2018年05月20日

他人の愛や優しさに気付く方法

最近、家族についての投稿が多いですが、 
  
結局は、全ての人間関係の問題は、
遡れば【「親子関係」に起因している 】と言えます。
  
  
ですから、世界中の親子関係が改善されれば、 
あらゆる「人間関係」と「国家間の関係」も改善し、
  
世界も平和になるんじゃ無いかと思います。
  
  
先日も書いた通り、この世には、
子供にとって「理想的な親」ばかりではありません。
  
むしろ、「理想的で無い親」の方が多いでしょう。
  
  
そもそも、大半の人が「人として未熟」なのに、
  
そんな人々が、「親として成熟」している訳がありません。
  
  
ですから、無理して親を敬う必要なんてありません。
  
  
日本は、単一民族国家であるが故に、
仲間意識が非常に強くなっていると思います。
  
多民族国家のアメリカとは対極です。
  
  
日本人はとにもかくにも、
「家族、仲間、身内」を特別視して大切にしますが、
  
逆に言うと、
【 仲間でも身内でもない人間との交流 】は希薄になりがちです。
  
  
家族、仲間、身内を特別視して、大事にし過ぎる事は、
  
反面、【「身内以外の人たちからの恩恵」に気付けない 】という事です。
  
  
例えば、
  
「親は特別なんだ! 親が一番の味方なんだ!」
  
と思い込んでいる人は、その反面、
「親以外の人間を疑い、軽視している事」になるので、
    
「親以外の人」から優しくされても、
その優しさを感じたり、受け取ることが出来ません。
  
  
という事は、家族に対して過度に依存している反面、
家族以外の人に、心を開くことが出来ません。
  
  
そうなると、他人との交友関係が深まるハズもありません。
  
  
・親や年上を敬うべきだ!
・親や年上を大切にすることは、正しい事で、美しい事である
  
というのは、「儒教の教え」らしいですが、
  
その教えは、完全に間違っています。
  
  
親が精神的に未熟なのにも関わらず、
親を無理に敬おうとすると、歪みが発生します。
  
  
親が精神的に未熟なんだから、
  
家族以外に交友関係を広め、深めていく方が、
本人にとってメリットがあるハズなのに、
  
本人を精神的に家族に依存させて、縛り付けてしまう事になります。
  
  
親が精神的に未熟であればあるほど、
  
「親より自分を大切にしてくれる他人」なんて、
普通に存在してますよ?
  
  
精神的に成熟している人ほど、
誰に対しても等しく「愛」や「優しさ」を注ぎますから。
  
  
「精神的に未熟な親」を、
【 唯一の自分の味方 】だと勝手に思い込んで、
  
「精神的に成熟している他人」を疑っている限り、
その人の交友関係が満たされていく事はありません。
  
  
日本は、【 立場主義 】の国です。
  
  
相手の立場によって、
平然と態度を変えるのが、日本人です。
   
  
例えば、会社組織の中で、同僚が上司になったら、
  
今まで「タメ口」だったのに、
突然「敬語」を使わなきゃいけなくなったりしますよね?
  
  
「個人として…」よりも、「立場」で人を判断しているのです。
  
  
だから、自分にとっての関係性…、
  
血縁関係、婚姻関係、上下関係によって、
自分の態度をコロコロと変えるのです。
  
  
しかし、立場で他人を判断している限り、
   
【 個人としてのその人 】が見えなくなっていきます。
  
  
・「自分の親」だから特別なんですか?
・客観的に見て、「人として」はどうなんですか?
  
そういう視点が、抜け落ちてしまうのです。  
  
  
【 自分の親が、理想的な親では無い 】
  
それが事実だとしても、認めたく無い人もいるでしょう。
  
  
それは、親を特別視しているからです。
  
  
親以外に「自分の味方」なんていないのに、
親が頼りにならなかったら、自分は誰を頼りにしたら良いの?
  
って、そういう不安な気持ちになるからです。
  
  
でも、「親以外に頼りになる人」なんて、いっぱいいますよ。
  
「親より優しい人」なんて、きっとたくさんいます。
  
  
「家族、仲間、身内」を特別視しているから、 
  
【 外側の世界に居る人たち 】の事が見えないのです。
  
  
私は、親の事を大切に思っていますし、尊敬もしていますが、
  
親以外に、「学生時代の先生」や「会社員時代の上司」などにも、
尊敬できる人はいました。
  
自分の親よりも、
そういう先生や上司から学んだ大切な事もたくさんありますし、
  
そういう先生や上司から、すごく可愛がられていました。
  
  
何故だと思います?
  
そういう先生や上司は、誰にでも優しいんですよ。
  
  
でも、他人に優しくしても、喜んでくれる人は少ないんです。
  
  
私が、そういう「目上の人たちの愛情」を、
「目一杯に受け取って心の底から喜ぶ人間」だから、
  
特に可愛がってくれたのです。
  
  
家族以外にも、自分の事を可愛がってくれる人がいる…。
  
初めにそう思えているから、
親以外の「目上の人たち」からの愛情も受け取れるのです。
  
  
逆に、「親しか信頼できない、家族しか信頼できない…」  
  
そう思っている人はどうでしょう?
  
  
他人に心を開けないし、愛情も受け取れません。
  
  
家族以外の交友関係が浅くなってしまいます。
  
  
結果的に、親や家族だけに精神的に依存していて、
  
ずっと孤独感が拭えないのです。
  
  
自分の家族や親である…
  
っていう「立場」を気にしすぎていて、
    
「個人としてはどうなのか?」って事が、
見えなくなっているのです。
  
  
日本人は立場主義なので、
  
有名人とか、大学教授とか、
  
何らかの立場に就いている人の言う事を、
盲信しがちなのです。
  
  
その立場主義を捨てない限り、
  
「人を見抜く目」なんて、肥える訳がありません。
  
  
この世には、
  
クソみたいな「親」もいるし、
無知無能な「医師」や「大学教授」もいるのです。
  
  
そういう人を見抜くには、
「立場」で判断するのでは無く、「個人」を見抜く必要があります。 
  
  
「立場」では無く、「個人」として人を見抜けば、
  
家族だとか、親だとか、身内だとか、
そういう立場に縛られずに、
  
【 自分にとって本当にメリットのある人かどうか? 】
  
【 自分に愛情を注いでくれる人かどうか? 】
  
という事が、見抜けるようになります。
  
  
おそらく、立場で人を判断しがちなのは、
ずっと昔から続いている「日本文化」なのでしょう。
  
  
「島国」の「単一民族国家」という環境が、
そうさせやすいのかもしれません。
  
  
しかし、立場主義を捨てない限り、
  
そもそも、「人を見抜く目」が持てないし、
「交友関係」は深まらないし、ずっと孤独です。
  
  
「浅く広い関係」は手に入っても、
「深い関係」は決して手に入りません。
  
  
「浅い関係」をどれだけ多く持っても、孤独感は拭えません。
  
たとえ狭くとも、「深い関係」こそが、孤独感を消し去るのです。
  
  
日本の「立場主義」こそ、
日本人が「孤独感の強い民族」である原因です。
   
   
  
それに、経済って領域で見ても、
立場なんかで人を判断していたら、
  
「個人の性質」を見抜けないから、
「優秀な人材」を見抜けないし、
  
適材適所も出来ません。
  
 
相手が新入社員って立場だから、
とりあえず、この業務をさせる…
  
みたいな、立場的判断になってしまうでしょう。
    
  
そんなテキトーな人事をしていたら、
「能力主義の企業」に勝てる訳がありません。
  
  
江戸時代みたいに鎖国していたら、
それでも上手く回っていたかも知れませんが、
  
世界の企業と競争しなければならない時代です。 
  
  
個人の能力を最大限に発揮する様な事をしなければ、
  
世界(外国)の企業に勝てる訳が無いのです。
  
  
立場主義は、狭い島国における鎖国状態であれば、
上手く機能したかもしれませんが、
  
世界と戦うには、効率が悪すぎます。
  
  
立場主義から、個人主義に考え方を改めなければ、
  
経済面でも、精神面でも、
日本のあらゆる問題は、解決しないのです。


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2018年05月19日

現代人の悩みは、「孤独」と「退屈」

昨今にありがちなニュースですが、
  
「大手企業に就職した新卒の新入社員が、
 たったの1日や数日で退職してしまう…」
  
という現象があります。
  
  
新卒の「3年以内の離職率」は、
業種によって3割〜5割ほどらしいです。
  
  
ここで私が思うのは、
  
・何の為の受験勉強? 
・何の為の就職活動?
 
って事です。
  
  
子供や学生に質問されたら何て答えます?
  
