2017年11月16日

「ポジティブ・ネガティブ」と「善悪」の違い

今日は、弟子に対して、
   
【「ポジティブ・ネガティブ」と「善悪」の違い 】
  
という、超基本的な話をしました。
  
  
私が話をするってことは、
  
今までに何度も語ってきた事でも、
本人はまったく理解できていない…と言うことです。
  
  
「ポジティブ・ネガティブ」と「善悪」は、
まるで違います。
    
  
「バナナ」と「ち〇ち〇」くらい違います。
  
  
私が「ポジティブ」という言葉を使うときに、
相手が【「善」をイメージする 】と言う事は、
   
私が「バナナ」と言っているのに、
相手が「ち〇ち〇」をイメージしている様なモノです。
  
  
まるで、意思の疎通が取れていません。
  
  
だからこそ、他者とコミュニケーションを取る上では
まず「言葉の定義」を明確にする必要がありますし、
  
私は、「言葉の定義」について、よく語るのです。
  
  
そこがズレていたら、
  
私が「リンゴ」と言っても、
相手は「梨」をイメージしているかもしれないのです。
  
  
で、「ポジティブの定義」なんて言うのは、
  
心理やスピリチュアルにおいては初歩中の初歩ですが、
未だに理解できていないとなると、
  
私が「巨峰」がああでこうで…と言って来たことを、
全て「き〇たま」と解釈して聞いていたということです。
  
まさに、「どんだけ〜〜〜!」です。
  
  
そこで私は
  
【「ポジティブ・ネガティブ」と「善悪」の違い 】
    
が理解できる絵(作品No.68)を描いた訳ですが、
  

・これまでの絵画一覧(No.41 〜 )
http://growheart.livedoor.biz/archives/52038027.html
  
  
その絵を見ていると、どうも悲しくなってくるらしいです。
  
  
だから、
そのメンタルブロックがあるから理解できないんだって。
  
  
心理のメカニズムから言うと、
   
何かしら「強いメンタルブロック」を抱えている時点で、
【 その領域ではアホ確定 】なのです。
  
  
恐怖が邪魔をして、まったく論理的に考えられませんし、
理解力、読解力もほとんど皆無になってしまいます。
  
  
で、理解力が無いから、いくら言葉で説明しても理解できない。
  
だから、私は「超・高波動の絵」を描くわけです。
  
  
私の絵は、
重度の「優等生病、奴隷病、従順病」を治療する特効薬です。
  
  
例えば、「ガンの特効薬」が開発されて、
  
その価格がサラリーマンの毎月の給料で払える額だとしたら、  
それが高いなんて言う人間はほとんど居ないはずです。
  
  
「優等生病、奴隷病、従順病」を治療しようとした時、
  
患者には言葉が通用しませんから、
  
もう非言語で無意識レベルに作用する
「絵の波動」に頼るしかありません。
  
  
私の描く絵は、
  
ある意味、他の医者に見捨てられた
「難病患者に対する特効薬」みたいなモノです。
  
  
もう、その方法しか「活路」が無いのです。
  
  
それを「高い」なんて言われたら、
  
じゃあ、巷にある「他の治療法」でもやるか、
「一生、その難病と付き合って生きて行けよ!」って話です。
  
  
私が、その「特効薬」を開発する為に、
「どれだけの努力と研究を積み重ねてきたのか、わかってんの?」
  
「他で作れそうな人がいると思うなら、どうぞ探しに行って下さい」
  
って話です。
  
  
・自分がどれだけ精神的に重症なのかまるで解っていないか、
・私の描く絵がどれだけ希少価値の高いモノなのかわかっていないか、
    
まぁ、その両方でしょうね。
  
  
  
ポジティブ・ネガティブと善悪の話に戻りますが、
  
  
「善悪」とは、
人それぞれの主観であって、非常に曖昧なモノです。
  
  
「殺人は悪」だと思われるかもしれませんが、
  
アメリカで銃を乱射している凶悪犯を、
警官が狙撃して射殺するとしたら、それは「悪の行為」なのでしょうか? 
  
それとも、無実の人々を助ける「善の行為」なのでしょうか?
  
  
日本では死刑制度がありますが、死刑も殺人です。
  
 
そして、倫理的な観点、防犯の観点、善悪の観点から、
  
「犯人の死刑」を望む人もいれば、
逆に、「犯人の死刑」に反対する人も居るのです。  
  
   
善悪は「人それぞれの主観」なので、
明確な基準など無く、とても曖昧なモノです。
  
  
一方、ポジティブには明確な基準があります。
  
  
ポジティブとは、簡単に言うと、
【 全体のバランス(調和)が取れている 】という事です。
  
  
全体のバランスを取る行為は、ポジティブな行為なのです。
  
  
例えば、他人にお金を渡す、渡さない。
  
どちらが正しいですか?って話ですが、
  
  
お金を渡すにしても、
相手に対して過保護にするなら、それはネガティブです。
  
なぜなら、全体のバランスが崩れる方向に向かうからです。
  
  
逆に、お金を渡すことでエネルギーのバランスが取れるなら、
お金を渡すことはポジティブな行為です。
  
  
こういう、シンプルな基準です。
  
  
じゃあ、さっきの殺人の話になりますが、
  
全体のバランスを崩そうとするネガティブな人間が居て、
  
そのネガティブな人間を殺す事は、
状況によってはポジティブな行為になり得るのです。
  
  
一方、善悪は「人それぞれの主観」ですからね。
  
  
例えば、「他人の感情を害するのは悪い事だ!」
  
っていう観念を持っている人も居るでしょうが、
  
そういう観念を持っていると、
「子供を叱ること」すらできません。
  
  
叱ることで、「子供の感情を害してしまうから」です。
  
  
私が「他人の感情を害すること」に躊躇が無いのは、
それが「ポジティブな行為」だと理解しているからです。
  
  
「全体のバランスを取り、調和の方向に向かう行為」
だと理解しているからです。
  
  
よりバランスが取れたポジティブな精神状態に向かうには、
  
「一時的にネガティブ感情を感じる事」は、
決して避けては通れない道です。
  
  
私にとっては、
自分が善人か悪人かはどうでも良い事です。
  
私の事を悪人だと思う人もいるでしょうし、
それも当然のことです。
  
  
ゴキブリや蚊などの害虫を駆除しようと思ったら、
害虫にとっては自分は悪人なのですから。
  
  
でも、害虫を駆除する事で全体のバランスが取れるなら、
私は躊躇なく害虫を駆除します。
  
  
私は、常に可能な限りポジティブな方向にエネルギーを割く
と決めていますからね。
  
  
「他人の感情を害する人間は悪人だ」と思っている人にとっては、
  
私は【 とんでもない悪人 】でしょう(笑)
  
  
別に構いません。 
  
  
善悪は主観ですから、他の誰かにとっては悪人です。
  
  
つまり、結論を言うと善悪なんてどうでも良いのです。
  
善悪なんて「クソくらえ」って話です。 
  
  
自分の主観で、善だと思っている事も、
他の誰かにとっては悪になるのです。
  
  
「絶対的な善」など存在しない中で、  
自分が「(主観的な)善」を追求しようとしても、
  
何の得もありません。
  
  
私は、中学生の時に、
「ルールを守ることが善」と思っていましたが、
  
ルールを守らないクラスメイトを裁きまくった結果、
人間関係で揉め事が増え、先生からも怒られ、
  
たぶん、高校受験の時の内申点も、
かなり低くなっちゃったんじゃないかと思います(笑)
   
   
結局、なんにも良いことはありませんでした。
  
  
私の思う善を追求した結果、
  
ネガティブな方向に突き進み、
ネガティブな結果を生んだのです。
  
  
・世間の人が悪だと思っているけど、実はポジティブ(厳しさ)
・世間の人が善だと思っているけど、実はネガティブ(過保護)
   
という事なんて、腐るほどあります。
  
  
ですから、ポジティブ=善などでは、まったくありません。
   
    
  
ただ自分自身が心地の良いポジティブな状態を好むなら、
  
善悪なんて気にせず、
「バランスを取る事だけ」を考えれば良いのです。
  
バランスを取る事こそが、ポジティブなのですから。  
  
  
お年寄りには優しくしましょうって言いますが、
  
そのお年寄りがこれから無差別殺人を犯そうとしていたら
「優しくすることが善なのか?」って話です。
  
  
全体のバランスを大きく崩す「無差別殺人」を止めるために、
  
厳しさが必要であれば、
厳しくする方がポジティブな行為なのです。
  
  
こういう話も、
  
私の「超高波動の絵」を見ながらじゃ無いと、
理解できないんでしょうけどね。
  
  
私は同じ事を言い続けていますが、
  
それだけ、「言葉が無力だ」という事です。
  
  
特に、主体性に乏しい人は、
  
【 論理的な理解力が皆無 】ですから。
  
  
論理的な理解力などなくても、
「短期的な暗記」と「計算」ができれば、
  
学校で良い成績を収め、
そこそこ偏差値の高い大学に行けますからね。
  
  
学校教育と受験なんて、
「暗記力、計算力、命令に対する従順さ」を鍛えるだけの
  
【 あなたはコンピュータの代わりが出来ますか? 検定 】です。
  
  
現代の仕事で必要とされる、
  
「コミュニケーション能力」や「論理的思考力」なんて、
まったく鍛えられない訳です。
  
  
そこそこ学歴が高くても、 
  
「そこそこコンピュータの代わりが出来る証明」
にしかなりません。
  
  
つまり、コンピュータがあれば、要らなくなる人材です。
  
  
暗記と計算は得意でも、
  
恐怖心が強くて、
コミュニケーションの能力や論理的思考力に乏しいとしたら、
  
現代社会においては立派な「役立たず」です。
  
  
そろそろ、
「自分が頑張って積み上げてきたモノ」や「信じてきたモノ」が、
  
実は「何の役にも立たないものだった…」という事実を、
  
きちんと受け止める時期ではないですか?
  
