2017年08月20日

偽りの希望を捨てる

私はこれまで、
  
主体性に乏しい人を「奴隷思考」と称して、
【 主体性の重要性 】を説いてきました。
  
  
そうは言っても、奴隷思考の人々は、
でなかなか主体性を高める事ができないようです。
   
  
奴隷思考の人ほど、自分を変えるのは難しいのです。
  
  
その理由を深く探っていくと、
【 なぜ主体性を持ちにくいのか? 】
  
というメカニズムが明らかになりました。 
  
  
まず、「人生に対する主体性」に乏しい奴隷思考の人は、
  
その分だけ、【 依存心が非常に強いわけ 】です。
  
  
その依存対象は、
  
・国家であったり、
・世間であったり、
・常識であったり、
・会社であったり、  
・両親であったり、
・異性であったり、
・先生であったり、
  
様々です。
  
  
  
そういう依存対象が、
  
「自分の人生の面倒を見てくれそうだ…」と、
勘違いしているのです。
  
  
でも、その【 勘違い 】を指摘されても、
なかなか、止める事ができません。
  
  
なぜか?
  
  
「依存的な人」にとっては、
【「依存対象」こそが「希望」】だからです。
  
  
希望を失った先にあるのは、【 絶望 】です。
  
  
人間は、どうしても絶望したくないので、
   
【 依存対象(希望)を自ら捨てる事が出来ない 】のです。
  
  
でも、私から言わせれば、
  
依存対象に対して抱いているのは「偽りの希望」です。
  
  
誰も、他人の人生の責任を取ることなど出来ないし、
他人が自分の人生を何とかしてくれる訳が無いので、
  
「依存対象が、自分の人生を何とかしてくれるだろう…」
  
というのは、【 偽りの希望 】なのです。
  
  
何の役にも立ちません。 
  
  
何の役にも立たないんだけど、
  
「偽りの希望」を捨てる事は、【 絶望する事 】だし、
  
絶望したくないので、
「偽りの希望」にしがみつき、「現実逃避」を続けるのです。
  
  
要は、【 絶望したくないから、自らウソを信じ続けている 】のです。
  
  
マンガに出てきそうなストーリーですけど(笑)
  
  
【 本物の希望 】とは、
   
「自分は学習と努力によってこれまで人生を変えてきたし、
 これからも変えて行ける!」
  
という「自信・確信」から生まれます。
    
  
それこそが、主体性に基づいた【 本物の希望 】です。
   
   
「本物の希望」を持つためには、
一旦、「偽りの希望」を捨てる必要があります。 
  
   
つまりは、【 一旦、絶望しろ 】って事です。
  
  
偽りの希望を捨て、一旦【 絶望 】を通らないと、
「奴隷思考」から「主体的な人間」に生まれ変わる事はできません。
  
  
まぁ素直な人ほど、スムーズにシフトしていけるんですけど、
  
・勇気や覚悟を持てない人
・恐怖から逃げ続けている人、
・ひねくれている人ほど、
  
この「希望のシフト」に【 大きな痛み 】を伴うことになります。
  
  
つまり、「偽りの希望(依存対象)」への【 固執 】が強い分だけ、
   
それを失う時の絶望も大きくなる…と言うことです。
  
  
私の仕事は、「偽りの希望」を砕いて、
  
【 人を一旦絶望させる事 】なのです(笑)
  
  
  
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」と言いますが、
   
一旦、谷底に叩き落として、
そこから這い上がらないと、【 本物の希望 】は持てないのです。
  
  
私がいくら、
  
・他人はアテにならない
・現実と世間は厳しい 
  
という話をしようとも、 
  
  
人間の「絶望したくない!」という気持ちは非常に強いので、
  
私の話を信じたくもないし、検証したくもないし、
事実だと認めたくも無いのです。
  
  
それは、奴隷思考の人にとっては、
  
「依存対象」を失い、【 一旦、絶望する事 】だからです。
  
  
私は、他人にポジティブな影響を与えるために、
一旦、人を「ネガティブな気持ち」にさせますけど、
  
それも、ラクではありません。
  
  
私の文章を読んで、誰かが「ネガティブ感情」を感じたら、
それは、私に対する「邪念」となって影響します。 
  
  
その「邪念」を処理するにも、
自分の生命エネルギーを大きく消費します。
  
  
私は他人(読者)の「ネガティブ感情」を背負ってまで、
相手にポジティブな影響を与えようとしているのです。
  
  
ネガティブ感情を背負ってくれている事に感謝こそされど、
   
私の文章に対して被害者意識を持つようなら、
読んで頂かない方が、私としては有り難いのです。
  
  
奴隷思考の人間が、
主体的な人間に生まれ変わろうと思ったら、
  
依存対象(偽りの希望)を捨て、一旦絶望する必要があります。
  
  
でも、人間の「絶望したくない!」って言う気持ちは、
非常に強いです。
  
現実逃避を続けてでも、絶望したくないのです。
  
  
しかし、その【 絶望の川 】を渡らないと、
  
「奴隷思考」から「主体人間」に生まれ変わる事はできません。
  
  
私が、いくら文章で
  
「偽りの希望(依存対象)」を捨て、
「本物の希望(自信)」を持たせようとしても、
  
「絶望の川」を渡らせようとしても、
  
本人が頑なに拒否しているので、生まれ変われないのです。
  
  
奴隷思考の人間が、主体的な人間に生まれ変わるには、
  
一旦、偽りの希望(依存対象)を捨て、絶望しなければなりません。
   
  
  