  
【「辞める可能性が高い会社」に入社するために、
  
 なぜ、これほどまでの大量の「時間」と「労力」を掛けて、
 「受験勉強」や「就職活動」をしなきゃいけないのか? 】
  
…という風に聞かれたら。
  
  
明快に回答できますか?
  
  
じゃあ、根本の話に遡って、
  
【 なぜ、子供は勉強する必要があるのでしょう? 】
  
  
答えを言っちゃいますが、
  
メインは、【 将来の「仕事・お金」の為 】ですよね?
  
  
そもそも過去の話をすると、
  
「高卒」ではいくら頑張っても出世できず、
「大卒」がどんどん出世して、給与を上げていった…
  
という時代があったのです。
  
  
要は、【 学歴が収入に直結していた時代 】です。
  
  
では、今はそういう時代ですか?
  
  
学校で鍛えられている能力は、
    
暗記、計算、命令に忠実である事…、
  
【 すべてが、
  圧倒的にロボットやコンピュータの方が得意な能力 】です。
  
  
コンピュータが存在しなかった時代には、
「コンピュータの様な役割をした人間」が重宝されたでしょう。
  
  
じゃあ、今はどうですか?
  
  
就職活動で、面接官に、
  
「私は、暗記、計算、命令に忠実である事が取り柄です!」
「コミュニケーション、自発性、クリエイティブには自信ありません!」
  
って言って、良いアピールになるんでしょうか?
  
  
何が言いたいか?っていうと、
  
【 学校の勉強でどれほど優秀だとしても、
  もう、収入を保証してくれる要素では無くなった… 】
   
という事です。
  
  
少子化で、頭がそれほど良くなくても、大学生になれる時代です。
  
「大卒」という肩書きに、昔ほどの価値があると思いますか?
  
  
「俺、大卒だぜ!」って高卒の人に自慢しますか?(笑)
  
  
アホらしいのは、
学歴が収入を保証してくれる訳では無くなった現代でも、
  
まだ、子供の親世代が、
  
「昔のサラリーマンの成功法」を引きずって、
【 高学歴の方が良い 】と思い込んでいる所です。
  
  
【 低学歴は、バカの証拠だから恥ずかしい 】
  
そんな風に、思い込んでいるのです。
  
  
結局、世間体を気にして、
  
「恥ずかしさ」から逃げたい訳ですよね?
  
  
恥ずかしさから逃げる為だけに、
  
子供に「何百万円〜何千万円」の教育費を掛けて、
子供に、「何千時間」も勉強&就活させる訳ですよね?
  
  
家計を圧迫するほどの、
大規模な「お金、時間、労力」を費やすんですよね?
  
親子揃って…。
   
  
【 ただ、ただ、「自分が恥ずかしい思い」をしたくないが為だけに! 】
  
   
それが、「思いっきりアホ」だと思うのです。
  
  
キャバクラやホストに通って、
「寂しさを紛らわしている人」と変わりませんよね?
  
  
ただ、「恥ずかしい気持ち」から逃げる為だけに、
大量の「時間・お金・労力」を投じている訳ですから。  
  
  
やってることは、一緒でしょ?
  
  
ただ、子供たちの中には、
「まともな感性」を持っている人が多いですよ。
  
  
入社した会社をすぐに辞めるなんて、
私は、「まとも」だと思います。
  
  
ヤフーニュースのコメント欄には、
  
「若者、甘ったれんな!」
って意見もたくさんありますけどね。
  
  
確かに、今の若者は、
「経済的に甘やかされて育った人」が多いと思います。
  
だから、「甘えている」って意見もその通りです。
  
  
「お金の有り難み」も、てんで分かっていないでしょう。
  
  
  
ただ、もうひとつの側面は、
  
「昔に比べて、生活コストが下がっているので、
 お金を稼ぐことが自分の幸せに直結せず、
 お金を稼ぐモチベーションが下がっている…」
 
という理由もあるのです。
  
  
例えば、家電製品なんかでも、
  
「型落ち」や「中古品」で良ければ、
無料や激安で手に入ります。
  
  
日本には、捨てられるほどにモノが余っているので、
  
「使えれば良い」レベルのモノであれば、
タダで手に入れようと思えば、いくらでも手に入るでしょう。
  
  
なので、「生活コスト」を下げようと思ったら、
思いっきり下げても、生きていける訳です。
  
  
実家に住んでいれば、
働かなくても生きていける境遇にいる人も多いでしょうし、
  
【 お金を稼ぐ=自分の幸せ 】
  
っていう方程式が、若者には通じなくなっている訳です。
  
  
で、日本は経済的に非常に恵まれていて、
  
捨てるほどに、
「食糧」も、「家具」も、「家電」も、溢れています。
  
  
だから、真剣に経済の悩みを持っている人というのは、
実は、少数派なのです。
  
  
給料が下がっても、安くモノやサービスが手に入るから、
最低限の生活はしていけるのです。
  
ネット上の動画を見たり、ゲームをすれば、
無料でエンターテイメントも楽しめちゃいますからね。
  
  
そんな中での、「現代人の代表的な悩み」は、
  
【 孤独 】と【 退屈 】なのです。
  
  
自覚が無かった人もいるでしょうけど、
「言われてみればそうだ!」って感じでしょ?
  
  
現代人の求めているモノは、
  
・「楽しい人間関係」(友達・恋愛・結婚など)
・「情熱を持って打ち込める何か?」(趣味・天職)
  
なのです。
  
  
若い人ほどそうでしょう。
  
だから、お金で釣ってもダメです。
  
  
現代の若者は、「給料が高い職場」よりも、
  
・「人間関係」が楽しくて、
・「やりたい事ができる職場」の方が、 
  
圧倒的に、辞めたくない!って思うでしょうね。
  
  
じゃあ、どうすれば、
  
・「楽しい人間関係」と
・「情熱を持って打ち込めるモノ」が、
 
手に入るんですか?  って疑問が沸くでしょ?
  
  
その答えは、【 自分の「内面・心理」に取り組む事 】です。
  
  
心理のメカニズムを学べば、私の教える知識を学べば、
  
【 良好な人間関係を手に入れる方法 】もわかるし、 
【 自分が情熱を持って打ち込めるモノ 】もわかります。
  
  
そして、それこそが、
  
【 現代人の「悩み・欲求」を解決する答え 】です。
  
  
現代人の悩みは、「孤独」と「退屈」です。
  
  
経済的には恵まれていても、最低限の生活はしていけても、
  
【 心が、乾いている 】のです。
   
  
その乾いた心を潤す方法は、
心理のメカニズムを学べばわかります。
  
    
巷で広く言われる「心理学」じゃ無理ですよ。
  
  
全然、「メカニズム(因果関係)」にフォーカスしてないですから。
  
  
大学の心理学教授や、
著名な心理学者が解決法を理解していれば、
  
既に社会問題は解決に向かっているハズです。
  
  
そうなっていないのは、
大学教授や著名な心理学者が、「解決法を知らないから」です。
    
  
機械なんかもそうですけど、
何事も、仕組みを理解しないとコントロールできないですよね?
  
  
自分が「仕組み」を理解する事で、
自分の思い通りにコントロールする事が出来るのです。
  
  
  
