2015年05月

2015年05月19日

宇宙に守られている感覚

国本さんに、チャネリングで
「将来に希望が持てる様な情報を降ろしてくれませんか?」
 
とお願いして出てきた情報が、未来の私の仕事に関する事でした。
  
  
未来の私は、
 
【「宇宙の文明」と「地球の文明」を繋ぐ架け橋、
 パイプ役を担うことになる】
 
と言う事でした。
  
  
「宇宙人の考え」も、「地球人の価値観」も、
両方を理解できる存在として、
  
両側の文明から、とても重宝されるらしいです。
  
  
そして、人類の中でたった一人、私にしか出来ない、
とても重要な仕事や決断を行う事になる、
   
という情報も降りてきました。
  
  
そういう話を聞くと、めちゃくちゃワクワクします(笑)
  
  
今まで、どんなに努力しても、
認められない、褒められない、必要とされない…
 
と言う事を感じてきたので、
その「陰」を背負ってきた分、「陽」も大きいわけです。
  
  
私は将来、誰もが認め、誰もが必要とする存在になれると思います。
  
  
つまり、私は地球人にとっても、宇宙人にとっても、
  
【最重要人物】という事です。
  
  
ですから、高次元の存在が、
  
私の「仕事、使命」の「大きな邪魔や障害」となる様な、
そんな現実は、絶対に起こさせないと思うんですね。
  
  
私は、【天(高次元)の采配に従う】とコミットメントしています。
  
  
ですから、天が寄こしてくる「現実」や「インスピレーション」は、
  
ポジティブなモノであれ、ネガティブなモノであれ、
  
長い目で見たら、絶対に自分にとってプラスになる様な事であるハズだと、
確信しています。
  
  
だから、私は自分の人生に安心しているのです。
  
  
天に自分の人生を捧げる代わりに、
自分は天に守られていると思っているからです。
  
  
「私の人生がネガティブな方向に向かう」と言うことは、
  
宇宙文明にとっても、地球文明にとっても、
【非常に大きな損失】となる訳ですから、
   
「何が何でも、天は私を守るだろう」と思っているのです。
  
  
私は、自分の人生を天に委ね、
天と一緒になって、自らの使命を果たしています。
  
  
そこに対する絶大な信頼が、私の心を支えているのです。


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2015年05月18日

悲劇の主人公

今の私の姿からは想像も付かないかもしれませんが、
中学3年生の後半〜高校1年生の前半くらいの間、
  
私は超が付くほどのネガティブな精神を持った子供でした。
  
  
何を見ても、何を聞いても、何を体験しても、
ネガティブに捉えることしか出来ない、
  
非常に「歪んだモノの見方、捉え方」をしていました。
  
  
両親が「物事の良い面」を見せようとして、励ましてくれても、
全てネガティブに捉えて、
  
頑なに、「自分には悪い事しか起きないんだ!」
  
と、主張していました(笑)
  
  
そんな自分を相手にするのは、
本当に骨が折れて、困ったものだったと思います(笑)
  