例えば、恋愛で言うと、 
 
【 この人以上に、自分にとって良い人はいない! 】
  
と思っている時、失恋するのがものすごく怖くなります。 
  
  
その人を失う事は、
【 恋愛分野において絶望する事 】だからです。
    
  
でも、大きな失恋を乗り越えるから、
以前より素敵な人と巡り会うこともできるのです。
  
  
それと同じような事で、
  
奴隷思考の人間は、 
【 この依存対象を失ったら、もう自分の人生は終わりだ! 】
  
という「強い恐怖」を抱えて生きています。
  
  
だから、「依存対象」にしがみ付き続けるのです。
  
  
でも、依存対象を捨てないと、
  
自信も、主体性も、希望も、何も手に入りませんん。
  
  
奴隷思考の人間にとって、
  
【「依存対象」を失う事は、「絶望」する事 】なのです。
  
  
どのみち、「絶望の川」を渡る覚悟を持てなければ、
  
一生、主体的な人間に生まれ変わる事は出来ません。
  
  
何の役にも立たない「偽りの希望」にしがみつき、
  
【 現実逃避 】を続ける人生です。
  
  
クラゲの様に流され、周りに翻弄され、
問題が起こっても、自分で対処もできず、
  
時間と共に、
どんどん悪化していく人生が待っているだけです。
  
  
若い頃は、奴隷思考でもまだ生活に余裕はあっても、  
年老いても奴隷思考を続けている人は、
  
精神的にも、経済的にも、
非常に苦しい生活を強いられることになるでしょう。
  
  
江戸時代は、奴隷思考でも何とか生きられたかもしれませんが、
  
現代は、全体の進化のスピードが非常に速いので、  
成長しない人間は次々と淘汰される運命なのです。
  
  
今の時代は、
チャンスも大きければ、対極のピンチも大きいのです。
  
  
どちら側に転ぶか?は、
  
勇気と覚悟と根性を持って、  
【「絶望の川」を渡れるかどうか? 】に掛かっています。


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2017年08月19日

なぜ、生きるのか?

「現実の厳しさ」や、「己の未熟さ」を痛感したとき、
  
何もかもが、カンタンでも楽勝でもなく、
「面倒くさい事だらけ」の「世の中」や「人生」の中で、
  
【 自分って、何の為に生きてるんだろうか? 】
  
という疑問が浮かんでくると思います。
  
  
その問いの答えを見つけ出す事こそ、
   
【 人生の目的を見つける 】という事です。
  
  
私に対して、
「あなたは何の為に生きているの?」と聞かれたら、
  
【 この人生において、
  どうしても成し遂げたい事を成し遂げるため 】
  
という風に答えます。
  
  
要は、私は自分の人生を懸けて、
  
・チャレンジしたいゲーム
・情熱を持てるゲーム
  
を見つけたのです。
  
  
多くの人は、それを見つけたいと思っているでしょう。
  
  
それさえ見つかれば、
自分の人生について思い悩む事も無くなります。
  
  
でも、それを見つける為に必要不可欠なのは、
  
1.恐怖から逃げずに乗り越える事
2.自分のアタマを使って、考え続ける事
  
です。
  
  
無意識下の「強い気持ち、強い想い」を、
弱めること無く、ダイレクトに発揮するには、
  
あらゆる恐怖が邪魔となります。
  
  
バシャールも言っていますが、
恐れているから、自分の人生を生きられないのです。
  
  
で、私は「恐れを克服する方法」を伝えています。
  
  
それでも、
反射的に「恐れ」から逃げたがる人はたくさんいます。
  
「自分が恐れから逃げている事」にすら「自覚が無い」ほどに、
「恐れそのもの」を見たくないのです。
   
   
それぐらい、【 恐れに立ち向かう事 】は、
  
人にとって困難なことなのでしょう。
  
  
恐れに立ち向かうためには、
  
【 ラクな方に流されない精神力 】が必要です。
  
  
自分が手に入れたい「望み」や「願い」の為に、
目の前の苦しみに、自ら飛び込んでいく「勇気」と「覚悟」です。
  
  
「自分はラクな方に流されないぞ!」って決意でもしない限り、
  
ラクな方に流されてしまうのが、人間です。
  
  
その決意が出来ない人は、
残念ながら人生を大きく変えることは出来ないでしょう。 
  
  
  
どれほど現実が厳しかろうが、
どれほど自分が未熟者だろうが、

諦めずに、粘って粘って、もがいてもがいて、耐えて耐えて…、
結局は、そういう人間が人生を大きく変えるのです。
  
  
「強い希望」を抱くためには、
対極に、一旦「絶望」する必要があります。
  
  
「自分の人生の目的」を見つけ出す人間には、
その手前に【 大きな試練 】があります。
  
  
それが、
  
「自分が何の為に生きているのかわからない…」という、
   
【 迷い、混乱、葛藤、虚無感 】です。
  
  
その「迷い、混乱、葛藤、虚無感」は、
  
「人生の目的」を見つけ出す為に、
【 避けては通れない通過儀礼 】です。
  
  
ですから、
  
自分の人生に対し、
「迷い、混乱、葛藤、虚無感」を感じるのは、
  
捉えようによっては良い事なのです。
  
  
何にでも言える事ですが、
  
高い所に登ろうと思ったら、 
坂道を駆け上がる必要があります。
  
  
その坂道に差し掛かった所で、
  
坂道を登るのが苦しくて、
「この坂道は登れない…」と、諦めた人は、
  
退転して坂を下るしかありません。
  
  
でも、坂道を頑張って登り切った人には、
新しいステージが待っているのです。 
  
  
坂道を、ただただ苦しいだけの「不幸」や「災い」と捉えるか?
  