  
いや、「役に立たない」は言い過ぎですね。 良い方に。
  
もっと正確に言うと、【 邪魔でしかないお荷物 】です。


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haxe501 at 02:04|Permalinkclip!

2017年11月15日

経済と希少価値

今日は、正確に、パワフルに、
「チャネリングがやりやすくなる絵」を描きました。
  
かなりのプロ仕様です。
   
  
ちょっと経済の話をしますけど、
お金を持っている人って、たくさんいますが、
  
私のような絵が描ける人は、
世界中にほぼ居ないわけで、
  
もし高波動の絵が描ける才能があっても、
  
心理のメカニズムがわかってないと、
どういうテーマの絵を描いたら良いのかわかりません。
  
  
お金を得るのと、
私の描くような絵を手に入れるのとを比べたら、
  
希少価値で言ったら、
私の絵を手に入れる方が圧倒的に難しい訳ですね。
  
 
でも、お金を受け取るときに感謝して、
私の絵が得られる時に感謝が湧かないとしたら、
  
相当な「世間知らず」という事になります。
   
  
もし、私のようなことができる人がたくさんいて、
  
一般的な歯医者や美容院の様にそこかしこに乱立していて、
その中で私を選んでもらうなら、立場は逆ですが、
  
私が「この人には売らない」と決めたら、
絶対に手に入れることは出来ません。
  
  
でも、働きさえすれば、
自分にお金をくれる人の候補は、たくさん居るのです。
  
  
経済とは、「比較」と「希少価値」です。
  
全ては「交換・取引」ですから、
お金払う側か、受け取る側かはどっちでも良くて、
  
【 より希少価値を与えている側 】が、立場が上になるのです。
  
売り手市場、買い手市場って言葉があるでしょ?
  
  
ありふれたモノを売っていて、客が全然来ない店では、
ひとりの客やお金の希少価値は高いですが、
  
みんなが欲しがる希少価値が極めて高いモノを売るなら、
売る側の方が立場は上です。
  
  
お金の方が希少価値が高いと思う人って、
そもそも自分の収入を本気で高められると思っていないのでしょう。
  
  
一生、限られた収入の枠の中で生活するつもりで、
まるで決められた時間にエサを与えられる動物園の檻の中です。
  
一方、大自然の中で生きるなら、
狩りが上手けりゃ、獲物取り放題です。
  
  
経済において最も価値があるのは、お金ではなく
【 ゼロから希少な価値を生み出せるスキル 】です。
  
それを高めるために、伸ばすために、
お金を自己投資に回してるんじゃないんですか?
  
経済に疎いままで、ビジネスで成功したいとか、
何眠たいこと言うとるねん?って感じです。


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haxe501 at 16:20|Permalinkclip!

2017年11月14日

自分を愛することは、向上心の源泉

【「主体性の重要性」の解明 】こそ、
  
私の最新の心理研究成果ですが、
  
そもそも「主体性を高めよう」とすら思わない人…、
  
つまり言い換えると、「向上心が低い人」というのは、
  
本心では自分の人生を、
それほど「良くしたいと思っていない」のです。
  
  
で、自分の人生を良くしたいと思わないという事は、
「自分自身」や「自分の人生」を愛していないのです。
   
大切に思っていないのです。
  
  
そして、「自分を愛していない親」に育てられた子供も、
  
同じく「自分を愛せない人間」に育ってしまうのです。
  
  
子は親の背中を見て育ちますからね。
  
  
  
よく、無差別殺人などを犯す人のコメントを見ると、
  
・「自暴自棄になっていた」とか、
・「生きていても意味が無い」とか
・「どうとでもなれと思った」とか、
 
そういう発言が出てきますが、  
  
  
そういう人たちも、
  
自分を大切に思っていないからこそ、
他人も大切に思えない訳です。
  
  
逆に言うと、自分を大切に想える人ほど、
他人のことも大切に想えるのです。
  
  
  
と言う事で、本人が「主体性を高めたい!」と思うためには、
  
【 自分を愛すること、自分を大切に思うこと 】
  
が最優先で必要なのです。
  
  
自分を愛する事は、向上心の源泉であり、
  
向上心は、自分を愛するからこそ生まれる訳です。
  
  
・自分を幸せにしてあげたい
・自分を楽しませてあげたい
・自分を喜ばせてあげたい
・自分にラクをさせてあげたい
  
その気持ちこそが、「向上心」や「成長意欲」に繋がる訳だし、
  
向上心が強くなければ、
「主体性を高めよう」とも思わないでしょうし、
  
一生奴隷思考のままだったとしても、
  
自分を愛していない人は、
「そんな人生にも我慢できる」のでしょう。
  
  
  
そこで、私はさきほど、
【 作品No.65「Love Myself」】というタイトルの絵を描きました。
  
  
明日にでも、下記の一覧にアップします。
  
・これまでの絵画一覧(No.41 〜 )
http://growheart.livedoor.biz/archives/52038027.html
  
  
この絵こそ、奴隷思考の人々に、
もっとも必要なエネルギーの絵かもしれませんね。


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haxe501 at 02:23|Permalinkclip!

2017年11月12日

遠隔ヒーリングサポートの威力

「はこぶね倶楽部」のメンバーに、
「波動の価値」をより解ってもらうために、
  
私が普段行っている遠隔ヒーリングサポートを
一定期間断つことにしました。
  
  
私は、自分が眠っている間にも、
夢の中で他人に対して教育や助言をしたり、
    
ネガティブエネルギーの解放を
手伝ったりしていますからね。
  
  
で、今回私の遠隔ヒーリングを断ってみたらどうなったか?
  
様々な報告を受けていますが、
  
・頭が働かなくなった
・前向きなやる気がなくなった
  
というのが代表的な影響の様です。
  
  
まぁ、どれくらい心身のコンディションが悪化したか?
    
という事については、
体感した本人しかわかり得ませんが、
  
停止期間は、1〜2週間くらいやろうと思っていたのが、
たったの半日でギブアップする人も出てくるくらいです。
  
  
「私の遠隔ヒーリングが有る無しの差」について、
別格というか、ケタ外れの明確な違いを感じたのでしょう。
  
  
  
まぁ、私は世界で一番、
  
「前向き」で「意志」が強く、
「思考がクリア」な人間だと思いますから、
  
そのエネルギーが断たれると、
そうなっちゃいますよね。
  
  
私が描いた「絵」よりも、私の「遠隔ヒーリング」の方が、
明らかに「影響力が段違いに大きい」という事ですね。
  
  
ただ、遠隔ヒーリングは
大筋のザックリとした基礎的なエネルギーですが、
  
絵の場合はピンポイントに
細かく必要なエネルギーが得られるので、
  
そういう違いはあります。
  
  
でも、やはり先に「基本・基礎・大筋」が大事ですからね。
  
  
基本や基礎が出来ていないのに、
枝葉に手を出したところで、効果は薄い訳です。
  
  
遠隔ヒーリングは、もちろん目に見えません。
  
記事や絵と違って、物理的でもありません。
  
  
でも、その目に見えないエネルギーやサポートが、
  
【 人生に絶大な影響 】を及ぼしている訳です。
  
  
だから私は常々、
「波動最優先、波動を舐めるな」と言っている訳ですが、
  
主体性が高い人は、波動が実際にあるかどうか?も、
主体的に分析、検証、確認するでしょうけど、
  
主体性が無い人は、自分で「分析、検証、確認」をしないので、
いつまでも【 波動の影響力の強さ 】に気付かないのです。
  
  
私が言っている事は、検証しないと理解できません。
  
「検証をしない」ってことは、
実際には何も理解できていないという事です。
  
  
つまり、何も賢くなってないし、アホのまま。
  
  
ただ、自分の頭を使わず、従順にしてさえいれば、
  
・自分の尻を拭いてくれそうな、
・自分の人生を何とかしてくれそうな、
  
【 依存先 】を探し続けているだけです。  
  
  
はこぶね倶楽部を去って行く人も、多くは 
「私以外の依存先」を見つけて、去って行くのでしょう(笑)
  
