2015年03月

2015年03月07日

退屈しない人生

国本さんによると、
また弟子が増えるかも知れないとの事です。
  
次でついに10人。 大台に乗ります。
  
  
希望者がいれば、
自分が背負える限界まで増やすつもりですが、
  
  
キリスト、孔子、釈迦…、
  
歴史上の精神指導者を見てみると、
高弟と呼ばれる弟子の数は、10〜12人ほどだった様です。
  
  
それ以上増やせるかどうかは、未知の世界ですね。
  
でも、彼らを越えてみたいという気持ちはあります。
  
  
存命の人物ではありませんし、比べようがありませんし、
 
自分と相手との距離が、どれくらい離れているかもわかりません。
  
  
でも、わからないなりにも結構行けるんじゃ無いか?
  
と思う気持ちもあります。
  
  
なぜなら、彼らは神格化されていますが、
それは言い伝えによる誇大表現で、
  
生身の人間であった訳ですし、
実際は、かなり人間味があったのでは無いかと思います。
  
  
私は、
  
・30代で日本一
・40代で世界一
・50代で人類史上初(の何かを成し遂げる)
  
と言うのが、一応の目標です。
   
( その次は太陽系かな 笑)
  
  
自分の能力、素質、才能的については、
既にそれぐらいの自信はありますが、
   
それを【「目に見える形」で現していく】というのが、
  
私の目指している所です。
  
  
「カンタンに叶えられる」と解りきっていることは、
目指し甲斐がありません。
  
  
「現実的な目標を立てて、それを達成する事が楽しい」
という人もいるでしょうが、
  
どんな事が起こるか「既にわかっている未来」に向けて走るというのは、
私にとっては面白みがありません。
  
  
叶えられるかどうかわからないぐらいの目標に向かっている方が、
やり甲斐があります。
  
  
一生「攻めの姿勢」で生きていきたいですね。
  
どんなに年老いても、
守りに入るとか、保身に走るとか、そういうのはイヤです。
  
「一生現役」が目標です。
  
  
現代社会では、
若いのにリスクを避けて「守り」に入っている人が多いですけどね。
  
  
弟子を育てていても、現実が好転して不満が無くなってくると、
 
そこで安心してきて、
積極的にリスクを取らず、守りに入ろうとする子もいますが、
  
「そんな程度の低い現実で満足なのか?」と、
  
容赦なく尻を叩きます(笑)
  
  
人生は、困難に対して積極的に立ち向かうか、逃げるか?
  
その「姿勢・勇気ひとつ」で決まります。
  
  
「登山の目的」は、山頂に到達する事ではありません。
  
ただ山頂に辿り着くことが目的であれば、
ヘリコプターで行けば良いことです。
  
  
そうではなく、山頂に辿り着くまでの【過程】が面白いのです。
  
  
映画についても、最初からオチがわかってしまったら面白くありません。
  
オチに辿り着くまでの過程、ストーリーが面白いのです。
  
  
ですから、目標なんて言うのは、叶っても叶わなくても良いのです。
  
  
そこに至るまでの【 過程を楽める事 】が大切です。
  
  
目的は過程を楽しむことで、目標はその手段に過ぎません。
  
  
先日母親に、「今から老後の事を考えなきゃ」と言われましたが、
  
老後て…(笑)と、呆れてしまいました(笑)
  
  
どうなるかわらかない未知の未来に向かって走って行きたいのに、
 
今から老後なんてイメージしてたら、つまらなさすぎます。
  
  
それは、映画の冒頭〜序盤を見ながら、
オチをずっと気にしている様なモノです。
 
まったく「今この瞬間」を楽しめません。
  
  
今の弟子たちを見ていると、
自分の3年〜8年前を見ているようです。
  
  
逆に言うと、8年も経てば、現在は未熟な子も、
今の私の状態にかなり近づいていると思います。
  
  
私は「最短最速の成長法」を伝えている訳ですし、
「成長しやすい環境」も整えている訳なので、
  
できれば、今の私など軽く追い越しておいて欲しいですが。
  
  
ただ、その頃(8年後)の私は別次元でしょうけど。
  
  
私は、自分の限界を目指していますから、
  
弟子にも、自分の限界を目指して欲しいと思っています。
  
  
守りに入ったり、保身に走ること無く、
一生【攻めの姿勢】を崩さず生きていって欲しいと思います。


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2015年03月06日

自分には愛される価値が無いという観念

私は、
  
・他人から愛されない、好かれない
・仲良くなってもどうせ離れていく
  
そういう観念を持っていました。
  
書いてて悲しくなります(笑)
   