  
では、なぜ当時の自分はそういう風に、
あらゆる事をネガティブに捉えていたのか?と言うと、
  
そっちの方が、ラクだったからです。
  
  
「自分は不幸な星の下に生まれている」と、
自己暗示を掛けることによって、
  
【 悪い事が起こっているのは、自分の責任じゃ無い! 】
  
という風に、被害者意識にまみれて、言い訳していました。
  
  
当時は、「自分は正しい事をしている、良い事をしている」
と思い込んでいたので、  
   
【そんな「正しい自分」に悪い事が起こるのは、
 自分のせいじゃないはずだ、周りのせいに違いない!】と、
  
自分の責任で、自業自得でネガティブな事が起こっているとは、
認められなかったのです。
  
  
自分の非を認めたく無いが故に、
自分が原因であると認めたく無いが故に、
     
「自分は特別に不幸な人間である」と、
そういう風に思っていたかったのです。
  
  
しかし、大人になって、
心理や自己啓発の本を読むことによって、
 
【ポジティブに解釈する事】の大切さを学びました。
  
  
そして、バシャールの本にも、
  
・ポジティブに解釈すれば、ポジティブな結果(現実創造)に繋がる
・ネガティブに解釈すれば、ネガティブな結果(現実創造)に繋がる
 
と書いてあったので、より一層訓練して、
何事も前向きに、ポジティブに捉える習慣が身につきました。
  
  
でも、最近中学生の頃のトラウマと向き合っていて、
  
まだ自分にも「他人のせいにしてしまう被害者意識」や、
「ネガティブに捉えてしまう部分」が残っているんだなと、
  
そういうことを改めて発見しました。
  
  
普段思い出す事は無いし、
とっくに解決できていたと思っていたのに、
  
なかなか根深いモノです。
   
  
つい最近まで、
 
「どんなに頑張っても、どうせ他人からは認められない、愛されない」
 
というネガティブ観念を持っていましたし、
 
それも、中学生の時に埋め込まれた、
とても強力なネガティブ観念とトラウマでした。
  
  
「他人の評価、他人の助け」に期待するのを諦めて、
自分の正義感、美学を人生の指針とする事によって、
  
男性性は強くなりましたけどね。
  
  
結局、全ては【自分の内面の反映】です。
  
  
ネガティブな事が起こるのは、
自分の恐怖心が現実化している訳です。
  
  
ネガティブな感情や現実と出会う度に、
地道に、ネガティブ感情を解放し、恐怖心を手放していく。
  
  
それを繰り返していく事によって、
ネガティブな現実がどんどん減っていくことになります。


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2015年05月17日

目に見えない愛

私は、どちらかというと、父親とのコミュニケーション量が多く、
母よりも父との繋がりの方が強く感じてきました。
  
それも、自分の女性エネルギーが低い原因のひとつでもあると思います。
  
  
しかし今、自分の無力さを受け入れていく中で、
母の愛をより一層強く感じられる様になりました。
  
  
何年か前の話ですが、
  
国本さんにチャネリングしてもらっていた時に、
母の事が出てきました。
  
  
私が自殺願望を持っている時に、母親は、
  
・息子の苦しみをできれば代わりに背負ってあげたい
 
・特別な事は何もできないけど、
 いつもと変わらない態度で接して、
 愛情を込めて料理を作る事をしよう
 
そういう風に思っていてくれたと、
教えてくれました。
  
  
母親はシャイなので、あまり目に見える形で、
ストレートな愛情表現はしない方なのですが、
  
目には見えなくても、
自分の事を大切に想っていてくれてるんだなと、強く感じました。
  
  
私も、仕事では「目に見える部分」で何かするよりも、
「目に見えない部分」で何かしている事の方が多いです。
  
  
・他人の人生を真剣に考えたり
・国本さんに指導の指示を出したり
・祈りを捧げたり
・遠隔でエネルギーを注いだり
  
そういうのは、目には見えない領域です。
  
  
でも、「はこぶね倶楽部」のメンバーたちは、
 
私のそういった「目に見えない仕事」に、
価値を感じてくれる人たちです。
  
  
私が目に見える部分で1割の仕事をしているとしたら、
目に見えない部分で9割の仕事をしていると思います。
    
  
ですから、
  
・目に見える部分しか評価しない