それとも、新しいステージに登るための「チャンス」と捉えるか?
  
  
その違いです。
  
  
虚無感は、【 通過儀礼 】です。 
  
  
・乗り越えて、次のステージに登るか?
  
・退転して、前のステージに逆戻りするか?
   
  
その「分水嶺」なのです。
  
  
私は、中高生の時に、激しい虚無感に襲われました。
   
それを乗り越えたからこそ、
「自分の生きる目的」が明確な、今の自分があります。
  
  
私が中高生の時に感じていた「人生に対する虚無感」を、  
今現在、感じ始めている人もいるでしょう。 
  
  
それは、私が中高生の時に感じていた虚無感です。
  
私が、「十何年前もの昔」に通った道なのです。
  
  
人生で価値ある何か?を手に入れる為には、
   
多くの場合、その【 対極 】を経験する必要があります。 
   
   
・激しい孤独を経験するから、他人との強い絆が手に入り、
   
・お金に困る経験するから、以前より大きな経済力が手に入り、
   
   
そんな感じで、
対極を経験して、次に欲しいモノが手に入ります。 
  
  
ですから、「人生の目的」を明確にしたければ、
   
その手前で、【 虚無感に浸る事 】が必要なのです。
   
   
本当に、何が何でも
人生の目的を見つけたいのであれば、
  
【 虚無感 】を喜ぶべきです。
  
  
もう少しで、望みが手に入る所まで来ているのです。
  
  
しかし、苦しみに負けて退転してしまう人もいるでしょう。
  
  
そういう人は、
人生で訪れる【 試練の意味や価値 】がわかっていないのです。
  
  
「試練」をポジティブに解釈し、
「試練」の到来を喜べる様になったら、人生は無敵です。
  
  
乗り越えられない試練はやってきません。
  
宇宙は、乗り越えられない試練など寄越しません。
  
  
逆に言うと、
「試練を乗り越えられなかった人」がいるとすれば、
  
それは、試練が大きすぎたのでは無く、
  
自分自身がラクな方に流され、
【 試練を乗り越えない選択をした 】
  
と言う事です。
  
  
お金に困っている人が、その試練を乗り越えると、
確実に、以前より経済力がアップします。
  
  
ですから、
本当に、「人生の目的」を見つけたいのであれば、
  
通過儀礼である【 虚無感 】を喜ぶべきなのです。


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2017年08月18日

人間も、人生も、大きく変化する

自分が小中学生の頃、
  
私は自分のことを、
「平凡に毛が生えたくらいの人間だ」
  
と思っていました。
  
  
別に、
  
・学業で天才的な成績を収めたわけでも無く、
・芸術的な才能があるわけでも無く、
・スポーツ万能でもありません。
  
  
学校での評価基準では、
特に突出した部分は見当たらない人間でした。
  
  
平均よりは、ちょっと勉強ができるくらいです。
  
  
で、
  
・受験を控えた中学3年生で不登校
  
・高校受験では第一志望の高校に落ち、
 
・第二志望の高校でも不登校になり、通信制の高校へ転校
 
・ちょっと自分には歌の才能があるんじゃないか?
 と勘違いして、音楽の専門学校に入学
  
・自分よりも歌が上手くて、本気の人がたくさん居て、
 同級生の中で、自分のポジションは低い方
  
  
そんな学生時代でした。
  
  
突出した才能など、どこにも見当たりません。
  
  
でも、今となっては、
  
私は自分の事を【 世界一の大天才 】だと思っています。
   
   
えらい変わり様だと思いませんか?
  
  
私はあまりよく知らないアニメですが、
  
「天元突破グレンラガン」っていうアニメは、
  
内気な男の子が成長して、
世界のリーダーになっていくお話みたいです。
  
まるで「豊臣秀吉」みたいですね。

  
私も実際に、
それくらいの「大きな振り幅の変化」を経験しています。
  
  
って言うか、私だけで無く、
  
人生で大きな振り幅を経験している人は、
ごまんと存在している訳ですから、
  
【 人生が大きく変化する 】なんて事は、
  
この世の中では、至って当たり前の事だと思う訳です。
  
  
でも、多くの人は、無意識レベルでだと思いますが、
 
【 人生は大きく変化する 】と思っていません。
  
  
本当は、人生で大きな変化は有り得るのに、
  
「そんな事はあり得ない」と思い込んでいるのです。
  
  
決して事実ではない事を、信じているのです。
  
  
私はそれが、奴隷的だと思う訳です。
  
  
私は、【 生まれによる身分の違い 】っていうのが、
 
大大大の嫌いです。
  
  
そういう意味で、
  
「王様」も「貴族」も存在せず、   
誰にでもチャンスが与えられている、
  
アメリカっていう国の「価値観」が好きですね。
   
  
でも、奴隷根性が染みついている人は、 
  
・奴隷として生まれたからには、奴隷として生きるしかない。
  
・才能の無い人間として生まれたから、人生諦めるしか無い。
  
  
…みたいな、発想をしているのです。
   
   
要は、「人生において変化はあり得ない」と思っているのです。
  
  
・今の自分が良い感じなら、この先もずっと良い感じだろう。
・今の自分がダメなら、この先もずっとダメだろう。
  
と言うように、
  
【 変化を否定する様な観念 】を持っているのです。
  
  
いやいや…、人も、時代も、何もかも変化するから。
  
  
いつまで、「250年続いた江戸時代」の考え方を
しているのでしょうか?
  