  
つまり、そもそもの意図が食い違っているのです。
  
  
私は自立させようとしているのに、
  
生徒自身は、自立したいんじゃ無くて、
  
言う事を聞いて従順に従っていれば、
自分の人生を何とかしてくれそうな、
  
「依存し続けられる都合の良い存在」を求めているのです。
  
  
こういうことは、何度も何度も繰り返し言っていますけど、 
  
「奴隷思考人間のアホさ」は想像を遥かに超えますからね。
  
  
日本語(言葉)がまったく通じないのです。
  
  
そんなアホの為に、
  
文章を読んで内容を理解できない人でも、
  
【 無意識レベルでポジティブな影響を与えられる絵 】を
描き始めた訳ですが、
  
  
まぁアホですから、「波動の価値や重要性」も理解できません。 
  
  
ですから、私のこれまでの【 研究の集大成 】というか、 
【 思考と努力の結晶 】である「アート作品」を目の前にしても、
  
まったく価値が理解できないのです。
  
  
  
で、結局私はある「ひとつの結論」に至りました。
  
  
やっぱり、アホな奴隷人間ほど、
   
・痛い目を見ないと理解できない
・一度失ってみないと、失ったモノの価値が解らない
  
という事です。
  
  
そこで、はこぶね倶楽部メンバー向けに、
    
「遠隔ヒーリングの一時停止」というお試し期間を、
設けてみることにしたのです。
  
  
まぁ、正直やってみて正解でしたね。
  
  
アホな人間ほど、
失って初めてその価値に気付きますから、
    
【 失ったのと同じ状況を味わってもらうと、実際どうなるか? 】
  
  
それがリアルに体験できて、良い学びになったと思います。
  
  
主体的な人間は、失う前に気付けるんですけど。
  
奴隷人間は、トコトン失ってみないと気付けない様です。
  
  
「あるモノ」の価値を理解させる、一番有効な方法は、
  
一度、【「失った状態」というモノを味わわせる 】
  
  
これに尽きますね。


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haxe501 at 19:57|Permalinkclip!

2017年11月01日

主体性が高い人たちの世界

「主体性の高さが、自由と成功の度合いを決める」
  
これが、私の最新の研究結果です。
  
  
「主体性が高い」という事は、即ち、
  
・「責任感」が強い
・「強いプレッシャー」を背負っている
・他者に対する「甘え(依存心)」を捨てている 
  
という事になります。
  
  
例えば、「詰め将棋」ってありますよね?
  
もし、「ちょっとした遊び」のつもりでやるんだったら、
  
いくら間違えても、解けなくても、
どうってことありません。
  
  
でも、もし失敗したら、
「自分の命を取られてしまう」としたらどうでしょう?
  
一手を打つのにも、
めちゃくちゃ真剣で慎重になると思いませんか?
  
  
懸かっているモノが大きければ大きいほど、
  
本気に、真剣に、慎重になる訳です。
  
  
プロの棋士は、
一手を打つのに何時間も長考する事があります。
  
  
それは、その一手に懸かっているモノが、
非常に重いからです。
  
  
主体性が低い人は、
責任感やプレッシャーも小さいので、
  
軽々しく一手を打つことができますが、
  
  
主体性が高い人ほど、
責任感やプレッシャーが大きいので、
  
一手を打つにも、
命を懸けるくらいに真剣なのです。
  
  
それが、【 主体性が高い人の世界観 】です。
   
   
ただ、将棋を打つにしても、
  
・絶対に失敗してはいけない!
・絶対に間違っちゃいけない!
  
なんて思っていると、怖くて一手が打てません。
  
  
「失敗したらお終いだ」
「間違ったらお終いだ」
  
などと思っていると、
手が震えて、すくんでしまうでしょう。
  
  
  
逆に、主体性が高い人は、
  
「失敗」や「間違い」などの、
【 最悪の事態 】を受け入れているのです。
  
  
だから、プレッシャーが強くても、
覚悟を決めて一手が打てるのです。
  
  
例えば私だったら、もし自分が大きなミスをしたら、
  
【 誠心誠意、他人に平謝りして、
  自分の出来る限り、全力で責任を取る 】
  
そういう風にしようと思っています。
  
  
でも、自分としては、
自分がミスして謝るのがめちゃくちゃイヤだから、
  
めちゃくちゃ真剣に慎重に考えて、一手を打つのです。
  
  
しかし、「ミスをしたらお終いだ」と思っている人は、
  
ミスをするのが怖すぎて、
一手を打つことすら出来ないのです。
  
  
私は、もし自分がミスをしたら「謝る気満々」ですから(笑)
  
  
でも、自分が謝らなきゃいけない様な事態には陥りたくないし、
ミスをしないように考え抜いて一手を打っていますけど、
  
【 ミスが怖くて一手も打てない 】くらいの、
「ビビリの精神状態」にはならないのです。
  
  
例えば、自分が社長で会社を潰したりしたら、
取引先や債権者が「カネ払え!」って押し寄せてくると思います。
  
  
でも、自分としては誠心誠意、謝る事しかできないし、
  
「潰れるような会社と取引したあなた達にも、
 責任の一端はあるでしょ? 自己責任・自業自得でしょ?」
  
って思います。
  
  
だから、他人に迷惑を掛けたから…と言っても、
必要以上に自分を責めて落ち込む事もありません。
  
  
ま、私はそんな風にはなりませんが(笑)
  
  
主体性が高くなればなるほど、人間は自由になります。
  
  
例えば、自分が雇われで働いていたら、
  
態度の悪いムカつくお客さんが現れても、
「二度と来るな!」とは言えません。
  
そのお客さんは、「会社のお客さん」なので、
そのお客さんをどう捌くかは、会社(上司)が決める事です。
  
  
もし自分勝手に、「二度と来るな!」と言ってしまったら、
会社をクビになるかもしれません。
  
  
自分の経済力を会社に依存しているから、
自由に振る舞えないし、強気に出られない訳ですね。  
  
  
でも、自分が自営業者だったら、
存分に、「二度と来るな!」と強気で言えます(笑)
  
お客さんを、自分で選ぶ事が出来るのです。
  
  
「主体性が高い」という事は、「他人に甘えていない」という事です。
  
そして、
  
【 他人に甘えていない分だけ、自分の自由に振る舞える 】のです。
  
  
私は誰よりも「自由」を愛する男ですが、
  
「自由=責任」
「自由=主体性の高さ」
  
です。
  
  
甘えている人間ほど、甘えている対象から
自分に首輪を付けられている様なモノですから、
  
自分の自由に振る舞うことが出来ないのです。
  
  
  
例えば、自分が会社を経営していて、 
 
投資家や銀行からお金を出してもらっていたら、
投資家や銀行の意見も聞かなきゃならないかもしれません。
  
「俺たちの言う事を聞かないと、資金を引き揚げるぞ!」
  
なんて、言われてしまうかもしれません。
  
  
その分だけ、自由度は減ってしまいます。
  
  
言い方を換えれば、
   
【 他者に甘えるという事は、「弱みを握られる」 】
  
って事なのです。
  
  
「俺の言うことが聞けないなら、○○するぞ!」
  
なんて脅されても、抵抗できない訳です。
  
  
私は、「他人に弱みを握られている状態」が嫌いなので、
   
どこまでも自立したい訳です(笑)
  
  
自分が自立して、主体性を身に付ければ身に付けるほど、 
 
他人に弱みを握られることも無くなりますし、
自分の自由に振る舞うことができます。
  
  
主体性を身に付けるには、
トコトン他人をアテにしない事です。
  
  
私なんか、
  
「世の中を良くする方法」を研究し尽くして、  
無料で公開しまくっているのに、
  
誰も支援してくれません(笑)
  
  
有名人も、メディア関係者も、政治家も、
いろんな業界の人が私の記事を読んでいるのに、
  
識者として私を呼んで、
意見を聞こうとする人はいません。
  
  
・私が有名になる事で、
 自分の仕事が無くなるのか怖いのか?  
  
・私を表立って支援して、
 他人から変な目で見られるのが怖いのか?
  