・目に見えない部分は評価できない
 
そういう人は、
私のやっている仕事の価値を理解できないと思います。
  
  
でも、大切な事ほど目には見えないのです。
  
  
高次元存在のサポートやエネルギーも、
目には見えません。
  
  
でも、私たちに何よりも大切な事をしてくれているのです。
  
  
目に見えるモノしか信じられない、感じられないと、
「真実の愛」に気付く事は出来ません。
  
  
私という人間を理解するためには、
私の愛がどれだけ深く広いかを理解するためには、
  
【私が目に見えない領域で何をやっているのか?】
  
と言う事を知る必要がありますね。
  
  
しかし、どんなに相手を愛しているとしても、
苦しみを代わりに背負ってあげる事は出来ません。
  
  
私が背負ってきた苦しみは、どんなに理不尽で不公平に思えても、
全て私の自業自得、私のカルマ、私の自己責任、私の引き寄せです。
  
他の誰のせいでもありません。
  
  
その苦しみのおかげで、私は強く成長してこれました。
  
  
そして、他人が背負い、感じている苦しみも、
他人の「自業自得、カルマ、自己責任、引き寄せ」です。
  
私が代わりに背負ってあげる事は出来ません。
 
無くしてあげる事は出来ないのです。
  
  
誰しも、他人に対して出来る事には限界があります。
 
 
私は他人の苦しみを取り除いてあげる事も出来ないし、
他人の苦しみを代わりに背負ってあげる事も出来ないけど、
 
その苦しみを乗り越えられる様に、
祈りを捧げ、エネルギーやインスピレーションを送る事は出来ます。
   
   
目に見えるモノだけでなく、
目に見えない愛を感じられる様になったとき、
  
人は愛されている事を感じ、安心出来るのだと思います。
  
  
私は宇宙の愛、宇宙のサポートを信頼しています。
感じています。
 
だから、人生に対して不安が無いのです。 
  
  
「目に見えない愛」を感じる事に意識を強く注げば、
何かが変わるかも知れませんね。


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2015年05月16日

男性の愛、女性の愛

弟子の吉田さんは、聖母マリアに憧れていて、
【すべての生きとし生けるものを好きになって、愛して生きていきたい】
  
と言うのが、「人生の目標」らしいです。
  
  
それを聞いた時、私は「壮大な夢で素晴らしいな」と思いましたが、
  
同時に、「あまり自分には関係の無い話だな」と思っていました。
  
  
でも本当は、それこそが「自分に欠けている部分」であり、
「本来の自分(アセンション)」に至る上で、絶対に必要な要素でした。
  
  
正直、今の私は「全てを愛したい」なんて思っていません。
  
  
【波動を高めたい、精神性を高めたい】と言う人には、
いくらでもエネルギーを注ぎますが、
 
そうでない人は、
さっさと自分の目の前から立ち去って欲しいと思っています。
  
  
今の私には、強い男性性はあっても、
それに比べて、女性性が圧倒的に欠けているのです。
  
  
そんな私も、女性エネルギーが高まっている時には、
草花や蝶や鳥を見て、美しいなと思う気持ちが湧いてきます。
  
  
【全ての人類を愛したい、人類の全てを愛したい】
  
と言うのは、「女性にとっての理想像」なのでしょう。
  
  
だから、女性の目標なのだと思います。
  
  
一方、男性の理想像は、
  
【上に昇っていきたい、頂点に立ちたい、リーダーになりたい】
  
と言う事だと思います。
  
  
今の私には、そういう気持ちが強いです。
   
   
正直、今の私には「女性の目線」がわかりません。
  
  
でも、「本来の自分」とは、
男性エネルギーと女性エネルギーが完全にバランスの取れた状態で、
  
そうなった時に、
キリストや仏陀が到達した領域へと行ける事になります。
  
  
私もこれから、本来の自分へと至るべく、女性性を高め、
  
【全てを愛したい】という気持ちを持てる様になりたいと思います。
  
  
そうなった時、私もキリストや仏陀の様になれると思います。
   
悟りを開き、他人に依存する事無く、執着する事無く、
ずっと満たされた状態を維持し続けられる様になると思います。
  
  
全ての人類を愛する、人類の全てを愛する、
  
そういう精神でなければ、
世界一のリーダーになれるはずもありませんから。
    
  