  
武士の家に生まれたから、武士として生きるしかないって?
  
いつの時代の人間ですか?  
  
  
まったくもって、【 脳内カースト妄想 】ですよ。
  
  
現代の日本においては、身分は無いのです。
  
別に、貧しい家庭に生まれても、金持ちになる人はなります。
  
  
【 人は、いくらでも変化する 】のです。
  
  
変化している人なんて、腐るほどいますよ。
  
  
「変化しないハズだ!」なんていう方が、事実に反しています。
  
  
人生は変化しないという人は、 
  
脳内に「旧時代のソフト」がインプットされていて、
  
【 身分制度はまだある 】と思っているのです。
  
  
そして、自分は奴隷の家に生まれたから、
  
奴隷として生きるしかないと思っているのです。
  
  
いや、どう考えたらそれが事実だと思えるのでしょう?
  
  
私は、【 生まれで人生が決まる「身分制度」】が大嫌いで、
  
誰にでも「自由」と「チャンス」が与えられている、
アメリカンドリーム的なスタイルが好きです。
  
  
身分制度が好きな人の気が知れませんが、
  
王族の人生が嫌いなのに、
王族に生まれちゃった人は、不幸だろうし、
  
奴隷の人生が嫌いなのに、
奴隷に生まれちゃった人は、不幸でしょう。
  
  
そんなに自分を縛って、何が楽しいのでしょうか?
  
  
アメリカと日本も、
  
憲法により定められ、
「自由」と「チャンス」が与えられている、
  
とっても有り難い国です。
  
  
「表現の自由が許されていない国」だって、
いくらでもあるのです。
  
  
本人が変化したければ、
いくらでも変化しても良い環境に暮らしているのに、
  
【 人生が変化するはずが無い!】と思い込んでいるなんて、
  
なんとも滑稽な話です。


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2017年08月17日

後悔に懲りる瞬間

私は、「後悔したく無い」という動機が、
最高に強い人間です。
  
  
そして、「後悔しない選択」をする為には、
  
何よりも、【 遠くを見通せる視野の広さ 】が必要です。
  
  
だからこそ、他人に対しても、
出来る限り視野を広げてもらえる様に、
  
様々な角度から、
  
「目の前では無い、遠くの場所で起こっている事」や、
「将来の話」をする訳です。
  
  
でも、他人を観察していて感じたのですが、
みんな、そこまで人生に高望みしていないのかも知れない…。
  
  
そんな風に想いました。
  
  
じゃあ、別に「成長」とか「成功」とか、
目指さなくていいじゃん! って話ですよね。
  
  
まぁ、現状に満足して気を抜いていると、
   
いずれ、【 潰れかけてしまう大企業 】の様な
末路が待っていますけどね。 
  
  
でも、自分の人生に高望みしないんだったら、
それでもいいんじゃないですか? 
    
   
私は、自分が後悔したくないから、
  
他人にも「後悔を回避できる」ような
情報とか、サポートを提供しているんですが、
  
  
多くの人は、
別に後悔しちゃっても良いのかもしれないですね。
  
  
そうならそうと言ってほしいですし、
  
後になって後悔しても構わない人は、
私の記事なんて、別に読まなくても良いわけです。
  
  
私は個人的に、
【 後悔する 】っていう状況・状態が非常に嫌いです。
  
  
だって、自分が賢明かつ慎重であれば、
  
「後悔は回避できた」と思うからです。
  
  
逆を言えば、「後悔する」ということは、
  
【 自分は「無謀」で「バカ」です! 】と証明するようなものです。
  
  
私は若いころ、「数々の後悔」を味わいました。 
 
そして、もう後悔には懲り懲りで、嫌になったのです。
  
  
後悔が自分にとって非常に痛いから、
  
その痛みを回避するために、慎重なのです。
  
  
多くの人は、
【 後悔の痛み 】がそれほど苦痛では無く、耐えられるのか?
  
もしくは、 
「まだその苦痛を知らないだけ」なのかも知れません。
   
  
「痛い目」を見ないと気付けない人は、
  
他人の話を聞いても、
右から左へと聞き流していますから、
  
「やっぱり痛い目を見るしか無いのだろう」と思います。
  
  
どれほどの苦痛を味わえば、
  
「未来の苦痛」を避けるために慎重になれるのでしょう?
  