  
まぁ、理由としてはそんな所でしょうけど。
  
  
結局、現在一般庶民に影響力を持っている人間達は、
    
世の中を良くする事よりも、
【 自分の保身が最優先のチキン野郎 】ばっかりです。
  
  
だから、「世の中をどうこう…」とか語っている、
口先だけの有名人には、虫唾が走るのです。
  
  
実際は、世の中の事より、
自己保身が最優先のクセして、
  
他人から「良い人だ、頼りになる人だ」と思われようとして、
「私は世の中の事を真剣に考えてます」なんてうそぶくな!と。
  
  
「他人の目を気にして、
 平然とウソを付く口先だけの人間」が、
  
「実際に覚悟を持った人間」のフリをするなと。
  
  
リングに上がって、殴り合う度胸も無いのに、
  
口先だけカッコつけて、
「自分も戦いたい」と言っている様なモノです。
  
  
実際に戦っている人間から見れば、
  
度胸も覚悟も無いのに、口先だけは一丁前に、
「戦っている人間側」のフリをするなよ。
  
お前みたいな口先人間と一緒にされたくねーよ。
  
って感じです。
  
  
ウソをついてまで、
カッコつけようとしている自分が、
  
恥ずかしくないんでしょうか?
  
  
  
世間がそんな状態だから、
   
【 誰も協力してくれないなら、自分一人でやってやる! 】
っていう気になれたし、
  
その分だけ、私の主体性は高い訳です。
  
  
大学の研究者なんか、研究成果が出て無くても、
「研究費」や「給料」をもらえるわけでしょう?
  
私は全部自前ですよ。
  
  
誰からも投資されている訳ではありません。
  
  
まだ結果を出していないのに、
誰かから投資してもらっている時点で、
  
「他人からメチャクチャ優しくされているなぁ」と思います。
  
  
私は誰からも支援も投資もしてもらえなかったですから。
  
  
世界の有名企業だって、
投資家から資金を投資してもらっているでしょう?
  
それって、「他人から優しくされている」って事ですよ。
  
  
私は、他人から優しくされてこなかったからこそ、
精神が鍛えられたし、主体性も高くなった訳です。
  
そして、主体性が高いから、言いたい放題言えるのです。
  
  
別に誰に嫌われたって、私は生きていけますから。
  
私には、「嫌われたら困る相手」なんていないのです。
  
  
「嫌われたら困る相手(依存対象)」がいたら、
  
言いたい放題なんて言えません。
  
  
【 弱みを握られているから 】です。
  
  
それに、私が言いたい放題に言って
  
もし、自分にネガティブな影響が及んだとしても、
それも覚悟の上での発言です。
  
  
人間は、「甘えている相手」には強気に出られません。 
  

ですから、他者に甘えれば甘えるほど、
  
強気にもなれないし、自由にもなれないのです。
  
  
他者に甘える事の最大のデメリットは、 
  
弱みを握られてしまい、【 自分の自由が無くなる事 】です。
  
  
主体性が高い人ほど、
  
・「責任感」が強い
・「強いプレッシャー」を背負っている
・本気の気持ちで、真剣に考え、慎重な態度で判断を下す
・他者に対する「甘え(依存心)」を捨てている 
・その分、人生を生きる上での「自由」が大きい  
・「失敗や間違いなどの最悪の事態」を受け入れている
・他人の評価や目を気にせず、「本音」で生きられる
  
  
という事です。
  
  
これが、【 主体性が高い人の世界 】なのです。
   
   
本人の主体性を高めない限り、人生はさほど変わりません。
   
   
本気で主体性を高め、人生を変えたいという人には、
  
「はこぶね倶楽部」という最高の環境を用意していますよ。


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2017年10月31日

お金で手に入らないモノ

昨日、弟子と会って喋っていましたが、
  
どうも、「お金を過大評価する観念」が強かったので、
おもしろい例え話をしました。
  
  
もし、ハリーポッターの作者、JKローリングさんが、
  
「ハリーポッターの印税、ぜんぶ君にあげるよ!」
と、言ってくれたとしましょう。
  
  
その日から遊び放題、ハシャギ放題です。
  
世界中を旅して巡って、毎晩ドンチャン騒ぎをして、
  
どっかのお店を貸し切って、人を集めて、
「全部俺のオゴりだー! どんどん飲めー!」
  
とか言っても良いです。
  
  
それじゃあ、遊び尽くした後に、一体何を感じるでしょうか?
  
  
私はおそらく、「寂しさ」と「虚しさ」だと思います。
  
何故でしょう?
  
  
お金をバラまいて寄ってくるのは、
「お金が目当ての人たち」です。
  
ですから、本物の「心の繋がり、信頼関係、絆」ではありません。
  
  
本物の「心の繋がり、信頼関係、絆」を手に入れるには、
  
互いのネガティブ面を許し合ったり、受け入れ合ったり、
苦難を共に乗り越えてこそ、手に入るモノです。
  
  
それをやっていないのだから、
「心の繋がり」を感じられず、寂しいのです。
  
  
次に、「虚しさ」ですが、
  
結局お金だけあっても、
自分は何も生み出しておらず、与えてもいない訳です。
  
  
ですから、
何かを生み出したり、他者に何かを与えたときの、
  
「充実感」や「自己重要感・自尊心」などは、
単にお金をバラまくだけでは手に入りません。
  
  
  
「他人にお金を譲る」という行為は簡単です。
  
  
しかし、
  
「私は筋肉がムキムキで余ってるから、
 君にあげるよ!」
  
って事はできません。
  
  
信頼関係、筋肉、自己重要感、情熱…
  
そういった類いのモノは、
お金と違って他人からもらう事が出来ないのです。
  
  
つまり、【 お金だけでは解決できない問題 】です。
  
  
結局、筋肉を手に入れるには、自分が筋トレするしか無いし、
  
それと同じで、
「情熱、信頼関係、存在意義など」を手に入れるには、
  
自分自身が一定レベルまで精神的に成長しないと、
「決して手に入らないモノ」なのです。
  
  
私は、お金持ちになりたかったので、
お金持ちを研究してきましたが、
  
お金持ちにもいろんな人がいるので、
自分の理想のお金持ちってどんな姿なんだろう?
  
って考えた時に、お金だけあっても、
  
「情熱、やり甲斐、他人との絆」を持っていないと、
寂しいし、虚しいなと言う事がわかったので、
  
先に、「情熱・やり甲斐」と「他人との信頼関係・絆」を
優先しようと思った訳です。
  
  
お金は他人からもらう事が出来ても、
  
「情熱・やり甲斐」と「他人との信頼関係・絆」は、
お金を払って手に入るモノではありません。
  
  
お金で人間関係の全て解決するなら、
「離婚するお金持ち」は存在しない事になります(笑)
  
  
そういう事で、お金では解決できず、
  
自分が成長しなければ、
決して解決できない要素も存在している訳です。
  
  
筋肉を他人からもらう事は出来ません。
  
自分が筋トレするしか無いのです。
  
  
それと同じ事です。
  
  
ですから、依存的になって、
お金さえあれば…みたいな考えをしていると、
  
「自分を成長させる」という事にエネルギーが注げず、
  
自分を成長させるより、お金に意識が向いて、
  
「簡単にお金が儲かりそうな儲け話」に、
まんまと釣られてしまうのです。
  
  
【 お金は、そんなに万能では無い 】と言う事です。
  
もちろん、お金が無いと住む場所も無く、
餓死するしかありませんから、
  
お金は大事なんですけど、
  
「健康」や「心理」の分野になってくると、
【 自分が成長しなければ解決できない要素 】がたくさん出てきます。
   
   
お金は、健康や心理と違って、
他人からもらう事が簡単だからこそ、
  
他人からもらう事に依存してしまうのです。
  
  
そして、お金ばかりに依存して、
その分だけ、自己成長に意識が向かないのです。
  
  
【 お金はそんなに万能じゃ無い 】って事がわかると、
   
「お金を過大評価」する事も無く、
「自己成長」に意識が向きますし、
  
いろいろと考え方のバランスが取れてくるでしょう。
  
  
自分の存在意義や人間関係は、
他者からお金をもらっても手に入りません。
  
  
自分が精神的に成長して、手に入れるしか無いのです。
  
  
説明されたら、当たり前の話ですよね?