ある人々は、「孤独」と「退屈」を埋める為に、 
  
インスタグラムで
「リア充偽装」をしたり、「間接自慢」をして、
  
リア充っぷりをアピールしたり、
   
「いいね!」の数をカウントしては、
【 束の間の優越感と安心 】に浸ったりしています。   
  
  
リア充偽装の為に、専門業者に金払ってるなんて、
  
「相当、病んでるな〜」と思いますけどね。
  
  
でも、「孤独」と「退屈」を感じている人は、
虚しいと思っていても、そういう事をやっちゃうんです。
  
アルコールやタバコに依存しているのと同じでしょう。
  
  
そんな「目先の気分の紛らわし」を続けたところで、
  
決して、「根本解決」にはなりません。
  
  
【「孤独」と「退屈」の根本解決 】は、
  
心理を学ぶことでしか、為し得ないのです。
  
  
と言っても、
根本解決を求めていない人もいるでしょうけど…。 
   
  
もし、根本解決を求め、
「孤独」と「退屈」を人生から消し去りたいなら、
  
私の伝える「心理のメカニズム」を学ぶ事を、強くオススメします。
  
  
根本解決を希望される方は、あえて紹介はしませんが、
  
私の「教え子たち」でも探して、会って話を聞いてみて下さい。
  
  
その機会(チャンス)は、提供しているハズです。


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2018年05月18日

ネガティブな人間相手は、正攻法だけでは通じない

ポジティブな人間は、
  
・ウソを付かない
・強引じゃない、強制しない
・怒らない
・脅さない
  
そんな風に思っている人もいるでしょう。
  
  
確かに、そういう側面はあります。 
  
  
もし、ポジティブな人間ばかりが集まっていれば、
  
・ウソを付く必要も無いし、
・強引になる必要も無いし、
・怒る必要もありません。
  
  
私がポジティブな宇宙人とコミュニケーンを取るなら、
そういう事になるでしょう。
  
  
ただ、犯罪者がいるから、刑務所が必要な様に、
  
「ネガティブな人間」が存在している場合は、
そういう人間への対処法が必要となります。
  
  
他人の善意を信じる事で、世の中が上手く回るんだったら、
「警察」も「裁判所」も必要がありません。
  
  
精神的に成熟した文明であれば、
「警察」も「裁判所」も必要ないでしょうけどね。
  
ただ、現在の地球は、ネガティブな社会なのです。
  
  
だから、ポジティブな人間同士の
コミュニケーション方法だけでは、うまく対処出来ません。
  
  
ポジティブな人間とは、
  
一見ネガティブに見える事でも、
「全て」に価値を見いだせる人間です。
  
  
ウソの価値を理解し、
ウソをポジティブな目的に活かせます。
  
怒る事の価値を理解し、
怒りをポジティブな目的に活かせます。
  
  
ネガティブな人ほど、「怒り自体」を裁いていて、
ポジティブな目的があっても、怒れないのです。
  
  
私は基本的に、
  
常に本音で生きているからウソも付かないし、
普通の人に比べて、ほとんど怒りません。
  
自分の子供にも、一度も怒ったことはありません。
  
  
ただ、ネガティブな行動をする相手に必要だと思ったら、
ウソも付きますし、誰よりも激しく怒りますよ。
  
それが、「ポジティブな目的に必要とあらば…」ね。
  
  
私は、基本的に自由を愛しています。
  
  
自分と他人の自主性を尊重していますから、
  
他人から何かを強制されるのは大嫌いだし、
自分が他人に何かを強制するのも大嫌いです。
  
  
でも、ネガティブな人って、
  
ちょっと強引にお尻を叩かれないと、
ポジティブな行動にスイッチが入らなかったりします。
  
  
だから、私はイヤイヤながら、
  
ちょっと強引に、
他人に「こういう行動をしろ!」と、
  
強く言ったりする事もあります。
  
  
でも、基本的に自由意志を尊重していますから、
相手がどうしてもイヤっていうなら、無理にとは言いません。
  
  
ただ、相手の自由意志に任せ続けても、
事態が膠着して、ちっとも好転しない場合も多いのです。
  
    
それほど、人間というのはネガティブなのです。
  
【 放置しておけば自滅するくらい 】に、
ネガティブでアホなのが、人間です。
  
  
ですから、相手がネガティブな行動を続けるなら、
「強めの提案」をする事があります。
  
子育ても同じです。
  
  
基本的に「子供の意志」を尊重すると言っても、
  
完全に子供の自由意志に任せ続けても、
子供は自分の将来の為に、最善の選択はできません。
  
  
強めの「指導」や「躾」が必要な場合もあるでしょう。
  
  
もちろん、ポジティブな人間が相手なら、
「強引な提案」など、まったく必要の無い行為ですし、
  
本来は、そうでありたいと思っています。
  
  
でも、事実として、
  
人類の大多数が、ネガティブなんだから、
仕方無いでしょ?
  
  
誰も、犯罪者の相手なんかしたくないでしょ?
  
でも、犯罪者が存在するから、警察が必要なのです。
  
  
・「ポジティブ人間同士」
 「成熟した人間同士」のコミュニケーションと、
  
・ポジティブな人間、成熟した人間が、
 「ネガティブな人間、未熟な人間を相手」にするコミュニケーションは、
  
その性質が、大きく異なるのです。
  
  
よく「暴力反対!」って言いますが、
もちろん、それが理想です。
    
  
ただ、子供向け番組の正義のヒーローは、
暴力を使って、人々や平和を守るのです。
  
  
ヒーローだって、
本当は暴力なんて使いたく無いでしょうし、
  
話し合いで解決できれば、それが一番です。
  
  
でも、事実として、
【 話が通じない相手 】も存在しているのです。
  
  
  
ネガティブな人間が相手になるならば、 
  
「性善説」や「正攻法」だけでは、
適切に対処しきれないのが事実です。
  
  
だから私は、口八丁、手八丁使って、
  
イヤイヤながら、
  
ポジティブな人間相手には全く必要の無い
コミュニケーション手段を使って、
  
ネガティブな人間の相手をしている訳です。
  
  
目先の「面倒くさい事」が、
長期的なポジティブな目的の為の「最善手」という事もあるのです。
  
健康維持の為の適度な運動と同じです。


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2018年05月17日

自分の親に対する捉え方

ここ最近、「家族・家庭に関する記事」を連投していますが、
  
要約すると、
  
・「自分の本性、ありのままの自分」に自信が無い
・「家庭・家族関係」に自信が無い
  
という人の根本原因を辿っていくと、 
  
必ず【 親子関係 】に突き当たる…、という事です。
  
  
だからと言って、「親を敬え」と言うつもりはありません。
  
  
この世には、
事実として、【 クソみたいな親 】も存在していますから。
  
そんな「クソみたいな親」を敬う必要なんて、全くありません。
  
  
・全ての親が、子の幸せを願っていると思いますか?
  
・全ての親が、自分より子供を大切にしてると思いますか?
  
  
全然、そんな事ありません。
  
  
親によって、子供に対する考え方は千差万別ですよ。
  
  
例えば、私は「学校教育の害」について毎度語っていますが、
それでも、「古い教育方針を捨てきれない親」も居るでしょうし、
  
学校教育を変えるには、社会全体が変わる必要がありますけど、
社会全体を変えるために、何かしようと思う人間も少ないでしょう。
  
  
結局、「自分の子供」や「他人の子供」の事を想って、
  
【 社会の常識を変えるために、自分から何かの活動しよう! 】
  
って思う親は、ほとんど居ないんです。
  
  
【「子供の未来」より、「自分の保身」の方が大事 】…だから。
  
  
本当に「子供の未来」を想っている人であれば、
  
子供の教育方針について、真剣に考えるでしょうし、
  
真剣に考えたら、
「既存の教育は、将来役に立たない」って事もわかるでしょう?
  
  
自分の子供を「クソ学校教育」によって
「ネガティブに洗脳」されたくなかったら、
  
ホームスタディやフリースクールなどを検討したり、
社会の常識やシステムを変えるために、
  
何らかの活動したいと思うでしょう? 
  
  
でも、そうする親が少ないって事は、
  
多くの親は、
子供の未来なんて、真剣に考えていないんですよ。
    
    
【「子供の幸せ」より、「世間体」の方が大事 】って親なんて、
  
腐るほど数多く存在しているでしょう。
  
  
多くの親は、子供の将来に対して、
責任感など微塵も持っておらず、非常に無責任です。
  
   
そんな親たちは、 
  
「世間や学校を敵に回してまで、自分の子供を守ろう」
などと思わないのです。
  
  
ですから、実際のところ、
「クソみたいな親」は、非常に多い訳ですよ。
  
  
なので、そんな親を無理に敬う必要など全くありません。
  
  
もし自分の親が「クソみたいな親」だったら、
  
【 親より尊敬できる人 】なんて、たくさん居て当然です。
  
  
もし、「自分の親を尊敬しています!」って人がいたら、
  
その人は、「素晴らしい親」に育てられた、
「ラッキーな人」って事ですよ。
  
  
じゃあ、「クソみたいな親」の元に生まれ育った人は、
  
親に対してどういう認識をすれば良いのか?
  
  
その答えはひとつです。
  
  
【 親の「未熟さ・ネガティブさ」を許した方が良い。
  何よりも自分自身の為に…。 】
  
という事です。
  
  
親の「未熟さ、ネガティブさ」を
裁いたり、責めたりしていると、
  
自分自身の為にならないどころか、害でしかありません。
  
  
「親に対して被害者意識を持っている」という事は、即ち、
  
【 親のせいで、自分は不幸なんだ! 】って考えている訳です。 
  
  
でも、「自分の不幸」を「親のせい」にしている限り、
  
自分は幸せになれません。
  
  
過去に起こったことは、変えられないからです。
  
  
「決して変えられない事」のせいで、自分が不幸だと思っていたら、
  
即ち「自分の不幸は、決して変えられない」という事になります。
  
  
ですから、
   
【 自分の親の「最悪最低な行為」を許す事で、
  親の呪縛(親への被害者意識)から自由になれる 】のです。
  
  
じゃあ、どうやったら許せるんですか?
  