今の私は、全てを愛したいなんて思えていません。
 
だから、「全てを愛したい」と思える様になることが、当面の目標です。


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2015年05月15日

希望を失う覚悟

中学生の時の、自殺願望を持っていた時の気持ちを思い出しました。
  
「お母さんは僕の事を愛してくれていると思うけど、
 生きるのが辛すぎるから、死んでしまう僕を許して下さい…」
  
そう思っていました。
  
  
僕は正しい事がしたかった。 
間違った事をしている人間が悪いと思っていた。
   
学校の先生が、無音行動をしろとか、5分前行動をしろとか言うから、
僕は先生の味方のつもりで、同級生に注意していたのに、
 
先生から「揉め事を起こすな!」と怒られて、
 
先生も同級生も自分の味方じゃ無い。
だから、学校に自分の居場所は無い。
 
そう思って、学校に行きたくなくなりました。
  
  
でも、僕が学校に行きたがらないと、
 
父さんも母さんも、無理矢理学校に行かせようとして、
僕には家にも居場所が無かった。
  
  
通っていた進学塾でも怒られてばかりで、
塾にも居場所が無かった。
  
  
自分が存在していても良い場所がどこにも無かった。
  
  
ただ、良い事をしたい、人の役に立ちたい、正しい事をしたい
と思っているだけなのに、
 
最後はみんな僕の事を責めて、僕を悪者扱いする。
 
 
だから、こんな世の中から逃げ出したかった。
 
 
どうしても学校に行きたくなかったから、
最後は「病気のフリをするしかない」と思って、
  
自宅の玄関の前で倒れて、
ずっと親が自分の事を見つけるのを待っていた。
  
  
そんな倒れている僕を見つけた父さんは、
ようやく、「もう学校に行かなくても良いよ」って言ってくれた。
  
  
でも、僕はもう誰も信用できなくなっていたし、
誰とも口を聞きたくなかった。
  
家族が家に居る間は自分の部屋に引きこもって、
家族が寝静まる深夜になったら、家の外に出て、
 
マンションの最上階から地上を見下ろして、
ずっと死ぬことばかり考えていた。
  
 
自分が苦しんでいる事自体が、また他人に苦しみを与えてしまう。
  
  
良い事をしたい、人の役に立ちたいと思っているのに、
自分は生きているだけで周りを苦しめる迷惑な存在。
   
だから、ただこの世から消えてしまいたかった。
  
  
それが中学の時の記憶。
  
  
大人になって独立してからも、
仲良くなった人と、「一緒に仕事をしよう!」って話になって、
 
僕は一生懸命相手の事を考えて、一生懸命相手に尽くして、
「結果を出すためにはこういう事が必要だと思う」って、
  
厳しい事を言った瞬間、手のひらを返した様に、
またみんな僕の事を悪者扱いして、
   
悪い事を全て僕のせいにして、僕を責めてきた。
  
  
みんなが「大きな仕事がしたい! 組織を大きくしたい!」って言ったから、
  
その言葉を真に受けて、
僕はただ、全力で応援しただけなのに。
  
  
そういう人間が一人や二人じゃ無くて、何人もいた。
   
そういう事がある度に、
また孤独の底に突き落とされてしまう様な気持ちになった。
     
  
でも、ようやく希望を見つけたんです。
   
自分を孤独から救ってくれるかもしれない希望を。
  
ただそれにすがりたいぐらいに、
自分の全てを懸けてでも、失いたくない希望を。
  
  
辛い人生に耐えて耐えて、耐えてきて、
ずっと孤独で仕方が無いと思っていた所に、
 
やっと見つけた居場所、希望。
  
 
その希望を失ってしまうことが、他のどんな事よりも怖い。
 
  
でも、その希望を失ってしまう事を受け入れないと、
私は先に進めない。
  
  
私はその希望に依存しているから。
 
依存は辛い。 
依存していると救えない。
  
  
希望を捨てなきゃいけない訳じゃ無い。
 
でも、希望が失われることは受け入れなきゃいけない。
  
  
私にとって希望を失うと言う事は、
 
また孤独に戻って、絶望の世界に足を踏み入れると言う事。
  
  
だから、必死になって抵抗していたけれど、
 
でも、それを許して受け入れないと、
何も進まない、何も好転しない。
    
   
だから私はまた孤独になって、絶望する事を受け入れた。
 
身体は生きていても、
心は死んでしまうくらいの絶望を受け入れた。
  
  
そうやって、僕はまた生きていくのです。
  
  