  
なぜ、そう思うようになったか?というと、
   
私は、中学の挫折経験を経て、
  
「自分を幸せにしたい」と強く願うと同時に、
「他人を幸せにしたい」とも、思うようになりました。
  
  
20歳の頃から本をたくさん読んで学んでいるウチに、 
  
幸せになるには、自分の精神性を高める必要があって、
その為に「意識、精神の成長」が必要だと言うことがわかって、
  
それから、他人の意識、精神の成長に対して、
私は出し惜しみ無く、自分に出来る事は何でもやってきました。
  
  
しかし、たくさんの人と出会っていく中で、
仲良くなった人の為に、いくら自分に出来る事をやっても、
  
自分がやってあげている事に
「価値」を感じてくれませんでしたし、
  
「考え」を理解してもらえなかったし、
言ってる「内容」も信じてもらえませんでした。
  
  
自分で言うのも何ですが、
私は「頭が良く、視野が広く、精神性も高い」です。
 
でも、「目に見えるモノ(お金・地位・名誉・称号・肩書き・知名度)」
を持っていませんでした。
  
  
だから、私としては、
自分の伝えている事に【確信】を持っているのに、
  
「巷で言われている事と違う」 とか、
「私自身が目に見えているモノをもっていない」 とか、
  
そういう理由で、誰も信じてくれませんでした。
  
  
信じないだけならまだしも、
 
仲良くなった人の中には、
私に敵意を向けて、去って行く人の方が多かったです。
  
  
私としては、善意の気持ちで、相手の為に尽くしてきたのに、
 
・私の提供している事(知恵やエネルギー)に
 価値を感じてもらえず、感謝もされない
  
・自分の考えが理解されない、信じてもらえない
   
・相手が試練にぶつかったときに、
 相手が抱えている恐怖・ネガティブ感情を私のせいにされて、
 私に敵意を向けて、去って行く
  
 
そういう目にたくさん遭ってきました。
 
私はその度に、「強い怒り」と「深い悲しみ」を覚えてきました。
 
 
だから、私は人間不信です(笑)
  