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2017年10月30日

「人生に対する主体性」と「決断・成功の関係」

「人生に対する主体性」の実状が気になって、
いろいろ計測してみました。
  
  
---------------------------------------------------------------------------
  
  
・成人した日本人の主体性(最頻値)    : 2.2
・成人した日本人の主体性(平均値)    : 3.8
  
  
《 22〜25 》
  
・サイドビジネスをやる決断を下せる。
・「自分で自分の生活を改善できる」と思えるレベル。
・「自分が成功する人生」を思い描けるレベル。
   
  
《 100〜124 》
  
・自営業で生きていく決断を下せる。
・「雇われる」という生き方が心底イヤになってくるレベル。
   
  
《 214〜242 》  
  
・一時期、波に乗って成功できるレベル。
・成功した後に、気を抜いて凋落してしまう様な人たち。
・質の低い情報商材を売っている様な人たち。
・闇金やアダルト、ギャンブル系など、
 暴力団が関わっていそうな、グレーなビジネスをしている人たち。
   
   
《 421〜443 》 
  
・継続的に成功し続けられるレベル。
・人生を懸けた「目標」や「ヴィジョン」を持っている。
   
   
《 711 〜 1424 》
  
・日本中の誰もが知っている様な一部上場企業の創業者のレベル
・又、上場していなくても極めて優秀な企業の創業者のレベル
   
   
《 2222 〜 3226 》
  
・マイクロソフト、アップル、
 フェイスブック、グーグル、アマゾンなど、
  
 世界中の誰もが知っている様な、
 世界に大きな変革をもたらした企業の創業者のレベル 
  
  
《 7485 》(※ 2017年10月現在)
    
・中井貴雄
  
  
---------------------------------------------------------------------------
  
  
って感じらしいです。
  
  
  
まぁ、
  
《 214〜242 》一時期、波に乗って成功できるレベル。
  
これくらい人たちが、
  
《 22〜25 》「自分が成功する人生」を思い描けるレベル。
  
これくらいの人たちを相手に、
  
詐欺的な「自己啓発やビジネスの情報商材」を
売って稼いでいるというのが、
  
「自己啓発業界の構図」でしょうね。
  
  
でも、「自営業で成功する」っていうのは、
  
主体性が20台程度の「世間知らずな人々」が想像するより、
よほど厳しい世界なのです。
  
  
厳しいって言っても、
「才能が無いから諦めろ」って話じゃ無くて、
  
どんなに厳しい試練がやってきても全ては自己責任と捉え、
やるべき事を誠実にコツコツやっていれば、
  
主体性を高め続けて、成功する事はできます。
  
  
私が伝えたいのは、
  
現実は厳しいからこそ、諦めるなって話じゃ無くて、
【 腹を括ってやり抜きさえすれば、理想は実現できる 】って話です。
   
  
でも、甘えて、舐めて掛かっていたら、不可能です。
  
  
成功するには、
あらゆる甘えを捨て続けなければなりません。
  
  
成功するって、そういう事なのです。
  
  
で、「その気」が無いなら無理です。
  
  
それが、現実なのです。
  
  
私だって、
  
初めの頃は「儲け話」に興味を持つくらいに、
主体性は低かったし、
  
思っていたより、商売ってすごく厳しかった。
  
  
でも、主体性を高め続けたら、継続的に成功できちゃうのです。
  
  
今、主体性が20程度の人で、
漠然と「成功できたらなぁ…」と思っている人がいたら、
  
その人がイメージ通りの最高の生活を手に入れるには、
主体性を「400以上」まで高める必要があります。
  
  
「儲け話」に飛びついて叶えられるほど甘くありませんし、
  
なかなか厳しい道のりですね。
  
  
でも、不可能ではありません。
  
  
・諦めて「目先でラクな道」を歩むか?
   
・「厳しくとも、不可能では無い道」を歩むか?
  
  
そのどちらかの選択が必要です。
  
  
現実を知らない「世間知らず」の人たちは、
  
目の前の儲け話に飛びついて、
「主体性が400以上の人たちの生活が手に入る」と思っているんだから、
  
  
「それは絶対に違いますよ」って事を伝えたいのです。
  
  
  
主体性も無く、儲け話に飛びついただけで
成功している人などいませんし、
    
たとえ、宝くじに当たって数億円手に入れても、
「お金の扱い方」を体得していないから、散財して終わりです。
  
  
結局、自分自身が「ある一定レベル」まで成長しなければ、
  
【 自分の理想の生活など手に入れる事は出来ない 】って事です。
  
  
主体性を「20台」から「400台」まで高める過程では、
  
なかなか厳しい試練もやってくるでしょう。
  
  
でも、諦めずに粘って乗り越えた人間が成功するのです。
  
  
最終的には、【 根性論 】です(笑)
  
  
でも、主体性を高めれば高めるほど、
自分の人生を自分でコントロールしている事になりますし、
  
自分の理想に少しずつ近づいていく事になります。
  
  
私が「現実は厳しい」という事を伝えたいのは、
  
「甘い幻想」に浸っている限り、
現実が好転する事は絶対に無いからです。
  
  
まぁ、「甘い幻想」に浸っていたい人は、
私の記事なんて読まなくても良いんですけど、
  
もし、「目に見える結果」が欲しいのであれば、 
甘い幻想を捨てる必要があります。 
  
  
ですから、私は【 結果が欲しい人 】に語りかけているのです。
  
  
「儲け話に飛びついて、理想の人生が手に入る…」
  
そんな甘い幻想の中で生きていたい人は、別にそれでも良いです。
  
  
別のジャンルに例えるなら、
  
リア充を諦めて、
「ギャルゲー」や「アイドルの追っかけ」ばっかり
  
やっている人の様に見えますが(笑)
  
  
現実で恋人を作ることを諦めるなら、
それでも良いのかもしれません。
  
  
でも、私は「現実で恋人を作りたい人」に向けて、
語りかけています。
  
  
部屋に籠もってギャルゲーばっかりやっていた人が、
実際に恋人を作ろうとすると、
  
それなりに自分を変化させる事が必要でしょう。
  
  
【 人生や経済の成功 】も同じです。
  
  
儲け話は、ギャルゲーと同じです。
  
  
ギャルゲーを続けるのか? 実際の恋人が欲しいのか?
  
  
部屋に籠もってギャルゲーをやり続けて、
  
ギャルゲーに出てくる様な、
「自分好みの性格も容姿も良い恋人が欲しい」
  
というのは無理があります。
  
  
そんな事は不可能だって、誰でもわかります。
  
  
でも、ジャンルが変われば、可能だと思っちゃうんだから、
「人間の脳みそ」っていうは不思議だし、
  
あるジャンルを別のジャンルに当てはめて考えられない
論理的思考力の無さや、世間知らずって恐ろしいなと思います。
  
  
主体性を高めるためには、
甘えを捨て続けること、腹を括り続ける事です。
  
  
その末に、400台まで高めたら、
  
誰が何と言おうと、
「継続的な成功の人生を歩んでいる」と言って良いでしょう。
  
  
具体的なわかりやすい指標があると、便利ですね。
  
  
現実の厳しさを理解した後は、
  
「諦めるのか?」 「粘るのか?」
  
そこが、本人が決断するべき部分なのです。


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2017年10月29日

人の主体性は、見た目ではわからない

人間の「人生に対する主体性」を数値化し始めて、
  
他人の主体性のリアル(現実)が見えてきました。
  
     
ひとつ重要なことは、
人の「主体性」って、外側からはわからないものです。
  
  
・収入
・年齢
・社交性
・仕事
・社会的地位…、
  
そういうモノと【 人生に対する主体性 】は、
  
まったく関係が無いのです。
  
  
例えば、
  
・収入がそこそこ高くても、 
・社交性がそこそこ高くても、
・(二代目や雇われの)社長という立場でも、
  
主体性が低い人もいれば、
  
  
・現時点での収入が低くても、 
・見た目が大人しそうに見えても、
    
主体性が高い人は高いのです。
  
  
しかし、何らかの「創業者」や「創立者」は、
  
大抵「主体性」は高いですね。
  
  
年齢が60代以上の日本の有名な政治家の人でも、
主体性が低い人は低いです。
  

  
で、またチャネリングでデータを採ってみましたが、  
  
日本人(20歳以上)の平均の主体性は、「3.8」です。
   
   
前々回の記事に投稿したように、
  
【 独立起業して、「自営業者」として生きていくぞ! 】
      
と決断するために、
最低限必要な主体性を「100」として計測しています。
    
  
「サラリーマンをしながら、サイドビジネスにチャレンジしたい!」
と思える、最低の主体性は、「22」くらいですね。  
  
  
既に社長(自営業者)という立場であっても、
「二代目社長」や「雇われ社長」などは、
  
ゼロから事を起こしている訳では無いので、
「主体性が100に満たない人」も多く存在しています。 
  
  
もちろん逆に、創業者より2代目社長の方が優秀で、
  
2代目社長の手によって
会社が大きく発展していくパターンもありますけどね。
  
  
  
「都市部の人々」に絞れば平均値はもう少し上がりますが、
  
東京23区在住の人(20歳以上)の平均主体性なら、「4.1」
大阪市在住の人(20歳以上)の平均主体性なら、「6.2」ですね。
  
  
ただ、平均値というのは、
「断トツに高い人々が、全体の数値を大きく引き上げてしまう」ので、
  
  
一番人数の割合が多い「最頻値」を計測すると、
  
日本人の「主体性の最頻値」は、「2.2」です。
  
  
道を歩けば、「主体性が2.2くらい」の人々とたくさんすれ違う…
  
と言うことです。
  
  
主体性が「2.2」であれば、
  
「人生を変える! 人生が変わる!」なんていう
発想も湧かないくらいじゃないでしょうか?
  