  
というと、【 ポジティブ面を見つける事 】です。
  
  
物事は表裏一体です。
  
  
もし、自分が酷い目に遭ったとしても、
  
・それをポジティブに捉える意志さえあれば、
・それをポジティブに解釈する意志さえあれば、
  
必ず、ポジティブな側面を発見する事ができるでしょう。
  
  
私なんかは、過去に自殺願望を持っていましたが、
「そのおかげで、今がある」と思っていますし、
   
当時は本当に辛かったわけですが、
今ではその辛い経験に対して、深い感謝が湧いてくるぐらいです。
  
  
酷い目に遭ったとしても、
必ずポジティブ面は存在しています。
  
  
それを見つける事ができれば、許す事ができるのです。
  
  
例えば、
  
辛い出来事に遭遇したおかげで、
  
・学べたこと
・気付けたこと
・決意できたこと
・鍛えられたこと
・能力が高まったこと
・モチベーションが湧いたこと
  
そういう事が、必ずあるはずです。
  
  
そういう、「ポジティブな側面」を理解できれば、
  
必ず、どんな事も許せるようになります。
  
  
「許す」ってことは、
  
・「我慢する・辛抱する」って事じゃありません。
・「不服だけど、容認する」って事でもありません。  
  
  
「許せる様になる」ってことは、
  
  
・起こった出来事が、
 「自分にそれほど大きな害が無い事だと理解する」…とか、
  
・人生単位で見た時に、
 「小さい事や、どうでも良い事をいちいち気にしなくなる」…とか、
  
・どれほど酷い目に遭っても、
 「自分に責任があったと理解する」…とか、
 「そのポジティブ面に気付き、理解する」…とか、
  
  
まぁ、そういう事なのです。
  
  
要するに、「視野」が広がって、
  
【 物事を大きく捉えられるようになったとき 】に、
   
自然と許せる様になるのです。
  
  
って言っても、一人で出来ない事もあるでしょうから、
  
一人で頑張っても、許せそうになかったら、
「プロの手助け」を借りた方が良いですよ。
  
  
私の言っている事は非常識でしょうが、 
  
常識的に生きている人ほど、不幸だったりしますよね?
  
  
むしろ、
非常識に生きている人の方が、幸せそうだったりします。
  
  
つまり、【 常識 】っていうのは、
  
「幸せを保証してくれるモノ」じゃ無い、   
「幸せを担保してくれるモノ」じゃ無い、
  
って事です。  
  
  
当たり前のことですけど…。
  
  
じゃあ、「自分を幸せにしてくれない常識」に、
  
しがみつく理由ってありますか?
  
  
ありますよね? 
  
  
常識に従っている限り、
「他人から白い目で見られなくて済む」って言う(笑)
  
  
じゃあ、「他人から白い目で見られなくて済む」代わりに、
  
「内心は不幸」でも良い訳ですか?
  
  
どっちを取る訳ですか?
  
  
要は、
  
・勇気を出して、
 一時的に傷つくリスクを背負って、幸せを取りに行くか?
  
・恐怖に負けて、
 一時的に傷つくリスクを避けて、不幸に留まるか?
  
  
っていう選択です。
  
  
前者の方が絶対良いじゃん!と思っていても、
  
なかなか前者を選べないのが、人間です。
  
  
勇気を出してこないままに大人になった人間は、尚更です。
  
  
【 ラクな方に流される癖、逃げ癖 】が付いてますから。
  
  
その、「ネガティブな癖・習慣」を断ちきれるかどうか?
  
  
それは、他の例えで言うと【 禁煙 】に近いかも知れませんね。
  
  
「禁煙したいけど、続かない」って人も多いと思いますけど、
  
どっかで、本気の決断をしない事には、
「ネガティブな癖・習慣」は断ち切れません。
  
  
【「本気の決断」をしない事には、人生は変わらない 】のです。
  
  
じゃあ、決断ってどうしたら良いの?っていうと、
  
【 未来をちゃんとシミュレーションする事 】です。
  
  
・タバコを吸い続けた未来
・タバコを止めた未来
  
その両方がちゃんと見えた人が、禁煙できる人だと思います。
  
  
じゃあ、
  
・恐怖から逃げる癖を「直した未来」
・恐怖から逃げる癖を「直さなかった未来」
  
その「両方の未来」がちゃんと見えた人は、 
  
【 勇気を出して恐怖に立ち向かうメリット 】が、
ちゃんと理解できるでしょう。
  
  
って言っても、
  
恐怖心が強い人は、未来の事を考えたく無いんです(笑)
  
  
だから、現実逃避を続けるのです。
  
  
でも、自分が「逃げ癖」を持って「現実逃避」を続けるなら、
  
【「クソみたいな親」と同じ穴のムジナ 】でしょ?
  
ネガティブな親を一方的に責める資格なんて、無いと思いますが…。
  
  
  
まぁ、本人の人生ですし、
「本人の自由意志」で全てを決めれば良いですが、
  
「目先でラクな方に流される逃げ癖」が付いている人の未来は、
  
当然、明るいわけ無いですよね?
  
  
それだけは、確実に言える事です。


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2018年05月16日

家族とは何か?

この世には、
  
「恋愛は得意だけど、家庭は苦手…」
  
というタイプの人が、多少なりとも存在しています。
  
  
なんで、そんな風になっちゃうの?って事なんですけど、
  
「恋愛」と「家庭(夫婦)」の違いって、
一言で言っちゃうと、【 距離感 】なんです。
   
  
・恋愛は、心理的距離感が離れていて、
・家庭は、心理的距離感が近い
   
これが、一番の違いです。
  
  
要するに、「家族・家庭が苦手」っていうのは、
   
【 他人と心理的距離感を詰める事 】に抵抗(恐怖)がある訳です。
  
  
なぜでしょう?
  
  
他人と「心理的距離感を詰める」という事は、 
  
【 互いの本性を見せ合う 】という事です。
  
  
ですから、「家族・家庭が苦手」って言う人は、 
  
・「自分の本性」に、自信が無い
・「ありのままの自分」に、自信が無い
  
という事です。
  
  
【 自分の本性を見せると、
  他人はきっと幻滅するだろう…】
  
【 他人に幻滅されたら、
  自分はめちゃくちゃ落ち込む事になる… 】
  
と思っているから、
「自分の本性をさらけ出せない」のです。
  
  
だから、相手に「本心では無い建前」を使い続ける訳ですね。
  
  
で、そもそも家族って何ですか?って話なんですけど、
  
  
自分のペットの事を「家族だ」って言う人もいるし、
  
血が繋がっていなくても、
養子とか、同居人を「家族だ」って言う人もいます。
  
  
ですから、家族とは、血の繋がりでは無く、
  
【 本性をさらけ出し合っている相手 】
  
という風に言い換えられると思います。
  
  
最近、「老人の孤独死、孤独老人」が
ニュースになっていますけど、
  
そういう人はだいたい、
「血の繋がった親族」からも嫌われている訳ですよ。
  
  
逆に、血が繋がっていなくても、相手が親友だとしても、
  
本性をさらけ出して、それでも付き合える相手がいたら、
「家族ぐらいの深い仲」だと言えると思うんですね。
  
  
ですから、家族を持つ為に必要なのは、
  
何よりも、【 オープンハート 】なのです。
  
  
でも、その「オープンハート」を持ててない人が、 
  
日本にはあまりにも多いと思う訳です。
  
  
それは、日本人が
【 恥を掻くことを嫌い、とにかく見栄っ張りだから 】
  
だと思います。
   
   
言い換えると、
  
【 何よりも「世間体」を気にしているから 】ですよ。
   
   
「世間体を気にして、建前ばかりを使って、本心を隠す…」
   
そんな事をしているから、
オープンハートでいられないのです。
  
  
私は、家族や家庭に、ものすごく自信があるわけですが、
   
それは、【 自分の本性に自信があるから 】です。 
  
  
バシャールの星では、
「惑星に住む全員が家族」だと行っていますが、 
  
それって、「全員が全員に対してオープンハート」って事です。 
  
その惑星に住む全員に対して、「本性をさらけ出している」って事です。
  
  
私は、記事を通して、
「自分の本性を全世界に公開している訳」ですからね。
  
  
私みたいに、「やりたい放題、言いたい放題」の姿勢・態度で、
「自分の本音を全世界に発信する姿勢の人ばかり…」というのが、
  
高次元文明の姿です。
  
  
互いにオープンハートで付き合っていないとすれば、
  
・結婚していても、「仮面夫婦」
・血が繋がっていても、「仮面親子、仮面家族」です。
  
  
で、日本人にとっては、
【 他人に対して「オープンハートになる」】って事が、
  
めちゃくちゃ怖い訳ですよ。
  
  
「世間体」や「他人の目」を気にしているから、
  
オープンハートになって、自分の本性をさらけ出して、
その自分が嫌われたら、めちゃくちゃ落ち込む事になります。
  
  
一方、今の私は、
いくら他人に嫌われても、微塵も落ち込みませんけどね(笑)
    