  
まぁ、私も昔はお節介だったので、
  
他人の苦痛を回避させようと、
あれこれ余計な世話を焼いていましたが、
  
今では、痛い目を見たければ、「お好きにどうぞ」って感じです。
  
  
それが、【 無条件の愛(自由意志の尊重) 】ですからね。


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2017年08月16日

米朝の対立について

昨今の北朝鮮情勢に関して、
  
自称・専門家による、
ズレズレのニュースやコメントが乱立していますが、
  
まず、【 金正恩が一体何を目指しているのか? 】
  
という「動機」を把握しないと、
情勢も正確に把握できないし、正確な判断もできません。
  
  
金正恩が目指しているもの。
  
  
それは、
  
・世界平和? んなわけない。
・北朝鮮(自国民)の発展と平和と繁栄? んなわけない。
・自分たちの一族による体制維持? それも違う。
  
  
もし、上記の様な動機であれば、
今までの行動と辻褄が合いません。
  
  
彼を突き動かしているのは、
  
【 何としても、敵の大国に一泡吹かせてやりたい! 】
  
という、「復讐心」と「自己顕示欲」です。
  
  
「自分の存在価値の証明」とも言えるでしょう。
  
  
だから、「もし核を放棄したら対話に応じる」なんて提案は、
彼にとって無意味なのです。
  
  
そもそも、そんなものを求めていないから。
  
「もし核を放棄したら、
 最悪、イラクの様にアメリカにやられてしまう」
  
って事ぐらい、わかっているわけです。
  
  
金正恩にとって、【「核」は生命線 】なのです。
  
  
だからこそ、対話での解決はほとんど不可能だし、
北朝鮮内でクーデターでも無ければ、武力衝突するしか無いのです。
  
  
それか、可能性はめちゃくちゃ低いですが、
大規模自然災害で、自滅するとか。
  
  
【 物理的な手段 】で無ければ、事態は収まりません。
  
  
「対話による解決はほぼ不可能」と言う事がわからないと、
対話を模索しているうちに、
  
金正恩に「軍拡の時間」を与えることになる訳です。
  
  
でも、政治家は一応、「対話の提案はしましたよ」っていう、
既成事実は残しておかなければなりませんけど。
  
一般人向けの「私は平和主義者ですよアピール」としてね。


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2017年08月15日

ダメ人間は自立へのプロセス

私が思っている以上に、
  
多くの人が、
社会的な意味で「ダメ人間」になる事を怖れています。
  
  
【 ダメ人間 = 価値が無い 】
  
という観念が強固です。
  
  
私は、
  
・不登校
・引きこもり
・ニート
・親のスネかじり
  
などの経験がありますが、
それが悪い事だなんて言う風には思っていません。
  
  
でも、多くの人は「悪い事」だと思っているのです。
  
  
で、「ダメ人間」を強く裁いているから、
  
【 実際に、自分がダメ人間を経験させられる羽目 】
になるのです。
  
  
ダメ人間になる事を怖れるがあまり、
  
「自分の人生」を生きられず、
「自信」も「主体性」も持てず、
  
実際に、ダメ人間と化してしまうのです。
  
  
私は、自分が不登校児になる前に、
クラスに不登校の子がいましたが、
  
見下したことなど一度もありません。
  
  
ただ、「なぜ学校に来たくないのだろう?」
という事は不思議でしたけどね。
  
  
自分の観念や価値観は、親の影響を強く受けます。
  
  
両親がダメ人間を裁いているから、
子もダメ人間を裁くようになります。
  
ダメ人間を強く裁いているから、
ダメ人間を強く引き寄せるのです。
  
  
【 自分が社会的にダメ人間と呼ばれる存在でもいいじゃん! 】
    
って思えない限り、「自分主体の人生」は手に入りません。
  
  
世間の目を怖れ、自信も主体性も無く、
奴隷思考の人間として、生き続けるしか無いのです。 
   
  
要は、社会的な「ダメ人間」とは、 
   
言い換えれば【 ダメ奴隷 】と言う事です。
  
  
私は、「奴隷として優秀でない」から、【 ダメ奴隷 】なのです(笑)
  
  
多くの人は、他人の目を気にして、
  
【「奴隷として優秀であろう」としている 】があまり、
  
主体性も、自信も身に付かないのです。
  
  
要は、社会や世間の常識というモノを、過大評価しているのです。
  
  
世間一般の人々は、「奴隷として優秀な人」を評価するのです。
  
  
「奴隷として優秀で無い人間」が、ダメ人間と呼ばれるのです。
  
  
  
私は、自分が「ダメ奴隷」で本当に良かったです。
  
そのおかげで、【 自分主体の人生 】が手に入りました。
  
  
みなさんは、
世間から白い目で見られる「ダメ人間、ダメ奴隷」になる事を怖れ、
   
世間から白い目で見られない、 
「優秀な奴隷」というポジションに固執し、しがみ続けますか?
  
  
実のところ、世間からダメ人間と思われている人の方が、
  
【 霊的、精神的には優秀であり、成熟している 】
  
ということは、多々あるのです。


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haxe501 at 12:33|Permalinkclip!

2017年08月14日

米朝の対立について

米朝の対立について、 
さまざまな意見が出ています。
  
  
・どうせ本気じゃ無いだろうとか
・北朝鮮は負けるとわかっている戦はしないだろうとか、
・お互い脅しだけで、実行はしないだろうろか、
・武力行使は避けるべきだ  
  
とか、そういう甘い見方の意見もありますが、
  
「金正恩」と「アメリカという国」のことが
まったくわかっていない人ほど、
  
甘い意見を言っている様です。
  
  
まず最初に理解するべきは、
アメリカはやる時はやる国です。
  
アメリカという国は、武力行使をする国です。
  
  
北朝鮮の脅威が一線を越えたら、
確実にアメリカは北朝鮮を攻撃します。
  
  
「戦争は何が何でも絶対に避けるべきだ」
という意見もありますが、
  
一方的に攻撃を仕掛けてくる相手に対して、
  
【 野放しにして、自衛すらせず一方的にやられ続ける 】
  
というのは、美しくも何ともありません。
  
  
戦争を回避しようとし続けて、こちらから武力行使せず、
北朝鮮から一方的にに核を撃ち込まれることが、美しいのでしょうか?
  