  
この世界には、
  
「自分は無力で、他人に依存するしかなくて、
 自分では人生の何も決められない、変えられない」
  
そんな風に思っている人々がほとんどだ…という事です。  
  
  
これが、私の言う「奴隷思考」な訳ですが、
  
現在の私の人生に対する主体性は「7484」ですから、
まったく違う世界観で生きている…という事になりますね。
  
  
しかし、私の「外見」からは、
私の主体性の高さはあまり見抜けないと思います。
  
  
最初に言いましたが、
  
・収入
・年齢
・社交性
・仕事
・社会的地位…、
  
などと、本人の主体性は関係がありません。
  
  
主体性が高ければ高いほど、
【 自分好みの人生を歩むことができる 】という事ですから、
  
  
いくら、ハタから見て
恵まれている様に見えても、成功している様に見えても、
  
その人の主体性が低いとすれば、
  
本人としては満足も納得もしておらず、
「それほど幸せでは無い」という事です。
  
  
主体性が高ければ高いほど、
「精神力」と「知性」が養われます。 
  
  
「主体性が高い」という事は、
【 他人に甘えていない 】という事ですから、 
   
一人でもやり抜く覚悟を持ち、
何事も自分の頭で考えます。
  
  
逆に言うと、主体性が低い人ほど、
  
「精神力」も「知性」も低く、
  
自分に負荷の掛かることからすぐに逃げ出しますし、
  
自分の人生に関わる事を、自分の頭で考えないし、
読解力や理解力も著しく低い訳です。
  
  
私は、主体性を数値化して、
「これほどまでに、一般の人々は主体性が低いんだ…」
  
と言う事に、すこし驚いています。
  
  
巷では多くの成功者が、
自分が成功した方法やノウハウを語りますけれども、
  
そもそも成功した人というのは
「元から主体性が高かった」訳であって、
  
そういう人たちにとっては、
「自分の主体性が高いこと」はごくごく当たり前で自然な事なので、
   
【 主体性が低い人の気持ちが、全くわからない 】のです。  
  

ですから、巷の成功者が語るのは、
ほとんど「主体性が高い人向け」の話なのです。
  
  
なので、成功者の話をいくら聞いたところで、
  
成功できない人が圧倒的に多数なのです。
  
  
成功者が、
「本人が努力すれば成功できる方法」を教えようとしても、 
  
主体性が低い人は、
  
「自分が頑張らずに、成功者に成功させてもらおう」
と思っていますから、
  
互いの意図は食い違っているのです。
  
  
  
一番根本の、【 主体性 】という所にアプローチしないと、 
 
主体性を高めずして、成功する事は不可能なのです。
  
  
しかし、主体性の低い人が、主体性を高めようとすると、
  
これがなかなか一筋縄では行きません。
  
  
筋トレで言うと、 
 
ガリガリの虚弱体質の人を、
ムキムキの肉体にしようとする様なモノです。
  
  
当然、本人の努力も必要になってきますが、 
  
ガリガリがムキムキになることは、
努力が必要だとわかりやすいですが、
  
   
「人生の成功」という領域になると、
  
思考が「学校のお勉強モード」になってしまって、
  
・先生に対して「従順」になる
・「情報」を多く蓄える
  
と言う事が、成功法だと勘違いしてしまうのです。
  
  
これも、クソ学校教育の弊害ですね。
  
  
【「日々の鍛錬」や「仕組みを深く理解すること」が重要である 】
  
という事が、まったくわからないのです。
  
  
一夜漬けなどの「短期記憶」で、
短い期間、ただ「ある情報」を知っているだけで、
  
【 問題は乗り切れる 】と、勘違いしているのです。
    
   
で、テストが終わってしまえば、
一夜漬けで覚えた事は、すぐに忘れてしまうのです。
  
  
なーーーーーんにも賢くなっていません。
  
  
「学校教育における成功法則を捨てろ」って言っても、
  
「三つ子の魂百まで」と言いますが、 
  
若い頃に植え付けられた「観念」や「思考パターン」は、
歳を取れば取るほど、変えにくいようですね。
  
  
日本人は、
「学校の勉強を真面目に必死にやって、バカになっている」のです。
  
  
一方、私は不登校児になって、通信制の高校に通って
  
みんなが勉強している間、
パソコンでゲームばっかりやって、賢くなりました(笑)
  
  
「主体性を高める」と言う事は、「甘えを捨てる」と言う事です。
  
  
つまり、もう他人はアテにならないから、自分一人で舵取りしていくぞ!
  
と、【 腹を括る事 】です。 
  
  
私はこれまで、「腹を括った回数」は多いですよ(笑)
   
  
「社長(経営者)は孤独…」などと言いますが、
主体性が高い人ほど、孤独を乗り越えているハズです。
  
私の「主体性」は断トツですが、その分だけ、
私ほど「極度の孤独を感じ、乗り越えて来た人間」もいないと思います。  
  
  
私はいくら孤独な状態になっても、
生き抜いて、大義を成し遂げる決断を下してきました。
  
その「腹を括った回数」だけ、主体性を高める事が出来たのです。
  
  
主体性を高めたければ、【 何回、腹を括るか? 】です。
  
  
何かに腹を括らないと、主体性は高まっていないわけで、
    
大して何も進歩していないのです。
   
   
腹を括り続けるから、成功し続けるのです。 
  
  
現状に満足し、怠けて、腹を括らなくなった人間は、
そこで成長が止まって衰退が始まり、いずれ淘汰されるのです。
  
それが、【 現実の厳しさ 】です。
  
  
人生を充実したモノにしたければ、
  
「腹を括る事」を楽しまないとね。
  
  
腹を括らなくなった人は、人生そこまでなのです。


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haxe501 at 12:05|Permalinkclip!

2017年10月26日

依存心を捨てる過程

昨日、田中くんから、
  
「どうやって主体性を高めていけば良いですか?」  
と、質問を受けました。
  
  
そこで、
  
「なぜ自分は依存心を捨てる事が出来て、
 主体性が高くなったのだろう?」
  
と振り返って考えてみると、
  
他人をアテにしなくなって来たからだし、
  
他人をアテにしなくなったのは、
【 他人に裏切られ続けてきたからだな… 】
  
という根本に辿り着きました。
  
  
私の主体性が高い理由は、
  
1.科学的な視点を持っている
    
2.他人に裏切られ続けてきて、
  他人に対する捉え方がシビアになった
  
という事だと思います。
  
  
第一の、【 科学的な視点 】という事ですが、
  
科学者というのは、先入観を排除し、
「客観的な事実」と「法則」を追求します。 
  
  
・「確実で揺るぎない証拠」を掴んでこそ、
・検証、分析し、実験で証明できてこそ、
   
ようやくそれを真実だと思える訳です。
  
  
「あやふやな情報」は鵜呑みにしませんし、
「明確な証拠」も無いのに、真実だと思い込むこともしません。
  
  
「逮捕」や「裁判」もそうですよね?
  