  
人をカンタンには信じませんし、
誰とでも初めから仲良くしようなんて思っていません。
   
   
「口先だけの人間」というのはたくさんいましたし、 
私はそういうフェイクに騙されない為に、初めから人を信じないのです。
  
  
私が唯一信じるのは、
口先では無く、「行動」と「結果」です。
   
   
現在の弟子達だって、
 
「国本さんが結果を出している」というのを見て、
集まってきた人たちですから、
 
結局は「目に見える結果」しか、普通の人は信じていないのです。
   
  
他人の言葉をカンタンに信じていた、過去の自分がお人好し過ぎだったのです。
   
   
だから、私は「はこぶね倶楽部」に入る(お金を払う)
というアクションを起こした人は信じますが、
 
実際の行動に移さない人の事は信じていません。
  
   
私は、お金をもらっているから仕事しようなんて思っていません。
  
お金を払うぐらいに、私の言う事を信じてくれていると思うから、
【 その信頼に応えたい 】と思って、もらっているお金以上に働いています。
  
  
今まで、理解されない、信じてもらえないという事ばかりだったので、
   
私にとっては、 
理解してもらえる、信じてもらえるという事が、何よりも嬉しいのです。
  
  
私は感謝されたい訳ではありませんが、感謝されて嬉しいのは、
自分のやっている事の「価値を理解してくれている」と思うからです。
   
  
でも、普通の人は私の言っている事が理解できない、信じられない。
  
  
なぜなら、ほとんどの人はテレビの見過ぎで、
   
「自分の脳みそで考え、検証する事」を放棄し、
目に見えるモノしか信じていないからです。
  
  
だからこそ、弟子に対して私が望むのは、偉大な結果を出す事です。
  
私の言っている事(教育)を目に見える形で【証明】して欲しいのです。
  
  
ただ、それは仕事の話であって、
  
自分の趣味、趣向、センス、ユーモア…、などの部分や、
一人の人間として…、と言う意味では、
  
まだまだ「自分は好かれる訳が無い、愛される訳が無い」
「仲良くなっても、どうせ離れていく」 と思っています。
 
  
他人に裏切られ続けてきた経験が、そう思わせるのです。
  
  
私は、その部分だけセルフイメージが低い(笑)
  
私の無意識は、過去のパターンから、
「好きになった人には嫌われる」と思っています(笑)
  
  
私にとって人生とは、険しい山道を進むようなもの…、
 
グラディエーターの様に、戦いの日々で常に緊張していて、
安心できるのは、相手を倒した(何かを成し遂げた)瞬間だけ…、
 
そういうイメージを持っています。
  
  
それでも、自分の使命を全うし、
大義を成すのが自分の運命(さだめ)だと思っています。
   
   
本当に飛び抜けたリーダーには、
 
対等に付き合える人間がおらず、
誰にも理解、共感されず、信じてもらえない。 
  
  
だから、一生孤独に生きていく事を受け入れていますし、
 
孤高という言葉が好きなわけではありませんが、
孤高という言葉がピッタリだと思います。
  
    
私は、中学の挫折経験の時に、この世の中を恨みました。
  
  
善人が苦しみ、自己中な人間が笑っている様な、
この理不尽な世界を恨みました。
 
 
私は、この「ネガティブな世界」に対して不満だらけです。
  
だから、私は【善人が報われる世界】にしたいと思っています。
  
   
  
でも、私とは対極に、
  
・人生を楽しもう! 遊び尽くそう!
・この世界から喜びや楽しみをたくさん受け取ろう!
  
と思っていて、
  
まるで赤ん坊の様に、
 
特に大した事をしている訳で無くても、
周りの人から好かれてしまう人もいます。
  
  
今まで何人かいましたが、そういう人と会うと、
私は複雑な気持ちになって、涙が出そうになります。
  
自分に欠けているエネルギーを感じて、 
  
幸せな気持ちになると同時に、
自分の過去の苦しみが反応して悲しくなるのです。
  
  
幸せと悲しみを同時に感じて、切なくなります。 
  
  
何か偉大な事を成し遂げようとする気持ちは強くとも、
 
特に何もしないでも周りから好かれる、愛されるという気持ちは
持てていませんでした。
  
  
それは、
  
この世界のネガティブ面だけに目を向けるのでは無く、
この世界のポジティブ面にも目を向けるという事でもあります。
   
   
そこに自分がバランスをとらなければならないポイントがあったのです。
   
ここ5年ぐらい、自分にとって謎だった事が、ようやく解けました。
   
  
私は、日々ストレスを感じる事がありませんし、
情熱的に仕事をして、充実しています。
  
でも、プライベート(遊び)はそこまでじゃありません。
  
  
自分を心底楽しませてくれる様なモノが、この世に存在しているのか?
 
ぐらいに思っています(笑)
  
  
自分にとって「遊び」は、
 
気晴らし、息抜き、気分転換程度で、
情熱的というにはほど遠いですね。
  
  
私にとって一番大切なのは生徒。
 
過去に、生徒が一斉に離れていくという苦痛を経験し、乗り越え、
今は生徒が集まってくる様になりました。
  
  
一時は笑い合っていた友達も、好きになった女性も、
みんな目の前から消えていきました。
   
でも、ここを乗り越えたら、また友達ができるかもしれません。
  
  
久々に、少し大きめのメンタルブロックの解放ワークをやっています。
 
ま、今まで乗り越えてきた苦痛に比べれば、
ぜんぜん大した事無いですけどね。
 
 
精神性を高める旅は続きます。


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2015年03月03日

残り1年半をどう過ごすか?

