いた人を信じる 】
  
それが私の人間関係の根本です。
  
  
人を見抜けないと、本当に痛い目を見ます。
  
私は基本的に人を信じますが、
さんざん信じても仕方が無い人を信じ、裏切られてきました。
  
だから、良い具合に「人間不信」になり、
人を信じる事に対して慎重になりました。
   
  
私は【人間不信】という言葉を、
「ネガティブな意味」では言っていません。
  
無闇に他人を信じるよりも、慎重で良い事だと思います。
  
  
まぁ、似た言葉の【対人恐怖】はネガティブですけどね(笑)
  
  
だから、私の事を疑うなら、好きなだけ疑えば良いと思います。
  
国本さんですらも、私の事を疑い続けて来ました。
  
  
でも、国本さんが私の事をどれだけ疑っても、 
私は【自分の信念】と【言行一致】を貫いているので、
  
結局は、「この人は信頼できる人間だな」という所に落ち着くのです。
  
  
「見る目を鍛えるとか、見抜く」って言うのは、
ある意味、「初めの段階では疑いの気持ちを持つ」と言うことです。
  
  
どんな人も信じる必要はありません。
  
【 自分の人を見る目を鍛え、見抜いた人を信じる 】
  
  
それが、良い人間関係を手に入れ、良い人生を送る上で大切な事です。
 
それこそが、人間関係で「真剣になるべきポイント」なのです。


mixiチェック

haxe501 at 08:27|Permalinkclip!

2015年06月16日

手のひらを返す人間

私は過去に、
  
それまでは仲良くしていた人でも、  
私の違う一面(厳しい一面)を見た瞬間に激高して、
  
いきなり手のひらを返した様に責められ、
敵視される様な事がよくありました。
  
  
・学生時代お世話になった先生 
・過去の弟子
・過去のビジネスパートナー
  
  
みんな、仲良くしていたのに、相手をすごく大切に想っていたのに、
急に態度を変えて、私に対して怒りをぶつけ、去って行きました。
  
  
だから、私は普通の人に対して人間不信なのです。
  
  
人の言葉を信じられない。
  
人の一貫した態度、行動しか信じられない。
  
  
今の弟子たちに対しては、
  
私が限界まで思いっきり厳しくしても、
それでもまだ残っている訳だから、信じられます。
  
  
今の弟子たちに対しても、
厳しくする事に恐怖を感じ、躊躇していた時期もありました。
  
【厳しくしすぎたら、また自分から去って行くかも知れない…】
  
という風にです。
  
  
でも、私の与える厳しさに耐えられないとしたら、
  
どのみち長い付き合いは出来ないと思うので、
  
私も勇気を持って、「厳しい事」を言い続けてきました。
  
  
ブログ記事も同じです。
  
  
私の記事の厳しさに耐えられない人が私のお客さんになっても、
  
絶対に成長する事は出来ませんから、
  
  
私の記事の厳しさに耐えられる人だけ、読み続ければ良いし、
  
それに好感を持てる人だけ、お客さんになってくれれば良い。
  
  
そんな気持ちで、厳しい事を書き続けています。
  
  
そんな感じで、
  
女性に対しても、自分のシビアな一面を見せて、
それでも残ってくれる人がいたら、きっと信じられると思います。
  
  
でも、まだ自分のシビアな一面を見せることに抵抗があります。
  
メンタルブロックが残っているますので。
  
  
自分と仲良くしてくれていても、自分の何らかの一面を見た瞬間、
   
【また、手のひらを返した様に、
 自分に対する態度が急に変わったらどうしよう…?】
  
と言う様な恐怖が残っています。
  
  
私は、自分の愛する人であれば、 
  
その人のどんなネガティブな部分を垣間見たとしても、
その人を許し、受け入れ、愛そうと努力します。
  
初めはネガティブ感情が沸くかも知れませんけどね(笑)
  
  
でも、それを乗り越えて、
無条件に愛せる様になりたいと思います。
  
  
結局、
  
・手のひらを返す人間
・態度が急に変わってしまう人間
  
を許さねばなりません。
  
  
そうじゃないと、私は人を信じられません。
  
  
・愛しているのに相手を信じられない
・愛されているのに相手を信じられない
  
だから、非常にもどかしいのです。
  
  
自分が大切に想っていた人に、急に態度を変えられてきたので、
自分が大切に想う人ほど、そうされるのが怖いのです。
  
  
結局、私の人を見る目が無かったと言えば、それまでですけどね。
  
  
初めから、「この人はいずれ離れていく人だ…、」
   
と受け入れられていれば、傷つく事も無かったわけですが。
  
  
私は弟子を育てていて、思います。
   
誰と長い付き合いが出来るかは、まったく解りません。
  
  
今の弟子たちは、
過去にまったく予期していなかったメンバーです。
  
  
自分の全てをさらけ出して、
 
それでも自分を受け入れてくれる人。
 
 
その人こそ、長い付き合いが出来る人です。
 
それは、実際に本当の自分をさらけ出してみないと解りません。
  
  
でも、その前に【 自分の全てをさらけ出す勇気 】が必要です。
  
  
全ては陰陽表裏一体です。
  
自分に「幸せ(優しさ)」を与えてくれる相手ほど、
同時に、自分に「試練(厳しさ)」も与えてくる相手なのです。
  
  
私は、愛する人の「陽の部分」だけでなく、
「陰の部分」も含めてまるごと愛したい。
  
それが、自分の幸せでもあるからです。
  
  
私の「陰の部分」を見ても、
それでも私を受け入れてくれる相手。
  
  
そういう人を、疑わずに信じたいです。 恐怖と悲しみを乗り越えて。


mixiチェック

haxe501 at 19:23|Permalinkclip!