明確な証拠が揃ってこそ、
容疑者を逮捕したり、裁判で判決を下すわけです。
  
  
明確な証拠も無いのに、
あやふやな情報で逮捕しようものなら、
  
「中世ヨーロッパの魔女狩り」と同じです。
  
  
世の中、冤罪だらけになってしまうでしょう。 
  
  
「証拠」や「論理」を重んじるのは、
「裁判に携わる者」や「科学者の思考」です。
  
  
要は、「安易に間違っちゃいけない」という、
【 重い責任 】を背負っているのです。
  
  
この「証拠」や「論理」を重んじる考えを持っている時点で、
既に主体性は高い訳です。
  
  
一方、宗教の信者などは明確な証拠も無いのに、
他人の情報を鵜呑みにしますが、
  
それは、主体性が無く依存的だからです。
  
  
  
第二に、【 他人に裏切られる経験 】という事ですが、
  
  
「裏切られる」っていう単語自体が、
既に被害者意識を含んでいると思うので、
  
「裏切られる」という現象を、
自己責任として言い換えてみると、
  
  
1.自分の「他人を見る目」が無かった
2.「他人の気持ち」が途中で変わった
  
この2点が原因なのです。
  
  
・自分の「他人を見る目」が狂っている可能性もありますし、
・「他人の気持ち」が途中でコロッと変わるかも知れません。
  
それが、初めっから「想定内」に入っていれば、
「裏切られた!」なんていう【 被害者意識 】は湧いてきません。  
  
  
私の他者に対する捉え方は
   
・誰しも、「ウソ」や「間違った事」を言う可能性がある
・誰しも、途中で「気持ち」がコロッと変わる可能性がある
   
です。
  
  
ですから極論すると、私は誰の発言も信じていないのです。
  
  
他人は「ウソ」や「間違い」を言っているかもしれなし、
誰しも「気持ちがコロッと変わる可能性がある」のだから、
  
「誰も信じられない」という事です。
  
  
私がよく引用するバシャールだって、 
  
・言っている内容が「間違っている」かも知れないし、
・途中でバシャールの気持ちがコロッと変わるかも知れない。
  
私は、そんな風に思っています。
  
  
バシャールの発言を鵜呑みにする、バシャール信者とは違います。
    
  
バシャールの言っている事がもし間違っていたとしたら、
  
バシャール信者はダメージが大きいでしょうが、
私は、まったくダメージを受けません。
  
  
じゃあ、中井さんは一体何を信じているの?
  
って思うかもしれませんが、
  
  
遠い昔っから、ずーーーーーーっと言い続けているんですけど、
  
私が信じているのは【 法則だけ 】です。
  
  
極論すると、私は「法則」以外、何も信じていません。
  
  
多くの人は、
  
「国、社会、企業、常識、師匠、
 両親、先生、友人、お金、高次元存在」
  
などを頼りにしているでしょうが、
  
私は、そのどれもアテにしていません。
  
  
私がアテにしているのは、本当に「法則だけ」です。 
  
  
私の教えている人たちにも、
  
【「私という人間」は信じなくていいから、
  唯一絶対不変の「法則」を理解してください 】
  
という風に伝えていますからね。
  
  
それでも、
  
未だに弟子たちは「法則」が理解できずに、
「私という人間自体」に依存しているのだから、
  
【 日本語が通じていない 】としか思えません。
  
  
私が、5年後に
気持ちがコロっと変わったらどうするんでしょう?
  
私が将来、「悪の大魔王」にならないと言い切れるのでしょうか?
  
  
でも、5年後になっても「法則は絶対に不変」ですけどね。
  
  
「法則」とは、
常に北を指し示す、「コンパス(方位磁石)」の様なモノです。
  
そのコンパスを頼りに、地図を広げ、
自分の行きたい場所に行けば良いのです。
  
  
このコンセプト自体、
未だに理解されず、通じていないんでしょうね(笑)
  
  
【 意思を持った「他人」では無く、
  意思を持たない「法則」を指針とする 】  
    
というコンセプトを心の底から理解し、体得するには、
主体性が「321以上」必要みたいですね。
  
  
私だって、もしかしたら他人を裏切るかも知れないし、
私の周囲の誰かだって、私を裏切るかも知れません。
  
なぜなら、人の気持ちはコロッと変わるからです。
  
  
嫌いな人を「好き」になったり、
好きな人を「嫌い」になったりするでしょ?
  
だから、少なからず人は結婚と離婚を繰り返すのです。
  
  
家族だろうが、先生だろうが、
国だろうが、企業だろうが、
宇宙人だろうが、高次元存在だろうが、
   
・「ウソ」や「間違い」を言っているかも知れないし、
・いつ、気持ちがコロッと変わるかも知れないし、
・いつ、自分を裏切ることになるかも知れない
  
  
それが、私の持つ世界観です。
  
  
私が唯一、
全幅の信頼を寄せているのは、「法則だけ」です。
  
  
法則は、「意思」や「意図」を持っていないからこそ、
コロッと変わる可能性もありません。
  
  
以前、「法則」が変わるときは、
「世界の終わり」だという記事を書きましたが、
  
それくらい、
【 法則が変わることはあり得ない 】のです。
  
  
バシャールの発言より、法則の方がよっぽどアテになります。
  
  
私は、法則を指針として、自分の行動を決定しています。 
  
  
いくら他人が私を裏切ろうとも、誰が私を裏切ろうとも、
  
法則が自分の味方をするように行動している限り、
  
【 私の身は守られ続ける 】のです。
  
  
それを信頼しているので、
私は安心して暮らしているのです。
  
  
もう一度言いますが、私の事なんて信じなくて良いんですよ。
  
私は5年後、気持ちがコロッと変わるかもしれないんだから。
  
  
人の気持ちなんて、どう変わるかわかりません。
  
  
私が実は悪者だった時のことぐらいは想定して、
人生を生きて欲しいモノです。
  
  
まぁ、私はまだ心配ない方だと思いますが、
自己啓発やビジネス教育界の有名著者・講師などは、
  
ファンの人たちが思っているほど、
人格者ではない場合が多いと思いますが(笑)
  
  
そもそも、
まず既に「親と学校の教育」や「常識」に裏切られてますよ。
  
【 既存の教育や常識は間違っているから 】です。
  
  
みんな、ウソを教え込まれているのです。
  
  
私は、中学校の挫折の時にそれを痛感しました。
  
  
【 親も、学校も、国も、企業も、平気で間違った事を教える 】
  
  
そんな社会で生きているからこそ、
  
自分自身がシッカリと真実を見極める必要があるのです。
  
  
その為に、経験や検証を重ねて、
  
客観的な真実を把握し、確信を深めていく必要があるのです。
  
  
揺るぎない「宇宙の法則のひとつ」に、
  
・自分の与えるモノを受け取る
・自分が与えたモノが返ってくる
  
という法則があります。
  
  
もう、本当に基本はこれだけで良いと思うんですよ。
  
  
私は、
  
・真実が知りたいから、可能な限り真実を伝える
  
・自分が優しくされたいから、他人に優しくする
  
・自分が自由でいたいから、他人の自由を尊重する
  
・自分が成長したいから、他人の成長をサポートする
  
・人生を良くする方法が知りたいから、知っている事を教える
  
・自分が経済力を高めたいから、他人の経済力向上を支援する
  
・質が高い商品を買いたいから、質の高い商品を売る
  
  
  
私はただ一貫して、
   
【 自分が受け取りたいモノを与えているだけ 】です。
    
   
私から発信するモノが、
【 質が高くて、親切で、誠実 】である限り、 
  
いくら特定の他人に裏切られようとも、
   
私に返ってくるモノは、
【 質が高くて、親切で、誠実なモノ 】なのです。
  
  
揺るぎない絶対の法則が、その結果を約束してくれています。 
   
   
だから、私は他人に裏切られても気にしません。
  
「人の気持ちはコロコロ変わるからねぇ」って思うだけです。
  
  
でも、私が積んでいるカルマは圧倒的に自分が得たいモノなので、
  
私の元には、「自分の得たいモノ」がたくさん返ってくるのです。
  
  
自分が「間違った情報」を発信していたら、
  
自分の元に返ってくるのも、「間違った情報」です。
   
  
  
自分が他人に対して、ウソや間違いを教えて、
質が低くて、不親切で、不誠実なモノを与えておいて、
  
自分の元には、
  
正確な真実の情報と、質が高くて、親切で、誠実なモノが
返ってきて欲しいなんて、
    
それは、いくらなんでもムシが良すぎますよね?
  
  
そんな事は、宇宙に望めません。 
  
  
・自分の与えるモノを受け取る
・自分が与えたモノが返ってくる 
  
これが、唯一絶対のルールなのですから、
  
それに則って生きるだけです。
  
  
このルールに則って生きている限り、 
 
他人にいくら裏切られようとも、何の問題も無いのです。
  
  
「いくらでも裏切って下さーい!」って感じです。
  
  
宇宙の法則には、誰も勝てませんから。
  
  
私は、宇宙の法則によって、
  
圧倒的にポジティブなモノが返ってくるように、
常に行動しています。 
  
  
ですから、誰かが私に悪意を持って攻撃しようが、 
私は唯一絶対の宇宙の法則によって、守られているわけです。
  
  
唯一絶対の宇宙の法則が、
自分の味方をするように行動しているので、
    
他人なんか、何も怖くないのです。
  
  
私が「不親切な人の存在を裁かずに許した上」で、
いつも他人に親切にしている限り、
  
私の周りには親切な人しか寄ってこないのです。
  
  
それが、宇宙の法則なのです。
  
  
と言う事で、
  
「バシャールや私が、実は悪人だったパターン」
を想定している人の方が、
  
「依存心」や「甘え」が少なく、「主体性」は高いですよ(笑)


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2017年10月25日

人生に対する主体性

・「雇われ」で生きていくか?
・「自営業」で生きていくか?
  