バシャールの予言(リーディング)によると、
  
2016年の秋に、社会的に大きな出来事が起こり、
  
そこから、人々の意識の覚醒が始まると言っています。
  
  
それまでに、ポジティブな生き方をしていない人、
  
つまり、「社会の常識に沿って生きてきた人」は、
その出来事に「精神的なショックを受けるであろう」と言われています。
  
  
「日本雛形理論」や、「70年周期論」に照らし合わせると、
  
・太平洋戦争終戦
・財政破綻、預金封鎖、新円切替、財産税
・憲法改正(新憲法公布)
  
ぐらいに、インパクトのある出来事だと思います。
  
  
旧時代に終止符が打たれ、新時代の始まる訳です。
  
  
私は何度も言っていますが、
 
人間というのは、
【 痛い目を見ないと大切な事に気づけない生き物 】です。
  
痛い目を見るから、変わろうとするのです。
  
   
ですから、私はすぐにでも
「ショッキングな出来事」が起こって欲しいぐらいです。
  
何故かというと、人々の意識が進化しないと、
「私が伝えているメッセージ」も広く伝わって行かないからです。
  
  
現在は、馬の耳に念仏を唱えている様な感覚ですから(笑)
 
社会の人々に、馬から人間に進化してもらわないと(笑)
  
  
でも、「約1年半の時間」が残されている訳ですから、 
それまでに私がやるべき事は、
  
現在の弟子やお客さんを出来る限り成長軌道に乗せて、 
  
私の直接のサポートがほとんど無くても、
「自立して、自発的に成長していける様になってもらう事」です。
  
  
私は、2017年から、
今やっている事とは次元の違う仕事をするつもりなので、
    
弟子やお客さんのサポートに割く時間は、
減らざるを得ないと思います。
   
   
逆に言うと、それまでに自立ができていない人の事は、
物理的に助ける事が出来なくなるでしょう。
  
  
「マラソン」や「自転車レース」を見ればわかりますが、
みんなまとまって、集団で走りますよね?
  
  
そして、その「集団のスピード」について行けない人は、
集団からちぎれて、置いて行かれるしか無いのです。
  
  
私個人で言うと、集団を捨てて自分一人で走った方が、
当然ながらスピードは速くなるんですけど、
  
 
アフリカの諺にあるように、
  
・"速く"行きたいなら"一人"で行きなさい
・"遠くまで"行きたいなら"皆"で行きなさい
  
という事なので、
  
私は遠くまで行きたいので、皆と一緒に走るのです。
  
  
ただ、それでも【集団全体のスピード】というのがあります。
  
  
「はこぶね倶楽部」というコミュニティ全体を見ると、
  
「集団の前の方」を走っている人もいれば、
「集団の後ろの方」を走っている人もいます。
  
  
私は、「集団に属する全員を守りながら走る」という事を信条としていますが、
  
あまりにもやる気が無く、スピードが遅い人がいると、
   
「集団全体のスピードを守る為にも、その人を置いていくしかない」という、
【非情な決断】もしなければなりません。
  
  
「スピードの遅い人」に合わせていたら、
全体のスピードが落ちて、みんなに悪影響が及びますからね。
  
  
・遅い人も含めて、全員を守りながら走る
・出来る限り、全体のスピードを速め、維持する
  
  
この、「矛盾した方向性」のバランスを取りながら、
   
舵取りをしていくのが、「リーダーの手腕」が問われる所です。
  
  
「俺のスピードに付いてこれるヤツだけ付いてこい!」
 
と言う風に走っていると、
みんな付いてこれなくなって、一人になってしまいます(笑)
  