  
ですから、
【 自衛の為の戦い 】は肯定されざるを得ません。  
  
  
武力衝突が回避される為には、
北朝鮮側が折れるしかないのですが、
  
金正恩のプッツンぶりを、多くの人は甘く見ています。
  
  
金正恩は、家族でも肉親でも平然と殺します。
  
他人を殺す事に躊躇の無い人間は、
自分が殺される事も怖れていません。
  
  
金正恩は、死を怖れていないのです。
  
  
自分が傷つく事を怖れるよりも、
  
「敵にダメージを与えたい」という、
憎しみの気持ちの方が強いでしょうから、
  
要は、【 死なば諸共、道連れにしたい 】
  
という考えなのです。
  
  
要は、

【 自分たちが潰されても、
  アメリカに大ダメージを与えられるなら、本望だ 】
  
と言う事です。
  
  
「そういう考えの相手なんだ」って事を、
多くの人は理解していません。
  
  
金正恩は、本気です。
  
  
本気で無きゃ、ここまで国際社会を敵に回してまで、
核やミサイルの開発を続けようとはしません。
  
  
我が身がかわいいなら、もっと柔軟な態度を取るはずです。
  
  
金正恩は、「我が身のかわいさ」など超越しているのです。
  
そういう意味では、【 非常に強い信念の持ち主 】です。
  
  
多くの人は、
「自分が死んでも他人を殺したい」
  
と言う人の気持ちなど理解できないでしょう。
  
  
理解できないから、

・どうせ「負ける戦い」なんかしないだろう、
・どうせ「本気」じゃ無いだろうと、
    
甘く見てしまうのです。
  
  
ポジティブにしろ、ネガティブにしろ、 
【 強固な信念 】を持つ者は、強いです。
  
  
意志が弱い人間ほど、他人を見ても、
  
「我が身の可愛さ故に、どうせ折れるだろう…」
と思ってしまうのかもしれませんが、
  
金正恩は、意志が強い人間です。
  
  
みんな、髪型や体形をバカにしていますが、
  
「意志の強さ」だけは、認めるべきだし、
多くの人は彼に意志の強さで負けているでしょう。
  
  
・敵の強さを認めなければ、
・敵を舐めて掛かれば、
   
足下をすくわれ、こっちが痛い目を見ます。
  
  
敵の強さを認める事で、適切な対処が可能なのです。
  
  
とにかく、
  
アメリカは北朝鮮の
【 核弾頭搭載可能な長距離ミサイルの完成 】を認める訳が無いし、
    
武力衝突を避けるには、金正恩が折れるしかありませんが、
彼は非常に意志が強く、折れそうな気配はないので、
  
いくら経済的な圧力を受けたところで、
【「ミサイル」と「核」の開発 】を続ける気でしょう.
    
  
お互いの思惑は、平行線で交わることは決してありません。
  
  
ですから、北朝鮮内でクーデターでも起きない限り、
武力衝突は避けられそうにないというのが、私の見解です。


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haxe501 at 19:11|Permalinkclip!

2017年08月13日

矛盾を解く

私は、2016年11月末に、
  
【 自分の持つ「ネガティブ観念」をゼロにし、
  本来の自分度100%を達成しました。】
  
  
・本来の自分度100%
http://growheart.livedoor.biz/archives/52013750.html
  
  
  
それ以降、
  
私は自分のネガティブ観念を書き換えるワークなどは、
一切やっていません。  
  
だって、ひとつも残ってないんですから(笑)
  