  
昔は、私も他人の目を気にしていましたが、
精神的に成長して、そういうのを克服してきたのです。
  
  
私が他人に嫌われても落ち込まないのは、 
  
【 自分の本性に自信があるから 】です。
  
  
「どうやったら、そんなメンタルになれるんですか?」って言うと、
  
あらゆるネガティブを裁かなくなったら、そうなります。
  
  
何かを否定したり、裁いたりしていると、
それが全部、自分に跳ね返って来て、自信を失わせていく訳です。
  
  
私は、あらゆるネガティブを裁いていないので、
  
自分の思った通りに生きているし、
  
自分の思った通りに生きていると、
気持ちが良いし、自信も付きますよ。
  
  
  
家族・家庭を作るためには、オープンハートが不可欠です。
  
  
でも、家族・家庭が苦手っていうのであれば、 
  
この世の誰とも、【 深い繋がりが持てない 】って事です。
  
    
だから、そういう人が孤独老人になって、孤独死するのです。
  
  
「家族よりも友達の方が、まだ言いたい事が言える」って言っても、
  
所詮は、友達ですから…。
  
  
「家族って言えるほど深い仲になった」とは言えないでしょ?
  
  
この世に誰か一人でも良いんですけど、
  
自分のオープンハートをさらけ出せる人がいないと、
  
その人は、【 孤独老人&孤独死コース 】ですよ。
  
  
それは、他人の問題じゃ無くて、
  
【 自分自身が、他人に対してオープンハートになれるかどうか? 】
  
っていう問題です。
  
  
で、逆に、
「オープンハートで付き合える相手」が増えれば増えるほど、 
   
孤独な状態からは遠ざかっていきます。
  
  
おそらく、学校という環境の中で、
本音ばかり語ろうとすると、先生に怒られちゃうでしょ?
  
そこで子供は学ぶ訳です。 
  
「本音なんて出さない方が良い」と。
  
  
そうやって、学校の中で、
  
【 建前で生きる洗脳 】を施されるのです。
  
  
それはつまり、【 孤独になる為の洗脳 】です。
  
  
「少数で良いから、
 自分の本音で付き合える人を探し無さい!」って、 
  
学校で、そんな教育をしますか? 
  
  
「自分の本音を抑え込んで、考えを全体平均に合わせなさい!」
  
っていうのが、学校教育でしょ?
  
  
「学校教育」って言うか、「日本文化」と言えるかも知れません。
  
  
オープンハートになれない人は、
   
【 自分の本性に自信がない 】のです。
  
  
学校教育の中で、
「それは価値が無いモノ」と教えられたからです。
  
  
しかし、自分の本性に自信がある人ほど、
「ポジティブな人間」と言えます。
   
   
じゃあ具体的に、
どうやったら「自分の本性」に自信が持てるようになるんですか?
  
って聞かれたら、
  
それは、「私」か「私の教え子」にでもお金払って、
勉強して下さいよってね。
  
  
手段(やるべき事)は非常に大量にあるので、
全てをブログ記事には書いてられません。
  
  
ブログ記事では、基本の「考え方」は伝えますが、
「具体的な手段」は伝えません。
  
  
そっちの方が、「全体の利益」になるからです。
  
  
なんでもかんでも無料公開した方が良いのでは無くて、
  
「お金を払った相手だけに伝えた方が良い」
っ事もあったりするのです。
  
  
それに、具体的な手段は、
  
私の研究と発明によって、
時間と共に改善・ブラッシュアップされていきますから、
  
時間と共に変わっていくモノですしね。 
  
  
一方、基本の考え方は、ずっと変わりませんから。
  
  
  
まぁ、とにかくこの記事で言いたいことをまとめると、
  
  
・家族、家庭を上手くいかせるには、
 「オープンハート」が最重要である
 
・両親や学校の教育で、
 「オープンハートはよろしくない事だ」と教育された
  
・「オープンハート」になれないのは、
 自分の本性に自信が無いから
  
・誰か一人でも、「オープンハート」になれる相手がいないと、
 孤独老人&孤独死コース。 
   
  
って事で、オープンハートは、人間関係の基本です。
  
    
基本なのですが、
日本人の多くは「本心」よりも「建前」ばっかり使っているから、
  
自分の潜在意識の声も聞こえないし、孤独で寂しい人間が多いのです。
  
  
ビジネスでお金を稼いでいる人の中にも、
他人に対してオープンハートじゃない人はたくさんいます。
  
そういう人は、経済的には成功していても、
人間関係や精神的な部分では、まったく成功していません。
  
  
お金で友達や恋人、家族は買えないのです。
  
カネで理想の夫婦が手に入るなら、
「金持ちは離婚しない」っつーの。
  
  
お金が手に入っても、
人間関係や精神的な部分で成功しなきゃ、
  
まったく幸せではありません。
  
  
経済の成功は、「便利・快適」をもたらします。
精神の成功は、「幸福・情熱」をもたらします。    
  
これらは、ほとんど別領域なのです。
  
  
  
例えば、家庭環境が悪くて、本音を言える家庭じゃなかった…
  
  
そういう人もいると思いますし、
  
そういう人は、
自分の本音を出す事に対して、強い恐怖があるでしょう。
  
  
でも、自分がその恐怖を乗り越えないことには、
  
自分の親と、まったく同じ事を繰り返していく可能性が高いです。
  
  
自分の人生が掛かってますから、
  
ぜひ、勇気を出して、頑張って頂きたいですね。


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2018年05月15日

家庭の問題は、日本の病巣

家庭に関する投稿は、反響が大きいですね。
  
飛んでくる「邪念の量」が半端無いです(笑)
  
  
それだけ、心に響いた…というか、
  
心がえぐられているのかも知れません。
  
  
家庭問題について、少し考えてみましたが、
  
おそらく、日本人の8割方は、
「家族関係に闇を抱えている」と思います。
  
具体的に言うと、【 親子関係、夫婦関係 】ですね。
  
  
ただ、夫婦関係に影響してくるのも、
結局元を辿れば「親子関係」が大きいと思うので、
  
要は、日本においては、
「親子関係が上手く行っていない家庭が多い」という事です。 
  
  
で、家庭の問題って、 
  
人間関係、仕事、お金、時間、子育て、教育、食事…、
  
【 心理・経済・健康… 】 全ての分野が絡んできます。
  
  
それらが、複合的に絡んでいる訳ですから、
  
個々の問題にひとつずつ取り組んで行くのでは無く、  
総合的に解決していく必要があります。
  
  
例えるなら、
家庭の問題はルービックキューブですね。
    
一面を揃えようとして、
他の一面が崩れたら意味が無くて、
  
「全ての面が揃う状態」をイメージ・計算して、
組み立てなければなりません。
  
  
問題が複合的な場合、
「あちらを立てれば、こちらが立たず…」
  
という状態に陥りやすいわけで、
  
それを解決するには、
「総合的な立体的思考」が必要となります。
  
  
もう一度言いますが、
一面を揃えようとして、他の一面が崩れたら意味無いので、
  
「全ての面が揃った姿をイメージ出来る思考」です。
  
  
  
でも、それが出来るプロなんて、まぁほぼ居ない訳です。
  
私以外には。
  
  
ほとんどのプロが、何かの専門家って言っても、 
1分野か、2分野の専門家です。
  
  
「仕事、ビジネス、お金、時間、経済」についても詳しくて…、
「心理、人間関係、男女関係」についても詳しくて…、
「子育て、教育」についても詳しくて…、
  
そんな人間、そんじょそこらにいる訳が無い。
  
  
普通の人が1〜2分野の専門家のところ、
私の場合、「30分野以上の専門家」ですからね。
  
しかも、その全てが世界最高レベルです。
  
  
「中井さんって何者なんですか?」と問われたら、
  
【「人類史上最高の天才」だと思ってもらって良いですよ。 】
  
って答えますね(笑)
   
   
  
それで、日本人は、
あまりにも「家庭運営」について無知過ぎます。
     
だって、誰からも習いませんからね。
  
  
人間って言うのは基本的に、
「教えられていない事は出来ない生き物」ですよ。 
  
  
学生時代にバイトをしていた人には、
    
「教えられていない事をいきなりやらされた事がある」
っていう人もいると思います。
  
そんなときは、
  
「は? 教えられてないけど?」
「教えられてないんだから、出来なくて当たり前じゃん!」
  
って気持ちになるでしょ?
  