  
かといって、
 
「みんなでゆっくり行きましょう!」
  
と言う風に走っていると、
  
いつまで経っても目的地に辿り着けず、
ゴール到着の前に死んでしまいます。
  
  
この両方向のバランスが、非常に難しいところなのです。
  
   
私は、【 限界へのチャレンジ 】が信条ですから、
 
「集団全体のスピードを高める事」にも全力ですし、
「集団から置いて行かれそうな人を助ける事」にも全力です。
  
  
2016年 秋までに、私がやるべき事は、
  
私のサポートがあまりなくても、
  
それぞれが自立して、みんなで助け合い、励まし合い、
ハイスピードで走れるようになってもらう事です。
  
  
それを全力でやり切って、悔いの残さないようにして、
   
2017年からは、次の新たなステージに進みたいと思います。
  
  
リーダーは難しい役割です。 
  
でも、だからこそやりがいもあります。
  
  
「一年半後」を意識して、みんなで走って行きましょう。


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2015年03月01日

自由人の日常

土日って、自分のお気に入りの店が、
  
【 混むか、値段が高くなるか、貸し切りか、逆に休みか…、 】
  
  
だから出かける時に土日だと思うと、テンション下がります。
  
  
今日は、急遽お客さんとの食事会が決まって、
昨日、国本さんがお店を予約しようと思っていましたが、
  
土日だからどこも混んでいて、なかなか良い店が見つからなかった様です。
  
  
平日に通うと目立つので、顔を覚えてくれますし、
店員さんにも余裕があるので、丁寧に接客してくれます。
  
  
だから、平日が好きです。
  
  
でも、私は普段、「今日が何曜日か?」も意識していないし、
  
腕時計も付けなくなったので、時間を意識する事も無くなりました。
  
  
だから、「やけに混んでるなぁ」と思った時に、
「今日は土日だからか!」と気付く感じです(笑)
  
  
【不自由人】の「フィーバータイム」は、
【自由人】にとっての「げんなりタイム」です(笑)
  
  
お盆や、ゴールデンウィークもしかりです。
  
  
それに、普通の会社にとっては、
12時〜13時がランチタイムですし、
  
飲食店は、その時間帯だけ混みますよね。
  
  
満員電車もそうですけど、
「なんでみんなこんなに偏ったムラのある生活をしているのだろうか?」
  
と、疑わないのでしょうか?
  
  
もっと偏りを無くして、
まんべんなくバラければ、ストレスも少なくなるのに。
    
  
結局、【自分で自分を管理できない】から、
  
他者に口出しされ、管理されるハメになるのだと思います。
  
  
自分で自分を律する事が出来れば出来るほど、
  
他者からやいやい言われる事は無くなります。
  
  
私は、お客さんからクレームをもらう事は無いんですけど、
 
それは、誰よりも自分の仕事の内容に対して、厳しくしているからです。
  
  
自分で自分に厳しいから、
他人から文句やダメ出しも言われないし、管理もされないのです。
  
自分で自分に甘いと、
他人に文句やダメ出しをもらいますし、管理される事になります。
  
  
【自分に厳しく、「責任」を積極的に背負う】から、
  
「自由人」になれるのです。
  
  
【 自己管理 】を極めれば極めるほど、自由になれます。
  
  
でも、ほとんどの人は、「ラクな方向」に流されます。
  
障害や試練、恐怖があると、立ち向かわずに、逃げ出します。
  
  
だから、いつまで経っても不自由なのです。
  
  
【 人生に対して、主体的か? 受動的か? 】 の違いですね。
  
  
受け身でいても、何かを成し遂げる事は出来ませんし、
他人の都合の良い様に利用されてしまいます。
   
  
自らの【 積極性 】は、磨く事が出来ます。
  
  
昔は、国本さんに対して、いちいち指示を出していましたが、
   
今では、自発的に自ら考え、積極的にアクションを起こしています。
  
  
だから、私の負担は減ってラクになりました。
  
  
どうしたら、積極的になれるのか?
 
 
それは、カンタンな話で、
 
自分に自信がある人は積極的、主体的。
 
自分に自信が無い人は消極的、受動的。
  
  
だから、【自信】を高めていけば良いのです。
  
  
自信を高める方法?
  
  
それは、【実力において信頼できる「心理のプロ」】にご相談下さい。


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