  
チャネリング情報によると、
この地球上で「ネガティブ観念がゼロ」の人間って、
  
どうやら私一人だけみたいですね。
  
  
他の精神的に成熟している人々も、
私みたいにネガティブ観念をしらみつぶしに、
  
次々と見つけては、ストイックに消していく…、
という作業はしていないでしょうからね。
  
  
釈迦やキリストは「悟りを開いた」って言われてますけど、
【 悟りの定義 】も曖昧ですよね。
  
  
たぶん、二人とも、
死ぬ前にネガティブ観念は残っていたでしょうから、
  
今度、私なりに「悟りの定義」を明確にしたいと思います。
  
  
それで、
  
ネガティブ観念がゼロになっても、決して完成した訳では無く、
まだまだ新たな知識や経験を得て、成長し続けていきます。
  
  
ある意味、悟りとは
  
マイナスをゼロにすると言う意味ではゴールでもあり、
プラスを積み上げていく言う意味ではスタート地点でもあるのです。
  
  
・悟ってみた感覚
http://growheart.livedoor.biz/archives/52014150.html 
  
という記事にも書きましたが、 
  
  
ネガティブ観念が無いという事は、
  
シンプルに言うと、
【「不安」や「恐怖」が無い 】という事です。
  
  
・転びそうになって、「一瞬ヒヤっとする」とか、
・他人のネガティブな態度に、「一瞬イラっとする」とか、
  
そういうのはあります。
  
  
「動物の本能的な部分」が無いと、生きていけませんからね。
  
  
それに、
  
精神的に成熟したからと言って、
「夏の暑さ」や「冬の寒さ」が変わる訳でも無く、
  
蚊に刺されたら痒いし、肉体的な不快感は変わりません。
  
  
豪邸に住みたいと思っているのに、まだ住んでいないし、
叶っていない望みもあります。
  
  
まぁ、「生きている間には叶う」と解っていますし、
タイミングを信頼しているので、
  
未だに叶っていない望みがあっても、  
感情が不安定になるような事はありません。
    
   
ただ、「将来、人間関係、お金」などの、
現代人が抱えていそうな不安・恐怖は一切ありません。
  
  
生活する上での「肉体的な不快感や苦痛」はあっても、
  
【 八方塞がりの様に感じる「精神的な苦しみ」】
みたいなモノは、皆無です。
  
  
よく、カウンセラーとか、スピリチュアル系の人で、
他人の「心理的な悩みを解決する事」を生業としている人がいます。
  
  
で、「そこそこ影響力を持っちゃった人」に多いのですが、
  
そういう人は、
過去に自分や他人の悩みを解決したことがあり、
  
自分がそこそこ世間に認められたことで、
自分の「問題解決能力」にも自信を持つわけですが、
  
  
それでも、自分や他人の問題を解決できない事が出てきます。
  
特に、自分自身が公に言えないような、
「大きな悩み」を抱えてしまうのです。
  
  
でも、「今までのやり方」ではまったく解決できない。
  
  
そんなとき、「開き直っちゃう人」が多いんですね。 
  
  
・苦しみなんか消せません!
・有るモノとして、受け入れて生きていくしかない!
  
とか、そういう風な事を言っちゃう。
  
  
それ、私からしたら、
【 自分の「実力の無さ」を棚上げしているだけ 】ですから。
  
  
(精神的な)大きい問題がやってくるって事は、
自分がまだまだ精神的に未熟なのです。
  
  
その「自分の未熟さ」を認めたがらず、
  
【 問題が解決できないのは、そもそも問題の方が
 「初めから解決できない問題だから」だ! 】
  
という風に言っちゃう訳です。
  
  
決して、【 自分の実力不足である 】という事実は、
認めたく無いのです(笑)
  
  
それを認める事によって、
自分が手に入れてきた地位やお金を失うのが怖いですからね。
  
  
私から見ると、 
  
【 精神的な苦しみは消せないから、
  消そうとせず、受け入れて生きていこう 】
  
なんていう主張は、
  
自分が「目の前の試練」から逃げる為の、
【 言い訳、逃げ口上 】なのです。
  
  
で、自分が「言い訳して逃げる人間」のくせに、
【 エラそうに他人に教えられるのか? 】って話で…。 
  
  
【 教育者の重責 】を、まったく背負っておらず、
「無責任極まり無い仕事をしているなぁ」としか思えません。
  
  
自分の商品やサービスを売るときには、
  
「誠実な人間」を装っておいて、
実際にはまったくの「不誠実な人間」なのです。
  
  
  
別に、私はネガティブな人が嫌いなのではありません。
  
何よりも【 矛盾 】が嫌いなのです。
  
  
ネガティブな人でも、
思考、行動、主張が一貫していたら気になりません。
  
  
悪の大魔王みたいに、 
  
「私は、ネガティブが大好きなので、
 ネガティブ一直線で生きていきます!」
  
みたいな人なら、気になりません。
  
  
でも、ネガティブな人は、
だいたい思考と行動と発言が矛盾しているんですけどね(笑)
  
  
多くの人は、
  
「みんなの事を考えています!」とか言いながら、
「自分の事」しか考えていなかったり、
  
「成功を目指します!」
「感謝しています!」とか言いながら、
   
「心」と「行動」がまったく伴わず、【 口先だけ 】だったり。
   
要は、矛盾しまくっているのです。
   
   
私は矛盾が気になるから、
「矛盾を解く記事」を書き続けているのです。 
  
  
私は、決してネガティブが嫌いなのではありません。 
 
ネガティブもまぁまぁ嫌いですけど、
それより圧倒的に嫌いなのは、【 矛盾 】です。
   
  
「矛盾嫌いの私」と「矛盾が好きな人」は、水と油です。
  
絶対に相容れません。
  
  
「静かな場所が大好きな人」と、
対極に「騒がしい場所が大好きな人」くらいに、
  
【 心地良く感じる領域 】が違うのです。  
  
  
だから、矛盾が好きな人は、 
私のブログなんか無理して読まなくても良いし、
  
  
逆に、
  
【 現時点で自分はネガティブだけど、
  自分が抱える矛盾や葛藤を解決していきたい! 】
  
と言うような方向性を持つ人に、
読んで頂きたいと思っている訳です。


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haxe501 at 17:42|Permalinkclip!