この苦しみを理解できる人間がいたら目の前に連れてきて欲しい。
  
弟子たちもまぁまぁ苦労してるけど、私には遠く及ばない。
  
  
弟子たちには頼れる味方がたくさん居るから。
   
私にはただの一人も居なかった。
   
   
いつも見つけては失ってきた。
  
  
そんな私の心を支える唯一の手段が、使命に生きる事。
 
どんなに辛くても、自分の生きる意味を唯一自覚できる方法。
  
  
生きているウチには褒められなくても、
認められなくても、責められても、悪者扱いされても、
誤解されても、恨まれても、
 
死んでからは褒められるハズだと信じて。
 
そうするしか自分が生きていく方法が無いから。
   
   
だから、私は生きる覚悟が普通の人と違う。
   
   
使命を放棄したら、自分の存在意義が無くなって、
また居場所の無い地獄に戻ってしまうから。
   
サラリーマンは出来ないし、親に負担をかけて、
生きているだけで人に迷惑を掛ける様な人間になってしまう。
   
そう思って生きてきた。
  
  
私は、たくさんの友達なんか要らない。 
 
自分の全てを懸けられる、狭く深い関係だけ。 
  
  
でもそれすらも失う覚悟を持つ必要がある。 
   
   
希望を失う覚悟を持って、私はまたひとつ、前に進んだ。


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2015年05月11日

ネガティブエネルギーの具体的な怖さ

宇宙における、「ポジティブなエネルギー」と
「ネガティブなエネルギー」のバランスは、
  
「50:50」だと言われています。
  
  
しかし、論理的に考えれば解る事なのですが、
ネガティブな信念というのは、非常に【非論理的】です。
  
ネガティブな信念は、筋が通っていないのです。
  
  
例えば、【経済】というのは「仕事による助け合い」です。
  
  
他人と助け合う事によって、お互いにメリットがある訳ですが、
  
何故か、【お金(豊かさ)は奪い合うモノだ】
という信念を持っている人がほとんどです。
  
  
それは、「土地、水、鉱物、石油、食糧」など、 
資源にこそ最大の価値があると思われてきて、
  
その限られた資源を奪い合っているウチに、
そういう風に思い込んだのかも知れません。
  
  
しかし、人と人との助け合いに限界も何もありません。
  
現代人は、江戸時代の殿様よりも、
物質的に良い生活をしているハズです。
  
  
水道もあるし、エアコンもありますからね。
  
それは、人が助け合う事によって、
社会全体が豊かになってきたからです。
  
  
で、論理的に考えたらそうなんですが、
 
でもやっぱり、
「お金は限られていて、奪い合うモノだ」という考えから抜け出せず、
  
・不安にかられて貯金ばかりしていたり…、
・他人を騙してでもお金を奪い取ろうとしたり…、
・他人からお金を受け取る事に抵抗があったり…、 
  
そういう事をしている人は多いモノです。
  
  
ポジティブが「自然な姿」だとしたら、
ネガティブは「不自然」なのです。
  
  
しかし、「ネガティブ・エネルギーの使命」は、
【ポジティブ:ネガティブの比率を50:50に留める事】であり、
  
そういう理由もあって、
ネガティブなエネルギーというのは、
  
どれだけ非論理的であろうとも、どれだけ不自然であろうとも、
【出来る限りネガティブな状態を留めよう】とするのです。
  
  
ですから、ネガティブなエネルギーというのは、
  
人間を出来る限り非論理的に考えさせて、
ネガティブな信念を維持させようとします。
  
  
自然というのは、
ポジティブな方向に向かうことですが、
   
ネガティブなエネルギーというのは、必死になって、
不自然な方向に引っ張ろうとしているのです。
  
  
私は、「ネガティブエネルギーはアリ地獄だ」と言うのですが、
  
ネガティブエネルギーに囚われてしまうと、
  
何もしなければ、
どんどんネガティブな側に引きずりこまれてしまいます。
  
  
現代人のほとんどは、ネガティブな生活をしていると思いますが、
 
そこから抜け出すには、
ネガティブエネルギーを振り切る【強い意志】が必要です。
  
  
意志が弱ければ、ネガティブエネルギーのアリ地獄に
引きずりこまれていってしまいます。
  
  
ネガティブエネルギーは、必死になって、
人々の人生を破滅させようとしているのです(笑)
  