要するに、自分は独立起業するのか?
  
  
このテーマで悩んでいる人は多いと思います。
  
  
それで、「自営業で生きたい!」と思う人は、
  
人生に対する
【 自立心や主体性が一定以上の高さ(強さ)である 】
  
という事です。
  
  
「現時点の能力」に関係無く、
  
「自立心」や「主体性」が強い人ほど、
「独立心」も旺盛になりますからね。
    
  
そこで、
  
【「自分は自営業で生きていく!」と決断するために
  最低限必要な主体性を「100」 】
  
として、
    
昨晩「はこぶね倶楽部メンバー」の主体性を
それぞれ計測し、数値化してみました。
  
  
過去を振り返ると、私が20歳の頃というのは、
  
ADSLが登場し、
ちょうどインターネットが一般に普及し始めた頃です。
  
  
昔は、株式会社を設立するのに最低1000万円
有限会社を設立するのに最低300万円の、
  
資本金が必要でした。
  
  
それくらいの資本金が無いと、
どうせ事務所を構えたり、人を雇ったり出来ないでしょ?
  
って事です。
  
  
ですから、「起業のハードル」もかなり高かったのです。
  
  
しかし、インターネットの登場以降、
低資本・少人数でもビジネスをスタートできる様になり、
  
ルール(会社法)も改正されて、
資本金が「たったの1円」でも株式会社を設立できるようになり、
  
「独立したい人間」にとっては、
【 またとない追い風 】が吹いていたのです。
  
  
私は、20歳の頃に、
「雇われずに独立して生きていく」という生き方に出会い、
  
【 もう、自分にはこれしかない! 】
  
という確信を持ちました。 
  
  
そして、上記の「追い風」もあって、
  
ますます、【 独立起業して生きていく! 】
  
という気持ちは強まっていきました。
  
  
親にいくら反対されても、私の意志は強固でした。
  
他人に反対されたくらいじゃ折れない意志っていうのも、
「主体性が高いからこそ」です。
  
  
私は、「独立起業という生き方」に出会った瞬間、
【 もう、自営業しか無い! 】と決断できた訳ですが、 
  
その時既に、
私の主体性は「100以上備わっていた」という事です。
  
正確に計測すると、「124くらい」あったと思います。
  
  
しかし、私の弟子で100に近い子はいても、
まだ100を超えている子はいないので、
  
弟子たちは、
「20歳の時点の私ほどの主体性も持てていない」
  
という事になります。
  
  
それでも、
弟子たちが自分のサービスでお金を稼げているのは、
    
私がお客さんを集めたり、
サービス内容を考えてあげたりして、
  
「お膳立て」をしてあげているからです。
  
  
半分は「自営業者」でも、
半分はまだ「雇われマインド」なのです。
  
  
そして、「主体性が低い」という事は、その分だけ、  
  
・恐怖心や依存心が強い
・自分の人生について、真剣に考えられない
・恐怖で頭が真っ白になって、思考が働いていない
・私の説明に対する理解力に乏しい
・奴隷思考
  
  
まぁ、要するに主体性が低い人ほど、
基本的な論理的思考力に乏しく、
  
「とんでもないアホ」になっている…、
  
という事になります。
  
  
私がいくら言葉で説明しても、
「ぜんぜん理解できない」と言う事です。
   
   
【 自信・自立心・主体性 】というのは、
  
人生を切り拓いていく為の「精神力と知性」の根源です。
  
  
それが低い時点で、
「充実した人生」など送れるハズがありません。
  
  
主体性が「100」に達しない限り、
私の伝えている「論理的な説明」も理解できないし、
  
私が伝えている知識も、
ただの「宝の持ち腐れ」になってしまうでしょう。
  
  
ちなみに、主体性が高いと言う事は、
  
それだけ、「依存心」や「甘え」を捨てていて、
【 シビアに現実を捉えている 】という事です。
  
  
「依存心」や「甘え」を捨てるから、
  
【 真剣さ、本気度、慎重さ 】などが備わります。
   
  
「自分は自営業で生きて行く!」
という決断に必要な主体性は100ですが、
  
独立しても成功できずに終わっていく人が圧倒的多数です。
  
  
成功できる人は、またその分だけ
「人生に対する主体性」が高いのです。
  
  
私のチャネリングによると、
  
・一時的に、一時期成功する為に最低必要な主体性は「214」
・永続的に成功し続ける為に最低必要な主体性は「412」
  
って所らしいです。
  
  
日本トップレベルの企業の創業者で、主体性は700程度
世界トップレベルの企業の創業者で、主体性は2200程度
  
です。
  
  
さて、では私の今現在の「主体性」はいくらでしょうか?
  
  
なんと、「7481」です(笑)
  
  
  
ドラゴンボールで言うと、
スカウターが爆発するレベルでしょう(笑)
  
  
20歳の頃から、自分の成長に全エネルギーを注いできて、
  
「124」が「7481」まで成長しました(笑)
  
  
まぁ、これだけ私の「主体性が高い」と言う事は、
  
本当に、「誰にも、何にも、依存していない」という事です。
  
  
「何があっても、自分一人のチカラで生きていく」
という想いが強いのです。
  
  
もちろん、「他人と助け合う事」は大事ですが、
依存的な人は、「助けてもらって当然」だと思っていて、
  
自立している人は、
「他人に助けてもらえなくても、自分一人でやっていく!」
  
という気持ちが強いのです。
  
  
で、話は変わりますが、
  
テーマが「アセンション(第三密度の卒業)」となると、
また話は別で、
  
アセンションに必要なのは、「人生に対する主体性」よりも、
  
【 高次元に対する興味・関心・理解・確信 】が重要です。
  
  
世界の名だたる経営者は、当然主体性は高い訳ですが、
  
スピリチュアルに興味・関心が無い人は、
今世で「アセンション(第三密度の卒業)をする意志がない」
  
と言う事です。
  
  
アセンションに必要なのは、
  
・スピリチュアル(高次元)に対する確信
・他人や自然などの全体に対する奉仕精神 
  
をメインとして、
  
他にも、
  
・意志の強さ
・自立心の強さ
・主体性の高さ
・ネガティブ観念やトラウマの少なさ
  
などの「総合力」で決まるようです。
  
  
アセンション(第三密度の卒業)は、
物理的な現象で決まるというよりは、
  
卒業を許すかどうかを決める
「試験官みたいな存在」が居るようです。
  
  
・その存在の許しがあれば卒業、
・そうでなければ、さらに修行を積む必要がある
   
という感じらしいです。
  
  
人によって違いますが、
今世でアセンション出来ない人は、
    
次のアセンションのチャンスまでに、
「数回〜数百回の輪廻転生」が必要になるようです。
  
  
  
そこで、
  
アセンションに最低限必要な総合力を100として、
また数値化をしてみました。
  
  
最低限必要な総合力は100ですが、安全圏は200以上です。
  
【 99以下は、絶対に不合格 】という事ですし、
  
100以上でも、200に満たない限りは、
不合格になってしまうかも知れません。
  
  
このアセンションの総合力という事になると、
はこぶね倶楽部には優秀な人が多いですし、
  
現時点で「100」を超えている人もちらほら居て、
高い人では既に「800」を超えています。
  
  
それに、はこぶね倶楽部に入るまでは低かった人も、
【 短期間で劇的に数値が増加する 】ようです。
  
  
ちなみに、私の現時点の総合力は「7775」です(笑)
   
  
これも、スカウターが爆発するレベルですね(笑)
  
  
  
「はこぶね倶楽部」で提供しているサービスの目的は、 
  
基本的に、
  
人生における「心理・経済・健康」の領域を改善し、
「ライフスタイルの質の向上」させることですが、
  
  
その先の目標として、
  
1.アセンション(第三密度の卒業)
2.ライフワークでの独立起業
  
があります。
  
  
どちらにしても、
数値目標があるとわかりやすいですね。
  
  
現時点で地球を生きる全ての人が、
アセンションしたい訳では無いですが、
  
スピリチュアルに興味・関心がある人については、
  
そのほとんどが、
アセンションを狙って生まれてきていると思います。
  
  
でもその中で、
実際にアセンションが出来る人は、23%ほどらしいです。
  
【「合格率23%」の試験 】って感じですね。
   
  
まぁ、気を抜いてラクラク通れる関門では無いと思いますが、
   
悔いの無いように、日々の生き方を改めつつ、
全力を尽くして頂きたいと思います。


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