2017年08月10日

結界師になりました。

自宅の結界を日に日に強化しているおかげで、
もう、ほとんど自宅周辺に怨霊が寄りつかなくなりました。
   
  
「霊の悪影響が及ばない生活」って、快適すぎますね。
  
  
私が見つけた結界アイテムは「消耗品」でも無く、
「半永久的」に効果があり、しかも「激安」です。
  
  
今まで日々の除霊に掛かっていた
「金銭的負担、労力的負担、時間的負担」を、
  
大幅に削減できる、めちゃくちゃ画期的な発見です。
   
   
こんなに良いモノを見つけちゃったんだから、
別料金が欲しいくらいですけどね。
  
  
でも、月額数万円の「はこぶね倶楽部」に
出し惜しみ無くシェアしちゃってます。
  
  
この「結界を貼る方法」を知るだけで、
【 会費3年分 】くらいの元は取れそうですけどね。
  
  
本当に、それくらいの価値は優にある発見です。
  
  
でも、はこぶね倶楽部に入るには、
「お金」よりも「覚悟」の方が必要な様です。
  
  
私のメソッドは非常に優れていますから、
  
逆を言うと、
【 言い訳の出来ない環境に身を投じる 】と言う事になります。
  
  
「言い訳して自分の責任から逃げたい人」からすると、
  
「言い訳できない環境」って言うのは、
【 何よりも恐ろしい環境 】なのです。
  
  
以前も書きましたが、
  
リーダーとは、
【「言い訳できない場」に自分を追い込む人 】です。
  
【「プラスのモチベーション」で生きる人 】もそうです。

  
どのみち、
  
・積極的に「責任」を背負っていかなければ、
・「責任感」を高めていかなければ、  
  
今以上の報酬も果実も手に入りません。
  
  
チャンスを手にする人は、
  
【「責任」と「リスク」を自ら背負える人】です。
  
  
初めは自信が無くても、
自信が無いなりに勇気を振り絞って、
  
一歩踏み出し続ける習慣が、人生を変えるのです。


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2017年08月09日

「霊との闘い」の記録シリーズ

自宅内の霊の数を
ゼロには出来る様になりましたが、
   
私の自宅内に、
    
ご馳走(エネルギー源)がたんまりある事を知った、
ネガティブなエーテル界の住人たちが、
  
私の自宅周辺に留まり、
「侵入のチャンス」を伺い、試みていました。
  
  
窓を開けると、
次々と霊が侵入してくるので、
 
窓も開けられないくらいです。
  
  
そこで、「霊除けの方法」を考えようと思い、
早速閃き、実践しました。
  
  
そして、自宅の窓に結界を張り、
これで一安心かな…、と思いきや、
  
しばらくしたら、
また「強いネガティブな波動」を感じてきました。
  
  
「ん? また霊が侵入してきているのか?」
  
と思い、エアコンや換気扇、室外機など、
  
外と繋がっているダクト(空気の出入り口)の、
内側と外側にもそれぞれ、全て結界を張りました。
  
  
なぜ、「今までの霊の侵入口」を塞いでも、
新手の霊がやってくるのだろう?と考えましたが、 
 
どうやら、私の張る結界に「逆ギレ」して、
「何が何でも侵入してやろう!」という霊が、
  
攻撃を仕掛けて来ているようでした。
  
  
そのエーテル界の住人は、珍しく知性が高い部類で、
  
「家の構造も把握できる」くらいの知性を持ち、
その知性は平均的な人間以上の様です。
  
  
霊というより、
「妖怪・一つ目小僧」みたいな感じですかね。
  
エーテル界では、
割とトップクラスの知性をもった種族の様です。
  
  
しかし、人並み以上くらいの知性で、
  
世紀の大天才である私にケンカを売ろうなど、
身の程らずも良い所。
  
  
私は、やられたら倍にして返す、
「半沢直樹精神」の持ち主ですから、
  
「一匹残らず殲滅してやる!」と心に決め、
  
霊の侵入経路を探していると、
どうやら風呂場の換気扇を見落としていて、
  
そこにも結界を張り、全ての出入り口を塞ぎました。
  
  
しかし、さすが賢い奴らで、
狙って来るところが、私の「第6チャクラ」です。
  
  
一番重要な「私の思考・直感」を最優先で妨害しに来るあたり、
知性の高さを感じましたね。
  
  
でも裏を返せば、知性が高いという事は、
  
逆に、相手の強さは「格が違う」と理解すると、
もう無謀な攻撃を仕掛けて来なくなるでしょう。 
  
それは、私にとっては労力を省く事になります。
  
  
最終的に、
  
その侵入してきた知性の高い霊(妖怪)たちも、
一匹残らず駆除して、
  
外に居た同類の仲間達も、
恐れをなして逃げ出したようです。
  
  
結界を張ろうとしたことで、
知性の高い霊(妖怪)たちに「逆ギレ」され、 
  
今まで使われていなかった経路で、
侵入してくる奴らがいるとは…。
  
また一つ、勉強になりましたね。
  
  
まぁ、霊ごときに逆ギレされても、
さらに徹底的に対策して「返り討ち」にしますけど。 
  
  
何かと戦おうとするときは、
やっぱり、まず気持ちで勝たないとダメですね。
  
【 何が何でも勝つ! 絶対に勝つ! 全力で勝つ! 】
  
という「気迫を伴った行動」によって、勝利が手に入ります。
  
  
「負けん気の強さ」が重要です。
   
   
私が何か問題にブチ当たったときも、
 
【 必ず解決策を考え出してみせる 】と、まず決めますからね。
  
  
その気持ちの強さは、
「上手く行かない事を怖れない」から持てるのです。
  
望んだ結果が伴わなくても、
全力さえ尽くせば、経験から得られるモノがあります。 
  
「望む結果が出るかどうかが全てだ!」と思っているから、
怖くなるのです。
  
  
何もしないよりは、
望む結果が出るかどうかにこだわらず、全力を尽くした方が、
  
何か得るものが必ずあるから、人生で確実にプラスになるのです。
  
  
つまり、結果よりも「経験」の方に価値を感じているのです。
  
「望む結果」は一瞬の喜びですが、
「経験」はこの先の人生でも、ずっと使えますからね。 
  
  
多くの人は、
【 経験の重要性 】を理解しておらず、 
  
経験の価値もわからず、
積極的に経験を得ようともしていないので、
   
「全力の挑戦」をしないのでしょう。
  
  
【 自分で問題を解ける能力 】を身に付けるより、
怠惰になって、安易に「目先の正解」を求めるのです。
   
   
と言う事で、かいつまむと、
  
自宅で結界を張ったら、知性の高い霊や妖怪に逆ギレされて、
その逆ギレに対し、さらに私も彼らに対して冷酷無慈悲になり、
その身の程知らずの霊・妖怪たちを、徹底的に返り討ちにした、
  
って話です(笑)
  
  
ケンカを売る相手が悪かったね(笑)


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