それに抵抗をしなければ、そのまま破滅に向かいます。
  
  
私の弟子たちも、
ほとんどネガティブエネルギーに囚われていましたし、
  
私が助けなければ、人生が破滅に向かっていた事でしょう。
  
  
しかし、ポジティブな人生を歩みたいという意志はあったので、
 
私の【論理的な話】を聞いて、
【ポジティブなエネルギー】を浴びる事によって、
 
ネガティブエネルギーの生み出す「アリ地獄」を振り切ってきたのです。
   
  
私は、めちゃくちゃ論理的に考えるからこそ、
ネガティブな信念の矛盾を見抜き、解く事ができる訳です。
  
  
そして、自然に考えたら、ポジティブな信念の方が論理的で、
筋が通っているという事がわかります。
  
   
私は、冷静に論理的に文章を書いているつもりですが、
私の文章を読んで、ネガティブな感情が沸く人は、
  
ネガティブエネルギーが必死になって、
  
その人が論理的に考えて、ポジティブに考えようとするのを
阻止しようとしているのです。
  
  
このネガティブエネルギーにまみれた世界で、
   
【ポジティブになろうとする強い意志】がなければ、
勝手にネガティブな方向に引っ張られて行ってしまう…、
   
   
それが、エネルギーのメカニズムです。
    
  
ロケットが重力圏を突破するのと同じです。
  
何もしなければ、重力に引きずられてしまうのです。
  
  
重力圏を突破するには、
ネガティブな重力圏から逃れようとする【強い意志】が必要なのです。
  
  
「強い意志が無い」と言うことは、
ネガティブな人生を死ぬまで続けると宣言している様なモノです。
  
  
「自分が変わらなくても、周りが変わってくれて、
 自分の生活は良くなっていく…」
 
そんな事は、絶対にありません。
  
  
他人に期待させて、自分が何もしなくて良い様に思わせるのも、
ネガティブエネルギーの仕掛けるトラップです。
  
  
「受け身の態度」では、
重力に引きずられてどんどん落ちていくだけです。
    
  
ネガティブエネルギーは、どんな手を使っても、
人々の人生をネガティブな方向に向かわせようとします。
  
つまり、人々の人生を破滅の方向に向かわせようとしているのです。
  
  
それは、エネルギーバランスを50:50に保つための、
ネガティブエネルギーの使命なのです。
  
  
人々の目には見えなくても、
ネガティブエネルギー…、つまり邪気というのは、
 
みんなを悪い方へ、悪い方へと引っ張っているのです。
  
  
ですから、
本当にポジティブな方向に行きたいと望むのであれば、
  
「受け身な態度」を止めて、自ら積極的に、能動的に、
ポジティブになっていこうとする意志を持つことです。
  
  
  
ネガティブなエネルギーにまみれたこの世界で、
ポジティブに生きようとする事は、とても大変なのです。
  
ネガティブエネルギーが生み出す、
様々な抵抗やトラップを振り切って行かなければならないからです。
  
  
海に漂うクラゲの様に、状況に流されるままに生きている人は、
必ずネガティブな方向に向かいます。
    
  
状況がどうであっても、自分の意志で、
 
【 ポジティブな方向に向かうんだ! 】
  
と決意した人だけ、ポジティブな方向へ行けるのです。


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2015年05月10日

愛されている感覚

この春頃から、
自分自身の女性エネルギーを高める機会が多発していますが、
  
その分だけ、トラウマ解放も起こって大変です(笑) 
  