  
それと家庭も同じですよ。
  
  
ちゃんと学ばないと、
家庭運営なんて、我流で上手くできる訳が無い。 
  
  
ほとんど誰も、体系的にキチっと学んだ事が無いんです。 
  
だから、出来なくて当然でしょ?
  
  
っていうか、教えられる人もいないし、
  
そもそも、家庭の問題なんて言うのは、
軽々しく他人には相談できなかったりもします。
  
  
世の著名な経営者だって、
わざわざ自分の家庭問題については語らないでしょ?(笑)
  
  
他人の家庭と比較したり、
他人の家庭から学んだりする事もなかなか難しいし、
  
自分の家庭と他人の家庭は、まさに隔絶された別世界です。
  
  
なので、家庭の問題というのは、
  
なかなか解決しづらい部分があるんですね。
  
  
・何が正解か? 理解している人は少ないし、
  
・問題解決法を教えられる人も存在していないし、  
  
・そもそも、家庭の問題は
 他人と比較したり、他人に相談するという行為も難しい。
  
  
それが、家庭の問題を解決しづらくしている訳です。
  
  
だから、家庭の問題を抱えていても、
誰にも相談できない…、どこでも解決法を学べない…、
  
という状態に陥る人が多いと思うんですね。
  
  
でも、人間が作られるのは、家庭です。
  
人間は家庭で生まれ、家庭で育てられるのです。
  
  
だから、家庭が上手く行っていないと、
   
「社会にとって良い人材」が輩出されていく訳がありません。
  
  
各々の家庭が上手く行くかどうか?は、
  
【「社会」や「国」を支える根幹 】だと思う訳ですが、
  
  
現状の日本を眺めていると、そこら辺が非常に疎い様ですね。
  
  
さらに、学校教育もロクでもないし、
  
子供が良い人材に育たないんだったら、その国に未来は無いでしょ?
  
  
今後は、ちょっと
「家庭に関する情報の発信」を増やしていこうかな…、 
  
というモチベーションが湧いてきました。 
  
  
経済(家計)、夫婦関係、子育て…、
  
これらは、密接に繋がっていますから、  
  
男性側にも言わなきゃいけない事もあるし、
女性側にも言わなきゃいけない事がありますからね。
  
  
もし、子育てが上手く行かなくて、
  
「お金を稼げない大人」にでも育っちゃったら、
その負担は、ほとんど親に降りかかってくる事になります。 
  
  
子育てっていうのは、「老後の死活問題」でもありますよ。 
  
  
そんな大事が掛かっているのに、
  
よくもわからず我流でやってて大丈夫なんですか?ってね。
   
  
まずは、自分は体系的に学んだ事が無いんだから、
  
「知らないのは当然、出来ないのは当然…、」
  
という前提を持って、
  
初心を持って、
  
【 心理、経済、健康、教育の根本・本質 】を、
キッチリ学ぶ事です。


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haxe501 at 23:11|Permalinkclip!

2018年05月14日

家庭運営のコツを知る人は少ない

子育ての辛いところは、
「意思疎通が取れない相手の世話をしなきゃならない」
ってとこだな。
    
で、ちょっとでも心地良くないと、延々と泣かれ続ける。
  
  
意思疎通が取れないって、かなりの負担よ。
  
  
そりゃ、お金を稼がないと生活できないから、
お金は大事なんだけど、
  
赤ちゃん、幼児の相手も大変だし、
それを知らないと、そもそも口を出す権利は無い。
  
  
女性側が、
「私が働いて金を稼ぐから、アンタが子供の面倒見てみろ!」
  
って言えれば、良いけどね(笑)
  
  
私は、子供の一生に影響を及ぼすのは、
【 親の「人生観」や「教育内容」】だとわかっているし、
  
それ以外の事は、
多少手を抜いても大丈夫ってわかってるから、
  
子供がちょっとぐらい泣いていても、
子供の都合より、親である自分の都合を優先する。
  
  
そっちの方が良いってわかってるから。
  
  
でも、子育てしたことが無くて、
子供の都合ばかり優先している母親は、
  
そりゃ、パンクするよな。
  
  
子供を泣かせ続けちゃイケナイなんて思ってると、
子供を泣き止ませる為だけに、多大な労力を使っちゃう。
  
  
  
あと、私は子供のやる事に怒ったことも、叱ったことも無い。
  
  
もし親から叱られたとしても、「自分が何故叱られているのか?」
  
その因果関係を理解できるだけの知性が持てる年齢じゃ無いから。
  
  
1〜2歳なんて言葉すら喋れないんだから。 
因果関係なんか、教えても理解できる訳が無い。
  
  
だから、【 叱っても無駄だ、不毛だ 】って事がわかってる。
  
  
物事の因果関係が理解できる年齢になったら、キッチリ叱りますけどね。
  
  
罰と褒美で操って、「動物のしつけ」みたいな風に、
子供を育てようとすると、
  
「動物みたいな人間」に育っちゃうよ。
  
  
子供を育てることが初めての母親は、
プレッシャーあると思うけど、
  
チカラの「入れ所、抜き所」がわかんないと、
全部を完璧になんて、とてもじゃないけど無理。
  
  
私がやってる仕事も、
  
外せないところは思いっきりチカラを込めるし、
どうでも良い所は、チカラを抜きまくってる。  
  
だから、無駄な労力を割かずに働けてる。
  
  
子供の都合ばかり優先していると、甘ったれた子供に育つし、
親は、自分の都合も優先した方が良い。
  
まぁ、やり過ぎて育児放棄になるともちろんダメだけど。
  
そこら辺も結局はバランス。
  
  
お金を稼ぐ為の仕事だって、
お客さんの都合に振り回されてばかりだと、
  
良い仕事はできないでしょ?
  
  
「子育てに関して無知」ってだけで、
相当無駄なエネルギーを割き、無駄なストレスを抱えちゃう。
  
  
っていうか、
  
誰も子育てで、「何が正解か? 何が不正解か?」  
  
説明できる人が、そもそもいないのかもね。
  
  
医者も、子供の健康については言えるかもしれないけど、
それ以外の事はよく知らないだろうし。
  
  
「家庭」や「子育て」について無知な人は多そうだけど、
基本は「心理の知識」だし、
  
私が教えていかないと、「家庭運営の本質」なんて、
ほとんどの人は知る事ができないと思うな。


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haxe501 at 05:58|Permalinkclip!

2018年05月13日

役割の言語化

ここ最近、他人の為に考えてあげた肩書き。
  
言い換えると、
当人の【 役割(使命)の言語化 】
  
  
 エンジョイワーク・プロデューサー (楽しく働く)
 ドリーム・サポーター (夢の応援)
 時間充実プロデューサー (時間の充実)
 チアフルライフ・プロデューサー (元気な生活)
 天職プロデューサー (好きな仕事)
 生活快適プロデューサー (快適な生活)
 スピリチュアル・エバンジェリスト (霊的知識の伝道者)
 アートセラピスト (芸術で人の心を癒す)
  
  
私が作っている肩書きは、
「具体的に何をしている人か?」が、わからないのがコツ。
  
その代わりに、
【 何を提供する人か? 目的は何なのか? 】は、わかりやすい。
  
  
逆に言うと、
  
「具体的に何をしている人か?」はわかるけど、
「何をやろうとしているのか?」はわからない…なんて、最悪。
  
  
「サービス内容=肩書き」なんて、ほとんど意味が無い。
  
  
職業はカウンセラーです。 業務内容はカウンセリングしてます。
  
そりゃ、わざわざ名乗る必要も無い。
  
  
そんな人はいくらでもいるし、何も伝わらない。 
  
差別化も出来ない。
  
  
  
お客さんが本当に欲しいのは、
  
「サービス内容」じゃ無くて、「結果」なんだから。
  
  
  
一方、「肩書き」に理念が乗っかっていると、
  
自分のやっていること、やろうとしている事の説明が、容易になる。
  
  
消費者に対して、「自分が提供したい結果」がすぐに伝わる。


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haxe501 at 00:16|Permalinkclip!