  
でも、その甲斐あって、
  
自分の波動も急激に高まっていますし、
気付く事もたくさんありました。
  
  
まず、自分に欠けていたエネルギーというのは、
【好かれる、愛される】というエネルギーです。
  
  
私のトラウマに反応するエネルギーを持っている人は、
  
まわりの知人・友人などから【好かれている人】です。
  
  
教師と生徒という、
  
「縦の繋がり(仕事関係)」で好かれている自信は、
2011年のキツイ試練の後から、今まで徐々に高めてきましたが、
  
  
友人、知人、異性など、
  
「横の繋がり(一人の友人・知人として)」で好かれているという自信は、
まだまだ低い状態のままでした。
   
   
だから、「横の繋がり」で好かれている人と一緒にいると、
自分のトラウマが反応してしまう様です。
  
  
で、ここ数ヶ月トラウマを解放し続けた結果、
  
周りの人たちは、 
思ったより自分の事を大切に想ってくれているんだな、
思ったより自分の事を考えてくれているんだな、 
  
と、感じられる様になりました。
  
  
自分が弱っているときは、みんな出来る範囲で、
自分の為に一肌脱いでくれるんだなと、
  
そういう事もわかりました。
  
  
そういう事を感じていると、
  
「あぁ、これが愛されている感覚か…」と、
それを感じる事が出来ました。
  
  
おそらく、幼少期に両親に可愛がってもらって、
遊んでもらっていた頃ぶりぐらいに、感じた感覚かもしれません。
  
親に守られて、安心している様な感覚です。
  
  
自分はこの感覚を感じないままに、ずっと生きてきたんだなと思うと、
   
常に気の抜けない真剣勝負、修羅場を生き抜いてきたんだなと感じます。
  
  
だから、「危機感が無く、平凡にのほほんと生きている人」を見ると、
自分とは違う人種だなと感じてきました。
  
  
それが死ぬまで続いても仕方無いと思っていたので、
すぐには慣れない感覚ですが、
  
これが「バランスの取れたエネルギー状態、精神状態」だと思うので、
これを維持し続ける事を意識したいと思います。
  
  
しかし、少し状態は良くなってきたモノの、
まだまだ女性エネルギーは足りないと感じています。
  
  
もう少しトラウマ解放は続くかも知れませんが、
  
それが抜けきった時、
一段階レベルアップした自分になれる様な気がしています。


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2015年05月09日

結果を求める人と、そうでない人

今日は、午前に「はこぶね倶楽部」に入って約1ヶ月のメンバーと、
お話ししていましたが、
   
私の徹底的なサポートもあって、
この1ヶ月で、考え方が大きく変わり、
   
今まで人生で大きなブレーキとなっていた「恐怖心、トラウマ」も
徐々に解決しており、精神的にも安定方向に向かっている様です。
  
  
私の話す「心理のメカニズム」を聞いて、
  
【 今まで大金をかけて学んで来た事は、一体なんだったんだ!? 】
  
という風に言っていましたが、それが「正常な反応」です(笑)
  
  
私の心理メソッドが一流であるならば、
そこら辺の書籍やセミナー、講座などは「三流、五流」です。 
   
  
私の伝える心理を理解してから、一般の書籍などを読むと、
【全然役に立たねぇじゃん!】と思うでしょう(笑)
  
  
何にでも言えることですが、
  
「質の低いモノ」をたくさん持っているよりも、
「質の高いモノ」が少数ある方が幸せで豊かです。
  
  
性格が良くて、美人の女性「3人」と、
性格が悪くて、ブスの女性「3000人」と、
  
「どちらのグループと友達になりたいですか?」って聞かれたら、
  
答えは決まっています(笑)
  
  
私も、飲食店は気に入った所ばかり行きますが、
そうすると、そこでは「常連扱い」を受けられます。
  
安い居酒屋を10軒回るより、
気に入った高級なバーに10回行った方が、幸せです。
  
  
「質の高いモノ」をひとつ持っていれば、
【それ以下の質のモノは、不要となる】のです。
  
   
私は、人間関係にしても、情報にしても、
【 質の高いモノを少数 】しか抱えません。
  
  
だから、無駄がなく、効率的でスマートなのです。
   
   
お金持ちは、
【 多少値は張っても、品質が良いものを買って長く使う】と言いますしね。
   
   
ただ、多くの人は、
本気で「自分の人生の質を高めたい」とは思っていません。
 
現状でそこそこ満足しているのです。
  
  
ですから、今持っているモノを捨ててまで、
より良いモノを求めようとはしないのです。
  
  
「高い理想」を持っていない人は、
【 結果の出ないぬるま湯 】で満足なのです。
   
   
「結果を求める人」にとって、
私の伝える情報は非常に有益で価値の高いモノとなりますが、
   
「結果を求めない人」にとっては、
向上心の無い人たちと群れている方が安心で楽しいのです。
  
  
結局は、どんなに「結果の出る方法」を伝えても、
  
本当に結果を出したいと望む、
「やる気のある人」しか役に立たせられないのです。
  
  
「やる気が無い人」は、
自分にはそれほどやる気が無いんだと認めて、
  
自分の分を知って、高望みせず、叶わぬ夢など見ず、
平凡に生きた方が幸せかもしれませんね。


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haxe501 at 17:37|Permalinkclip!