2018年05月12日

結果が欲しけりゃ、基準を持つ

音楽でも、スポーツでも、経済的成功でも、
どんな分野にでも言える事なんですけど、
  
「継続的な取り組み(努力)」によって、
「何らかの結果を得たい」とするのであれば、
  
必ず、【 基準 】を持つ事が必要になります。
  
  
「地に足が付いていない人」というのは、
  
【 基準を持たず、曖昧にやっている人 】の事を言うのです。
  
  
音楽でも、スポーツでも、仕事でも、
  
結果を出している人には、
【 共通した「心構え、考え方」と「努力量」】があります。
  
  
まずそれを把握しない事には、基準の持ちようがありません。
  
  
過去の自分もそうでしたが、
「成功を夢見る若者」っていうのは、
  
大抵の場合、「現実の厳しさを知らない世間知らず」です。
  
  
なので、
  
「どれくらいの基準で頑張れば、どれくらいの結果が出る」  
という事を、ほとんど把握していません。
  
  
そこを曖昧にして、「自分なりの頑張り」を積み上げても、
まったく結果は伴わないのです。
  
  
例えば、月収100万円になりたいと思ったときに、
  
月収100万円を達成している人には、
【 共通した「考え方・心構え・度胸」や「努力量」】があります。
  
  
他人を観察して、
  
「あれぐらいの考え方、心構えを持って、
 あれくらい頑張れば、これくらいの結果が出るんだな…」
  
と、まずそこら辺の基準を正確に把握しなければ、
  
自分にどれくらいの変化が必要なのか?
皆目見当も付きません。
  
  
地に足が付いていない人ほど、楽観的すぎて、
  
「まぁ、自分なりの頑張りを積み上げれば、
 そこそこの結果ぐらい出るでしょう?」
  
と、軽く考えているのです。
  
  
でも、そこは統計データを見て欲しい。
  
  
日本国内で起業をしても、
約7割が3年以内に倒産しているのです。
  
データに上がってきている数値でこれくらいですから、
実際には、もっともっと厳しいハズです。
  
  
現実の厳しさの前では、「意識高い系人間」の
「根拠の無い自信」など、カンタンに吹っ飛びます。
  
  
結果を出している人が少ない「難しい事」にチャレンジして、
それでも結果を出したいなら、
  
【 平均レベルの思考と努力ではダメだ 】という事です。
  
   
ただ、頭を使わずガムシャラに頑張ってもダメです。
  
  
絶対に、【 客観的視点 】と【 戦略的思考 】が必要です。 
  
それを持っている人が、地に足が付いている人です。
  
  
それで、「戦略的思考」って言っても、
  
別に何にも難しい事はありません。
  
  
・富士山に登るなら、富士山に登るなりの準備
・エベレスト山に登るなら、エベレスト山に登るなりの準備
  
そういうのが、必要だよね?って事です。
  
  
エベレスト山を登ろうとするときに、
  
「ガムシャラなド根性」だけで、登れますか?
  
無理に決まってます。
  
  
登山ルートを調べて…、装備も揃えて…、
  
そういう、【 下調べ 】と【 準備 】が必要ですよね?
  
  
じゃあ、自分が経済的成功を目指そうと思ったときに、
  
その「登ろうとしている山の下調べ」は、ちゃんと付いてるんですか?
  
って事ですよ。
  
  
これが出来ていない人が、圧倒的多数です。
  
  
だから、成功する人は少ないです。
  
  
エベレスト山に登ろうとしているのに、
「ピクニック気分」で挑んだら、失敗するに決まってるでしょ?
  
  
別に、経済的成功じゃ無くても良いです。
  
「人生を生きる」って事だって、登山みたいなモンですよ。
  
  
「人生っていう山が、どれくらいのモンなのか?」
  
ちゃんと、下調べは付いてますか?
   
  
実際は、海で泳ぐような格好で、
アルプス山に挑んでいる様なモノなんじゃないですか?
  
ふもとの気温は温かくてまだ耐えれていても、
山頂の方は、凍えるほど寒いかも知れません。
  
  
そういう「全体ルートの下調べ」は、ちゃんと付いているんですか?
  
  
「心理学」において、統計はほとんど役に立ちませんが、
  
「世間を知る」という意味では、統計は非常に役に立ちます。
   
  
  
例えば、この日本では、
3組に1組は離婚している…というのが現実です。
  
  
でも、離婚に踏み切る人というのは、
「よっぽど耐えきれないぐらいの状況」なのでしょうし、
  
ちょっとぐらいのストレスなら、
「満たされない結婚生活に耐えている人」の方が多いかも知れません。
  
  
って事は、
  
「幸福な家庭」を手に入れている人って、  
何%くらいだと思います?
  
めっちゃ少なそうですよね? 
  
  
「めっちゃ幸せ!」から「そこそこ幸せ」まで、
幅があると思いますが、
  
5%〜20%くらいかもしれません。
  
  
まぁ、私は「家族・家庭のセルフイメージ」が極めて高い男ですから、
家庭円満が難しいなどと思った事はありませんし、
  
家庭円満を実現する為に、
自分が経済的に自由になってから、結婚したいと思ってました。
   
  
その甲斐あって、私は家に居る時間も長いので、
子供たちとずっとコミュニケーションが取れますし、
  
妻の子育ての負担も、一般家庭よりは遥かに軽いはずです。
  
  
これまで、家庭円満の為に、
戦略的に考え、めちゃくちゃ努力してきたからこそ、
  
自分には、家庭円満が手に入って当然だと思います。
    
  
でも、多くの人はそこまで考えて、努力していません。
  
  
何事も、真剣に考えて、努力しないと、結果は出せません。
  
「結果を出している人数の割合が少ない領域」なら、尚更の事です。
  
  
本当に結果が欲しければ、
  
【 結果を出している人たちの共通点 】を知る必要があります。
   
  
その共通点こそ、【「本質」と呼べる要素 】なのです。
  
  
家庭が上手く行っている人は、 
  
【 どういう考え方をしていて、どういう努力をしているのか? 】
  
という事です。
  
  
そこが曖昧になっていて、わかっていなければ、
「望む結果」など、出せようがありません。
  
  
自分は、望む結果に対し、
現在値は、目標からどれくらい離れているのか?
   
その【 距離感 】を、正確に掴めていなければ、
望む結果など出せないのです。
  
  
自動車運転に例えると、
  
基準というのは、
「速度メーター」「ガソリン残量」「カーナビ」などの事です。
  
そういう、【 現在の自分の状態がわかる計器 】のおかげで、
  
安全に運転ができる訳です。
  
  
「速度メーターも無い、ガソリン残量も無い、地図も無い」
   
現在の自分の状態がわからなければ、運転なんてできないでしょ?
  
  
【 自分の状態、自分の座標 】がわかるから、目的地に辿り着けるのです。
  
  
で、自分の状態・自分の座標を正確に知るには、
  
ズレや距離感を把握する為の【 基準 】が必要なのです。
  
  
しかし残念ながら、
  
人生の成功も、仕事の成功も、家庭の成功も、   
  
それらを目指す上での、  
自動車みたいな「計器」は付いていません。
  
  
計器がついていると、
めちゃくちゃわかりやすくて助かるんですけどね。
  
  
自分がズレていると、すぐに教えてくれますから。
  
  
でも、そんなものはない訳です。
  
  
「視覚」が使えないから、【 感覚 】を研ぎ澄ますしか無いのです。
  
  
例えば、仕事でも家庭でも、何でもそうですけど、
  
上手く行く人って言うのは、【 責任感が強い人 】です。
  
  
ただ、「仕事の責任感」はめちゃくちゃ強くても、
「家庭の責任感」はあまりない…という人もいます。
  
  
筋力テストみたいな感じで、
  
責任感の強さを計る、
「責任感メーター」みたいなのがあると、 
  
わかりやすいんですけどね。
  
  
でも、結果を出している人は、
  
全員、【 一定以上の責任感の強さ 】を持っている訳です。
  
  
その、成功者になる為の「最低レベルの責任感」に比べて、
  
「自分の責任感は、どれくらい低いのか?」
    
それが、正確に把握できないと、
【 自分は今から、どれくらい変化・成長すれば良いのか? 】
  
という目安も持てません。
  
  
「自分は責任感がまだまだ低くて、
 自分の目標・理想とする成功者の責任感は強いんだな」
  
それはよく分かりました…、
  
  
って言うなら、次は、
  
どれくらいの「経験」と「努力」を積めば、 
どれくらいの「視野」と「見識」を広げれば、
  
【 目標と理想の域まで「責任感」を高められるか? 】
  
って事も、把握しなければなりません。
  
  
そこまで把握できれば、もう目標は叶ったも同然です。
  
  
「目標達成までの道筋」が、完全に見えている状態ですから。
  
   
逆に言うと、大まかな道筋も見えていないのに、
   
「曖昧」に、「自分なり」の頑張りを続けたところで、
  
結果なんか出るわけが無いんです。
  
  
「達成までの道筋を付ける」のが、戦略的思考です。
  
  
別に、事細かじゃ無くても、
大まかには見えてないとダメです。
  
  
  
【 結果を出している人の方が少ない… 】
  
  
そういう事にチャレンジするんだったら、
  
「下調べ」と「準備」くらい必要ですよ。
  
  
「下調べ」と「準備」も無しに挑むのは、【 無謀 】です。
  
  
でもそんな無謀な人が、この世には多い訳ですけどね(笑)
  
  
人生は短いです。
  
  
「自分なりの努力」っていう
チンタラしたスピードで進んでも、
  
理想を実現する前に、死んでしまいます。
  
  
商売の領域では特に、同業者との競争ですから、
  
自分の進むスピードが遅いと、
どんどん距離を離されて、いずれ淘汰されてしまいます。
  
    
【 結果を出している人が少ない事にチャレンジするなら、
  相応の「下調べ」と「準備」が必要 】
  
まぁ、当たり前の事だと思うんですけどね。
  

現実の基準、世間基準を知るには、
「統計データ」を調べるのは良い方法です。
  
  
さらには、
  
「自分の状態、ズレ、目標までの距離感」を把握する為の
【 基準 】も持つ必要があります。
  
その基準は基本的に視覚化できませんから、
感覚を研ぎ澄ますしかありません。
  
  
赤ちゃんのミルクを触って、
これくらいなら熱いし、これくらいなら冷たいな…
  
というのと、同じ事です。
  
  
自転車に乗っていて、
  
これくらい車体を傾けると転けるな…
これくらい速度を落とすと転けるな…
  
というのと、同じです。
  
  
・こういう感覚がしていたら、大丈夫。
・こういう感覚がしていたら、ヤバイ。
  
そういう事が、
「自分で判別できる感覚」を育てなければなりません。
  
  
そこまで出来れば、理想は実現できたも同然です。
  
  
優れた投資家は、起業家に投資する場合、
  
ビジネスプランよりも、
【 ビジネスをする人間の人間性 】を見抜いて投資します。
  
それって、プランやデータだけじゃ見えない「感覚的な部分」です。
  
  
つまりは、
感覚的要素を基準にして、投資判断を下しているのです。
  
  
データを参考にできるならすれば良いですが、
視覚化できない要素もあるし、そこは【 感覚の世界 】なのです。


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haxe501 at 17:35|Permalinkclip!

2018年05月11日

目に見えない存在のサポート

私たちは、守護霊や宇宙人など、
  
目に見えない存在から、
インスピレーションやエネルギー的なサポートを、
  
膨大に、膨大に、膨大に! 受け取っています。
  
  
彼らのサポートがなければ、
とうの昔に、人類も地球も終わっていたと思いますよ。
  
  
彼らに、過去も今も、救われているのです。
  
  
もちろん、彼らの手助けを受け取る意志を持ったのは、
地球人類ですけどね。
  
  
でもなぜ、そんな事をしてくれているのだと思いますか?
  
  
バシャールの話によると、
  
地球が高次元文明の仲間入りをして、
宇宙連合とかいう「文明コミュニティ」に参加すると、
  
地球文明が、まだ未発達の
「他の惑星の進化・発展」を手助けするようになる…
  
という風に言っています。
  
  
私は、こういう事を
期待されているんだろうなと思う訳ですよ。
  
  
誰も、見返り無しに「大変な仕事」はしないでしょ。
  
電車で他人に席を譲るくらいなら出来ても、
大変な仕事ほど、「見返り」も無しにはできません。
  
  
私は、地球人類というのは、
「高次元存在に投資されている」と思っています。
  
  
で、自分たちが独り立ちして、 
  
その「投資のリターン」を彼らに返すのが、
【 当然の責務 】だと思っている訳です。
  
  
独り立ちしていない相手に対するサポートというのは、
  
全てが「投資の意味合い」を含んでいます。
  
  
私たちは、高次元の存在達から、
既に、「膨大な量の投資」を受けているのです。
  
  
「受けた投資のリターン」を彼らに返すことも無く、
  
与えられたサポートを、
「自分たちの保身の為だけ」に使う訳ですか?
  
  
わかりやすく言うと、
  
【「勉強したい!」という貧しい若者を応援するために、
  代わりに学費を出してあげていたのに、
  
  相手はそのお金を学費には使わず、遊びに使い込んでいた… 】
  
  
っていう状態とまったく同じです。
  
  
明らか、ふざけてますよね?
  
  
そういう事を、人類はしている訳ですよ。
  
特に日本人は…。
  
  
相手(パトロン)から見捨てられても、当然の所業です。
  
  
地球人類は、高次元存在から、
「将来性」や「見込み」があると思われて、 
  
投資されている訳ですよね?
  
  
それなのに、
彼らから受けた恩を返すことも考えないなんて、
  
【「無責任」と「恩知らず」にも程がある 】と思う訳です。
  
  
誰しも、「初心」を持っている時は、「素直」です。
  
  
あらゆる子供もそうですし、
新しい事を学びはじめた大人もそうです。
  
  
でも、時間が経てば立つほど、
【 初心を忘れ、素直さを失っていく 】のが、人間の弱さです。
  
  
たいがいの人間は、時間経過と共に、
  
【 他者からの恩を忘れ、慢心する 】のです。
  
  
それも、人生で引っかかりやすい罠(トラップ)のひとつです。
  
  
  
高潔な精神、成熟した精神とは、「慢心しない精神」です。
  
  
【「初心」と「他者からの恩」を、決して忘れない精神 】です。
  
  
その精神が持てていないってことは、
  
いくらでも、罠(トラップ)に引っかかる可能性も、
落とし穴に落ちる可能性もある。
  
  
私は、とにかく精神性を高めたかった。
  
愚かで無様な人間にはなりたくなかった。
  
  
精神性を高めなければ、 
人生の先輩が落ちている落とし穴に、自分も落ちるという事です。
  
  
私は、自分で自分の事を好きでいたかったし、
  
美しい心を持ち、
自分で自分の事をカッコ良いと思える人間になりたかった。
  
  
その為には、
自分に厳しくして、自分を律する、自制心が必要です。
  
  
周りの人間がラクに流されても、自分だけは流されない…、
  
そんな「強い自分軸」を持つ必要があります。
  
  
それを持ててこそ、【 高潔で成熟した精神 】と言えるでしょう。
   
   
人間は、どうせいつか死ぬのです。
  
  
だから、長生きするよりも、「どう生きて、どう死ぬのか?」
  
それが、私にとって大事なテーマでした。
  
  
武士道みたいなモノです。
  
  
カッコ良く生きて、カッコ良く死ぬ。
  
これが、私にとって「長生き」より大事な事です。
  
  
たとえ「長生き」したとしても、
他人を犠牲にして姑息に生きるなんて、まっぴらご免。
  
  
  
「自分はいつ死んでも良い」とか言う人ほど、
内心では、自分の死を怖れまくっています。
  
怖くて考えないようにしているから、
「自分の死に現実味を感じないだけ」です。
  
  
本当にいつ死んでも良い様な心構えだったら、
  
将来の為に貯金しても無意味だし、
持ってるお金を使い切って、遊びまくれよって思うけどね。
  
  
医者から、余命一ヶ月って宣告されて、冷静でいられるのか?
  
それで、死をどれくらい怖れているか?がわかる。
  
  
 
私が死ぬ時は、
  
・人生でやるべき事をやりきった時か、
・生き続けるより、死んだ方が意義がある時です。
   
  
そのどちらか以外では、無意味に死ぬ気は無い。
  
  
  
結局、人生に正しいも間違いも無いんだから、
  
最後は、【 楽しさ 】と【 美学 】ですよ。
  
  
自分が思う、楽しい方、カッコ良い方、美しい方…、
  
そっちを選んで、生きていくだけです。
  
  
恐怖に負けて、目先のラクな方に流されるのは、 
 
楽しくもないし、カッコ良くもないし、美しくも無い。
  
さらに、自分の為にも、他人の為にもならないし、損しかしない。
  
  
自分の美学に当てはめたら、「愚」と「無様(ダサさ)」の極み。
  
  
古い言葉に、「一宿一飯の恩義」って言葉がありますけど、
  
受けた恩を忘れないって、カッコ良いでしょ?
  
  
古き良き日本の精神は、どこに行ってしまったのでしょうか?
  
  
自分たちを甘やかし続けた挙げ句、
自信喪失している人間ばかりが、目に付きます。
  
  
心を入れ替えて、気合い入れ直して、
  
カッコ良く、パリっと生きようと思わないんですかね?


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