2015年05月08日

孤独を癒やすプロセス

私は今、過去の孤独の痛みを癒やしている最中です。
  
  
私の半生は、孤独そのものでした。
  
  
それは、中学時代の挫折に始まり、
 
自分には
 
・「味方」がいない、
・「共感できる人」はいない、
・「理解してくれる人」はいない、
  
そういう感覚をずっと抱えて生きてきました。
  
  
私は小さい頃から頭が良かったので、
  
自分より年上の人の言っている事でも、論理的に考えて、
「それは違うだろう」と言うのがすぐにわかってしまいます。
   
  
そのせいで、自分が抱えている悩みに対して、
納得のいく答えを出してくれる人はいませんでした。
  
  
だから、自分一人で考え、答えを出し、
乗り越えていくしか無かったのです。
  
  
そういう経験から、
私は「他人を頼る事」を諦めて生きてきました。
  
【どうせ、自分より良い答えを出せる人間はいないのだから…】と。
  
  
私にとっては、【孤独が当たり前、孤独が普通】だったのです。
  
それは、自分が使命に生きる上で、
背負わなければならない代償だと思っていました。
  
  
別に一人でもストレス無いし、
自分は孤独でも使命に人生を捧げると決めているし、
  
別に孤独な人生で良いじゃ無いかと思っていました。
  
   
しかし、それは正常な感覚が麻痺していただけでした。
  
  
孤独が癒やされそうなエネルギーを感じると、
まるで「痛み止め」が切れたみたいに、心に激痛が走ります。
  
  
表面の意識では感じていなかったものの、
無意識ではこんなにも苦しんでいたのか…、と自分でも驚きです。
  
  
今まで、「痛み止め」を打ち続けて、
なんとか一人で頑張ってきたのです。
  
  
でも、特定の女性的なエネルギーを浴びると、
 
「もう一人でがんばらなくてもいいんだよ」
と言われている様な気がして、
  
今まで抱えていた膨大な量の苦しみが解放されていきます。
  
  
私の孤独のピークは、中学生の時と、2011年頃。
 
2011年は、国本さんも私と距離を取っていた時期があったし、
 
2012年に、国本さんがチャネリングに目覚めてから、
 
私の無意識を診てもらったら、
「まるで墓場だ」と言っていましたから(笑)
  
私のイメージでは「乾ききった砂漠」ですね。
  
  
今では、少しずつですが、
オアシスが点々と生まれているような気がします。
  
  
無意識は、悲痛な叫び声を上げていましたが、
でも、私はそれを強靱な自制心で抑え込んできました。
   
  
私の精神は鈍感や頑丈という訳では無く、
非常に傷つきやすく繊細ですが、 
生きてきた人生は、荒波そのもので、  
ボロボロに傷つきながらも生き抜いてきました。
  
  
だから、「何度転んでも諦めない強靱な意志」と
「忍耐力」だけは鍛えられましたね。
    
   
改めて、自分の歩んできた人生は普通じゃ無いし、
  
他の人にはマネの出来ないくらいに、
膨大な苦しみや痛みを背負って生きてきたんだなと思います。
  
  
そして今向き合っている課題は、
  
将来、より大きい仕事をしていく為にも、
外さなければならないネガティブ観念です。
  
  
私はいつもへらへら笑っている様に見られるかもしれませんが、
  
私の抱えてきた苦しみに理解を示し、
私を助けてくれる人がいれば、
  
そういう人は同志ですね。


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haxe501 at 00:15|Permalinkclip!

2015年05月07日

「お金」と「社会貢献」

「お金をたくさん稼いで社会貢献に使おう!」って言う人がいますけど、
   
【そもそも、あなたがやってる「仕事の中身」は社会貢献なの?】
  
って事が私は気になりますね。
  
  
マクドナルドだって、
  
ドナルド・マクドナルド・ハウスっていうのを作って、
社会貢献をしている訳ですが、
   
やってる仕事の内容は、【ジャンクフードの販売】ですよ。
  
  
それって、プラスマイナスで、マイナスじゃない?って(笑)
  
  
「病気と闘う子供を支援します!」って、
 
【その前に、本業で病人を量産してるだろ!】って(笑)
  
  
本末転倒というか…。
  
  
私は、世の中を良くするために仕事をしています。
 
仕事の内容自体が、既に社会貢献です。
  
  
お金に囚われすぎている人間が、
「自分がお金に執着している事」を肯定するために、
  
【自分に都合の良い論理】を振りかざしている様に思いますね。
  
  
自分を正当化しようとする人間は、
「客観」ではなく、「主観」で物事を見ています。
  
偏見を持ち、歪んだ視点で現実を視ています。
  
  
お金が大切なのはもちろんですが、
  
もし、社会貢献を謳うのであれば、
やってる仕事自体は社会貢献なのか?と言う事を問いたいですね。


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haxe501 at 17:12|Permalinkclip!